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第122話 終わる世界 5

 何かが違う。

 子供の頃から……いいや、『発生』した時から、私の中には漠然とした違和感があった。

 羊の群れの中に居る、狼のような気分。

 何時でも誰でも、簡単に殺せてしまう群れの中で、必死に羊の振りをする毎日。

 子供の頃に、周囲から爪弾きにされたのも恐らく、そういうところがあったからだろう。周囲とのギャップ。人間らしくない差異。まだ、擬態が上手く出来なかった時、違う物として周囲から排除されたのはむしろ、当然のことだ。

 その際、私の化けの皮が剥がれて、大惨事へと繋がらなかったのは偏に、私を育ててくれた家族のお陰だろう。さりげなく、世界を救う一因を担っていたのだから、うちの両親も大したものである。


「お前は、誰かを愛せるようになりなさい」

「お前は、誰かのために生きられるような人間になりなさい」


 母親と父親は、真っ当な人間だった。

 少なくとも、家族として紛れ込んだ化物が、二十八年間、人間としてそれなりに生きていける程度には。真っ当な教育を施してくれた。

 けれども、それは終わりの時間を先延ばしたに過ぎない。

 私の異能【不死なる金糸雀】は、元々備わった『殺戮権限』から派生した物に過ぎない。古峰薬樹という救世主を殺して、その願いを叶えるための要素の一つであり、本質は死なないことではなく『何が何でも殺す』ということにある。

 目覚めてしまえば、私は何処に居ようが救世主を探し出して、殺す。

 見逃すことも、敗北することも出来ない。そうすることが生まれた意味であるが故に。魂に刻まれた本能が理性を凌駕して、救世主を殺そうとするのだ。

 そして、救世主を殺せば、そのまま世界を破壊する。

 一片の慈悲もなく。

 あらゆる障害を駆逐して。

 機械的に、淡々と世界を破壊する。

 それが、山田吉次という破壊者の役割だ。まるで、時限爆弾のように、その時が来てしまえば、抗うことの出来ない終わりを世界にもたらす。

 …………そのはずだった。


「グレさん、大好きです」


 歯車が狂い始めたのは、たった一人のネットストーカー……もとい、友達と出会ってから。

 家族愛ではなく、誰かから真っ当な好意を向けられることは、とても珍しいことだった。そもそも、山田吉次は誰かに好かれるように設計されていない。救世主とは正反対に、世界の滅びを背負っているのだ。生理的な嫌悪感を抱いても仕方ないし、魔物たちが山田吉次や天宮照子……私を殺そうとしたのも、そこら辺が原因だ。

 私はこの世界に存在してはいけない害悪。故に、誰にも好かれない、愛されない。そのような大前提が魂に刻まれていたはずなのに、そいつはあっさりと覆して来たのだ。


「テルさん! 一緒にお風呂に入りましょう!」


 一度死んだとしても、そいつとの縁は切れない。むしろ、転生までして、そいつの下に戻ってしまうぐらいには、私は惚れこんでしまっていたらしい。

 愛してしまったらしい。

 芦屋彩月という人間を、私は愛してしまったのだ。

 それはきっと、分かたれてしまった山田吉次も同じだろう。

 なんだかんだ言っているかもしれないが、世界を滅ぼしていない時点で、奴が彩月を殺したくないのが目に見えている。恐らく、世界破壊者としての本能で動き、余計な感情を全部私に押し付けて切り離したつもりだったのだろうが、そんな程度で愛が消えるのならば苦労しない。

 だから、『私』は『俺』を止めよう。

 恐らくは、そのために私は天宮照子として生まれ変わったのだから。



●●●



「さて、単刀直入に言おうか。世界を救う手段はある」


 状況の整理を終えた後、私は部屋の中に集まっている面々に対して、そう語りかけた。


「いや、テルさん。それよりも、負傷は大丈夫なのですか? いつもは直ぐに回復するから心配していませんでしたが、控えめに言っても半死半生の有様ですよ?」

「ああ、彩月。大丈夫だよ、これでも応急処置を受けた後さ。それにね、世界が終わるかどうかという瀬戸際なんだ。私の体調よりも優先すべきことはあるだろう?」

「は? 無いですが?」

「えっ?」

「まずはきっちりと治療を受けてください。そもそも、死にかけの人間一人の行動で、世界の行く末が左右される方が問題です」

「あ、はい」


 そして、語りかけた直後に彩月から説教を受けた。ぐうの音も出ない正論だったので、私は大人しくベッドに横たわらせてもらい、治療を受けながらの説明となったのである。


「…………えー、横になりながら失礼。先ほどの話の続きだけどね? 世界を救うためには、古峰薬樹という救世主の肉体を乗っ取った、山田吉次を倒さないといけない。けれども、そのためには二つの障害がある。一つは、古峰薬樹が持っていた権能、【終わりの救世主】。これに関しては、敵対組織の幹部さんがよく知っているよね。どう、攻略法はあると思う?」

