第31話 美少女転校生 13
私、本来の異能【不死なる金糸雀】は制御不能の暴走した力だ。
本人の望む、望まないにかかわらず、常に耐性を取得していき、私を違う何かへと作り変え続ける異能だ。
今はまだ、魔力を糧として動いているが、その内、自身の魔力――オドではなく、世界の魔力であるマナを使って発動を続ける進化をする可能性すらあるらしい。
「一度、死んだのが最悪だ」
私が天宮照子となってから、さほど日が経っていない時のことだった。
異能の暴走を重く見た美作支部長は、急遽、機関本部から『改変者』の派遣を求めたのである。その結果、私は己の異能の一部を改変してもらうことになったのだ。
「恐らくは、死にすら耐性を付けている。異常だね。異常であるのは、周囲に対しての偽装性能もそうだ。『大したことない』と過剰に思い込むように、認識阻害能力も持っている」
「じゃあ、命名者すらも勘違いしたと?」
「いいや? 彼女が誤認なんて真似を犯すはずがない。他の命名者ならともかく、ね。この僕が師と仰いだ人なのだから…………でも、予想はある程度出来る」
『改変者』は真っ白な無貌の仮面を被った男性だった。
スーツ姿で、年齢不詳の男性。
十代の少年にも感じるし、三十代の成熟した男性とも感じる、年齢不詳の気配。
無味無臭で、本当にそこに居るのか疑いたくなる存在感を持つエージェント。彼こそが、機関内で唯一、『他者の異能の改変』を可能とする能力を持っているのだった。
「君の異能に名を付ける事こそが、彼女にとっての使命だったのだろう。多分、そのためだけに彼女は生きてきたのかもしれない。もう、恐らくは命を断って、その詳細を誰にも明かすことの無いように…………いや、下手に死ねばイタコによる口寄せを受けるから、出来る限り死なずに隠れ住む方が?」
「ええと、つまり?」
「おっと、すまない。つまり、君の命名者はわざとそんな名前にしたのだと思うよ。金糸雀は鉱山などで用いられる『毒ガス察知のための生贄』だ。耐性を獲得するだけの受動的な異能として思わせるのにはもってこいの単語だよ。もっとも、そこに『不死なる』と付けたのが厭らしいね。生存を願うような祈りに見せかけて、呪いだ。死ねない、という呪いだ。どんな地獄でも生き延びてしまうという呪いだ。さてはて、彼女は君に何を見たのやら? 案外、君が特異点なのかもしれないが、今のところ、特異点は彼であるという説が有力。個人的な考えだけれど、君はもっと別の何かとして、この世界に存在しているのかもしれないよ」
めっちゃ喋る。
そう、『改変者』はその恐ろしく無味無臭な存在感と相反して、放っておくとめっちゃ喋るのだ。出会った時など、天気の話題から始まって、陰陽寮設立から衰退の歴史まで語られたのだから、少し困ってしまった。
「すみません、結論をお願いします」
「ふむ、すまない。普段は人と会わないもので、つい、ね? 特に興味のあることだと、いつまでもだらだらと自分の思考を――」
「結論!」
「失礼。じゃあ、結論を語ろう。君の異能は制御出来ない。止めることは出来ない。下手に変化を堰き止めるように改変しても、それにすら耐性を得て、より強く変化を促すだろう」
故に、と言葉を繋いで、『改変者』は私に告げた。
「君に、新たなる異能を加えようと思う。もちろん、ゼロから異能を作り上げるわけではなく、【不死なる金糸雀】が持つ変化に対する膨大なリソースをかすめ取る形の異能だけれどね。そうだな、【不死なる金糸雀】が獲得した耐性、リソースを消費することによって、一時的に、敵対者に対する絶大なるカウンター能力を得る異能にしよう、そうしよう。受動的な【不死なる金糸雀】の範疇からそれ過ぎず、なおかつ、コストの大きい『後手必殺』タイプの異能。ふふふ、これはある意味、最強の異能が出来てしまうかもしれない」
ここで、さらりと新しい異能を作るなんてことを言えるから、本当に凄い人なのだろう。うん、物凄く喋るけれども、替えの利かない有能な人材って奴だ。
「ただし、気を付けて欲しい、天宮君。これはあくまでも対症療法みたいな物だ。根治させることは不可能。君は、歩みを遅らせても変化を止めることは出来ない。あるいは、終わらせることなら出来るかもしれないがね。もしも、その異能に意味があるのならば、きっと、使命を果たしたその時には、平穏が訪れる事だろう。ふふふ、平穏、平穏か。平穏というのはある意味、争いがあるからこそ平穏とが活かされるのかもしれないね? 平穏。罪な言葉であるが、ある意味、この平穏という言葉こそが、この世界の理を示しているのかもしれない。もしも、全てが平和に過ごせる日が来るとすれば、それはまさしく世界の終わりなのだから」
