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第29話 美少女転校生 11

『ねぇねぇ、どうなるかな? レフズ!』

『ぎひ、殺し合いさ……殺し合うんだよ、ライン』

『思い合う二人が殺し合うんだね!? それはきっと、とても冒涜的で!』

『とても、邪悪……』

『『――――とても素敵なこと』』


 夜明け前の暗い闇の中、二つの魔が笑う。

 邪悪に、赤い眼光を二つ、怪しく光らせて。

 幼い声が、闇の中から少女二人を嘲笑う。

 魔によって歪められた、少女二人の邂逅を、嘲り、笑う。

 それこそが、魔人たる者の本懐だとばかりに。



●●●



 一般人である亜季には理解できないことであるが、瑞奈は異能に覚醒していた。

 否、正確に言えば『歪み、無理やり現出させられている』という物であるが、当然、その差異を亜季が理解できるわけがない。

 故に、亜季が眼前の異常を察知した時に思ったことはただ一つ。


「なんて、綺麗」


 そう、瑞奈が纏う非日常の美しさに見惚れたのだ。


「ふひ、ふひひひひっ…………皆、しんじゃ、えっ!」


 亜季の反応はある意味、信奉者ここに極まるといった有様であったが、幸か不幸か、現在の瑞奈はまるで意に介さない。

 というよりは、外部をまるで認識していない。

 視覚で取得した情報は脳に伝わっているのだが、途中で歪曲され、正しく認識できていないのだろう。同じく、瑞奈の思考も歪んでいた。魔人が持つ能力によって歪められ、何もかもが破滅的になるように導かれているのである。


「枯れ木に花を。花に血を。血には水銀。水銀には偽りの翼をっ!」


 がりっと、瑞奈は己の親指の腹を噛み切り、鮮血をまき散らした。

 それは、出血の瞬間は赤く彩られていたが、空気に触れた瞬間から色と価値の変化が始まり、極彩色の霧となって周囲に漂い始める。


「完成、『虚空飛びの水銀鷺』っ!!」


 やがて、瑞奈の言葉と共に、一体の怪物が創造された。

 極彩色の霧から浮かびあがったのは、亜季の身の丈ほどもある、銀色の怪鳥だ。形状としては、鷺という水鳥に似ているのだが、大きさと色がまるで違う。


『―――■■■ェ!』


 冒涜的な鳴き声を産声として誕生したのは、猛毒である水銀を血肉とする怪物。

 どこにも存在しない、新たなる怪異。

 瑞奈の異能で想像し、創造した魔獣。

 一度飛び立てば、その羽ばたきが猛毒を生み出し、街の上空で飛べば、多くの人が僅かな時間で命を断たれる恐るべき生物兵器だ。


「ふひ、しんじゃえ、皆……私に、痛いことをする他人は、みんな、しんじゃえっ!」

「…………瑞奈っ!」


 しばらくは、瑞奈の美しさに溺れていた亜季であったが、創造された怪物のショックで正気に戻る。

 もっとも、正気に戻ったところで何が出来るというのだろうか?

 瑞奈は明らかに狂っていて。

 創造された怪物は、今にも亜季を羽ばたき一つで殺しそうだ。


「瑞奈っ! 聞いて!!」


 しかし、それはあくまでも非日常を知る者の視点での話である。

 亜季は何も知らない。

 瑞奈の纏う赤いドレス自体もまた、瑞奈が生み出した怪物であり、近付けば即座に、赤き刃が身を貫くことも。知らずに、亜季は近づいていない。否、近付けない。罪悪感で、瑞奈に近づくことすら苦しいから。

 亜季は何も知らない。

 瑞奈が今、歪みによって思考を制限されていることも。

 憎悪を煽られて、強制的に異能を顕現させられて、大量虐殺をさせられようとしていることも。何も知らないのだ。


「ごめん、アタシ――――実は、アンタを虐めて、性的快楽を得ていたの!!」

「――――っ!!!?」


 そう、何も知らない愚者こそが、時に、膠着した行き止まりを破壊するのだ。

 あまりにも、あんまりなカミングアウトによって、瑞奈の歪められた思考ですら、強制停止してしまったように。


「ひどい、よね……ごめん! 謝っても許してもらえることじゃないと思う! 本当はアンタのためにって思って、始めたのに……でも、それもエゴで! アタシの自己満足で! アンタを傷つけてばっかりだった!」

