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第14話 美少女に至るまでの前日譚 14

 『刀食らいの鬼』の恐るべき点は、大地を揺るがす怪力ではない。

 武具に対する耐性も、脅威ではあるが、素手で戦う者にとってはさほど問題ではない。

 では、速さか? 確かに、並大抵の退魔師ならば、瞬きの間に死ぬ速度を維持しながら、高速戦闘は可能であるが、それは前提に過ぎない。高ランクに位置する魔物たちの中では、戦闘力を持つ者ならば、最低限、音速の半分程度の最高速度を所有していなければ話にならない。

 ならば、『刀食らいの鬼』をランクBとして値すると判断された脅威は何だろうか?

 答えは、今、二人の学生退魔師たちの前で披露されていた。

 登場した時から、ずっと目の前で。


「ひひひひっ! どうした、どうしたァ!? その程度じゃあねぇだろうが、餓鬼ども! オレを殺してぇんだろう? なら、もうちょっと気合入れろやァ!!」


 治明の炎刃を弾き、背後から到来する呪符を、振り向きざまに指先で切り裂く。

 一定の距離を保って、援護を続ける彩月を鬱陶しく思いながらも、笑みは絶やさず、治明から視線を離すことは無い。

 まず、治明という前衛を潰して、次に後衛である彩月の排除。

 『刀食らいの鬼』の経験上、術者という奴は大抵脆い。固い場合もあるが、その場合は最初から前衛として殴って来る。この状況で殴ってこない相手なら、大抵が柔らかい。

 ならば、素直に治明を下してから彩月を排除すべき、という判断が為されていた。

 そう――――長期戦を前提とした、判断を。


「やはり、『燃費』が異様に良いわね、あいつ」

「高ランクの癖に、長期間の無補給での戦闘。加えて、素質ある者を食らわなくても、一般人を数十人ほど食らえば、あっという間に全回復か。厄介極まりないな、クソが」


 『刀食らいの鬼』の真に脅威と判断されるべき点。

 それは、継続戦闘能力だった。

 本来、魔物は強力な力を持つ者ほど、魔力消費の燃費が悪く、魔力を補給しなければ、仮初の肉体を維持できずに消滅してしまう。

 ランクBならば、戦闘をせずとも二時間以内には。全力で戦闘をするのならば、二十分もかからずに魔力が底を尽きて消滅する。

 ランクAともなれば、ただ数秒存在するだけでも、途方もない魔力を消費してしまい、非常に燃費が悪い。

 そのため、退魔師の対処のマニュアルとしては、出現したばかりの高ランクの相手に、時間を稼げるのならば、時間切れを狙うのが定石とされている。

 しかし、『刀食らいの鬼』にはそれは通じない。


「ひひひ、焦らなくていいぜぇ、じっくりと戦おうや。そっちが困るなら、援軍だって呼んでいいんだぜぇ? もちろん、全員オレが食らってやるけどなぁ!」

「ちっ、元気いっぱいかよ!?」

「おうともさぁ!!」


 数百年の封印から解き放たれたばかりだというのに、即座に戦闘へ移行するメンタル。

 何らかの魔力補給を受けたにせよ、人外の実力者である二人を相手に、十分も全力で戦闘可能な魔力効率の良さ。

 加えて、誰か一人でも食らえば、その時点で削った体力や魔力すらも、一瞬で回復するのだから、質が悪い。

 一つの地方を滅ぼす可能性を持つのが、脅威度ランクBだ。

 ならば、この『刀食らいの鬼』という存在は、止まること無き殲滅兵器として、多くの人間を殺し続けるのだろう。

 その魂に刻まれた存在意義である、蹂躙を果たすために。


「…………さて、そろそろいいか」


 しかし、このまま劣勢を許すほど二人の学生退魔師は甘くない。


「獄炎開花・花吹雪」

「――――っ!」


 治明と『刀食らいの鬼』が拮抗する途中、唐突に、治明が持つ刀の白炎が弾けた。

 ぼぼっ、というくぐもった音が一つ鳴ったかと思うと、弾けた白炎は花弁の如く、周囲へ舞い散っていく。


「はっ、正解だよ、クソッタレの魔人野郎」


