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第11話 美少女に至るまでの前日譚 11

 エルシアは、人造人間だ。

 正確に言えば、魔物の中でも、魔人というカテゴリを模して造られた、『現世の魔人』と呼ぶべき存在である。

 異能者が用いる異能の法則が強固なのは、現世で生まれた魔法であるから。

 ならば、現世で魔人を、多種多様な『現世の魔法』を操る存在を造ることが出来たのならば、それは最強の兵士を作り上げるための、大きなヒントになるのではないだろうか?

 このように考えた組織が存在した。

 そう、存在した。

 今はもう、存在しない。壊滅したのだ。機関からの制裁でも、他の組織から横槍を入れられたわけでもなく、単なる自滅という結末で。

 『自分の考えた最強の裏技』を実行しようとした組織は、知らなかったのだ。自分だけが思いついた裏技という物は、大抵の場合、他の者がやらなかった『最悪の手段』であるということを。


「は、はははは…………そう、か……そもそも、現世には、『常識』がある。ならば、失敗するのも、当然、か…………強度が、足りなかった……科学という集合無意識の信仰を崩すための、絶対的な強度が……」


 エルシアが培養槽から生誕した時、初めてに見たのは人の死だった。

 白衣の老人が、下半身を失くした状態で、虚ろに笑う姿。


「う、あうあ?」


 エルシアが拙い言葉で、老人に語り掛けようとした時には、既に老人は死んでいた。

 幸いなことに、エルシアが生誕した場所は、壊滅した組織の研究施設。食料とは呼べない代物であるが、栄養剤やら培養液の残りはあったので、エルシアが辛うじて生き抜くだけの環境は整っていたという。

 けれども、それはあくまでも栄養面のことだけだ。


『グルルルォオオオッ!』

『きゃはっ! 久しぶりの現世ェ! うーん、人間の新鮮なお肉、美味しいです! いえい、人間の魔力、掴み食いコーナー!』

『うっわぁ、またこの事故で呼び出されたのかよ……人間って、定期的に馬鹿が生まれる種族なの?』


 エルシアが生まれた研究所は、多種多様な魔物たちで埋め尽くされていたからである。

 どうやら、研究員たちの実験が失敗し、現世の魔法を作り上げるつもりだったのが、巨大な『門』を一時的に作り上げて、異界からの魔物たちが大量に出現したのだ。

 研究施設は、低ランクから、高ランクの魔物がより取り見取りの地獄へ変貌した。

 無論、組織の人間たちは、瞬く間に魔物たちのランチに。

 魔物たちはその性質上、自力で魔力を生成できない。故に、他者から魔力を奪うか、与えられることでしか生きていけない。

 そのため、魔物は人を襲う。

 より多くの魔力を補充し、やがて、『器』を得るために。


『お、残りの人間発見!』


 当然、エルシアも捕食の対象になっていた。

 調整の途中で、強制的に生誕させられた失敗作でありながらも、魔力を生み出す能力は、常人のそれを遥かに凌ぐ。いや、魔力の生産量だけで言えば、エルシアは高位魔術師すら凌ぐのだ。そんな人造人間は、魔物たちからすれば絶好の御馳走だっただろう。


『いっただき、まぁ―――』

「うあぁああああああああああ!!」

『なんぞぉ!?』


 何の対抗手段も無ければ。

 幸か不幸か、エルシアには戦う術があった。

 それは、本能的に魔術を扱う才能であり、生まれながら植え付けられた技能だった。もっとも、現世の魔法を作り上げる過程で作られた、プロトタイプであるため、現世の魔法ではなく、異界の魔法を扱う魔術師としての能力だったのだが。

 しかし、その時は返ってそれが功を奏した。


『お、なんだ、なんだ?』

『面白いことになっていますね?』

『ラッキー、就職先じゃーん』


 魔物たちの目的は、他者から魔力を奪うこと。そのために、低ランクの魔物たちは、他に術も知らず、知能が低いので、本能的に人間を食らうことを選ぶ。

 だが、高ランクの魔物たちは違う。

 低ランクのそれとは違い、知能がある、能力がある。

 資格がある物に、それを教える術も存在する。


『さぁ、幼子よ、勉強の時間だ。なぁに、私たちの魔力が尽きるまでに、覚えてくれれば、それでいい。駄目だったら、違う方法を試すだけだから、別にいいけれどね? 君自身のことを考えるのであれば、私たちを使役できるようになっていた方が良いと思うよ』


