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第118話 終わる世界 1

2話連続更新の2話目です。1話目は、18時に更新してあるので、読み飛ばしが無いようにお気を付けくださいませ。

 古峰薬樹は、万能にして最強の存在である。

 少なくとも、万物の霊長である人類の中では、彼に敵う者など存在しない。

 そのように望まれて、そのように造られた、救世主なのだから。

 故に、その結末は最初から定められていたものだった。



●●●



 蒼と漆黒が混じる境界線。

 空と宙が隔てられる場所。

 惑星の干渉から、もっとも遠ざけられた位置に、侵色同盟の拠点はある。

 超高度に固定された、古城。

 その王座に、今、ようやく相応しい存在が腰かけていた。


「ふーっ。やれやれ、疲れたけれどもどうにか『不確定要素』は排除できたよ。安心していいよ、二人とも」


 純白のスーツを赤黒く染めた薬樹は、王座の前に跪く魔神たちに向かって、軽い口調で言葉をかける。

 すると、まず立ち上がったのがレオンハルトだった。


「ふん。お前の心配などはしていなかったが、随分と消耗したようだな、薬樹よ」

「そりゃあね、あのリースを倒した『不確定要素』だもの。私だってそれなりに負傷したし、疲れてしまったさ。だから、座りながらでもいいかい?」

「ああ、構わんとも。【創世術式】さえ発動してしまえば、後はここで世界の終わりと、始まりを鑑賞するだけだ。もはや、誰にも止めることなどは出来ない」


 レオンハルトは、獅子の顔でありながら、分りやすく安堵の表情を作って語り始める。


「終わってしまえば、あっけないな。むしろ、最初からお前が動けばよかったのではないか?」

「あははは、どうかな? リースの計画に沿っていたからこそ、無事に術式の発動まで終える事が出来たと考えた方がいいんじゃない?」

「ふむ。この状況自体が、奴のサブプランであることを考慮すれば、確かにそうだろう。だが、奴ほど頭脳に長けていない所為か、我はこう浅慮してしまうのだよ。万能にして、最強である我らが盟主。古峰薬樹さえいれば、全ては事足りたのではないかと」


 魔獣王レオンハルトは、非常にプライドが高い魔神だ。

 同格以上の存在でなければ、まず仲間と認めることもない。ましてや、形だけとはいえ、跪いてみせるのは、『どうあっても敵わない』と感じている相手だけだ。

 実際、レオンハルトに訊ねれば、「奴と我は同格だ。形式上、部下として動いてやっているだけだ」などと言うかもしれないが、薬樹に向ける尊敬と信頼は本物である。


「確かに、リースが世界中の龍脈へと仕掛けを施し、我々幹部も相応に準備を整えていた。だが、その間にお前は単独で退魔機関とやらの上層部を全て騙しきり、存在しないはずのメッセンジャーとして成り代わっていた。そして、【創世術式】発動の準備を整え、我らが戦っている間に、最後の仕上げを終わらせている。ここまで見事な手際を見せられれば、最初から我々など不要だったと考えてしまうのも、無理からぬことだろう?」


 だからこそ、薬樹に向けた意地の悪い言葉はあくまでも、じゃれ合うような物だ。本気で非難するつもりはなく、単に、薬樹の反応を見たいがために紡がれたのである。

 無論、薬樹もそれを理解していた。


「まさか。私一人だったのなら、こんなに頑張っていなかったとも。孤独だったのならば、もっと手段を選ばずに世界を終わらせていた。『新生』という手段を取ったのは、君たち仲間の願望があったからこそなんだよ。君たちの色に染まったからこそ、私は『理想郷』を創り上げることを決意したんだ」


 レオンハルトの言葉に対して、薬樹は柔らかく微笑んで、否定の言葉を返す。


「全ての存在を理想の中で終わらせる。ハッピーエンドの世界。無限に別れ、数多の矛盾すらも許容する、幻想と現実が入り混じった『まほろば』の新世界。ただの終末装置だった私に、そんな夢を抱かせてくれたのは、君たち幹部のお陰だよ……できれば、リースや陽介とも一緒に祝いたかったな」

