第18話 美少女に至るまでの前日譚 18
毎日更新はここまで。文庫本一冊ぐらいの文字量でようやくTSした主人公です。
次回からは、隔日連載となります。
男ならば、人生で一度は美少女になってみたい! という派閥の人間が居るらしい。まぁ、性同一性障害とか、そこら辺のデリケートな問題は抜きにして、単なるサブカルチャー的な冗談として、この場では考えよう。
あるいは、単純な変身願望への回答として、ね。
あれだ。
一日とか、二日ぐらいは良いかもしれないね? いつもと違う自分。まるで違う自分。美しい少女の中に居るという体験は、ある程度胸の中に秘めた変身願望を満たしてくれるし、鏡の前で軽くポーズを決めると自尊心が満たされるかもしれない。
ただ、三日目を過ぎたあたりから、ふと正気に戻るので注意してくれ。
何やっているんだろう、自分……と軽く鬱が入るから気を付けて欲しい。私の場合は、そのような精神異常も、数時間で収まって「考えたところでどうしようもないや!」と開き直れたのだが、異能の影響が少なからず関係していることは明記しておく。
ともあれ、姿形も、性別も、戸籍さえも変わってしまったのだから、問題は山積みだった。
「はい、山田さん……じゃなくて、天宮さん。診察の時間ですよ?」
「先生。ぶっちゃけ、名前ががらっと変わり過ぎて、名前を呼ばれても自分だという実感が無いのですが? 以前の名前を使えませんか? もしくは、山田良子とかで」
「改名がお望みであるのならば、我々機関としても最大限の助力はいたします。けれども、以前の姿の名前を近くするのはお勧めできません。名前というのはとても大切です。魔術的にも、心理学的にも。姿形が性別からがらりと変わったというのに、名前が以前と近しい物であると、貴方は心の底で『違う』という意識がずっと続くことになるのです。その違和感は、最初は小さくとも、やがて、無視できない精神的摩耗へ繋がるでしょう」
「ええと、つまり、名前は変えていいけれども、出来る限り元の名前から遠ざけよう、ということですか?」
「はい。どうしても、と望むのであれば我々は止めませんが」
「…………あー、いや、大丈夫です。元々、一回死んでいますしね、私。ちなみに、どうして天宮照子なのですか?」
「懐古主義者たちが、天照大御神専用に用意した戸籍を流用しているので」
「まさかの戸籍リサイクル」
私は『懐古主義』と呼ばれる組織が作り上げた器を乗っ取ることによって、転生を果たすことが出来た。
その器自体は、普通の人間の体と何ら変わりなく……いや、それ以上の性能の肉体だった。
まず、見た目が凄い。普通に美貌がやばい。街中を歩くと視線を感じるという、前の肉体では経験することの無かったことが日常茶飯事である。何せ、金髪碧眼の美少女だ。グローバル化が進む現代日本でも、目立つ事、目立つ事。
まぁ、目立つのは良いんだよ。周囲の視線なんて気にしなければいい、というだけの話だからね。
問題は、この肉体の絶大なる性能だ。
「…………はい。握力測定失敗、と。いやぁ、この器具が壊れるの、久しぶりに見ましたよ」
「申し訳ありません」
「いえいえ……うーん、となると、素のスペックでも推定、ランクBの魔物たちに比肩する力を持っていますね。何より、魔力の生産力が機関に登録された退魔師の中でも、上位二十人の中に入るなんて……一体、どれだけの技術を用いて作られたのやら」
どうやら、天照大御神というランクAの魔物……いいや、『魔神』を降ろすための器として、あの組織は出来る限り最上の物を用意していたらしい。
肉体の強度は、戦闘特化のランクBの魔物と同等。
魔力の生産力は、人間にしては最高ランク。
脳細胞も優れた物を使用しているらしく、物覚えが各段に良くなった。
なんというか、特に意識しなくても、脳の使い方を無意識で制御できるというか。ともかく、大天才! というほどではないが、一度覚えたことは思い出そうと思えば、直ぐに思い出せる程度には性能が良くなっていると思う。
「とりあえず、その肉体に慣れるまではこの施設で寝泊まりしてください。申し訳ないのですが、貴方の状態はとても危険なのです。せめて、その肉体に慣れて安定しなければ、監視を外すことは出来ません」
「なるほど、了解です」
ちなみに、肉体すらも『完全死亡』した後に復活した事例は、長い機関の歴史の中でも非常に稀なケースなのだとか。
どれくらい珍しいかというと、機関がその事例の数を教えてくれないぐらいに珍しい。というか、情報が管理されている。流石に初めてではないらしいが、上層部のさらに上ぐらいしか把握していない情報らしいので、深く考えないようにしよう。
うん。何せ、山田吉次であることを証明するために、物凄く大変な検査が必要だったり、検査中は、物凄い数の退魔師が集められての厳重警戒態勢だったからね。
「…………すみません、山田さん」
「天宮ですよ」
「天宮さん。私は、私が…………貴方の異能を測り損ねた所為で」
「先生……時岡さんの所為ではないですよ。異能を調べる役割は別の管轄だ。そして、明らかに、あの命名者は何かを隠していた。だから、時岡さんが責任を感じるのならば、もう一度、私をあの命名者と会わせて――」
「すみません」
「えっ?」
