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第124話 終わる世界 7

 ――――強く在れ。


 大山が覚えている限り、最初の記憶は鉄錆と土の匂いがした。

 抉れた地面の上に、自分は立っていて。

 両手は、熟した果実でも塗りたくったかのように赤い。

 自分の周囲には、抉れた地面と、混ぜ返された土の中にある赤と、白と、黒が。

 その光景を、大山は美しいとも醜いとも思わなかった。


 ――――強く在れ。


 故に、大山が思ったことは一つ。

 足りない。

 この程度では、何もかもが足りない。胸の中に響く、使命に応えるには。己の強さを証明するためには。今よりもさらに強くなるには、もっと強い『敵』が必要だ。

 自分一人だけ立っているだけでは、意味が無い。

 思いっきり拳を振るっても、受け止める相手。

 死力を振り絞っても、勝てるかどうかわからない相手。

 そんな他者が居るからこそ、『強さ』とは初めて生まれるものだと大山は認識した。


 ――――強く在れ。


 けれども、それから数千年ほど時が流れて、大山はふと思う。

 強さとは何だろうか? と。

 腕力だけあればいいのか。武力だけあればいいのか。他者を害して、殺すだけの力が強さなのか? 無言のまま自問自答を繰り返しながら、それでも大山は拳を振るう。

 胸の中に響く使命に応えるには、それしかないと理解しているからだ。

 大山は鬼神であり、武神だ。戦うために存在している。そのため、戦うこと以外はまるで何も出来やしない。長く生きて来た中で、戦うことばかりしていた存在だ。

 戦う以外の強さなどは、知らない。

 ただ、大山は知っている。

 長い歴史の中で、大山を倒すほどの力を持った人間は皆一様に、強さ以外にも大山の興味を引くだけの魅力的な存在であったことを。善であれ、悪であれ、そいつらの周囲には様々な人が集まっていたことを。

 だからこそ、大山は思うのだ。

 きっと、『強い』という言葉は、己よりも彼らのためにあるのだろうと。



●●●



「屈辱の極みという奴だ」


 獅子頭の魔神――レオンハルトは開口一番、悪態を吐いた。

 だが、それも無理もないだろう。特に束縛を受けていない大山に対して、レオンハルトは全身を鎖で縛りつけられており、その上、魔力も封じられている始末。さながら、これから処理される猛獣の如き有様である。

 まさしく、敗者という言葉が似合う姿だ。

 けれども、大山は何も言わない。敗北者という立場ではレオンハルトと同じく、山田吉次に惨敗した身の上である。その上、エルシアという術師の力で肉体は再構成したものの、再構成と共に埋め込まれた呪詛により、二体の魔神はもう許可なく人間を殺すことは出来なくなってしまったのだから。


「だが、この屈辱よりも正直、無能な己への苛立ちで腹が立つ。薬樹を死なせてしまったことは、世界の損失だ。いや、世界の終わりだ。我の野望も、何もかもが意味を失くしてしまった。他の輩が何かを企てて居るようだが、全部無意味だろう。ああ、こんな怒りを抱えながら、我は晒し者の末に死んでいくのか」


 鎖で縛りつけられた上に、倉庫のような場所へと転がされているレオンハルトは、珍しく弱音を吐いている。

 自由を失った末に、機関との交渉に使われる材料扱い。

 盟友とも呼べる古峰薬樹の死。それを見抜けなかった自分自身に対する失望。

 そう言った数多の屈辱と怒りが、レオンハルトの精神を痛めつけているのだ。


「…………我は、我らは、一体何のために……」


 だが、何よりもレオンハルトの精神を穿っているのは、世界が終わるという事実だ。

 それに対して、何もできることが無いという無力感だ。

 レオンハルトの権能は、眷属たちが居て初めて発動可能な物。数に制限なく、眷属とした者を強化する戦略規模の能力だ。しかし、【終わりの救世主】と【不死なる金糸雀】を持つ山田吉次に対しては、まるで無意味な力だ。