 かくして、エルシアは魔物を使役し、扱う存在――式神使いへとカテゴライズされた。

 最初は、生きるために。

 次は、奪うために。

 倫理も、道徳も、全ては魔物から教え込まれたエルシアは当然、人間社会で生きていくためのありとあらゆるものが欠けていて。

 さながら、エルシアは人の形をした魔物。

 魔人の様だった。

 皮肉なことに、かつての研究者たちが願った通りに、エルシアは殺し以外のありとあらゆる悪行を重ねて。


「おっと、そこまでだ、クソガキ。おいたの時間はもう終わりだぜ?」


 やがて、己の運命に出会うことになる。



●●●



 エルシアは不機嫌だった。

 理由はもちろん、あの忌まわしき山田吉次という腐れチ〇コ野郎のことだった。


「それじゃあ、私は車で待っていればいい、ってことかな?」

「はい。正直に言って、今の山田さんでは足手纏いなので。人質にされないように、ここで待機していてください。もしも、二時間経っても連絡が無ければ、撤退して、機関上層部へ指示を仰いでください」

「了解。君たちの帰りを待っているよ」


 まず、何が気に入らないかと言えば、弱いところだった。

 受動的に耐性を得るだけの、弱々しい異能。本来であれば、異能とは相手に押し付けて、とことん有利なルールに嵌めて封殺するのが常套手段だというのに、使えない。

 だから、いざ、こういう大きな任務がある時、足手纏いになるのだ。

 その点から考えれば、エルシアは今回、吉次が運転手兼連絡役に収まってくれて、少しばかり溜飲が下がったと言えよう。

 どうだ、見たか。

 散々、偉そうなことを言っておいても、所詮は雑魚じゃないか。


「やー、しかし、専属の運転手が居ると楽でいいな」

「治明。山田さんは専属運転手ではないわ。今は弱くとも、今後は一緒に戦うことになる仲間よ?」

「ん? ああ、強さの話じゃなくてな? ほら、今までは俺たち、近場だと自転車で各自集合か、機関に頼んで送迎を出してもらっただろう? 彩月なんかは、実家に送り迎えされていたしさぁ」

「……煩わしさが大分減った、という気持ちはわかるわ」

「だろ? 俺も、原付の免許は持っていても、長物を運ぶのには二輪は向いていないにもほどがあるからさ」

「事務所も最近、掃除が行き届いていて綺麗よね、そういえば」

「茶菓子が常に補充されているのも嬉しい」


 なので、主である治明と、信頼に値する退魔師である彩月が、吉次のことを褒めるような言葉を交わしているのが、嫌だった。

 無論、理屈も分かるし、内容には同意できる。

 今回の襲撃事件も、『封印』が隠されている場所は、事務所から十キロほど離れた郊外。そこに建てられた、人気が皆無の博物館である。いかに、人並以上の体力を持つ退魔師であったとしても、自転車や電車を用いて移動するのは面倒くさい。緊急時以外での、魔術や式神を用いた移動は機関に禁じられているので、ズルして楽をすることも出来ない。

 そういう時に、社会人が自動車で送迎してくれるのは地味であるが、助かるという感想はエルシアも同じだった。

 しかし、そういう利点を踏まえても、エルシアは吉次のことが気に入らない。


「休館札ヨシ。人除けヨシ。んで、結界は敷いておくか?」

「そうね。敷いておくけれど、防ぐよりも戦場に引き込んで逃がさないように設定しておくわ。下手に逃がすよりも、ここで一網打尽にした方が、楽だもの」

「俺も賛成。でもさ、封印の方はフリーにしていいのか? 確か、あの『貫きミイラ』は、ランクBの大物じゃねぇか」

「確かに、封印が解かれたら私たちもピンチね? 封印が解かれれば、の話だけれども」

「…………あー、そんなに強固な奴なのか?」

「ランクC程度では、封印の要となっている魔道具にすら触れられない。ランクBでも、解くのは不可能。ランクAの力があって初めて、まともに解除できるでしょうね」

「んでもって、ランクAの力があるなら、こんなまどろっこしいことをする必要もない、と。なるほどな。流石は、封印・結界に秀でた芦屋の一族ってわけか」

「古臭くて忌々しいけれども、その分、実力は本物だもの」


 無人の博物館の廊下を歩く二人。

 会話の口調自体は、学校の廊下で交わされる物と何ら変わりないだろうが、二人の気配には一切の緩みが無い。仮に、突然、足元と頭上が砕けるような出来事が起こっても、顔色一つ変えずに対応するだろう。