「…………っ!」


 瑞奈の動きが止まり、表情が苦悶に歪む。

 虐殺に歪められる思考と、『待って!? その前の話をもうちょっと詳しく話そうか!?』と戸惑う瑞奈の思考がぶつかり合い、魔の干渉が苦痛と共に止められているのだ。


「それでも! それでも、これだけは言わせて!? 殺されても良い! アンタになら、殺されても良い。どれだけ酷く殺されても良い! むしろ、殺されたい! 殺される瞬間、アタシは絶頂と共に昇天する自信すらある! でも、これだけは死んでも言ってやる!!」

「――――っ!!?」


 一段と瑞奈の苦悶の表情が濃くなる。

 『何の話ぃ!』と叫びたい想いが、次第に歪みの干渉を押しのけているのだ。

 皮肉なことに、無理やり異能を顕現させられたことにより、魔力の操作が可能となったが故に、干渉に対する抵抗力を獲得し始めているのだ。

 鑑賞者にして、干渉者は迷う。

 玩具が壊れることを承知で、干渉を強めるか? それとも、しばらく様子を見るか?

 しかし、その迷いは余りにも遅い。


「よく聞け、瑞奈ぁ! この怪物は――この作品はクソださいっ!! 他の人が圧倒されても、アタシだけは分かるっ!! いいか!? 誰かを不幸にしようが! 幸福にしようが! 作品に対して、手を抜くなよっ! それだけはやるんじゃねぇよっ!!」


 迷いなく、身勝手な叫び。

 亜季の叫びが、信奉者としての物だったのか、友達としての物だったのか、亜季自身にも分からない。

 ただ、胸の中で渦巻く感情を叩きつけるだけの、最速の叫びだっただけだ。

 干渉者である魔人たちは嘲笑うだろう。

 そんな言葉程度で、何が出来るのか? と。


「あ、き?」


 だが、魔人たちは知らない。

 時に、どれほど強力な魔術の縛りすら、たった一つの言葉が砕くこともあるのだと。

 何故ならば、魔とは即ち、人の心から生まれる物であるから。

 人の心を動かす物によって、破れるのが道理なのだ。


『なにそれ、つまらない……つまらないっ!』


 干渉者である魔人は、己の力を一時的に退けられた感触を得て、苛立つ。

 隠れ潜むことにしていた当初の方針を投げ捨てて、声を上げ、無理やりさらに強い干渉を瑞奈にぶつけようとして。


「浄炎開花――――桜花」


 公園全てを包み込む、盛大なる花吹雪によって遮られた。



●●●



 悪意は理不尽に訪れる。

 通り魔のように。

 気に食わないという理由だけで、容易く他者の人生を蹴り飛ばす。

 しかし、天網恢恢疎にして漏らさず。

 どれだけ悪意が世界に蔓延ろうとも、決して、それだけではない。悪意が人を理不尽に陥れるのならば、逆もあり得るだろう。

 奇跡みたいな出会いから繋がれた縁が、人を救うことがあっても、不思議ではない。


「はんっ、視線を媒体とする固有能力か。確かに、魔眼の類は脅威ではあるが、つまりは、こうして覆ってしまえば、意味を為さねぇだろうがよ」


 公園全てを覆うようにもたらされたのは、桜色の炎だ。それが、花弁の如く降り注ぎ、春の嵐を体現するが如く渦巻いているのだ。

 全ての魔を焼き滅ぼす、同類殺しの炎。

 けれど、今、瑞奈と亜季を包んでいるのは、浄化の炎。人を癒し、害する魔を退けるための優しい炎である。

 桜色の炎は、紅蓮のそれよりも局所的な効果は薄いが、広範囲を外部からの干渉を退けるためには最適の判断だ。事実、舞い散る花弁の如き炎は、瞬く間に水銀の怪物を焼き払い、また、瑞奈の精神を歪ませる影響も消し去っていた。