 数の暴力など、今の山田吉次にとっては逆に『補給源』となる可能性すらある。

 そのため、最終決戦のメンバーは必然と少数精鋭となったのだ。

 そして、そのメンバーの中に大山も名前を連ねている。だからこそ、今、こうやってかつての仲間と面会する程度の自由を得られているのだ。


「…………」


 心折れたレオンハルトを前にして、大山は何を言っていいのかわからなかった。

 元々、慰めの言葉を言う関係ではないが、それでも、この邂逅が最後の時間となるかもしれないとなれば、無口で無骨な大山でも考え込む。

 友と呼んでも差支えの無い相手との別れが、こんな形で終わるのは、鬼神であったとしてもよろしくない物だ。


「レオンハルト」

「…………なんだ? 珍しく口を開いて――」

「お前の強さは、生き残った後に意味が生まれる。精々、待っていろ」


 故に、大山は言葉を紡ぐ。

 舌よりも拳を動かした時間の方が圧倒的に長い大山にとって、言葉とは迂遠で面倒臭く、誤解が生じやすいものだ。言葉を紡ぐよりも、実際に動いた方が早いことが多い。

 しかし、今回ばかりは実際に動けば、もう終わってしまう可能性が高いのだ。だからこそ、大山は自分らしくもなく言葉を紡いだ。


「さらばだ、魔獣王よ」


 ぶっきらぼうに、自分勝手に。

 己が満足するために言葉を紡いで、レオンハルトの言葉も待たずに、大山はその場から立ち去る。

 言葉が返って来るのを待つ必要はない

 今の大山にとって必要なのは、己が納得する別れであり……既に、それは為されたのだから。



●●●



「僕は、最後までみっともなく足掻くことにしたよ」


 拠点である病院の廊下。

 談話室の隣にある自動販売機から、ホットココアを購入すると、陽介は大山へと投げ渡す。人間の体温よりも温かく、少しばかり掌が熱くなってしまうそれを、大山は平然と受け止める。そもそも、溶岩の中すら泳ぐ鬼神なのだ。この程度の熱さでは身じろぎすらしない。


「なんだかね。自分一人だけが賢しく諦めているのがさ、馬鹿みたいに思えて来てさぁ。しかも、絶対に無理だと思っていた難題を、彼らはあっさりと覆していくし」


 陽介は大山と同じく、既に捕縛されていない。

 呪詛による行動制限を受けてはいるが、レオンハルトのように倉庫で軟禁されたりなどしていない。この差は単に、レオンハルトが無駄に抵抗してしまったことが理由だ。

 大山と陽介は、抵抗の余地があったとしても、もう暴れようとも逃げようともしない。

 無駄なことなどはしない。

 特に、レオンハルトとは違い、生き残る可能性が高い陽介に至っては、機関に対する時間稼ぎへ積極的な協力体勢を見せているぐらいだ。


「まぁ、考えてみれば、元々無謀なことをやろうとしていた僕だからね。あえなく、その野望は潰えてしまったけれども、まだ可能性が残っているのなら……僕を続けることが出来るのならば、諦める理由なんて一欠けらも無かったんだ」


 大山へと語りかけながら、陽介は自動販売機からもう一つ、ペットボトルの飲料を購入する。それは、大山へ投げた物と同じ、ホットココアだ。

 輪廻を跨ぐ大魔術師と、最古の鬼神は、自動販売機の隣で、揃ってホットココアを口にする。

 実に奇妙な光景で、けれども、当たり前に存在している彼らの日常の一部だった。侵色同盟として行動している際、幾度も似たような日常風景はたくさんあって。そして、今日この時をもって、その日常は終わることになるだろう。


「大山。君は、戦いに行くのかい?」

「ああ」

「死ぬよ」

「そうだろうな」

「…………山田吉次に情が残っているのなら、姉さんとハル兄さんは殺せない。でも、君は違う。君は完膚なきまでに、容赦なく殺す対象だ。君が望む強敵との戦いなんてなく、ただの肉壁の一つとして消費されて死ぬ。そういう可能性の方が高いんだ。それでも、行くのかい?」

「ああ」

「…………大山らしいね」


 大山にとっては、珍しく長いやり取りだった。

 これだけ話したのは、一体いつぶりだったのかすらも覚えていない。しかし、最後の別れの時なのだから、こういうのも悪くはない、と大山は考えていた。


「さらばだ、輪廻を跨ぐ大魔術師よ」

「うん。さようならだ、最古の鬼神にして、僕の友よ」


 ホットココアを飲み終える頃には、既に、別れの挨拶は済んでいる。

 ペットボトルを握りつぶし、まるで手品のように魔力へと変換した大山は、そのまま廊下を歩いていく。

 振り返ることなく、歩いていく。

 大山の目は既に、この場ではなく、遠い空の上にある敵対者へと向けられていた。



●●●



 大山が見る限り、作戦には何の問題が無いように思えた。

 実際、山田吉次が待つ、空飛ぶ古城へは無事に忍び込むことが出来たのだから、間違えてはいなかったという認識は、その場のメンバー全員が共有していた。

 山田吉次との決戦に挑むメンバーは、合計六人。

 世界破壊者の片割れである、天宮照子。

 山田吉次への絶対的な対抗策となる、芦屋彩月。

 世界の運命を決定づける特異点、土御門治明。

 遠い未来すら見通していた魔術師、ミカン。

 惑星の化身にして、救世主に抗うはずだったカウンター存在、アカリ。

 そして、最古の鬼神である大山。

 この六人が相手の拠点に忍び込む時点までは、上手く行っていた。


「祖先と子孫のコラボレーション術式って奴だぜ、なぁ、彩月?」

「私と似たような顔で、さりげなく体を触ってこようとしないでください、気持ち悪い」

「子孫からの気持ち悪いって罵倒、意外とメンタルに来るもんだなぁ」


 芦屋の術者は、結界術に秀でている。

 かつて、芦屋道満と呼ばれたミカンと、現代に於ける最高クラスの術者である彩月。この両者が分析し、問題ないと判断して転移したのだから、この時点では最善だった。何の瑕も見当たらない、完璧な潜入だっただろう。