「陽介とは新世界で会えるだろう……リースに関しては残念だが、仇は討てた」

「そうだね。これで、少しは報われればいいのだけれど」

「…………ところで薬樹よ。お前、『自分一人でも出来る』という部分は否定してなかったな? 動機の部分で仲間は必要と言っただけで」

「いやいや、私の権能は万能だけれども、全能ではないからね? それと、もしも最初から私一人で動いていたら、もっと早く『不確定要素』とぶつかっていただろうね。リースの懸念通りに」

「ふん。結局、勝てたのだからそれでも構わなかっただろう? 過ぎた謙遜は嫌味だぞ」

「あはははは」


 薬樹は朗らかに笑うと、王座からゆっくりと立ち上がった。


「何にせよ、レオンハルト。我らが《王冠》よ。これで、私たちの願いはようやく叶う。今日ぐらいはその素晴らしい野心を収めて、祝福して貰えるかな?」


 そして、レオンハルトに対して手を出し出す。短くない年月の間、共に過ごした仲間との健闘を称え合うかのように。


「…………今、この時だけだ。新世界を迎えたのならば、我はお前が創り上げた物すべてを侵略し、全ての王となろう。お前の終わりすら覆して、我は長く反映する統一国家の王となる」

「ふふふっ。それは楽しみだ」


 レオンハルトは応じるように、薬樹の前に立った。

 獅子の頭部とは異なり、人間のそれに酷似した巨大な手で、薬樹の手を握ろうとして。



「あー、やっぱり駄目だね、気が乗らない。騙し討ちで全部終わらせるのは、流石にアンフェアすぎるだろ、これ」



 ざん、と何気なく差し出された薬樹の手が振るわれて、レオンハルトは手を……右腕を肘から斬り落とされた。


「…………は?」


 悪意も、殺意も無い、単なる日常動作の一部。

 そのような自然さで攻撃を受けたレオンハルトは、この現実が信じられないかのように目を丸めて、次の瞬間、己の心臓が抉られたことに気づいた。

 あまりにもあっさりと行われる暴虐に戸惑い、心臓を失ったことも相まって、レオンハルトは力なく王座の前に倒れ伏す。幸いなことに……否、わざと魔結晶は避けて攻撃された所為か、消滅はしない。ただ、それでも回復は非常に遅かった。そういう権能を使われたのだと理解した瞬間、同時に、レオンハルトは一つの真実に辿り着く。


「…………お、まえ……いや、ちが、う……き、さまは! 貴様は!? 何者だ!? 何故、我らが盟主の姿をしている!? その権能を振るっている!?」


 自分を攻撃した存在が、古峰薬樹の姿をした、違う何者かだという真実に。


「は、はははっ! あはははははははっ!!」


 薬樹――その肉体を乗っ取った存在は、それまでの虚飾を取り払うかのように笑った。

 まるで、無邪気な少年のように、満面の笑みで。


「ざぁんねん。それを知るには、お前はまだ足りない。じゃあ、さようなら。もしも、挑むつもりがあるのならば、再びこの城を訪れるといい」

「待て――」


 レオンハルトは、言葉の途中で抵抗不可能な空間転移を受け、この場から消え去る。大きく負傷してはいたものの、転移した場所によっては回復も望めるだろう。

 そのように考えて、『それ』はレオンハルトに止めを刺すこともなく、転移させたのだ。

 平然と、当たり前のように古峰薬樹の力を使って。


「さて。それじゃあ、こっちの答え合わせをしようか。大山、お前はどうやら、最初から『俺』が古峰薬樹では無いと気づいていたね? これでも、生前の行動パターン通りに動いていたと思うのだけれども、何が原因で気づいたのかな?」


