第12話 美少女に至るまでの前日譚 12
無力である。
私は現状に於いて、かつてないほどに自身の無力を痛感していた。
「…………子供たちが危険な任務に就いている時に、大人の自分は、離れた安全圏で待機って、どうよ? いや、何もかも芦屋の言う通り――今の私は足手纏いなのだから、何を言う資格もないのだけれどさぁ」
芦屋からの説明によれば、襲撃犯は人間の魔術師である可能性が高い。その上、最低でもランクDの魔物、もしかすれば、ランクCの魔物が複数使役、もしくは、共同戦線を敷いている可能性があるようなのだ。
つまり、退魔師歴が二か月未満の私なんて、足手纏いも足手纏い。
最近ようやく、ランクDの魔獣を討伐できるようになっただけの奴が、戦力としてカウントされる襲撃ではなく、むしろ。人質とされた方が厄介である。
「理解はするさ、納得もする。現に、私が無理やりついていったところで、満たされるのは私の虚栄心のみ。状況が悪くなるだけ。チームワークだって、全然駄目…………確かに、そうだ」
頭では分かっている。
こうして、戦場となるだろう場所から二百メートルほど離れた場所で待機していることが、唯一、私が役立つことなのだと。運転席の背もたれに体重を預けて、高鳴る動悸を抑えながら、なんとか無事を待つことしか出来ないのが、私なのだと。
心のどこかに引っかかる物があるとすれば、それは、私が、自身の情けなさを認めたくないからだろう。
「結局、『格好悪いのが嫌だ!』というわけか。まったく、どこまでも自分本位で、薄情な奴め」
私は、私の善意を過信しない。
子供たちを危険な場所に於いて、不安に思う気持ちに、道徳的な物が無いとは思わないが、それだけではないと確信している。私という大人は、世間体やら、格好悪くなりたくないという利己的な感情だってあるのだ。
間違っても、聖人君子の類ではなく。
故に、だからこそ、偽善者という言葉がしっくりと来る。
偽善…………良い言葉だ。善を偽るような者でも、誰かのために動くことが出来るという、そんな希望が伺える言葉だと、私は勝手に解釈している。
「あーあ、早くもっとマシな偽善者になりたーい…………って、アラサーのオッサンが言うのは、本当に痛々しい物が――」
背筋に伝わるざわめきに反応して、私は瞬時に運転席から転がり落ちるように外へ出た。
――――がぁんっ!
響く、金属の破砕音。
散る、金属片。
とっさに大きく背後へ跳んで、自動車から距離を取る。
「クスクス、避けられてしまいましたカ。新人にしては、勘がイイ」
状況を把握する。
私が座っていた運転席は、ボンネットごと破砕されてしまっていた。何故? 理由は明白。
自動車を一撃で半壊させてしまう力の持ち主が、上から降って来たからだ。
「そりゃあ、どうも。ところで、この廃車確定の自動車に関して、保険会社を挟みつつ、弁償に関して話し合いの機会を持ちたいのですが?」
「この状況で、その減らず口。中々のメンタルですネェ?」
敵対者を認識する。
私の眼前――叩き潰した自動車の上に立っているのは、喪服を纏う、妙齢の女性だった。頭からすっぽりと黒いベールで顔を隠しているが、口元は赤い三日月が浮かんでいるかの如く、人間離れした笑みが張り付けられている。
加えて、その両手。
自動車の前半分を叩き潰したその両手は、人のそれではなく、大鷲のかぎ爪を連想させる、異形の物だ。
人型。
会話を交わすだけの知能。
魔獣ではない――――魔人とカテゴライズされるべき魔物が、そこに居た。
「ありがとうございます。貴方はひょっとして、褒め上手?」
「アラ、そんなこと初めて言われたワ」
脅威度は不明。
私は芦屋のように、脅威度を測定できるだけの解析能力も、治明のように感覚で強さを理解できるような天性の素質も無い。
だが、低ランクであったとしても、害意が認められている以上、逃がすわけにはいかない。そして、高ランクだったとすれば、この間合いから逃げられる気がしないので、やはり戦うしかないだろう。
問題があるすれば、私の装備一式、車内に置いてあるということかな?
