表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

120/128

第119話 終わる世界 2

 姫路奈都は復讐者だった。

 両親の仇を討つために、その身を獣と化して、多くの人間を殺した。


 姫路奈都は敗北者だった。

 犬飼銀治と戦い、その銃弾によって大切な仲間を失って、それでもなお、相手を憎むよりも己を憎むことを選んだ。


 姫路奈都は臆病者である。

 恩師であるリースが討伐されたというのに、その仇である照子へと挑む勇気がない。だから、今の今まで、状況に流されるまま生きて来たのだ。

 夜鷹という、リースの眷属に守護されて。

 神代回帰の直後も、運よく守護者の気質を持つ魔神の支配下に居て。

 侵色同盟の幹部が照子と接触したと報告があった時、己の中の警鐘に従って、速やかに逃げてしまった。

 戦うことは即ち、自分の友達――魔獣を失う可能性があると気づいてしまったが故に。

 だからこそ、奈都は夜鷹と共に、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。


「…………やぁ、奈都ちゃん。久しぶりだね」


 その果てに、奈都はついに逃げようがない現実に直面した。

 決戦の場所から遠く離れた、『当面の安全地帯』であるはずの森の中。『何故か』、魔物たちが近寄らないそこで、奈都は血まみれの照子と再会したのだった。



●●●



 夜鷹という魔物は、リースの前身である『赤き魔神』が生み出した奉仕種族だ。

 かつて、多くの権能を持ち、未来すら見通す頭脳を持った『赤き魔神』であったが、それでも単独では手が足りない。その上、強大な力を持つ自身が仲間を増やそうと行動すれば、退魔を生業とする者たちとの要らぬ戦いを招く可能性があった。

 従って、『赤き魔神』は大抵の場合、自らが創り上げた従者である夜鷹たちを使い、様々な雑事を任せていたのである。

 元々は、本当に『赤き魔神』の意思を伝えるための『動く端末』というだけの性能しか持たなかった夜鷹たちであったが、とある事件をきっかけに、自我を持つことになった。

 それは、神殺しの剣士による『赤き魔神』の討伐だ。

 突然に主を失った夜鷹たちは、しばらくの間は、『赤き魔神』から生前に受けた命令を遂行していたが、その内、主からの反応がないが故に、自分で判断をするようになったのである。

 最初は、『赤き魔神』の命令の意図を拡大解釈し、動き続ける従者として。

 百年ほど時間が経った後は、『赤き魔神』の遺骸をどうすべきかと、それぞれの端末同士で話し合い、奪還のための作戦を練って。

 二百年を過ぎたあたりからは、完全に夜鷹という群生生命体は、自我を獲得していた。


『うん、素晴らしいね、夜鷹。君たちのそれは、きっと正当なる自己革新という奴だよ』


 そして、リースとして復活した主に再会した時には、出会い頭に、各自、ドロップキックを放つ程度には、『不満と怒りをあらわにする』という自己判断をすることも可能となっていたのだった。

 だからこそ、現在、夜鷹たちが奈都を守護しているのは、あくまでも夜鷹たち自身の判断による物である。


 それはさながら、母親が子供に向ける慈しみに似ていた。

 夜鷹たちは奈都を世話していく内に、いつの間にか、母性に目覚めていたらしい。

 弱々しく、可愛らしい少女、姫路奈都。

 彼女を守護して、育て上げる事こそが、現在の夜鷹たちにとっての行動目的だった。


「…………やぁ、奈都ちゃん。久しぶりだね」

「ひ、う……あ、なん、なんで?」


 そう、奈都を守護するだけではなく、育てることを目的としているために、夜鷹たちは奈都へと行動方針を示すことは少ない。あくまでも、奈都の意思を尊重して、その行動をフォローするように守護するだけ。

 故に、夜鷹たちはこういう場合、奈都へと何かを強制することはない。

 奈都の選択を尊重する。

 ――――例え、眼前に居る相手が、主であるリースの仇だったとしても。


「げほっ、ごほ……あー、失礼。見ての通り、死にかけていてね? ちなみに、この再会には、特に意味は無いよ。正真正銘、ただの偶然さ。私がちょっと敗北……敗北? いや、勝ったと言えば勝ったけど、自分には負けたというか……ともあれ」


 天宮照子は血まみれの死にかけだった。

 その胴体には、こぶし大の大きさの傷穴が三つほど空いている。左腕は肘から折れて、まともに動かすことは出来ないだろう。右足も、足首から先がねじ切れていて、無理やり止血した後が見える程度。

