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第123話 終わる世界 6

「あらゆる現象に対して耐性を獲得する【不死なる金糸雀】だが、唯一の例外がある。それが、私自身が望んで作り出した異能【栄光なる螺旋階段グローリアス・ジーン】だ」


 本来、この異能は【不死なる金糸雀】による変化を抑えるために造られた物だった。

 少しでも私が人間でいられる時間を増やせるように、獲得した耐性をリソースとして使用して、後手必殺の即席異能を作り出す。そういう力だ。

 耐性が極まって、素手で戦った方が早いと感じるようになってからは、中々出番がなかったこの異能であるが、だからこそ、今、役立つのである。


「この異能は【不死なる金糸雀】が獲得した耐性をリソースとして、発動する。つまり、山田吉次を弱体化させることが可能な物だ。加えて、既に【栄光なる螺旋階段グローリアス・ジーン】には新たなる即席異能を作り出す程度には、耐性がストックされている。そう、山田吉次に対する特攻となる異能を作り出す程度には、ね」


 本来、【不死なる金糸雀】はこのような干渉系の異能すらも弾くだろうが、山田吉次が私自身であるが故に、私経由の干渉であるのならば、通してしまう。

 つまり、天宮照子こそが、山田吉次に対する特攻存在なのだ。


「ただ、注意してほしいことが一つ。特攻となる異能を生み出すことは出来るけれども、それは無条件での殺害を意味しない。あくまで【栄光なる螺旋階段グローリアス・ジーン】は、後天的に生み出した、改造異能だ。本来の異能である【不死なる金糸雀】とは出力が違う。下手に『絶対殺せる異能』なんて設定しても、出力の違いから耐えきってしまうかもしれない」


 けれども、油断は禁物だ。

 山田吉次は、不死なる世界破壊者だ。何度殺そうが、肉体を消し去ろうが、違う肉体を得て、再び復活するだろう。一度覚醒してしまえば、何が何でも救世主を殺し、世界を砕く。そういう存在として望まれたのだから。

 従って、【栄光なる螺旋階段グローリアス・ジーン】を用いて作り上げる特攻異能は、条件を絞らなければならない。

 確実に、この条件ならば山田吉次は死に、二度と生き返らないという条件を。


「だから、私自身が納得できる条件でなければ、特攻異能は通らない。そして、山田吉次であった私ならば、その条件もなんとなくわかる……代償だ。異能を発動させる私自身が、何かを代償として捧げなければ、特攻異能は通らないだろう。逆に、その代償が高ければ高いほど、通りやすくなる。そして、確実に即死を通すのならば」


 私は治明へと視線を向けたまま、逸らすことなく言葉を告げた。


「――理に至った剣士が、『死を共有させる異能』を持つ私を、斬り殺す。これぐらいは、やらないといけないだろうね」


 一番確実に世界を救う方法は、治明が私を殺すことであると。

 奇しくも、かつて私が山田吉次であった時と同じように。魔人と共に、焼き殺すことを望んだように。

 私は再び、治明へと選択を迫ることになったのだった。



●●●



 特異点とは、世界を変えうる宿命を持つ存在だ。

 何故か、誰かの運命が大きく動く場所に居る。

 何故か、大きな騒動が起こる瞬間に立ち会ってしまう。

 トラブルメイカーなのではなく、トラブルがある場所へと導かれてしまう存在。それが特異点である。少し意味合いは違うが、物語の『主人公』のような者だと考えればわかりやすいかもしれない。

 こういう因果の偏りは、上位の魔物や魔神たちにはなんとなく察することができるらしく、治明は上位者から様々な意味で目を掛けられやすくなっている。

 事実、私もミカンから説明を受けた時に、すんなりと納得する程度には治明が特別であることは、常々感じていたことだ。

 そう、私はうっすらと予感していたのかもしれない。

 土御門治明という退魔師こそが、世界破壊者である私を殺す存在なのだと。


「は? んなもん、やるわけがねぇだろうが、ボケが」


 そして、こういう答えを返すこともなんとなくわかっていた。

 何故ならば、治明と私は同僚であり、戦友であるから。退魔師として共に過ごした時間があるから知っているのだ。こういう時、一切の間を置かず、心底呆れたような口調で答えを返してくれるからこそ、治明は周囲から慕われているのだと。


「やれやれ、即答かい? これでも、よくわからない化物の命一つで、世界が救われて丸ごとハッピー! みたいな方法なのだけれど? 限りなく、最善に近い答えなのだけれど?」