「あの命名者は、消息不明です…………貴方の復活という騒動に紛れて、消えました」
ただ、目下、一番の問題があるとすれば、それは私のニューボディではない。
転生を経て、今なお力を衰えさせず……いや、それどころか変貌の真っ最中という我が異能、【不死なる金糸雀】だ。
機関の考えとしては、当初は防御型の異能であるという判断だったのだが、復活してからはその耐性が『死』にすら及ぶのならば、最悪、不老不死にすら到達してしまうという物だった。
これに関しては、現在、検査結果を元に、様々な調査、実験を行っている模様。
沢山薬を飲んだし、血液を採られました。人間ドックはもう一生分やったかもしれないね。
「今回の件は、我々機関の不備です。必ず、責任を取って対処いたします。何より、天宮さんはランクAの魔神召喚を偶然とはいえ、防いでくださった功労者です。功労者に報いることが出来ず、何が世界退魔機関でしょうか!」
「あ、ありがとうございます……でも、無理はその、しないように」
「いえ、無理を通して道理を引っ込めます。こうなったら、彼の力を借りて――」
「待って? 話を大きくしないで?」
今後の方針としては、『異能に干渉する異能』を用いて、私の異能を制御するという実験を試していくらしい。
本当にそんなことが出来るのか? あるいは、それすら耐性を得て、段々と効かなくなるのではないかと不安ではあるが、今更そこら辺を考えても仕方ないだろう。
私は生きることを選んだのだ。
どれだけ周囲に迷惑をかけるとしても、今は、精一杯やれることをやって、生きていくしか無いのだ。
だから、うん。差し当たっては、現世に生き返ることになった未練を早めに解消しておこうと思う。
「ええと、じゃあ、時岡さん。償いとか、責任とかではないですけれど……会いたい人が居るのですが、なんとか外出許可取れませんか?」
「生前の知人ですか? 事情を知っている退魔師たちならば、問題ないと思いますが」
「ああいや、知人ではありますが、多分、一般人です。だけど、顔を合わせたことも、声を聴いたことも無いですね」
「…………ああ! そういう」
「はい。ちょっと、ネット上の友人に会いたくなってしまって」
もっとも、会ってしまえば、それはそれでまた新しい未練が生まれてしまうのだろうが、もはや今更の話だ。
私はもう、格好良く死ぬのは止めにしたのだから。
未練は、多すぎるぐらいでちょうどいい。
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私は飽きっぽい人間ではあるが、一つぐらいは長く続いている趣味も存在する。
それはTRPGだ。
テーブルトークRPG。紙とペンとサイコロを用いて、各自、様々なキャラクターを演じながら進行する卓上遊戯である。詳しい説明をすると、オタク特有の長い説明が炸裂してしまうので、気になった人が居るなら是非とも調べてみて欲しい。中々良い暇つぶしになるだろうから。
そんなわけで、私はTRPGをオンライン上で遊ぶ趣味がある。
オフライン……つまり、現実でやろうとすると友達が居ないので、一人でやるのは難しい。それを解消するために、オンラインで各自、有志が集まって、それぞれの予定をすり合わせて遊ぶのだ。それをオンラインセッションという。
私はそこで、ツッキーと出会ったのだった。
『グレさん! グレさん! あの人、絶対ボクを煽ったぁ!! 許せない! GMといえど許せない! マンチキンに成り果ててシナリオを殺してやる!!』
『はいはい。落ち着け、ツッキー。ありゃあ、演出だよ。マジにならないの』
ツッキーは出会った当初、控えめに言っても『困ったちゃん』だった。
元々、中の人の年齢が十代前半。下手をすれば小学生ぐらいの子が遊んでいるのだから、ある程度、幼稚というか、何事にもムキになりやすいのも仕方がない。
けれど、質の悪いことにツッキーは重度のデータマンチ…………ルール上問題なければ、シナリオを崩壊させてでも自分の有利を狙っていくという方針のプレイヤーだったのだ。
ツッキーの中の人が、もう少し大人だったら良かったのかもしれない。
あるいは、ルールの仕様の穴を突くような戦法を次々と編み出す能力が無ければ、もう少し可愛がられていたのかもしれない。
参加者とゲームを楽しむことよりも、勝利を求めるツッキーのプレイスタイルは次第と周囲と軋轢を生み、自然と人が離れていった。
『うわぁあああん! 何だよ! 何だよ、あいつら!! 絶対、ボクの方が正しいもん! グレさんもそう思うでしょう!?』
『いや、さっきのは明らかにお前が悪い。謝って来なさい』
『うわぁあああああん! グレさんの裏切り者ぉ!』
そう、私こと『グレ』以外は。
ツッキーと離れなかったことに、特に理由などはない。ただ、私は薄情で、自然と周囲と距離を置く人間なのだが、ツッキーのように自分の都合優先でぐいぐい来られてしまうと、ある程度相手をしてしまうという悪癖があった。
だから、最初は仕方なく、付き合っていたのだ。
暇つぶしのような感覚で。
『グレさん! グレさん! 聞いてくださいよ! 今日ね、良いことがあったのです!』
『はいはい。聞いてやるから落ち着きなさい』
一体、いつからだろうか?