「シリアスな話を、物凄くだらだら言うのやめてくれません? めっちゃ聞き流してしまいそうになるのですが?」
「僕の性分でね、我慢してくれ。僕は我慢しないが」
「あっはっは、すみません、折角来ていただいた方に申し訳ないのですが、クソ野郎と罵倒しても?」
「ああ、出来るならば僕を足蹴にしながら、罵ってくれ」
「私の中身はオッサンですが?」
「素晴らしい。快楽の味わいに深みが出るな」
「無敵かよぉ……」
ただ、私は苦手な相手である。
キャラが濃すぎるのは良いのだが、こう、相性が悪い。私は社会人なので、こう、職人肌というか、我を平然と通してくる者は苦手なのだ。
無論、悪人ではなく、善人よりの人格の持ち主だということは察せるのだが。
変態はちょっと……。
「では、こうしよう。僕が君の異能を改変している間、君は僕を見下しながら足蹴にするということで」
「嫌です」
「頼む。年頃の美少女に足蹴にされる機会なんて早々無くてね。しかも、中身が成人しているのならば、機関から怒られることは無い。超、合意……っ!」
「…………(無言で端末を操作する)」
「おっと、待とうか、天宮君。無言で美作君を呼ぶのは止めようか。彼女、クソ真面目だから、毎回会うたびにガチ説教を――」
かくして、私は新たなる異能【栄光なる螺旋階段】を手に入れたのである。
「いいかい!? こういうのはね! シンプルに! 意訳なんて必要ないの! 僕のセンスとしては、下手に読みを変えると寒いの!」
「いえ。ですが、現在の異能名の流行には乗るべきでしょう。その方が、新人らしく周囲に対する情報偽装になります。『栄光なる』の所は素直にグローリアス。螺旋階段のところは、人としての祈りを込めてジーンと読めばいいのでは?」
「あー、螺旋階段とDNAの螺旋構造をかけているのだね! ううむ、確かに、それぐらいの捻りならば、ちょっとしたスパイスとして有用かもしれない!」
なお、この異能名が決まるまでに、『改変者』と美作支部長が喧々囂々に言い争うことになったのだが、それはまた別の話だ。
●●●
戦いは終わった。
けれども、やはり『殺した』という実感は無い。
魔人二体をミンチよりも酷い有様にしてやったのだが、やはり、核である魔結晶は見当たらない。砕かれた肉片も消えない。
つまりは、何かしらのギミックがあるのだろう。
ならば、やることは一つ。
「彩月。封印班を要請してくれ。出来る限り、痕跡すら残さずこいつらの肉体を回収したい。多分だが、これは――――っ! 警戒っ!!」
死んだかどうかわからない相手に有効なのは、封印処理をして動けなくすること……なのだが、どうやら、追加が来たらしい。
「おお! 悲しい、とても悲しいことです! 我が同胞が死んでしまうとは!」
「いやいやいや、死なせないためにここに来たんでしょう? って、うわぁ、酷い有様」
がしゃん、とガラスが割れるような音が響く。
それは警戒を促すために意図的に付与された音だ。
彩月が敷いた結界が、力任せに砕かれて、無理やり侵入してきたという証。
「もう二度と、あの喧しい声を聞こえなくなると思うと、私、涙が出ますね」
一体は、神父の如くカソックを纏う黒い肌の偉丈夫。頭は毛髪一つ見当たらないほどのスキンヘッド。如何にも、神父らしい穏やかな笑みを浮かべているが、口元からは『真っ赤に染まった牙』が見えている。
「凄い笑顔!? はぁ、頼むよ、グーラ。僕は仲間を失いたくないんだ」
もう一体は、ポロシャツとジーンズ姿の冴えない優男だ。
ただし、その左手には似合わぬ荒々しい真っ赤な炎のタトゥーが刻まれており、只者ではない気配だ。油断できない。
「おお、ペイン。心優しき貴方の頼みならば、このグーラ! 全身全霊を持って、あの子たちを救いましょう! まず、差し当たっては彼女たちを片付けますか?」
「…………あー、その、君。ええとね? 僕たちは仲間の肉体を回収しに来ただけだから、その、そっちも連戦は避けたいよね?」
二体の魔人が、私に向けて敵意を飛ばす。
スキンヘッドの神父の方は、穏やかに笑いつつも、獰猛なる殺意を。
優男の方は、出来れば戦いたくないが、仲間を回収するためならば覚悟はあるという顔。
やれやれ、どちらも違うタイプの魔人で、しかも、推測するに、先に片付けた魔人と同格の奴らだ。油断どころではなく、今の私の消耗具合では戦うとなれば、死力を尽くすことが前提となるだろう。
そう、ここに居るのが私一人だけだったのならば。
「確かに! そうだねぇ、私も大分疲れてしまったからね。ここはひとつ、お互い、平和的に取引しようじゃないか!」