「阿呆が」


 私が説得するように言葉を紡ぐと、やはり、治明は即答した。吐き捨てるように罵倒した後、澄んだ瞳で睨みつけてくる。これ以上なく、怒りと心配を詰めこんだ視線を向けてくる。


「世界が救われても、お前が居なくなったら意味がないだろうが」

「…………そうかな?」

「そうだよ。つーか、その台詞を俺じゃなくて、そこの恋人に向けて言ってみろ。彩月を説得してみろ。万が一、俺が動くとしたらそれからだ」


 やがて、治明は顎で私の隣にいる彩月を指し示す。

 今更ながら、怖すぎて視線を向けられていなかった恋人へと、私はゆっくりと視線を合わせた。うん、正直、私は彩月が泣いていると思っていた。いつかと同じように、泣いて、私のことを心配して、意地でも死なせないと縋りつかれるのを恐れていた。


「テルさん、私は絶対に貴方を犠牲にしないから。私は、私たちは、そうさせないために強くなったのよ?」

「――――っ」


 けれども、私の視線の先に居たのは、強い少女だった。

 涙一つ流さず、きっちりと私を見据えて。我が侭でもなく、弱音でもなく、確かな決意と共に言葉を告げるその姿は、私が知る姿よりも大人びて見えて。

 ここで、私は自分がやはり元オッサンであることを思い出した。

 自己犠牲で諦めて。もっともらしい理由を建前にして、みっともなく足掻く前に納得して、死んでいく。成長する少年少女たちとは違い、諦め慣れている大人の価値観。それはきっと、そこまで悪いことでは無いのだろうけれども、ああ、それでも、私は思ってしまったのだ。

 もっと彩月と……退魔師の皆と共に生きていたい、と。


「わかったよ」


 だから、私は頷く。

 格好悪くて、みっともなく、生き足掻くために私は頷く。


「私が、皆が生き延びて、世界も救う方法を考えよう。ミカンやアカリもそれでいいかな?」

「オレぁ、どちらでもいいぜ。どちらでも楽しそうな未来だからな。好きにすりゃあ、いいんじゃねーのか?」

「くくくっ。いやぁ、お客人は相変わらず、子供に弱い。でも、それが面白い。いいとも、その話に乗ろうじゃないか」


 私の提案を、世界の守護者である二人はあっさりと肯定した。

 職務に忠実であるのならば、ここで私が死ぬことが望ましいだろうに、あっさりと肯定してくれたことを考えると、意外と不真面目らしい。

 もっとも、私もついさっきに分かったばかりのことだが、大人でもたまには不真面目に生きた方が楽しいのだ。特に、命が掛かっている時などは、真面目に死ぬよりも、不真面目に生きる道を探す方が、よっぽど良い。

 うん、世界を救いに行くパーティに不真面目な大人が三人も居るのはどうかと思うところも無きにしも非ずだが、相手が私自身であるのならば、何も遠慮することはないだろう。


「それじゃあ、戦いの準備を始めようか。恐らく、山田吉次は積極的に動くことはない。天空の玉座で挑戦者を待つという、ラスボススタイルを貫くだろう。もっとも、一定時間内に挑戦者が居なかった場合は、【終焉術式】を待たずに、大陸の一つぐらいは雑に吹き飛ばすかもしれないが」

「ああ、テルさんのキャンペーンだとそういうギミック系ラスボスが多いわよね?」

「無意味に犠牲者を増やすと、やる方もやられる方もテンションが下がるからね」


 彩月に言葉に頷き、私は微笑む。

 世界を救うための戦い。その準備をすることは、ほんの少しだけ私を愉快な気持ちにさせてくれた。不謹慎かもしれないが、それはまるで、長いキャンペーンのクライマックス戦闘を始める前のようで。一昔前のジュヴナイルの終わりのようで。

 退魔師を夢見ていた頃の自分のように、私は期待と不安に胸を膨らませていた。



●●●



 世界を救うための戦い。

 その準備として真っ先に必要なことは、もちろん戦力強化…………ではない。


「というわけで、美作支部長。機関が動くのを出来る限り、先延ばしにできませんか? 一日だけでも……いえ、十時間だけでも構いませんので」

「久しぶりに会った部下に、いきなり無茶ぶりをされてしまいました」


 周囲への根回しである。

 特に、機関への配慮を欠かすと、仮に世界を救ったとしてもその後に悲惨なことになるので、こればかりは真っ先にやらなければならない。

 そんなわけで、私は体の傷を癒すとすぐに、美作支部長の下へ会いに行ったのだった。


「そこを何とかお願いします、美作支部長。恐らく、私が機関の上層部に交渉しようとしても、門前払いでしょうし。ここでミカンが出張って説明しようにも、ミカンの動きが怪しすぎるので返って警戒されてしまいます。なので、支部長という立場に居る貴方が一番、自然に機関を説得することが出来るのです」