 とっさに白炎の花吹雪の範囲外に下がった敵対者へ、治明は賞賛の言葉を吐き捨てた。

 花吹雪が舞い散る空間には、治明の魔力が濃密に満ちており、この場に留まれば、如何に『刀食らいの鬼』とはいえ、体が発火することを避けられなかっただろう。

 それほどまでに、魔力に満ちた空間を治明は形成していたのだ。


「…………何かする気かよ、面白れぇ」


 『刀食らいの鬼』は、数百年前に、数多くの退魔師と戦った経験から、状況を判断する。

 これほどの濃度で魔力を空間に行き渡らせることは、並大抵の退魔師には不可能。けれど、いくら治明が膨大な魔力を持つ退魔師だったとしても、この空間形成は長く続かない。このまま続ければ、五分も経たずに魔力は枯れ果ててしまう。

 よって、『刀食らいの鬼』は結論を出した。

 相手は短期決戦のため、何かしらの『必殺』を使うのだと。

 だが、負傷を覚悟であの空間に突入してしまえば、それを狙っていたとばかりに、彩月からの『必殺』を受ける。そう、確信してしまうほどに、今の治明にも負けず劣らずの、濃厚な魔力の脈動を彩月は放っていた。


「ひ、ひひひひっ! そうだ! これだ! こういう奴を下して、食らって! 蹂躙してやることこそが、オレの本懐だっ!」


 されど、『刀食らいの鬼』は恐れない。

 胸に秘めた欲望、いいや、もはや使命とも呼べるそれを遂行せんとする時、『刀食らいの鬼』は恐れ知らずの怪物へとなるのだ。


「力を貸せ、葛葉」


 だからこそ、治明からさらに膨大な魔力の奔流を感じた時、『刀食らいの鬼』はまず、笑った。

 背筋がぞくぞくと震えて。白炎の熱で歪んだ空間、その背後に、九つの灯火が揺らめくとき、己の死のイメージすら幻視したが、笑みは消えない。

 安全確実に強力な力を行使できるのならば、最初からそうするべきだ。

 だが、治明はそうしなかった。彩月もそうだ。ならば、かなり強烈な欠点が存在しているはず。『刀食らいの鬼』は冷徹な観察眼で二人の学生退魔師の力量を判断し、静かに構えを取った。

 登場から、今までの戦い、無造作に、楽しむように暴れるだけだった魔人が初めて武術の構えのような体勢を取ったのである。


「来いよ、退魔師ども」


 やがて、魔力を含んだ空気は、三者の中で破裂しそうなほど緊張を高めて。


「そいやっ」


 まるで、場違いな緩い声と共に、どすり、という鈍い音が響いた。


「――――あ?」


 最初に状況を理解したのは治明。

 思わず、必殺の準備を解いてしまうほどの驚愕が、眼前にあり、何度も目を瞬かせる。

 次に、彩月が我に返った。余りにも唐突に、わけの分からないことが起こって、退魔師としてあるまじきことだが、一瞬、気が遠くなっていたのだが、なんとか状況を理解できたらしい。

 最後に、『刀食らいの鬼』は、状況がさっぱり理解できないまま、とりあえず腕を振るった。


「ぐがっ!?」


 すると、塵芥の如き何かを吹き飛ばした感触があったので、半笑いで状況を察する。

 先ほどまで相対していた二人よりも劣る退魔師が、恐らく、不意打ちをしてきたのだろう、と。そして、身の程知らずが、不意打ちに失敗して、己によって吹き飛ばされた。退魔師たちが驚いているのは、余りにも無謀なことをやらかした馬鹿が居るため。

 なるほど、ならば納得。やれやれ、どの時代にも無謀なことをやらかす屑は居るものだと、侮蔑の笑みを浮かべたところで、「ごはっ」と何かが口から吐き出された。


「げほっ、げほっ? ひ、ひひひ……なんだ、屑の攻撃もそれなり……に?」


 そこでようやく、『刀食らいの鬼』は気づく。

 ――――己の心臓が、背後から『細長い杭』によって貫かれていることに。


「ん、な、あ、あげおっ!? ご、ごれ、はぁっ!?」


 口からは大量の血液が。

 貫かれた箇所からは、大量の魔力が零れ落ちていく。

 何故? 何故? 何故? 己の力であれば、あらゆる武具による攻撃に耐性を持っているはず。なのに、どうして?

