第30話 美少女転校生 12
最初に異常を察知したのは、彩月だった。
「テルさん。どうにも、この町に怪しい反応があるわ」
「と言うと、魔獣や魔人の気配を見つけたのかな?」
「いいえ、それは見つかってない。見つからないというか、不自然に『何もない』という場所が時々見つかるのよ」
「ええと、どういうこと?」
彩月の家は、後山町全域に対して、魔を感知する結界を敷いているらしい。
ただ、それはいつも戦闘時に展開するような強力な物ではなく、あくまでも無いよりもマシ程度。魔力を抑え込んで活動している魔術師や異能者は感知できないことも多い。
それでも、魔獣の気配を逃すことは無いし、魔術や異能を発動させた痕跡を逃すこともあまり無いのだという。
彩月はその結界の反応履歴を眺めて、異常に気付いたのである。
「いい? テルさん。町に敷かれている結界は、それぞれの場所で魔力の量を観測して、不自然な揺らぎがあった場所を記録しておくものなの。もっとも、最近は龍脈の乱れの所為で、空気中にも魔力の濃淡が生まれて、多すぎるぐらいの感知記録があるのだけれど…………その記録の中で時々、『不自然なぐらいに魔力反応がなだらかな場所』があるの。まるで、龍脈が活性化する前の、この町の魔力の感知記録をそのまま張り付けたみたいに」
「…………あー、つまり、不安定なはずの場所が、不自然に安定している時がある、と?」
「そう!」
「じゃあ、つまり、偽装?」
「その可能性が高いわね」
偽装。
彩月は何かしらの魔術の影響を受けて、結界に出力される情報が偽装されている可能性があると判断。即座に、上司である美作支部長に連絡し、偽装を破ることに長けた魔術師を派遣してもらうことになったのだ。
「…………あー、こりゃあ、魔人が居ますね。この規模の魔力痕跡は間違いなく、ランクC以上の魔人でしょう。偽装方法に関しては、どうやら、機関に採用されている最新の偽装術に匹敵するほどの術式で、結界に対して偽装情報を張り付けたのでしょうな。ま、芦屋のお嬢様の慧眼の前では、意味を為さなかったようですが」
美作支部長の判断は早かった。
何せ、つい最近、ランクBの魔人が復活し、未然に防がれたものの、ランクAの魔神が降臨してしまいそうな事件が起こったばかり。
主犯である『懐古主義』はほぼ壊滅したものの、それらに対して技術や資材を提供した協力者の姿は未だ不明。何者かが暗躍しているという確信はあるものの、その影すら踏めていないというのが現状なのだ。
例え、空振りに終わることが前提だとしても、警戒を重ねて、未然に被害を防ぎたい。出来るならば、暗躍する何者かの手がかりを掴みたいというのが、美作支部長の考えなのだろう。
よって、長くない期間であるが、機関から手の空いている退魔師のお仲間を派遣してもらい、黄昏時から夜明け前までを集中して警邏するようになったのである。
『天宮さん、土御門さん、芦屋さん。戦闘準備をしてください』
その警戒が実を結んだのは、私たち学生チームが珍しく夜中のシフトに入っていた時のことだった。
翌日から週末に入るという期待感と、魔人潜伏の可能性という、妙に落ち着かない精神状態で警邏をしていた私たちは、美作支部長からの緊急コールを受け取ったのである。
『民間企業が護衛していた人物の反応が突然ロストしたとの『通報』が機関に入りました。民間企業は事態の高速解決を望むが故に、本来、敵対関係にある我々に救援を要請している模様。我々機関は、この要請に応じることにしました…………ただし、罠の可能性もあります。充分に気を付けて、罠があったのならば踏みつぶして帰還してください』
さらりと無茶を言う人だな、と苦笑しつつも、私たち三人の中で否という者は居ない。
生憎、エルシアちゃんは年齢の都合で夜中のシフトには来ていないが、チームでの仕事だ。私は新参者として、先輩二人の胸を借りるような気分で仕事に臨もうとして。
『反応がロストした護衛対象のデータを送ります。各自、端末で確認してから現場に急行を』
美作支部長から送られてきたデータを見て、気分が変わった。
本来であれば、これはあまりよく無いのだろう。何せ、公私混同だ。護衛対象がたまたま、私が最近、仲良く付き合っている女学生だったとしても、冷静に動くべきだ。
そう、冷静に、冷静に………………冷静に、ぶち殺してやる。
「あ、テルさんが静かにブチ切れているわ」
「本当だ。珍しいぜ」
「獲物を前にした時ぐらいしか、ああならないのに」
「基本的に、魔物の存在を許せないみたいな容赦のなさで戦うもんなぁ」
「うちの式神たちも、軽く引いている残虐ファイトだもの」
「やっぱり、肉体が変わると性格も…………や、オッサンだった頃も、割とガンギマリの戦い方だったよな? 敵ごと自分を燃やせとか言うし…………思い出したら腹立ってきたわ」
「私もその件に関しては、まだ許していないわ」
などと、私が冷静に闘志をみなぎらせていると、先輩二人から『落ち着け』と言わんばかりに背中を叩かれた。
割と痛い。主に年下にたしなめられる自分の拙さが痛々しい。
これでアラサーってマジぃ?