「…………はぁ。ただでさえ、侵色同盟の魔神たちが瀕死になって送られてきたという事態に浮足が立っているのに。さらに、部下が分裂した末に世界を滅ぼそうとしていて。それをどうにか出来る存在は、私の部下たちしかいないとは……頭が痛くなりそうな状況ですね」


 美作支部長は、拠点である病院のロビーで休憩していたところだったのだが、緊急事態なので、こうして話を聞いてもらっているという次第である。

 なお、こうして話をしている間でも、カフェインの錠剤をそのままミネラルウォーターで喉の奥へと流し込んだりしているので、美作支部長としても限界が近い状況にあるのだろう。

 非常に申し訳ないことであるが、それでもこのままだと世界が滅ぶので、今だけは限界を超えて働いていただきたい。


「まず、確認なのですが、本当に貴方たちしか……『敵』を倒せないのですか?」

「はい。機関に所属する異能者や超級の術者の中には、もしかしたら倒すこと自体は可能な存在が居るかもしれません。ですが、その場合は戦いの余波で惑星が破壊される可能性が非常に高いです。また、周囲に被害を及ぼさない即死や封印系の能力だと、【終わりの救世主】という万能の権能によって無効化されます。最悪、洗脳系の力によってあちら側の手札となってしまうので、私たちが戦った方がまだ、勝てる可能性があるでしょう」


 私の説明に対して、美作支部長はカフェインの錠剤の他に、角砂糖のような物体――ブドウ糖をそのまま口に入れて、ごくごくと水で飲みこむ。

 どうやら、真剣に検討するために、脳へと喝を入れているようだ。


「………………ええ、そうですね。確かに、可能性が高いのは貴方たちが戦う方です。その際、下手に余計な戦力があれば、相手の戦力増強へと繋がってしまう危険性すらある。なるほど、これでは世界の秩序を守る退魔機関も形無しです」


 美作支部長は、カフェインと糖分によって覚醒したのか、覇気のある瞳で私を見据えて、言う。


「分かりました。可能な限り時間は稼ぎましょう。元々、神代回帰の所為で、上層部も混乱しています。そこに、侵色同盟の幹部が倒れたこと。盟主である古峰薬樹の存在と、それが機関のメッセンジャーとして潜伏していた問題などを挙げて、どうにか本題へと進むまでの時間を先延ばしにしてみましょう。とはいえ、強硬派が既に動いている可能性もありますので、それだけは留意しておいてください」

「はい、分かりました……ご助力感謝します」

「いいえ、そこで頭を下げるのはおかしいですよ、天宮さん。私は貴方たちの上司です。ならば、貴方たちが正しく業務を行うための手助けは、当然のことです」


 頭を下げる私に対して、美作支部長の声色は優しい。


「ですが、上司だからこそ私が貴方たちへと一つ命令すべきことがあります。よく聞いて、あの子たちにもお伝えください」


 そして、頭を上げた私に対して、美作支部長は苦笑交じりに告げる。


「全員生きて帰って来るように。今回の件に関して、たくさん報告書を書かなければいけないので、全員でその苦労を分け合いましょう」


 冗談めかした、けれども真剣にこちらの無事を祈る言葉を。

 ああ、やはり私が再就職したのは成功だったらしい。かつての職場では、このように素晴らしい上司などは居なかったのだから、多少ブラックな退魔師業務だったとしても、私はまるで後悔していない。


「ええ、もちろん。そのために、私はここに居るのですから」


 私は年下の上司に、勝利を誓うことによって応える。

 世界を救った後にはきっと、祝杯よりも先に残業が待っているかもしれないが、平和となった日常の先にある物なら、それも悪い物ではないだろう。

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― 新着の感想 ―
[一言] >私自身が納得できる条件でなければ、特攻異能は通らない >異能を発動させる私自身が、何かを代償として捧げなければ、特攻異能は通らないだろう  私=照子=吉次  納得する代償  となれば、…
[一言] 乙女の捧げるものと言えば……処○!
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