「はっ、そんなものあるわけがない。ここに居る全員……いいえ、仮に、超級の退魔師を全員集めても不可能だよ」

「うん、だろうね」


 私は陽介の言葉に頷き、説明を続けた。


「実際に戦った経験を持つ私でも、そう判断する。あれはもう、一個人の力を凌駕している。人類という種族の頂点だ。少なくとも、人類では勝てない」

「さらっと言っているが、アンタも人類だろうが、照子」

「んんー、思い出した今だからこそ分かったことなのだけれども、微妙に違うんだよね。正確に言えば、私は『惑星の化身』に近い存在だよ。まぁ、そこら辺は今の事情にあまり関係ないから省略して、と」

「おいこら」


 治明が抗議の視線を向けてくるが、今回ばかりはスルーさせてもらおう。

 心苦しいが、時間がないというのは本当なのだ。


「私……いいや、山田吉次が古峰薬樹という救世主に勝てたのは、偏に相性によるものさ。山田吉次という存在は、古峰薬樹を殺すために、古峰薬樹自身が無意識下で作り上げた産物だからね。しかも、生まれながらにして万能である薬樹の力は、理性ではなく感情で強さが決定される。生まれ落ちた時、人類史の記憶という呪いを背負わされた薬樹の怒りと嘆きは、現在の使命感すらも凌駕してしまったのさ」

「…………ああ、やっぱりか、くそっ。あの馬鹿は、もっと……くそがっ」


 陽介は薬樹が抱く『死にたがり』の部分を知っていたのか、表情を歪めて悪態を吐く。それは、恨んでいるようにも、悼んでいるようにも感じられた。

 それはまるで、友の死を嘆くようにも見えたが、この場で言及するようなことはしない。彩月の弟と、侵色同盟の盟主がどのような関係にあっても、それはもう終わってしまったことなのだから。


「私が勝利できたのは、いわば、古峰薬樹自身の自爆だ。二度目は出来ない。何故なら、私の強さの根幹である【不死なる金糸雀】はあちらにあるからね。現状、相性で突破することは出来ない。だが、人類史そのものと呼んでも過言ではない【終わりの救世主】という権能に対して、まともな手段では対抗できない。故に、こちらも反則技を使おう……ミカン」

「おうともさ、大将」


 私の言葉に応じるように、ミカンは――古くからこの時を予見していた魔術師は、召喚の呪文を唱える。

 短く、小さく。彩月と共に行われる、私の治療の片手間に。

 友達でも携帯で呼び出すような気軽さで、現代に於ける最高位の召喚術を行使した。


「くくく、久しいねぇ、お客人」


 そして、『それ』は私たちの前に現れた。

 鬼の角のような物を頭部に生やした、謎の美女。

 花魁の如く、絢爛な着物を身に纏って。口元には常に、不敵な笑み。

 異界であるマヨイガの主。

 私が異能者になったきっかけとなる存在。


「まさか、お客人がここまで生き残るとは思わなかったよ。いや、それを言うのならば、最初からお客人はずっと、イレギュラーだったか。アタシとお前さんが出会うのは、本来ならば、世界が終わるかどうかの瀬戸際ってぇ時の予定だったんだからね」