うん、ヤバいね。
「ジャア、お礼と、賠償金も兼ねて――――嬲って、殺して、あげル♪」
喪服の魔人が、言葉を言い終えると同時に、凄まじい衝撃が私を襲った。
目にもとまらぬ速度で、魔人が私を殴り飛ばしたのだ。
とっさに両腕を掲げて、相手のかぎ爪を受けた自分の直感を褒めてあげたい。まぁ、もっとも? その後、派手に吹き飛ばされて、視界もぐるぐる回転しているので、焼け石に水みたいな状況だけれども。
「あは、あははははっ! イイわぁ! 才能あるワ! 貴方!!」
「ぐっ! がっ! は、ははっ! 流石、褒め、上手! 初めて、言われたぜっ! そんな、ことっ!」
繰り返される追撃はさながら、ボールで遊ぶ子供のように。
両腕を力任せに振り回す、一撃。避けても余波でよろめき、すらりと伸びた足が私の腹部を蹴り飛ばす。蹴りで動きが止まれば、今度こそ、かぎ爪が私の体を叩き飛ばし、ついでとばかりに、胴体の肉を爪で引っ掻いていく。
痛い。
とてつもなく痛い上に、衝撃で前後も分からなくなってしまいそうだ。
「あは、あはあははははは――」
「だから、貴方の期待にお答えしよう」
しかし、相手が遊んでくれている間に、大分慣れた。
私は叩き飛ばされる直前、喪服の魔人の手を掴み、そのまま勢いを利用して投げ飛ばす。
「お?」
追撃はしない。
喪服の魔人を投げ飛ばした後、私は素早く自動車の後部座席まで走り込む。そして、装備を引っ張りだして、とっさに叫んだ。
「結界、起動!」
芦屋お手製の結界符。
魔力を通せば、私でも使用可能な使い捨ての魔道具。
何よりもまず、私はこれを発動させたかった。退魔師として最低限、民間人への被害を防ぐために、結界の展開が必要だと判断したからである。
「あはっ! イイのぉ? 貴方、逃げられなくなっちゃったワヨ?」
投げられた状態から、華麗に着地した喪服の魔人。
彼女は、私を嗤っている。
どこか、鈍りを感じさせるイントネーションで、こちらを挑発するかのように。
「ま、あ。これでも私、退魔師なので」
「新人なのニ?」
「ええ、新人なのに」
喪服の魔人の言葉通り、この結界は発動速度を優先した所為で、内外の遮断を細かく区別することなど出来ない。半径五十メートル圏内を内側として、外側と境を作るのみ。
だから、この魔服の魔人を閉じ込めておいて、私が逃げるということは出来ない。
…………いや、元々私が単独で逃げられるかは怪しい相手だ。民間人への被害を抑えられるという点を喜ぼう。それに、気になる点もある。上手く、相手から情報を引き出したいところだが…………ううむ。
「クスクス、それってェ、ひょっとしてェ――――私、舐められてル?」
じりじりと、肌がひりつく感じ。
私のそれとはまるで比べ物にならない、覇気と、魔力の脈動。
困ったな。予想していたが、かなり強いぞ、こいつ。
でもなぁ、強くてもなぁ。仕事だから頑張らないとなぁ。
「クスクス、健気」
私が装備である警棒を構えると、喪服の魔人は愉悦の笑みを浮かべた。
「でモ、無意味――――【重さを孕みなさい】」
次いで、その言葉が聞こえたかと思うと、突然、私の腹部に重苦しい何かが埋め込まれたような錯覚を得た。
そう、錯覚だ。素早く視線を下ろして確認するが、腹部に異常は見られない。けれども、重さの感覚だけがある。腹部を中心として、体が段々と鉛に置換されるが如き不快感。
間違いない。
私は今、奴の固有魔術による攻撃を受けている。
そして、固有魔術を有している魔人ならば、脅威度はランクC。
小さな町なら単独で殲滅可能であり、退魔師以外では討滅することが不可能な存在。