 本来、人間ならば死を免れないほどの負傷だった。

 けれども、天宮照子であるのならば、一呼吸も置かないうちに完治するはずの傷だった。


「偶然だったとしても、こういう状況になったわけだけど、君はどうする?」

「……え、あ? どう、する?」

「君とリースは繋がっていたんだろう? しかも、リースを命がけで庇うほどの間柄だ。だったら、リースを討ち滅ぼした私に対して、何かしら思うところがあるんじゃないかな?」


 余裕に溢れた表情で、しかし、血の気が失せた顔色で、照子は奈都へと語りかける。

 その様子を分析して、夜鷹たちは照子が言う『死にかけ』という状態が正しい物であることを理解した。現在、何らかの理由で照子は魔神の如き力を失っており、負傷を回復することは出来ない。木の幹に背中を預けて、微笑むその姿から魔力をほとんど感じない。

 この時、この瞬間ならば、戦闘特化ではない自分たちでも、照子を殺せる。


「…………うーん?」

「おかしいですな?」

「へんだね、これ」

「ゆだん、きんもつ?」

「どちらかといえば、むしのしらせ?」

「まー、リースさまだったら、なにもしないだろうからー」

「わたしたちは、なにもしなーい」


 されど、この条件であっても夜鷹たちは、照子を殺そうと思わなかった。否、殺せそうにないと感じていた。

 リースを殺されたことによる憎しみの感情はある。だが、それはそれとして、無謀な行動で命を散らすわけにはいかない。夜鷹たちが死んでしまえば、今度こそ奈都は心が壊れて、存在することへの重みに耐えられず、自害するだろう。

 そんな未来を、夜鷹たちは認めない。

 現在の最優先事項は、奈都を守護し、育て上げること。そのため、夜鷹たちは真っ先に自分たちが、照子に何かをするという選択肢を消し去った。

 そして、選ぶ。

 今まで通り、奈都が選んだ行動をフォローし、何があろうとも奈都を死なせないようにする、という生き方を。


「あ、あ、うあ、わた、わたし、私は……」


 一方、夜鷹たちの守護を受けている奈都は、何も決められずに狼狽えていた。憎いはずの仇が目の前に居るというのに、恐怖から来る動悸によって、まともに呼吸できるかも怪しい。


「うんうん、落ち着いて。とりあえず、物事を簡単に考えようか。君は、私のことが憎いかい? 殺してやりたいと思うかい?」

「こ、殺して……やりたい、と……思う……で、でも」

「でも? ああ、ひょっとして私が何か策を持っているとでも思っているのかな? 生憎、この通りの有様で、万策は尽きているよ。いや、この様子を眺めている奴が二人……いや、一人と一体は居ると思うけれど、まぁ、手出しはさせないさ。今、この時だけは私と君だけの因縁だ。誰にも邪魔はさせない……さぁ、遠慮なく、その殺意と憎しみをぶつけてくるといい」


 血まみれの満身創痍。

 間違いなく、死体になる寸前。

 魔力だってほとんど枯渇し、恐らく、異能すらまともに機能していない。

 死んでいないだけの何か。人間の領域を超えていたが故に、致命傷を受けても死ねないだけの存在。

 色々と不確定な要素があろうとも、奈都が本気で殺そうと思えば、殺せるという状況は整っていた。さらに、夜鷹たちが奈都をフォローすれば、その可能性は各段に上がるだろう。

 …………もっとも、それだけの好条件でありながら、相対すれば『死ぬかもしれない』と思うほどの脅威を感じてしまうのが、照子なのだが。


「私は……リースさん……みんな……」


 照子の問いかけに、顔を歪ませて奈都は苦悩する。

 追い詰められているのは照子であるはずなのに、奈都の方が追い詰められた表情をしていた。


「私が、私が、殺せば…………そう、すれば?」


 奈都の衣類には、魔結晶を加工したアクセサリーが縫い込まれているが故に、戦闘の準備は不要。ただ、願うだけで魔獣たちは照子へ向かって牙を剥くだろう。

 例え、己の存在が破砕される予感がしていたとしても。

 友が真に願うことならば、奈都の魔獣たちは拒まない。己の身すらも犠牲にして、敵対者に挑みかかるのだ。

 だが、問題はそれを奈都自身が望んでいないということ。


「う、うう…………ねぇ、照子さん」

「なんだい、奈都ちゃん?」

「貴方を殺そうとすれば、戦いになりますよね?」

「ああ、戦うとも。もっとも、殺し合いになるかどうかは、分からないけれどね」

「今の貴方であっても、私を殺せますよね?」

「それは、やってみないと分からない」

「…………照子さんは、魔獣や魔物を殺す時、躊躇いませんよね?」

「うん、それは躊躇わない。悪いけれど、私がこうやって会話をしているのは、君が人間で、子供だからだ。私は出来る限り君を殺したくない。でも、君が扱う魔獣に限っては、その範囲に入れるつもりはないよ」


