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第25話 美少女転校生 7

 池内亜季。

 一年C組の女子高校生。

 部活は、美術部に所属。特に、技法に関してこだわりはない。ただ、作業をする際は、マイツナギに着替えてから、汚れに集中を削がれないように描き続けることを好む少女。

 外見は、鮮やかに染めたセミロングの茶髪に、可愛いというより、凛々しいという顔つき。校則にギリギリ反しない程度に、指先まできちんと整える、几帳面さが伺える容姿の手入れ。

 何も知らぬ者が見れば、ちょっと遊んでいる風の女の子にも見えるかもしれないが、成績は優秀。美術部に所属しているものの、運動が出来ないわけではなく、体育の時間はよく、運動部の面々と張り合っているようだ。

 その他、池内亜季に関して集めた様々な情報を整理してみた結果、世渡り上手の万能系女子という人物像が浮かび上がって来た。

 一番にはならないのか、なれないのかは不明。けれど、なんでも順位は上から十位以内。特に目立った主張はなく、趣味趣向も美術を除けば、周囲の環境によって平然と変えるタイプ。

 クラスカースト上位として、強気に振る舞う時があるのも、一種のポーズの可能性が高い。周囲にそう求められているからこそ、そう演じているのみ。本当の彼女は、日々を平穏に過ごせるのならば、己のキャラクターすらあっさりと変えてしまえるはずだ。


「生憎、アタシはあの子を許すつもりは無い。例え、アタシたった一人で、あの子を虐めることになったとしても。アタシ以外の学年……ううん、学校全部が敵に回ったって、アタシは止めない。絶対に、止めるもんか」


 だというのに、池内亜季はあまりにも覚悟が決まった言葉を、相対する私に告げた。

 じっと私を見据える目には、確かな強い意志が宿っている。


「随分と、執着しているねぇ、池内さん。そんなに、滝藤さんが憎いかい?」

「憎い? アタシが、あの子を? …………ああ、憎いよ。いっそ殺すか……それとも……ふふふっ、なんてね? そんなことしないわ。アタシには、そんなことは出来ない。殺意なんて、とても、とても」


 くくく、と喉の奥を鳴らしておかしそうに笑う池内亜季……池内さんの姿は、こっそりと教室を覗いた時に見せた姿とは、まるで違うように見えた。

 放課後。

 順当に準備を整えた私は、いよいよ満を持して、いじめの主犯である池内さんを駅前のファミレスに呼び出すことに成功していた。

 あらゆる抵抗を予想し、それを防ぐ考えを巡らせていた私であるが、けれど、池内さんはあっさりと私の誘いに乗り、こうして一人っきりで相対しているというわけである。

 しかも、怯えた様子などはない。

 取り巻き二人の宗旨替えを知っているはずなのに、まるで動じていない。

 私が事前にプロファイルした通りの人物であったのならば、そもそも一人で私と会わないだろうし、こうして誘いに乗ることも無いはずだというのに。

 明らかに、池内さんの中には確固たる信念が存在しているようにも見えた。

 歪んで、歪んで、しかし、それでも折れぬ信念が。


「なるほど、これは一筋縄ではいかないみたいだね。ならば、まずは謝罪しよう。君が、世間一般にあるようないじめっ子と同じと考えてしまっていたことに。君は、暇つぶしや、ストレスの捌け口などという『どうでもいい理由』で彼女を虐めているわけじゃあない。そんな物よりも、はるかに面倒な気持ちを抱えて動いている女の子だったようだ」

「それって、遠回りに貶している?」

「いいや、ストレートに罵倒しているよ、割と。だって、君自身も自分が愚かなことをしていると気づいているのだろう?」

「…………はははっ、見透かした、みたいに」


 池内さんの顔に、明確な怒りが笑みと共に浮かぶ。

 しかし、席は立たない。

 喚きもしない。

 こちらの挑発を受けてなお、この場から去らないということはつまり、『話したい事』があるのだろう。

 それは、こちらの意志と一致することだ。


「失礼。けれど、罵倒の中に敬意も含んでいると思って欲しい。何せ、自分が悪いと思うことを、己の意志で、己が悪だと認識したまま行える人間というのは意外と少ないからね。そして、大抵の場合、そこには明確な理由が存在する。例え、悪だったとしても、それを為さなければならない理由が…………君の場合は、一体何かな? 私は、それを訊きに来たのだよ」