 それだけの実力と、経験が二人にはあった。

 故に、エルシアは二人を尊敬しているし、信頼している。特に、主様と仰ぐ治明の強さには、心底惚れていると言っても過言ではない。

 そんな強くて焦がれる存在が、情けなくて弱々しい存在に害されたかもしれないと思った時、エルシアの思考は極端に視野が狭くなったのだ。

 背後事情も考慮すれば、無理のない反応だったかもしれない。何故ならば、エルシアは外見こそ十代前半の少女であるが、生誕からの活動年数は僅か四年程度。情緒はまだ、育ち切っていない。

 己が治明に抱く好意の意味も、まだ理解できないほど、幼いのだ。


「つまり、ここは囮か」

「そう。ついでに言えば、博物館に置いてある品物は全部偽物よ。いつでも壊してもいいように、ね」

「そりゃあ、合理的で」

「わざとクソみたいな立地にして、週に四日ほど休館にしているから、客足は皆無よ」

「道楽者の趣味だと思わせる作戦ってわけか。でも、少し調べれば、釣り餌だってことは、わかるんじゃねぇのか?」

「これが意外と、引っかかるのよ…………ほら、噂をすれば」

「へっ、世の中には意外と間抜けが多いなぁ、おい」


 二人の会話が途切れ、空気が張り詰める。

 エルシアもまた、静かに構えていた。手元に携えた樫の木の杖を握りしめて、深く呼吸を繰り返し、精神統一。

 こつ、こつ、こつ、と三人以外の足音が増えていき、やがて、漆黒のローブで全身を隠す三体の人型が現れた。


「予定通り」

「待ち構えていたね」

「コロス、イイ?」

「不可能だ。時間稼ぎに徹しろ」

「……コロセタラ、コロス」

「こだわるなぁ。ま、僕ァ、死にたくないので、お仕事だけして逃げるよ」


 真正面から、退魔師たちへ相対するように歩いてきた三体の人型。彼らは、互いの距離が後十メートルというところまで近づくと、一気に姿を隠していたローブを投げ捨てる。


「古き良き世界のために、『刀食らいの鬼』を渡してもらおう」


 一体……一人は、スーツ姿の青年だ。つり目で、常に不機嫌そうに眉間に皺を寄せて居そうな、不景気な顔のサラリーマン。


「タイマシ、ニク、クイタイ」

「こらこら。いつもの雑魚相手だと思っていると、死ぬって」


 残りの二体は、襤褸切れの如き和装を纏った、灰色の肌の大男と、その大男を諫める、小柄で痩せ気味の少年。ただし、パーカーとジーンズ姿の少年は、一見すると生意気そうな顔つきの中学生なのだが、その目だけは、人間の物ではなく、猛禽類のそれになっていた。


「ランクCの魔人が二体に、『懐古主義』の魔術師が一人、か。思っていたよりも、質は高いな。量は少ないが」

「油断は禁物。どこに伏せ札があるのか、分からないわよ?」


 二人の言葉に心中で頷き、エルシアもまた戦闘準備を終えていた。

 閉所での戦闘。

 脅威度ランクCの魔人と、それと同格の魔術師が一人。

 倒せない相手ではないけれど、楽に勝たせてくれる相手ではない。


「…………ふん、ランクCの魔人が二体、ね」


 加えて、魔術師が退魔師たちを小ばかにしたように鼻を鳴らした。

 虚勢ではなく、確信を持った嘲り。


「残念無念、不正解! 僕たち魔人は、二体ではありませーん! さぁ、ガウ君、答えを教えてあげて?」

「……ガ、ウ?」

「えー、ガウ君は物事を直ぐに忘れるんで、ええ。ということで、正解は――――外で待っている、お仲間に聞いてみたらどうかな?」


 少年型の魔人の言葉に、退魔師三人は戦いの火ぶたを切ることで応対した。

 言葉が真実であれ、偽りであれ、やるべきことは変わらない。

 魔を退け、討ち滅ぼすのが、退魔師だ。

 仲間を案じるのであれば、より早く眼前の敵を駆逐する。それが、退魔師三人が目を合わせることも無く一致させた考えだった。


「獄炎開花・白百合――――焦熱地獄」

「来なさい、コマ」

「コール・バンジー」


 エルシアも含めた、三者三様の退魔師たちは、一切の雑念を切り捨てて戦いに挑む。

 そうしなければ、やっと出来た男の同僚を死なせてしまう。

 そうしなければ、やっと出来た新人を死なせてしまう。

 ――――そう在らなければ、気に入らない奴は死んでもいい、なんて一瞬でも思ってしまった自分が許せない。

 だからこそ、三人の学生退魔師は、最善を尽くすのだ。

 それが、希望に繋がることを信じて。

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