「すまない、落ち着くよ…………よし、落ち着いたので、私が相手をぶち殺して、二人が補助と救出メインってことでいいかい?」
「「おい」」
「いや、これは割とマジな役割分担でね?」
この後、私は年下の先輩に対してきっちりと作戦をプレゼンしつつ、退魔師としての仕事を果たすべく、現場に急行したのだった。
●●●
手ごたえが、変だ。
私が魔人の片割れ、その頭蓋を砕いた時に感じたのは、『殺した』という実感ではない。『動かなくした』というような、命の重みの無い感覚だった。
そもそも、頭部を砕いたというのに、肉体が気化していない。
魔結晶が露出していない。
…………ふむ。
「あああああああっ!! 死体を! ラインの死体を! 酷い! 鬼畜外道が!!」
とりあえず、私は魔人の片割れ――レフズと呼ばれていた少女と間合いを取りながらも、頭部を砕いた肉体を、さらに細かく砕いていた。
ううむ、大雑把であるがミンチになるまでバラバラにしたというのに、魔結晶が見当たらない。今までの経験からして、魔結晶の大きさが極小という可能性は低い。このランクの魔人であれば、最低でもこぶし大の大きさの魔結晶のはず。本体ではない? けれども、片割れの反応から、まるっきりダミーというわけでもない? 端末? 外見からして、二体一対であったので、もう片方も殺して完全に倒せたことになるのか?
ともあれ、以前の反省を生かし、死体から目を離さずに残り一体も片付けるとしよう。
「彩月。姿を隠したまま、警戒を維持して」
「了解したわ。実験が失敗した場合、テルさんを連れて一度撤退するから」
「うい、そのようなことが無いように完全勝利を決めてやりますとも」
さて、どうするかね?
私は改めて、眼前で対峙する魔人の姿を観察する。
真っ白な白髪。それが、腰まで伸びている。顔つきは、先ほど砕いた奴と同じ。神秘的な美しさを持っている。まるで託宣を預かる巫女のような清楚な美しさだ。簡素な服と相まって、まるでファンタジー世界の神殿から転移してきた神官と呼ばれても納得してしまいそうな外見だ。そう、外見だけで判断すれば、まさかこの小学校低学年みたいな幼い容姿の美しい少女が、一つの地方を滅ぼす可能性を持つ化物だと思わないだろう。
「というわけで、レフズ、だっけかな? うん、死んでいいぜ、そろそろ」
「――――お前が、死ねっ!」
事実、戦闘能力はさほど高くない。
警戒を維持しつつ、高燃費の身体強化状態で戦闘を挑めば、たった六手で追い詰めることが出来た。
「こぉん、のぉ!!」
攻撃もまるで、駄々っ子の様。
かつての私のように、力任せに振り回すのみ。
私はそれを、成長した戦闘技術を見せつけるような形で、物凄く力任せな動きで迎撃。結界によって隔絶された空間の壁にぶち当たるまで、痛烈な右ストレートで胴体を殴り飛ばしてやった。
うん。やはり、力があるのなら、素人は下手に武術を学ぶよりも、力とスピードをひたすら上げた方がいいなぁ。
「ごほっ……げ、げひっ、ぎひひひひひっ!」
もっとも、このランクの魔人が守勢に集中すれば、流石に一撃で殺せないのだけれど。
レフズはマンションの屋上に叩きつけられつつも、口から何度も血を吐き出しても、まだ、その目は勝利を諦めていない。
むしろ、勝った、と言わんばかりの顔でこちらを見ている。
そう、レフズは最初からずっと、視線を逸らさず、ずっと私を見ていた。
「――――歪んじゃえ♪」
悪戯っ子のような稚気に、コールタールの如き邪悪さを混ぜ込んだ声が、私の耳朶を打つと同時に、私は膝を着いてしまっていた。
動けないのではなく、力が上手く入らない。
深い眠りに落ちる直前、どれだけ頑張っても気合が空回りするような感覚。
なるほど、これが奴の能力か。
「ぎひひひっ! 油断、油断したァ!! これが、これが我が力! 我が魔術! 我が『権能』っ!! 【魔神の左目】はあらゆる物を歪ませる! 物体も! 精神も! 魔力も! 空間すらも! だから、曲げてやった! お前の力の経路を、曲げてやった!!」
口の端から血を流しながらも、レフズは狂喜の笑みを浮かべている。
権能、ねぇ?
確かに、異常なほどの強度を持った魔術だ。魔法としての強度は、現世ならば異能の方が強いというのに、【不死なる金糸雀】の耐性獲得よりも早く、私が動けなくなるまで影響を及ぼすなんて。
やはり、ランクBに相当する魔人は恐ろしい。
片割れを奇襲で行動不能にしておいて、正解だった。
「魔力は巡らなければ、意味を為さない! 正しく、巡らないと、お前の異能も! 何も発揮できない! ぎひひひっ! 何も出来ないまま、精神も肉体も歪んで、ただの『愉快な肉塊』にしてぇ! たっぷり、虐めてから殺してやるっ!!」
ああ、本当に――――備えておいて正解だった。
「起動せよ、我が異能【栄光なる螺旋階段】」
私が宣言した瞬間、レフズの左目――赤い眼球が弾け飛ぶ。
「…………え、あ?」
レフズの狂顔はじわじわと、混乱、恐怖に歪んで。
「【覗き魔は死ね】」
ぱぁん、と風船が破裂したような音が響いた。
それはレフズの肉体が、内側から弾けた音。
眼球と同様に、覗き魔に対して死を与える魔術。
かつての史実を引用して、その通りの死を相手に与える凶悪な異能。
そして、たった一度限定の、使い切りの力だった。
「これにて実験完了…………よし。中々使えるね、私の新しい異能」
私は警戒心を残しつつも、ふぅ、と大きく息を吐く。
いざとなれば、彩月の援護が飛んでくるとはいえ、やはりこのランクの魔人と真正面から戦うのは肝が冷える物があるが、うん。
やはり、子供たちだけ戦わせている時に比べれば、格段にマシな気分だと思う。
いや、マジで。
 