「さ、ア! 楽しみましょウ? 私は勝利と栄光ヲ。貴方は、敗北と屈辱ヲ」
新人退魔師の死因となるケースが、最も多い相手だった。
●●●
喪服を纏う魔人――姑獲鳥は、己の勝利を確信していた。
というよりも、この状況からどうやって負けられるのか? 逆に尋ねたくなるほど、姑獲鳥は吉次を圧倒していたのである。
「男は知らなイ。一生、知ることが無い重ミ……それハ、歴戦の猛者ですラ、動きヲ鈍らせル」
姑獲鳥の眼前でふらつく吉次の動きは、鈍い。
異形の手を振るい、姑獲鳥が殴る時でさえ、リアクションが二秒も遅い。
殴られた後に、ようやく、殴られた事実に気づき、混乱しているという有様だ。
「貴方ハ、もウ、逃げられなイ」
脅威度ランクCに値する力を持つ魔人、姑獲鳥。
彼女が持つ固有能力とは、相手に『重さを孕ませる』ことである。
それは、単純に相手の肉体へと負荷をかける類の魔術ではない。そうであるのならば、肉体的な強度、魔力的な強度で抵抗されて、屈強な退魔師たちには抵抗を受けてしまう。
故に、彼女が重さを孕ませる場所は、精神だ。
魔術の分類の中でも、呪術と呼ばれる類の技術を用いて発動するそれは、対象者に『臨月の妊婦』の体験をさせるという物。
つまり、ろくに動き回ることも出来ないし、常に体調不良の感覚が付きまとう。
「無様に泣き叫びなさイ? かつての、私たちのようニ!!」
共感呪術。
我が子を産むことが出来ず、妊婦のまま死んだ人間たちの思念によって影響され、異界で誕生した魔人、姑獲鳥たちが所有する魔術だ。
姑獲鳥。
それは、数多の書物にも記録されてある妖怪の一種である。
現世に存在する数多の妖怪、妖精、神々は、現世の常識に従えば、創作であるか、実在した何かを誇張して作り上げられた虚像だ。しかし、魔物の存在を知る者ならば、それらが実際に存在し、その時代の退魔師たちと戦っていたのだと推測できるだろう。
姑獲鳥という魔人も、かつて妖怪として認識されていた存在だ。
もっとも、姑獲鳥という名称は、魔人たちによっては称号や種族名のような物だ。個人名ではなく、同じ存在が長年に渡って存在しているわけでは無い。
出現しては滅されて。
滅されては出現して。
その都度、違う姑獲鳥が姿を現すという仕組みになっている…………この喪服を纏う魔人も、その流れの一体に過ぎない。
「お前たチ、退魔師に殺されタ、私たちのようニ!!」
姑獲鳥もまた、そのことを理解している。
故に、それから逸脱することを望んでいた。
「まズ、内臓を引きずり出ス! 血を絞り出しテ、喉を潤ス!」
己の名前が欲しい。
確固たる個である証明が欲しい。
けれども、姑獲鳥として出現した魔人は、仮初の名前を名乗ろうとも、どこまでも姑獲鳥でしかないのだ。
人間とは違い、魔人は成長も進化も出来ない。
ただ、あるがままに振る舞うのみ。
「沢山、沢山、お前たチ退魔師を食べて、私はァ!」
だからこそ、姑獲鳥は逸脱を願う。
「――――私は子供を産むんだ」
その願いだけは舌をもつれさせず、正しく発音して、己の願望を掲げる。
子供を産めなかったが故に、泣き狂う魔人から逸脱するためには、子供を産み、幸福であることが必要なのだと。
それはもはや、欲望を超えて、使命とも呼ぶべき強固さで姑獲鳥の心に刻まれていた。
「だかラ、大人しく死ネ」
「…………ごめん、こうむる、ね」
強固な使命を持って、爪を振るう姑獲鳥の攻撃は苛烈だ。
ただでさえ、素早く、尋常ではない威力を持つ攻撃が、固有魔術によって回避不能となってしまっている。
何度も、何度も、攻撃を受けた吉次のスーツはもはや、上半身がボロボロ。黒ずんで固まった血液と、新しい真っ赤な血液で赤黒く染まっている。