 従って、問題があるとすれば忍び込んだ、その後からだった。

 六人の選ばれし戦士たちは、順調に王座の間へと歩を進める。

 既に、この場で捕捉されていると考えて、少しでも余計な力を消耗するのを避けるために。直接、山田吉次を視認してから対抗策を発動させるために。

 そして、何の問題もなく――――一切の罠や、配下などもなく、六人は王座の間へと辿り着いたのだった。


「やぁ、よくぞ来たね。何分、急造のラスボスだから、凝った仕掛けを用意する時間も――」

「権能発動」


 王座には、古峰薬樹の姿をした山田吉次が待っていた。

 薬樹と酷似した笑みで、けれども、どこか異なる雰囲気の笑顔で、山田吉次たちは侵入者六人を出迎えている。そう、いっそ無防備なほどの歓迎ムードで、恐らく最終決戦前の会話イベントを挟もうとしていたのだ。

 そこに、容赦なく権能を発動させたアカリの判断は間違っていない。

 先手必勝。

 山田吉次の持つ【終わりの救世主】という異能に対して、時間を与えるのは得策ではない。出会い頭で即座に発動し、まずは確実に相手の力を削ぎ落す。

 間違ってはいない。

 ――――ろくに戦闘経験も積んでいない、惑星の化身の判断にしては。


「ああ、やっぱりそうなったか」


 アカリが権能を発動させると、山田吉次は――――その姿を象った死体は、自分の正体を思い出したかのように、疑似生命活動を止めて、冷たい肉の塊へと戻る。

 ダミー。

 【終わりの救世主】という能力によって作られた囮だということは、その場の全員がすぐに理解した。恐らくは、六人が来るよりも前に、世界を救おうとした刺客の内の一人。それを殺して作り上げた肉人形だったのだろう。ご丁寧に、初見の僅かな時間では、六人全員が見抜く暇も無いほどに偽装を重ねた一品だ。

 そのため、理解に至るまでには誰しも、僅かな時間が必要になった。

 瞬き一つにも満たない間。

 戦闘中ですら、何の問題も無いほどの猶予。


「――――遅い」


 しかし、山田吉次を相手取るにとっては致命的な隙が生まれた。

 アカリの権能は、相手を正しく認識しなければ使えない。もちろん、【終わりの救世主】から発動した異能であれば、アカリは即座にその隠密を看破して、能力を封じることが可能だ。

 けれども、アカリは知らない。古峰薬樹と戦い、その肉体を奪うまでに、どれだけ【不死なる金糸雀】が成長してしまったのかを。

 この六人の目を欺けるほどの性能を、得てしまったことを。

 故に、山田吉次には能力一つ分、発動させるには十分な状況が生じてしまう。


「ブラックリストオープン・異空旅行者の魔女」


 それは、現在とは異なる時代、此処とは異なる世界へと行くための術。魔物たちが住まう異界とは異なる、『異世界』への旅行券を与える術。この惑星内ではすでに、途絶えたはずの技術。

 殺せない相手が居るのであれば、その相手をここではない何処かへと飛ばしてしまえばいい、というクレバーな判断による攻撃だった。

 対象はもちろん、彩月だ。

 山田吉次が結局、殺せないと判断した相手。感情を分離してもなお、愛が消えなかった相手を異世界へと転移させるため、一回きりの奇襲を消費しようとして。


「…………はっ」


 この奇襲を警戒していた照子よりも、先んじて動いた大山。

 最古の鬼神が放った、全身全霊の拳を迎撃するために、山田吉次は奇襲のアドバンテージを使わざるを得なかった。

 何故ならば、奇襲に対してカウンターとなるほどにタイミングが合っていたために。

 【不死なる金糸雀】で強化された肉体だったとしても、その一撃を食らえば致命傷は避けることは出来ず、負傷を治している間に敗北が決定してしまうために。

 そして、山田吉次が迎撃を選んだのならば、大山と言えども命は無い。


「残念だったな、山田吉次」


 如何なる異能による産物か、肉体が塵の如く消え去っていく中、大山は満足げに笑みを浮かべる。これから死ぬというのに、まるで勝ち誇っているかのように。


「権能発動――――【惑星は終わりを否定する】」

「異能発動――――【始まりの愚者】」


 消えゆく大山が、最後に見た光景。

 それは、アカリと照子がほぼ同時に、山田吉次へと対抗策を叩き込む姿で。


「ああ。こういう強さも、悪くない」


 最後に得た答えを小さく呟くと、大山はそのまま消えていった。

 勝利の確信を、胸に抱いたまま。

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― 新着の感想 ―
[一言] >君が望む強敵との戦いなんてなく、ただの肉壁の一つとして消費されて死ぬ。  とは言え戦闘が始まったら1話2話は生き残って殴り合える壁をやるんでしょ?  と思ってたら、同じ回で即宣言通りだっ…
[一言] この程度で終わるとは思えない( ˘ω˘ )
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