 人類が作り出した【終わりの救世主】に対する、対抗策。

 終わってしまう世界が、その危険を予知したが故に生まれた――『走馬灯』。

 それこそが、私と同様に……けれども、全く異なる用途を目的として誕生した、惑星の化身である存在だった。


「――っ! 照子、こいつは!?」

「…………ああもう、感傷に浸る時間すらないのかなぁ!?」


 彼女の登場と共に、戦闘態勢を取ったのは治明と陽介だ。

 治明は退魔刀へと手をかけて、陽介は魔力を練り上げて術の行使をいつでも行えるようにしてある。

 随分と剣呑な対応であるが、それも無理はない。


「くくく、怖い、怖い。細腕の女に、どうしてそんな反応をするんだかねぇ?」


 不敵に笑う彼女の魔力は、はっきり言って異様だからだ。

 巨大なのではない。凝縮されているわけでもない。

 ただ、底が無い。どこまでも深い、底なしの井戸を覗いているような、そんな不安を抱かせるほどに得体が知れないのだ。

 最初に会った時には、魔力に覚醒していない一般人モドキ。

 次に会った時には、死に際の魂だけの状態。

 三回目は恐らく、夢の中で暴走しかけていた時のこと。

 どれも正常な状態ではなく、こうして四回目での邂逅でようやく、その異様さを理解することができた。

 確かに、惑星の化身に相応しい異様な在り方である。かつての私とは別の意味で、魔力を無尽蔵に扱うことが可能な、化物だろう。


「落ち着きなさい、二人とも。敵意を感じないわ。それに、テルさんが指示を出して、ミカンさんが召喚したのだから、私たちに危害を加えるわけがないでしょう?」


 ただ、そんな異様な存在を目の間にして、彩月は至って平静だった。

 過去の記憶にある姿よりも余裕があり、少しばかり大人びた様子が見える。どうやら、私と顔を合わせていなかった少しの間で、とても良い成長を経たようだ。


「…………はぁ。姉さんの言う通りだけど、心臓に悪いよ」

「こればかりは陽介に同感だ。随分と、肝っ玉が据わるようになったんだな、彩月」

「前に一度、似たような存在を調伏したからね。貴方たちよりも慣れているのよ…………それよりも、テルさんに親しみを向ける、謎の美女さん。貴方のことを何とお呼びすれば?」


 まぁ、よりにもよって彼女に嫉妬の視線を向けるあたり、全然変わっていない部分もあるようだけれども。


「名前? 名前……そうさねぇ。とりあえず『アカリ』とでも名乗ろうかねぇ? 闇に飲まれゆく世界に残された、最後の『灯り』って奴さ」

「つまり、アカリさん。貴方は私たちの……人類の味方ということでよろしいのね?」

「ああ、いいとも。予定とは違うが、なぁに、私単独で世界破壊者を倒せない時点で、呉越同舟は予定されていたようなものさ」

「では、貴方には一体、どんなことができるの? 私は前に一度、『荒れ狂う龍』を調伏したけれども、正直、力任せだけならば足手まといよ?」


 物怖じしない彩月の問いかけに、彼女――アカリは愉快そうに喉を震わせる。


「安心しな、可愛らしいお嬢さん。アタシは即席の化身じゃあない。きちんと魂も精神も存在しているオーダーメイドさね。足手まといにならない程度に、相応の力を持っている。具体的には――――【終わりの救世主】という権能、その九割九分を制限することが可能だ」


 アカリの言葉に、彩月は息を飲み、治明は目を見開き、陽介は「そうか!」と声を上げた。


「こいつはいわば、惑星が作り出した【終わりの救世主】へのカウンター存在なんだ。薬樹自身が望んだ破滅を届ける山田吉次と同様に、【終わりの救世主】へのメタ的な対策を備えて、誕生したんだろう…………あー、だからリースは盟主の存在を秘匿していたんだ。山田吉次以外にも、こういう存在が居るって予想していたから」


 陽介の推測は正しい。

 私とアカリは同類である。古峰薬樹という救世主を殺すために造られて、そのための能力を所有している。しかし、決定的に違っている点が一つ。


「そうさね、アタシの権能を使えば、古峰薬樹とまともに戦うことは出来ただろうさ。あるいは、八割ぐらいの勝率はあったかもしれない。だが、今は違う。アタシたちが戦わないといけないのは、山田吉次だ」


 アカリは世界を救うために造られたが、私は世界を壊すために望まれた存在だ。

 故に、相性が悪い。アカリの力は、世界を守るための物だ。世界を滅ぼすほどの出力を持つことは出来ない。けれども、私の力は環境などを考えず、一切合切を滅ぼすためにあるものなのだから。制限のない私――山田吉次の方が強い。


「アタシの権能じゃ……いや、この惑星に存在するあらゆる存在でも、あそこまで育った【不死なる金糸雀】を突破することは出来ないのさ。そもそも、あれを消滅させようとするのなら、その余波で惑星を塵にするほどのエネルギーが必要っていうだろうね。だから、アタシが【終わりの救世主】を封じても、どうにもならないだろう―――このまま、ならね」


 だからこそ、今、ここに私が居る。


「二つ目の障害。【不死なる金糸雀】への対処を説明しよう」


 私はアカリと一度視線を合わせてから、ゆっくりと体を起こす。

 そして、彩月と陽介。何より、治明――――特異点たる資格を持つ少年へ、言葉を告げた。


「私の第二の異能【栄光なる螺旋階段グローリアス・ジーン】を用いて、山田吉次を殺す手段を作り出す。恐らく、それこそが唯一、世界を救える手段だ」


 世界破壊者である、私を殺してもらうために。

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― 新着の感想 ―
[一言] >惑星の化身に相応しい異様な在り方である。かつての私とは別の意味で、魔力を無尽蔵に扱うことが可能な、化物だろう。  無尽蔵に吸って使うんじゃなくて、無尽蔵に生み出して使う。  生産する側だ…
[一言] おそらくみんな忘れてたであろう二つ目の異能( ˘ω˘ )
[一言] 彩月が押し倒せば割と9割ぐらいは解決しそう
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