どこの誰が見ても、満身創痍。
瀕死の重体だ。
「あはっ♪ どれだけ喚いても、これで、終わリ」
そして今、姑獲鳥が吉次の命を奪うに足ると、確信した一撃を放って。
「せいやっ」
「ごふっ!?」
吉次は、さらりとそれを避けて、カウンターの拳を、姑獲鳥の顔面に叩き込んだ。
「い、たぁ……え?」
「ぜぇ、ぜぇ……ぐっ、もう力が……っ!」
「…………」
瀕死? 瀕死だよね? と何度も苦しそうに喘ぐ吉次を確認してから、姑獲鳥は再度、命を刈り取る一撃を放つ。
前は心臓を貫く一撃だが、今度は首を刈る素早い一撃。
重さを孕んでいる吉次には、絶対に避けられない一撃だ。
「よいやさ、ほいっ」
「んぎっ!?」
しかし、避けられないはずの動きを、吉次はひらりと避ける。
鈍っているはずなのに、日常動作の一部みたいな動きで、あっさりと。その上、ついでとばかりに自分の顎を蹴り上げるのだから、姑獲鳥としては不可解であり、とても苛立つことだ。
「あ、ははははは――――【痛みを孕め】」
「――――――ぎ、ぐがっ!!?」
苛立ち、それ以上に不可解を感じたからこそ、姑獲鳥は躊躇わず第二の能力を発動した。
「なん……この、が、がああああああ!!?」
「クスクス、痛いでしょウ? 分かってあげられまセンが、それは出産の痛ミだそうですヨ? 場合によってハ、男の人が死ぬかもしれない痛ミ」
第二の能力は、幻の痛みを与える事。
痛みの内容は、出産だ。女性が子供を産むときに感じる痛みを、強く、酷くした物を今、吉次は味わっている。
しかも、その痛みは姑獲鳥を倒さない限り、終わることが無い。
子供を産むことが出来なかったという背景を持つ姑獲鳥の能力であるが故に、重みも痛みも収まることなく、死に至るまで解消されない。
姑獲鳥は、やろうと思えば、この能力を半径一キロにも及ぶまで発動させることが可能だった。まぁ、流石に準備もかなり大変であり、予兆を退魔師に感じ取られる可能性もあるので、滅多にやることは無いが、街を単独で殲滅可能な力は伊達ではない。
「うぐぐぐ……」
「さァ、今度こソ、動けないでしょウ? ――死ネ」
背中を丸めて呻き声を漏らすだけの吉次へ、姑獲鳥は今、死の鉄槌を下さんとかぎ爪を振り下ろす。
「ううっ!」
「あ、このっ!」
「痛い、痛いぃいいいいい!!」
「にげっ、意外にはや…………あぁあああああああああ!!!」
「ぐぁああああああああああ!!?」
何度か、図ったようなタイミングで寝返りを打ち、かぎ爪を避ける吉次。
しかし、流石に何度も避けられてブチ切れた姑獲鳥は、全身を巡らせる魔力の循環速度を速めて、全力全開の攻撃を何度も叩き込む。
肉が潰れる感触も、骨が折れる手ごたえも、きっちりとあった。
「し、しぶといですネ?」
「ううう……」
それでもまだ生きているのだから、姑獲鳥は戦慄を通り越してドン引きしていた。
この新人は防御に特化した異能とは聞いていたが、ダメージが通っているのにタフという相手は、姑獲鳥も初めての経験だった。今まで、何人もの退魔師、調子に乗った異能者を殺して来たが、こんなにしぶとい相手は初めてだったのだろう。
「ど、どうして、私の、居場所が……」
だからこそ、嗜虐心が沸き立った。
姑獲鳥本来の残虐な本性が剥き出しになり、つい、口を滑らせてしまったのである。
「クスクス、いくら機関といえド、情報統制が完璧というわけではありませン。『あの方』の同志である私たちには、志を同じくする者たちから、色々と情報が入るのですヨ?」
「――――なるほど」
吉次が、それを待っていたとも知らずに。