厄介者の愚痴や、日常のどうでもいい報告を楽しみにするようになったのは?
『グレさんが他の人を……凄く格好いいヒーローRPで……口説いた……ボクがヒロインRPをすると、いつも三枚目なのに……』
『PCの中の人は、妻子持ちの四十代男性だぞ?』
『浮気プレイなんて不潔!』
『駄目だ、こりゃ』
いつからだろうか? ツッキーというネット上の人物のことを、友人であると認めたのは。意外と結構早かった気がする。というか、早々に友人と認めなければ、ネットストーカーでヤンデレされた時に縁を切っていたと思う。
それくらい、ツッキーは割とちょっと『困ったちゃん』な部分が多い。
『えへへ、グレさん! グレさん! 今日はボクがGMやりますから! しっかりと見ていてくださいね? 貴方の弟子が成長した姿を!』
『本当に駄目な時は、即座に個人チャットにヘルプを入れるように』
『信用されていない!』
けれど、そんな欠点を許してしまうほどの魅力が、ツッキーにあったのは本当だと思う。
自称美少女のツッキーであるが、私としては性別関係なく、ツッキーのことを気に入っていた。薄情な私の足りない部分を、埋めてくれるような人だと思っていたから。
『グレさん! グレさん! どこら辺に住んでいますか? 流石に日本ですよね? 日本人ですよね? 東京駅から何時間です?』
リアルで会わなかったのは、単純に怖かったのと、未成年と保護者無しで会うのはアウトだからだ。社会人として、そんなことは認められなかった。
けれども、今の私は戸籍上、十六歳。
一応、自分の体裁を保つために二十五歳程度の偽装免許証を用意して貰ったので、条例的にはギリギリセーフだろう。
そもそも、ツッキーの言葉通りであれば、今の彼女と私は女の子同士。
まったく何も、問題の起こりようがないではないか。
「「…………」」
という安心感を盾に、胸が弾むのを抑えながら、私は此処に居る。
待ち合わせの場所は、意外と住んでいる場所が近かったので、分かりやすい待ち合わせ場所として、駅前のファミレスを指定。待ち合わせ時間は、午前十時半頃。お昼のピーク前に集まることによって、互いの合流をやりやすくするという考えだった。
加えて、私たちは互いに目印となる物を持ってくるようにしていた。
ツッキーは、TRPGのルールブックの一つである『アックスワールド3.0完全版』という、分厚い本を。
私は性別を偽装していたことになるだろうから、絶対に一目見たらわかるようにと、さらに分厚いルールブック『M&D 最新版』を掲げるように歩くことにしていた。
そして、互いに出会ったのならば、それぞれ六面ダイスを一つずつ振って、互いの出会いを祝福するのだ。TRPGゲーマーらしく。
ツッキーからダイスの演出を聞いた時は、いささか浪漫が過ぎると思ったけれども、五年越しの初対面となるのだ。これぐらいは付き合ってもバチが当たらないだろう。
そう、考えていたというのに。
「「…………」」
ころころっ。
いざ、出会った私たちは目を丸くしながら、とりあえず、向かい合って座り、ダイスを転がしていた。傍らに重苦しい本を置き、無言で何度かダイスを転がしていた。
やぁ、こんにちは! とか、君がツッキー? という確認の言葉もなく、私たちは互いの素性を一発で見抜いてしまったのである。
何せ、私と彼女は同じく世界の裏側で生きる住人――――退魔師だったのだから。
「…………ええと、山田さん?」
「人違いです」
「山田さんよね?」
「違います。本当です」
「天宮さん」
「………………はい」
「天宮さん、天宮さん…………天宮さんが、グレさん?」
「うん。ええと、そういう君は」
「ツッキーです」
「マジ?」
「マジです」
私の眼前には、精一杯おしゃれした、私服姿の芦屋が居た。
何だろうね? 物凄く可愛い。可愛いけれど、既視感のある可愛さだ。だって、昨日、一緒に服を選んだもん! お互いに人と会うから、互いの意見を参考にしたもん! 美容室にも行ったもん! 『ちょっと人と会うけれど、出来る限り大人びた服装で行きたいから選んで欲しい』と頼み込んで、服を選んで貰ったもん! もう、あれだよ? 完全に、芦屋がコーディネートしてくれた大人びたワンピース姿の、金髪ポニーテール美少女が現在の私です。