 疑問が渦巻き、正常な判断を下せない『刀食らいの鬼』。そんな彼の頭部へ、再び、不意打ちの形で痛烈な衝撃が襲った。


「がっ!?」


 強烈な一撃だった。

 混乱している状況下での不意打ちというアドバンテージを差し引いても、『刀食らいの鬼』が持つ防御性能を上回る一撃を放つことは、驚愕に値する。


「やっぱり、そうか。封印の目的は、後天的な弱点の作成という意味もあったのだろうね。数百年間、己を封印してきた物体があるのなら、当然、それが弱点になる、と。そもそも、元からして大層な魔道具らしいからきっと、半分にへし折られた状態でも、きちんと効果を発揮してくれると思ったけれど、うん。大当たりだ」


 ましてや、それが、つい先ほどまで弱々しい新人だったはずの、山田吉次がそれを為しているのならば。

 青天の霹靂と呼ばれても、仕方のない出来事だ。


「さぁ、二人とも。上手いこと弱らせることに成功したから、囲んで叩いちゃおうぜ♪」


 ばちこーん、と華麗にウインクをかます吉次に、先ほどまで激闘を繰り広げていた二人は、唖然とするしかなかったという。



●●●



 状況を正しく理解するためには、時間を少し遡る必要がある。

 といっても、それほど複雑なことではない。


「うわっ、生きていやがりました……きもっ。何をどうやったら、そんなに気持ち悪くなりやがれるのですか?」

「酷いなぁ、エルシアちゃん。私はこれでも、物凄く頑張って格上に勝利したと思っているのだけれど?」

「なんで、退魔歴が二か月も経っていない新人が、ランクCの魔人を倒せやがるのですか? 本物? …………ちっ、本物だった」

「エルシアちゃんが、無言で魔術を発動させた後、舌打ちしている……」


 エルシアと吉次の合流は、問題もなくスムーズに行われた。

 どうやら、姑獲鳥以外には妨害戦力は存在せず、少なくとも、今回の戦いに横槍を入れるような奴らはもう出てこないだろうとエルシアが判断。

 その後、速やかに戦場となる博物館へと戻ったのだが、すぐに二人への加勢に加わらなかったのには、理由がある。


「…………継戦特化……防御重視……まずいです。ワタクシの魔術や、使役する式神では、二人の邪魔にしかなりません」


 火力不足。

 エルシアが持つ魔術と、式神のストックでは、『刀食らいの鬼』へ決定的なダメージを与えるには火力が足りなかったのだ。


「じゃあ、機関の援護が来るまで待機しているかい?」

「そんないつ来るか分からない物を待っている暇はないに決まってやがるでしょう?」

「確かに。機関は人員不足だからねぇ。んじゃあ、とりあえず、こっそりと移動しよう。見ておきたい場所があるからさ」

「……どこです?」

「あの怪物が封印されていた場所」


 よって、エルシアと吉次は、隠蔽魔術で姿を隠しつつ、『刀食らいの鬼』が封印されていた場所を探ることにしたのだ。


「ふむ、なるほどね」


 封印されていた場所は、地下の関係者以外立ち入り禁止のドアを開け、さらに奥へと進み、床にある重厚な扉を上げることによって、ようやく入り込むことが出来る位置にあった。