「く、くくく、生憎、そんな大層な理由じゃないよ。そうとも、アタシの理由なんて、ぽっと出の転校生に馬鹿にされる程度の物だ」


 怒りと自虐の笑みを張り付けたまま、池内さんは語る。

 紡がれた言葉に反して、確かに重みを持った口調で。


「なぁ……天宮。アンタはさぁ、あの子の……瑞奈の凄いところ、知ってる?」

「質問を質問で返して悪いけれど、それは、あの絵のことかい?」

「そうだよ、それの事。うん、分かっているじゃん。それが理由」


 池内さんが美術部に所属していると聞いてから、なんとなくは予想していた。

 二人の間にある問題というのはつまり、絵と、滝藤さんの才能に関わることなのだと。


「アタシはね、これでも結構一途なの。好きになったことには、きちんと向き合う性質なの。だから、昔からずっと、絵を描いてきた。最初は、好きな漫画のキャラクターをノートにびっしりと描いて。それを周囲から褒めて貰った時に嬉しくて、うん、それが始まりの理由。そこからずっと、アタシは誰かに褒めて欲しくて絵を描いていたんだと思う」


 手元の冷え切ったコーヒーを口に含み、池内さんは浅く息を吐いた。

 いつの間にか、その表情から怒りが消え去り、代わりに過去を懐かしむ感情が加わっている。


「たくさん、たくさん、アタシは絵を描いたよ。周囲の中では、一番努力していたと思う。小学校じゃあ、アタシよりも上手に絵を描ける人は居なかったし。大手のイラスト投稿サイトでも、『年齢の割には』が付くけど、上手だって褒められていた。いい気になっていた。天狗になっていた。世界で一番上手なつもりは無かったけれど、アタシの世界(日常)では、アタシが主役なんだと浮かれていた」


 過去の栄光を懐かしむ池内さんの声には、懐旧と自虐が混ざっていた。

 幼い頃の万能感を懐かしみながらも、愚かだった自分を嫌悪しているのだろうか?


「そんな思い上がりを正されたのは、中学一年生の時。そう、あの子と……瑞奈と会った時だよ。知ってる? あいつね、中学校の入学式に出てなかったの。なんでか分かる? ふふふっ、途中で見えた風景を記憶したから、それを忘れない内に描いておきたいって理由。しかもね、見えたのはバスの窓から流れていく一瞬。それだけで、あの子は風景を切り取って、自分の中に保存できるの。しかも、頭の中でどんなに優秀な画像加工ソフトも顔負けの編集をして、自分の手で自在に出力する。もちろん、これはただの基本性能。彼女の芸術性を語るための、事前説明にしか過ぎないのだけど」


 長い。

 滝藤さんの話題になった途端、池内さんの口調が速くなり、まるで己の推しジャンルを語るオタクの如く長文を垂れ流しにし始めていた。

 しかも、つい先ほどまで浮かべていた笑みが、別の物に変わっている。まるで、好物を目の前にしている子供のような、にやけた笑みに。


「表現力。それが彼女はずば抜けているの。構図から、使用する画材。色の選択。テーマ。それら全てがずば抜けている。本当、何を食べていればああいう発想が出来るのか気になった時期もあったけれど、聞き出してみたら普通に栄養失調コースのクソ粗食だったわ。というか、あの子は放っておくと食事もせずに絵を描くから、誰かが口にねじ込まないといけないのが、また面倒で」

「池内さん、池内さん」

「何よ?」

「その、物凄くお気持ちは察するのですが、話を先に進ませてください。貴方のエピソードから、いつの間にか滝藤さんの語りにすり替わっています」

「…………うっさい」


 その様子が微笑ましかったので、十分ほど放っておいたのだが、その間、一切遠慮なしに語り続けた上、まだまだ続きそうだったので途中で中断させる。

 うん、そういう話も聞きたいけれど、それはまた後で。

 今は、君の理由について聞きたい。


「ふんっ。アタシの話と言っても、何も面白くないわよ。瑞奈と会って、彼女が描いているところを見て、自分の自信が粉々に打ち砕かれた。まるで青葉に這う芋虫が、空を跳んでいく大鷲を見ているような感覚だったわ…………ねぇ、アンタ。アタシが、あの子の絵を見て、漫画のワンシーンみたいに『なんだ、これは!?』って感覚で打ちひしがれたと思っているでしょ?」

「ええ、まぁ、その通りだけど、違うのかい?」

「違うわよ。そりゃあ、描きあがった絵を見た時も衝撃だったけど、全然違う。アタシが本当に打ちひしがれたのは、心の底から絶対の敗北を認めたのは、あの子が真っ白なキャンパスに向かって、一本の線を引いた時」


 池内さんは苦笑と共に、ティースプーンを鉛筆に見立てて振るう。

 肩から肘、腕、指先に至るまで滑らかに動くそれは、尋常ならざる錬磨の末であると、何の見識も無い私でも分かるほどだ。

 けれど、池内さんはまるで出来の悪いモノマネを披露したみたいに笑みを歪ませる。


「綺麗だった。普段はさ、猫背で姿勢も悪い癖に、その時だけはしゃんと背筋を伸ばしてさ。しゅって、何でもないように腕を動かすの。出来て当然、みたいにさ、アタシみたいなのが何時間かかっても引けないような線を引く。引いていく。しゅっ、しゅっ、しゅって」