 奈都は照子と何度か言葉を交わすと、露骨に目を泳がせた。

 夜鷹たちは知っている。奈都がそういう仕草をしている時は大抵、もう既に答えに気づいているけれども、それを認められない時なのだと。

 事実、奈都は悩んでいた。頭の中で、様々な言葉や単語が渦巻く思考の嵐に囚われながらも、なんとか、足掻いて答えを出そうとしている。


「あ、貴方を殺せば、私に何か良いことがありますか?」

「それは、君が判断することだよ、奈都ちゃん」

「…………貴方を、殺せば、リースさんは…………喜び、ます、か?」

「さぁ? 彼女らしい答えを、君の頭の中に描きなさい。そうできるぐらいには、君と彼女は親しかったのだろう?」


 これから殺し合いになるかもしれない相手へと、無様にも問いを重ねて。懇願するように答えを求めて。微笑む照子から帰って来た言葉を精一杯噛みしめて。


「…………そう、ですね。だったら、きっとリースさんは…………は、はははっ」


 そして、ようやく奈都は答えに辿り着く。

 リースが死んでから、ずっと目を逸らし続けていた現実を直視する。


「――――死んだ人は喜ばないし、何も言わない」


 それは、当たり前の事実。

 人間だろうとも、魔物だろうとも、死んだら生き返らないという常識。中には例外が居るにせよ、それでも、これはこの世界の大原則だ。

 だから、復讐は単なる自己満足で。

 どれだけ人間を嫌いになろうが、世界を塗り替えようとしようが、何も変わらない。盟主に願えば、あるいは『限りなく生前に近い存在』を生み出すことは可能かもしれないが、奈都はそれを魅力的だとは思わなかった。


「仮に、私が貴方を殺せたとしてもただの自己満足だ。何も変わらない。精々、その過程で私の仲間たちがまた死ぬだけ。殺されるだけ。最悪、夜鷹さんたちも失うだけ。は、ははは、なにそれ、なにそれ、嫌だ。私は、失いたくない。例え、臆病でも、情けなくても……私は……っ!」

「そうかい。だったら――」

「私は! もう失うのはたくさんだ! それが例え、リースさんを殺した仇でも! それでも、貴方は私に優しくしてくれたから。冷たくて苦しい時、温かい物を与えてくれたから! 常冬の領域で、貴方に抱きしめられた時、私は少しだけ報われた気分になれたから!」


 故に、奈都は叫ぶ。

 情けなくとも、卑怯であっても、己の心からの気持ちを叫ぶ。

 憎いだけではなく、かつて、親しみを感じたこともある相手へと、子供のように――否、年相応の想いをぶちまけた。


「…………へ?」


 この時、夜鷹は照子の表情が崩れるところを視認した。

 冷たい殺意か、熱い憎悪が来るのを待ち構えていたところに、人肌の如き言葉が投げ込まれたのだから、当然といえば当然のリアクションだろう。


「なので、私は照子さんとは戦いません! 貴方と戦っても、私が辛いだけなので! というわけで、夜鷹さんたち! ここから、さっさとおさらばしましょう!」

「よしきた!」

「それでこそだー!」

「ふははは! さらばだ、てるこー!」

「そういうのは、わたしたちいがいにやれー!」


 唖然とする照子を置いて、奈都は身を翻す。

 さながら、悪戯っ子が『してやった』とでも言わんばかりの笑顔で。

 いつもは無表情な夜鷹たちも、僅かに喜びの笑みを作って。


「それでは! さようなら、照子さん! お互い、この後を上手く生き抜きましょう!」


 戦乱渦巻く、この戦局から、見事に離脱して見せたのだった。

 悪く言えば、無責任。

 良く言えば、柔軟。

 見方によれば、姫路奈都という少女はどのようにでも映るだろう。だが、それでも、戦わずに生き延びる道を選んだことだけは変わらない。


「…………まったく、敵わないなぁ」


 奈都と夜鷹たちが完全に立ち去った後、その答えを祝福するかのように、照子は微笑んだ。

 自分はどうあってもその答えを選択できないが故に、羨みながらも、彼女たちの道行が穏やかなものであればいいと願って。


「さて、それじゃあ、私は世界を救うための準備を始めようか」


 照子は、奈都や夜鷹たちとは反対に、死に近い道のりを選び、立ち上がったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >姫路奈都は敗北者だった。 照子「姫路奈都は先の時代の敗北者じゃけェ」 夜鷹「取り消せよ、今の言葉……」  敗北者の名前を見るだけで思い出してしまう、敗北者をネタにした各種動画が悪いん…
[気になる点] そういえば、吉次さんが異能を手に入れるきっかけになったマヨイガ?はどう関係していたのだろう? [一言] 照子さんゾンビスタイル
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