 六畳一間程度の個室。周囲の壁、床、天井にはびっしりと呪符が張り付けてあり、中央には人ひとりが入れる程度の棺が一つ。

 ただ、壁や床には散らばった血液と、食べ残しである肉片が。

 棺の横には、棺と同質で出来ているであろう『細長い杭』――それが、中央から真っ二つにへし折られている物があった。


「何を分かったふりをしてやがりますか?」

「まぁまぁ。ところで、エルシアちゃん。あの怪物を、どうやって芦屋の一族はここで封印していたんだろね? 棺に納めて、後はぐっすりおやすみなさい?」

「腐れ脳の馬鹿野郎。よく見やがれです。棺に穴があるでしょう? この穴に、杭を差し込んでおくのです」

「ほほう、つまりは数百年串刺しにされていたわけか、あの怪物は」

「自業自得です」


 だよねぇ、とエルシアの言葉に応えた後、吉次は一つの案を提示した。


「ところで、天才魔術師のエルシアちゃん」

「その気持ち悪い媚びをやめやがれです、腐れチ〇コ野郎」

「リサイクルって、出来るかな?」

「…………それです?」

「そうそう、これね」


 砕かれた魔道具のリサイクルに、ランクBの魔人相手へ、不意打ち。

 知的とは言えず、無理を通すような作戦であるが、幸か不幸か、ここにはそれが出来るだけの人材が揃っていた。

 まず、エルシアが一時的ではあれど、壊れた魔道具を利用して、奇襲用の物へと改造。

 次に、緊迫した戦闘の空気の中、敵にも味方にも気づかれず、吉次が潜伏。その後、千載一遇の好機を逃さず掴み、不意打ちを成功させたのだった。

 不意打ちを決めてしまえば、後は消化試合みたいな物だった。

 いくら燃費がいいと言っても、限度がある。数百年間の間、貫かれていた魔道具に再度貫かれ、力を制限されては、流石のランクBでも戦力低下は免れない。


「蹂躙の邪魔をしやがって、くそがぁあああああああ!!!」

「いたっ! いたっ!? ちょ、こいつ…………痛いって言ってんだろうがぁああああ!!」


 具体的に言えば、吉次と殴り合って圧される程度には、弱体化していた。

 無論、それが弱いという証明にはならない。現状でも、『刀食らいの鬼』は並大抵のランクCの魔人とは比肩出来ないほどに強い。

 なので、異常なのは吉次の方だった。


「…………なぁ、強くね? 吉次、強くなってね?」

「そう、ね。控えめに言っても、新人の強さじゃない。戦場に稀にある覚醒事例? でも、余りにも急すぎる……覚醒と言うよりは、生命の規格から変貌しているような……」

「ぶっちゃけ、気持ち悪いですよね?」

「「こらっ」」


 吉次と『刀食らいの鬼』の戦いを見守る、三人の学生退魔師の経験上、命の危機に瀕して、異能の性能が上がったり、突然、新たな能力に目覚めることは稀にある。

 しかし、基本は人間の体なのだ。

 多少、魔力を扱う術を会得したところで、今、吉次がやっているように、ランクBの魔人相手にマウントポジションを決めて、乱打を叩き込むことなんて出来ない。

 人間は様々な知恵や道具を駆使して、自分よりも大きな獣を討つことは出来るが、素のスペックではむしろ、瞬間的な戦闘能力に秀でていない生物なのだ。それは、魔力を扱える人間でも変わらない。相手が魔力を扱える相手ならば。


「あぁああああああいっ!!」


 そのため、三人からすれば、乱打で『刀食らいの鬼』の頭部を叩き潰し、そこから、首をねじり切るという残虐ファイトを遂げた吉次は異常なのだ。

 いや、奇声を上げながら人の形をした者から、首をねじり切れば普通に異常者なのは当然だろうが。

 ともあれ、異常ではあるものの、これぐらいの芸当ならば、機関で出来る存在はそれなり存在するので、即座にどうこうなることは無いようだ。


「ぜぇ、ぜぇ……っ! 三人、とも! 手伝ってくれても! 良かったんだぜ!?」

「私はきちんと、弱体化の結界を強化し続けてきましたよ? 後半、奴の動きが鈍ったのは、その所為です」

「そっか、ありがとう! 疑ってごめんね? それで、残りの二人は?」

「俺はアンタがミスった時のために、一撃で仕留められるように炎を収束して、練り上げていたところだ。前準備がかかるから、実戦では使えないが、いざ、発動すればあの防御性能でも貫いて殺せたぜ?」