 くくく、と池内さんの喉から自虐の笑みが零れた。


「欲しいと思ったよ、あの腕が。でも、あの腕をもぎ取って、アタシの腕にしたところで、私の頭じゃあ無意味。脳みそを取り換えても、何をしても、多分、瑞奈のパーツは瑞奈にしか意味ないし、瑞奈じゃないと絶対に描けない絵があるんだと思う。そう感じたら、もう駄目だね。主役交代。アタシはあの子を引き立たせて、栄光の舞台へ連れて行くための踏み台だと確信した。だから、アタシはあの子のために何でもしてあげたいと思ったの」

「嫉妬の心は?」

「あったよ、そりゃあ、当然。憎らしいぐらいに。でも、それ以上にアタシはあの子を尊敬していた。彼女のために尽くすことが、アタシの天命だと思ったぐらいだよ…………さて、ここで問題です。こんなアタシがどうして、あの子のことを虐めるようになったのでしょーか?」


 お道化て、肩を竦める池内さん。

 口元は笑っているが、目は笑っていない。問うているのはそちらだというのに、『答えを知りたくてたまらない』と願っているような、飢えた目つき。

 よって、ここで出すべき答えは、池内さんの中にある物を推測するのではなく、私が私なりに滝藤瑞奈という少女の人格を考慮して、考えるべきだ。

 …………ならば、私はこう答えるべきだろう。


「滝藤さんは、貴方の期待に応えなかった。つまり、栄光に興味を示さなかったのだろうね。そんな物を取ったところで、一体、何の意味があるのか分からない。それよりも、絵を描き続けることの方が大切だから…………いいや、違うね。こうかな? 『私は、亜季と一緒に絵を描ければ、それだけで幸せです』」

「…………く、くくく、凄いねぇ、流石、名探偵天宮。大正解! その通り! ああ、本当にそんなことを言ったのさ、あの子は…………ふざけるんじゃねぇ、って思ったわ」


 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、と何度も同じトーンで繰り返す池内さん。

 やがて、壊れたラジオのようにしばらく同じ音を繰り返した後、大きく息を吸って、続きを話し始める。


「アタシが欲しい物を全部持っている癖に。世界を変えられる可能性がある癖に。絵のコンクールとかが嫌なら、匿名でイラストサイトに投稿すればいいって、何度も……それでも、嫌だって。面倒だって。まるで、私の憧れている物に価値なんて無いみたいに…………だから、だから、アタシは、言ったんだ。アンタがその気になるまでは絶交だし。関わろうとすれば、嫌がらせをするって」

「池内さん。けれど、それは」

「わかってる! わかっているよ…………アタシが、全部悪いことぐらい」


 両手で髪をかき乱し、狂人の様相で池内さんは言葉を紡ぐ。


「これはエゴだ。アタシの我が侭だ。アタシが間違っている。アタシが悪だ。でも、おかしいんだ。大切だったはずなのに、最近は、あの子が傷ついた顔をする度に、少しだけアタシは満たされる。絶対に、アタシが望んでいることにはならないはずなのに。なのに、アタシは馬鹿なことをしている。もっと、違うやり方で『上手くやる方法』だってあったはずなのに。アタシは、アタシはもう…………もう、止まれない。許せない。何もかもが」


 歪んで、歪んで、それでも折れずに、けれど、狂う。

 まさしく、その感情は愛憎と呼ぶにふさわしい物だ。

 ――――私みたいな、薄情な人間には決して得られない物だ。


「だから、あの子に伝えて。本当はもっと早くに伝えられればよかったんだけどね……アタシを止めたかったら、アタシに『要らない』って言って。貴方の言葉で、アタシを殺して。なんて、本当に言われたら自殺するわけじゃないけど…………面と向かってそう言われれば、アタシは多分、それだけで何もかもを諦められるから」


 最後に、池内さんは私に伝言を託して席を立った。

 言葉を告げた彼女の表情は、泣いていたのか、笑っていたのか分からない。

 今の私に分かることがあるとすれば、それは些細なことぐらい。


「やれやれ、青春だねぇ、まったく」


 問題はもう、私の小手先の策略程度で収まる状況を、とっくに超えていたということ。

 私にとっては些細で、けれど、彼女たちにとってはとても大切なことだ。

 そう、結局のところこの問題は、中身がアラサーのオッサンではなく、最終的に青春を征く者たちが決着を付けなければならないのだと、私は思い知ったのだった。

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