そして、芦屋の服もまた、完全に私の意見が採用されていた。
元アラサーの男性である私ならば、グレという年上の男性好みの服装を選べるのではないか? という思惑があったのだろう。私はそれに気づかず、『露出は少なめだけれど、清楚系が好まれるんじゃないかな?』という一般論で答えた。
どれだけ年上か分からないので、下手すると未成年と一緒に歩くとアウトの相手だった場合、露出少なめの方が良いだろうという判断で。後、まだまだ肌寒いし。後は、大抵の男は清楚系が安牌だろうなぁ、という旨でアドバイスしたのだ。
まさか、その通りの姿の芦屋と、こうして会うことになるとは思わなかったが。
「ん、んんんんんんー、うんんんむううぬんううううう?」
「落ち着こう? 芦屋、落ち着こう?」
「んんんんんっ!」
「何故、私の顔を触るのだい?」
当然、私たちは大いに混乱した。
私も割と衝撃を受けて固まっていたのだが、それ以上に芦屋がやばい。最初に出会った時は、見たことが無い笑顔で出迎えて、その笑顔のまま固まったかと思うと、真顔になって六面ダイスを取り出したのだ。
そして、互いに言葉を交わした後は、不思議なことに出くわした幼い子供のような顔で、首を傾げながら私を触って来る。主に顔をぺたぺた触っている。
一体、どんな情緒なのさ?
「…………よし。分かりました」
「ああ、うん。分かってくれた? いやぁ、こういうこともある物だよね? ええと」
「―――グレさん」
「…………ん、何だい? ツッキー」
芦屋が…………いいや、ツッキーが悪戯っ子のように微笑む姿を見て、私は安心した。
そうだ。そうだとも、確かに、彼女は芦屋彩月だ。でも、それ以上に、今はツッキーなのだ。そして、私はグレなのだ。今更、そんなことは関係ない。
私たちが結んだ友誼は、この程度の想定外では崩れない――
「大好きです♪ んちゅっ」
「むむむぅ!?」
などと油断していた隙を突かれて、私は唐突に唇を奪われた。
おまけに、私が混乱して目を回している間に、舌を入れてくるのだから、やり過ぎである。
「ん、むむむむ……ぷはぁ! 公共の場ぁ!!」
「えへへへ……」
こういう時ほど、転生して良かったと思う時はない。生まれ変わって強化された私の筋力は、退魔師である芦屋の力に抗い、なんとかキスを二十秒程度で中断させることが出来た。
ええい、可愛らしくはにかむんじゃない! 反省をしなさい、反省を!
「ごめんなさい、グレさん。ちょっと想いが溢れちゃいまして」
「ちょっと? ねぇ、ちょっとだったの? ねぇ?」
「グレさん、貴方が私の運命だったのですね? ふふふ、今から思えば、どことなくグレさんに似ていたからこそ、山田さんを無意識で頼りにしていたのかもしれません」
「本当かぁー? 本当かぁー!? それぇー!!?」
「私たち、いえ…………ボクたちは何が何でも出会って、結ばれる運命だったんですよ、グレさん! さぁ、結婚しましょう!」
「学生がアホなこと言っているんじゃありません。後、今の私は女の子」
「海外へ行って同性婚しましょう!」
「おい、土地の守護者ぁ!」
色々と衝撃的な出会いだったけれども、結局はいつも通りだった。
ツッキーがはしゃいで、私を引っ張って。私が、それを諫めるようにしながらも、その強引さをどこか心地良く思っている。
いつも通りの日常が、少し変わっただけ。
例え、五年来の友人が退魔師の女の子だったとしても。
例え、私の姿がまるで変ってしまっても。
「今日は徹夜で遊びましょう! えへへへ、ボク、今夜はグレさんを寝かせませんよ!」
「いや、普通に門限までには帰りなさい」
私はきっと、この日常を守るために生きているのだ。
一度死んで、生き返って、ようやく私は、それが知ることができたのかもしれない。
感想、評価、ブックマーク、誤字訂正ありがとうございます!
執筆のモチベーションがガンガン上がりましたので、なんとか出来る限り隔日連載を最後まで続けられるようにしたいです。
前日譚がクソ長かった拙作ですが、最後までお付き合いいただければ光栄です。