「なるほど! 疑ってごめん! なんだかんだ、皆、ちゃんと私のことを考えてくれていたのだね?」

「ワタクシはあわよくば、もうちょっと痛い目に遭えばいいと思っていました」

「エルシアちゃんはもう、あれだよね? 私のことが素で嫌いだよね?」


 『刀食らいの鬼』が首をねじり切られてからしばらくして、その肉体が他の魔物の例にもれ得ず、霧散した。真っ白な霧に変換されたかと思うと、揺らめいて、やがて、現世から消えていった。

 残ったのは、向こう側が透けて見える程の透明度を持った、緑色の魔結晶のみ。

 大きさはこぶし大であり、やや、端にひびが入っている。


「ほほう、やっぱり、綺麗だよねぇ、これ」


 吉次はボロボロの体を感じさせない動きでそれを拾い上げ、しばし観察する。


「…………ふむ」


 その後、そっと魔結晶を地面に降ろして、そのまま大きく右手を振り上げた。


「「「まてまてまてまて」」」


 明らかに、その場で叩き割る動きだったので、慌てて制止に入る三人。

 そのリアクションに、吉次は「えー」と不満そうな声を上げた。控えめに言っても、大人の対応にはまるで見えないだろう。


「吉次、やめろ。ランクBの魔結晶は洒落にならないレベルの戦果だぞ?」

「何の理由もなくこれを破壊すると、減俸ではすまないのですが?」

「頭がおかしくなりやがりましたか?」

「いや、なんかこう、壊した方がいいと思って。勘で」

「何か予感があるのか?」

「よくわからないけど、なんかよろしくない気がするのだよ」

「…………わかりました。では、封印術を用いて、機関に渡すまでは閉鎖空間で隔離しておきましょう」


 吉次は退魔師の先輩である三人に言われて、渋々魔結晶から遠ざかった。

 無論、吉次も理解している。

 魔結晶は魔物の核となる物質であるが、それだけだ。霧散し、肉体を失った者が、いくら魔結晶に魔力を込められようとも、復活することなどはない。

 ――――ごく一部の例外を除いて。


『ひひひっ』


 嘲笑の声と、それは一瞬でやって来た。

 周囲を真っ白に染め上げる、緑色の閃光。次いで、煙でも焚かれたかの如き、濃厚な煙があたりへ充満して。

 どっ、という生々しい音が響いた。


「ひ、ひひひっ! 愚か! やっぱり愚かだよなぁ、おい! 退魔師ども! 何故、オレが『封印』されていたと思う? そりゃあなぁ―――こういうことが出来るからだよぉ!!」


 それは、機関の、ひいては芦屋一族の汚点だった。

 かつて、数百年前の戦国から、『刀食らいの鬼』を式神として扱えないか? もしくは、意識を奪い、魔力さえあれば何回でも再生できる斥候として利用できないか? その魔法を解析して、不死身の兵士を作れないか? などという計画があったのだ。

 もっとも、ランクBという魔人の取り扱いは非常に難しく、『いつか誰かが、余裕がある時にやるかもしれない』ということで、情報の一部は秘匿されていた。

 魔結晶の状態からでも、復活可能な魔人。

 この事実が彩月に隠されてなければ、『まだ当主ではない』という理由で教えられていないということが無ければ、あるいは、その一撃を未然に防ぐことが出来たかもしれない。


「…………えっ?」


 疑問の声を上げる彩月。

 当然だ。何故なら、彩月は歴戦の退魔師であったとしても、まだ十代の学生。突然の想定外が続けば、思考も一時的に止まってしまう。

 それは、治明もエルシアも同じだった。


「ごほっ、ごほっ…………あー、致命傷だねぇ、これは」


 故に、動けたのはたった一人だった。

 吉次は己の直感が導くまま、脊髄反射レベルの動きでそれを為したのである。

 そう――――魔人の一撃から、とっさに彩月を押し出して庇い、心臓を貫かれたのだった。


「ひひひひっ! お返しの味はどうだぁ、おい! クソ退魔師ぃ! 死ぬ前に教えてくれよ、なぁ!!?」


 魔人の言葉が、無情にも静寂を破り、残酷な事実を告げる。

 山田吉次という退魔師は、本人の言葉通り、致命傷を受けてしまったのだと。

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[一言] 何と言うことだ、今時貴重なおっさん無双モノなのに終わってしまう
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