「やはり、情報が漏れていたか。やれ、こうなってくると、流石に心配だな。機関への報告を終えたら、私も向かうとしよう」
「…………えっ?」
立ち上がった。
吉次が平然と立ち上がり、ため息交じりに、ボロボロになったスーツの埃を落としている。
ああ、しんどかったー、とサラリーマンが仕事終わりに一息吐くような感覚で。
重さを孕まされ、痛みを孕まされ、肉体的にも満身創痍であるはずの吉次が、まるで何でもないように振る舞っている。
「なん……え? いや、いやいやいや―――おかしイ! 強がりにしてモ、そんな態度を取れるコンディションじゃあ、無いはズ!!」
「ん? なんだい、知らないのかい? 社会人ってのはさ、我慢強いんだぜ?」
気持ち悪い。
瀕死であるはずなのに、肩を竦めてお道化る吉次の姿に嫌悪感を隠さず、姑獲鳥は全力で仕留めようと動く。
遊びもなく、全力で、魔力を巡らせた一撃を放って。
「…………あ、あれ? 私、の、腕?」
「そして、社会人ってのは気に食わない相手でも、きちんとお礼が言える人間だ。だから、私も言おう」
姑獲鳥は、己の右手が無いことに気づいた。
異形の右手。
大鷲のかぎ爪にも似たそれは、何故か、姑獲鳥の肘から下から離れ――吉次の手元にあった。ぽたぽたと、赤い血を滴らせながら。
「――――ありがとう。君が何度もお手本を見せてくれたおかげで、ようやく、『魔力を使った戦い方』が分かって来たよ」
「あ、ああああ、あああああああああああっ!!」
立場は逆転した。
欠損した部位を押さえ、泣き叫ぶ姑獲鳥。
それを眺めながらも、悠々と微笑む吉次。
「じゃあ、死のうか」
「おまぇええええええええええええっ!!」
怒りに精神が染まってしまった姑獲鳥は気づかない。
吉次が、姑獲鳥の戦い方を学び――――姑獲鳥以上の魔力を、姑獲鳥以上の速度を持って循環させ、絶大なる身体強化へと費やしていることを。
姑獲鳥は知らない。
【不死なる金糸雀】と名付けられた異能の効果も。
神代の遺物とも呼ぶべき物を食らい、尋常ならざる破壊と再生を繰り返し、発狂せずに耐えきった吉次の異常性も。
やり方を知らなかったというだけで、それを可能とする膨大な魔力生産量を、吉次がとっくにクリアしていたということも。
「…………あっ?」
そして、無知の代償は直ぐに支払われた。
緑色の、美しい結晶によって。
「なるほどね。Cランクの魔結晶ってのは、こういう風になっているのか」
しげしげと、『抜き取った』それを陽にかざして、吉次は頷く。
「え、あ……や、やダ……かえ、して……そ、レ、わた、し、の……っ!」
下腹部の奥より抜き取られたそれに気づき、姑獲鳥は吉次へ手を伸ばす。
目にも留まらぬ速さで抜き取られた、己の核へと。
まるで、縋るように。何の力もない、か弱い少女のように。
「中々綺麗で、良いものだねぇ、これは」
しかし、何もかもが手遅れだ。
お気に入りの小石でも拾った感覚で、吉次がスーツのポケットに魔結晶を突っ込む頃には、全てが終わっていた。
核を奪われた魔人は、器を持たない魔人の肉体は、一陣の風と共に消え去るのみ。
それは、勝利を確信した吉次が結界を解除していたことを示して。
「さて、戦い方も学んだことだし。援軍に行きますか」
次の瞬間、吉次は人間離れした速度で、その場から駆けていった。
目的地はもちろん、子供たちの盾となるべき戦場だ。
●●●
時岡という医者も。
加藤という講師も。
彩月という先人も。
機関という組織ですら、知らない。
そして、当然のように吉次自身も知らない。
知っているのは、命名者のみ。
【不死なる金糸雀】という異能の、本当の意味を知っているのは。