「さて、こっちの方はこれでいい。後は、きっちり落とし前を付けてやれよ、照子」


 同類殺しの炎を操る混血の退魔師。

 土御門治明。

 機関から支給された作業着で、抜身の刀身を構えるその姿は、まさしく守護者だ。

 そう、彼は恐るべき炎を操る混血であるが、その本領は敵を害することではない。誰かを守る時にこそ、治明は本領を発揮する人間なのだ。

 故に、状況は覆る。

 邪悪なる魔人の影響を、守るべき人々から遠ざけることが出来たのならば、状況はとてつもなくシンプルな物へ変化する。



●●●



『ねぇねぇ! レフズ、なんかやばくない!?』

『…………くそっ、くそっ、何だ、それ? 最低、最低、折角、素敵なバッドエンドが――』

『レフズ! 危ないって!!』


 干渉者たる二人の魔人が居るのは、公園から一キロほど離れたマンションの屋上だった。

 一体は、真っ黒な長髪と、髪と同色の貫頭衣を纏う幼い少年。

 一体は、真っ白な長髪と、髪と同色の貫頭衣を纏う幼い少女。

 少年の方は、右目だけが赤く。左目は黒い。

 少女の方は、左目だけが赤く、右目は白い。

 そして、二体の容姿は双子という領域を超えて似通っていたが、表情だけは正反対。


『ライン! このまま、あいつらを幸せにしていいの!?』

『そんな場合じゃないんだってば、レフズ! その内、絶対、この場所も把握されるって! 早く、早く逃げないとぉ!』


 ラインと呼ばれた少年の方は、幼い外見通りの泣きべそをかきながらも、必死に片割れの腕を引く。

 レフズと呼ばれた少女の方は、幼い外見に似合わない憎悪の表情で、遠くを睨む。

 姿形は似通っているというのに、その人格は正反対のあべこべの様だった。普段はそのあべこべさが噛み合っているが故に問題ないのだろうが、いざ緊急事態になってしまえば、軋轢が生まれる。

 無理もない。

 二体とも脅威度にして、ランクBに相当する魔人であるが、それはその特殊なる固有能力による産物。戦闘経験自体は皆無であるし、戦闘能力も決して高くない。場合によっては、ランクCの魔人と争えば、敗北する可能性すらある程度。

 嵌れば無敵であるが、状況を整えられなければ、戦闘に向いていない。

 外見通りの幼い精神性であるのが、二体一対の魔人、ラインとレフズだった。


「人界の守護者が、異界の侵略者へ告げる――――退去せよ。ここは、汝らの領域ではない」


 一度、坂を転がり始めた石が早々に止まらないように、魔人たちにとっての不幸は続く。

 否、不幸と呼ぶには余りにも自業自得な状況が、展開されていく。

 二体の魔人が言い争っている内に、周囲には無数の呪符が、境界を敷くために空間に点在。脱出不可と、弱体化の魔術的影響を与え始めた。

 結界。

 その答えに二体の魔人が辿り着く頃、その死角から忍び寄る影があった。


「ふんふふふーん♪」


 影の主は鼻歌交じりに歩み寄り、されど、二体の魔人は気付かない。結界に注意が引かれているもそうだが、影の主は気配が薄いのだ。

 究極の自然体と呼んでも過言ではない歩み寄り方だった。


「えっ?」


 偶然、振り返ったラインが目にして、初めてその存在を感知して。


「こんばんは、死ね」


 次の瞬間、ラインの頭部が砕けた。

 さながら、熟れた果実を思いきりバットで叩き潰されたような気軽さで。ラインの頭部は、襲撃者の手によって砕かれてしまったのである。


「…………へ?」


 隣に居た、レフズはその光景を眺めて呆然としていたが、数秒後、憎悪を持って襲撃者を睨む。殺意を込めて、視線だけで殺してやると、幼い顔を歪ませる。


「お、まえっ! お前はっ!! 突然変異のイレギュラーっ!!」

「おや? 私って有名人かな? でもまぁ、知っているなら話は早い」


 それは、理不尽の体現者。

 悪に対する理不尽。

 真夜中に突然、曙光が降り注ぐような異常と共に、邪悪を討ち滅ぼす規格外。


「そう、私が――――君たちを退ける者だよ、魔人ども」


 ランクBの魔人を討ち滅ぼし、死すら乗り越えた、異常なる異能者。

 天宮照子が、微笑みと共に魔人と相対していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 洗脳された人を言葉で引き戻すなんて感動的なシーンのはずなのに内容のせいで(笑)
[一言] 今回のダイジェスト >実は、アンタを虐めて、性的快楽を得ていたの!! もしもしポリスメン? >むしろ、殺されたい! 殺される瞬間、アタシは絶頂と共に昇天する自信すらある! ポ、ポリス…
[一言] つまりクラスメイトを巻き込んで学校でSMプレイをしていたのか…
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