「よかった。はは、それじゃあ、僕らがこの場で誰かを害することなく退場する代わりに、穏便に仲間の肉体を回収させて――――」
「平和的に、お前らが死に絶えろ。それで取引終了だ、害悪ども」
私は微笑みながら、大きく後ろに飛ぶ。
マンションの屋上から、自由落下に任せるままに身を投げる。
「まずい! グーラ! 権能の発動を!!」
私の視界が夜空を向く前に、聞こえたのは焦ったような優男の声と、あと一つ。
「アズマ、限定解放」
マンションの屋上を、空間ごと焼き払う、真横に放たれた雷撃の音だった。
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簡単な話である。
魔人たちに仲間が居たように、私にも仲間がいる。それも、とてつもなく頼りになる仲間だ。
私がこうやって前衛として時間を稼いでいれば、彩月は結界を発動させながらも、大技の準備をしておくことが可能となるのだ。
彩月の大技。
詳細は知らないが、結界術師としての技ではなく、あれは式神使いとしての術に見えた。もっとも、私程度では全容を測れないほど、凄まじい威力の術だったが。
うん。やはり、私はまだまだ先輩の足元にも及ばない。
早いところ、対等の相棒として認められるように精進せねば。
「…………あのぉ? この距離からなら、飛び降りても大丈夫っすよねぇ? さっさと、降りてくれません?」
「やれ、ケチ臭い鴉天狗だ」
「はっはっは、このまま夜の池にぶち込みてぇー」
まぁ、こうやってマンションの屋上からの自由落下を、彩月の式神に受け止めて貰っている現状では、まだまだ先の話になるだろうけれどね。
「どうせ、主の下に帰るなら、そこまで乗せてって欲しい物だよ」
「俺らの主は、彩月なんでぇ」
「君らの主の仲間なのですが?」
「俺たちは、基本的にアンタのことが大嫌いだから仕方ない」
彩月の式神の一つ、鴉天狗のクラマ。
彼の顔つきはまるで乙女ゲーのキャラクターみたいに美形であるが、どこか、ナンパな印象のある黒髪の青年だ。背中から鴉の翼が生えているが、それで飛んでいるわけではないらしい。ばさばさと動いているが、その動きが魔力を用いた飛行に必要なのだとか。
そう、式神。
術者との間に、契約を結び、魔物へ肉の器を用意する代わりに、主たる契約主へと忠誠を誓うというシステムの下、運用されている存在。
成りたての退魔師である私としては、『味方の魔物』という存在に未だ慣れていない。だが、幸いなことに彩月の式神には全て嫌われているので、コミュニケーションには問題ないだろう。
最初から嫌われているのであれば、これ以上嫌われる心配をしなくていい。
「テルさん、無事?」
「無事だよ。そっちは?」
クラマに彩月のところまで送って貰った私は、早速状況を確認する。
マンションの屋上は吹き飛んだが、元々、あのマンションの住民は退避させたので問題ない。ランクB相当の魔人複数体との戦闘の被害にしては、許容範囲内の物的被害のはずだ。
ただ、私が飛び降りる直前、優男の魔人が、攻撃に反応していたのが気にかかるが。
「隠れた場所で奇襲を仕掛けただけよ、傷つく機会なんて無いわ。それよりも、あの魔人ども、さらに仲間が居たみたい。アズマの雷撃を受ける直前、何者かの干渉によって直撃を避けた感触があったわ。恐らく、逃げられたと思う」
「でも、無傷じゃあないんだろう? だったら、充分な戦果さ」
「…………いいえ、でも、もっと確実に殺せるタイミングはあったはずなのに」
己の不甲斐なさを戒めるように言葉を作り、仏頂面を作る彩月。
そんな彩月の肩を叩き、私は慰めの言葉を送る。
「大丈夫…………充分な戦果を得たと報告があったからね」
「…………?」
「というわけで、落ち込む必要なし! 報告にあった被害者も無事に見つかって、怪我も無いってさ。だから、さっさと帰って、シャワー浴びよう! どんな仕事でも、切り替えが大切だよ、切り替えが」
可愛らしく小首を傾げる彩月だが、これは秘密だ。
何せ、追加の特命でもあったからね。
「よくわからないけれど…………とりあえず、切り換えて。私はテルさんと一緒に、お風呂に入ればいいのかしら?」
「事務所に個室のシャワー室があるだろう?」
「治明の家のお風呂には入った癖に」
「一緒には入ってませんけどぉ!?」
強敵を退けてもなお、背後に蠢く不穏な影。
夜明けはまだ遠く、月明かりも差さない。
けれど、どれだけ厚い雲に覆われていようが、その向こう側には美しい星空が広がっている。
今日の戦いが、そんな星空を眺めることが出来る人を、一人でも多く救えたのならば、私としては文句なし、だ。
私たちが魔を退けるのは、戦っているのは、きっとそういうことのためだろうから。