 そして、邪魔者は排除したとばかりに、『それ』は大山へと語りかける。

 薬樹を装い、王座に就いた『それ』が現れてから、ずっと大山は警戒を解かなかった。跪いていた瞬間すらも、細心の注意を払いながら、すぐに戦える準備を整えていたのだ。


「…………大した理由ではない」


 大山はゆっくりと立ち上がり、薬樹の姿をした『それ』と向かい合う。

 沈黙を破り、必要なこと言葉を紡ぐ。


「ただの勘だ」

「あははは、そりゃあ、身もふたもない理由だ」

「二度も戦えば、勘づくことぐらいはできる」

「レオンハルトにも教えてあげればよかったのに」

「確信はなかった……それに、油断する方が悪い」

「やれやれ、大山はそういうところがあるよね。ああ、これは薬樹の記憶からの言葉だね。まったく、自我が混ざったのかな? でも、目的は変わらないから別にどうでもいいか」


 言葉を交わしながら、大山は己の魔力を練り上げていた。

 この時、この瞬間から、最後まで戦い抜くために。


「――――お前は、天宮照子だな?」


 身が震えるほどの変貌を遂げた、恐るべき好敵手を打ち倒すために。


「は、ははははっ。惜しいね、ほとんど正解と言ってもいい。合格ラインだ。だからこそ、俺はお前に、ちゃんとした正答を教えよう」


 だからこそ、『それ』は己の正体を明かすことにした。

 敵わないと知りつつも、揺らぐことなく拳を構える大山の覚悟に敬意を表して。


「俺は『山田吉次』だよ、大山。天宮照子じゃない。退魔師じゃない。誰かを救う正義の味方に味方になんてなれない、どうしようもないアラサーのオッサンさ」


 『それ』――『山田吉次』という破壊者は、自らの存在を名乗り出たのだった。



●●●



 古峰薬樹は、万能にして最強の存在である。

 何故ならば、彼は過去に死した全ての人類の力を使うことができるのだから。

 神殺しと呼ばれた剣士の力も。

 百鬼夜行すら調伏した、陰陽師の力も。

 かつて、聖人や救世主と呼ばれた者たちの力すら、十全に使うことができるのだ。

 故に、薬樹は全能ではないにしろ、ほとんど全ての願望を叶えることが可能な能力を所持していると言っても過言ではない。


 ――――そう、生まれ落ちた瞬間に願った、自分自身の願いさえも。


 それは、絶叫の如き産声と共に誕生した、救世主の致命的な故障だった。

 たった一度。ほんの数秒間だけ。薬樹は己に課せられた、使命と呪いに対して絶望したことがあるのだ。

 だが、それも仕方のないことだろう。

 感情の無い存在として造られたのならばともかく、人格を伴った命として誕生させられたというのに、人類史全ての記憶を注ぎ込まれたのだから。

 こんな人類なんて、滅んでしまえ。

 こんな世界ならば、壊れてしまえ。

 こんなことを願う自分自身なんて、死んでしまえ。

 絶望の中で、そのように願ってしまったのも仕方ないことだ。

 無論、薬樹は救世主だ。例え、一度世界を呪おうとも立ち直り、侵色同盟の仲間たちと共に、『幸福な終わり』と『世界の新生』を目指した。絶望を飲み下して、それでも希望に満ちた終焉を求めて、生きていくことにしたのである。

 だが、その絶望は消えることなく存在していた。

 救世主を殺し、世界を砕く、破壊者として。



●●●



「俺はね、大山。薬樹に願われたからこそ、誕生した存在なんだ。自覚したのはついさっきだけれどね? 薬樹の姿を見た瞬間に、思い出したんだよ。『そういえば、そうだった』って」


 破壊者、山田吉次は玉座に座りながら、淡々と語り続ける。


「思い出したよ。俺は、人の胎から生まれた存在じゃなかった。いつの間にか、誰かの家庭の中に潜り込んで、周囲を洗脳して、『山田吉次』という存在として生きて来たらしい。恐らく、リースはこの事実に気づいていたんだろうね。だから、気づいてしまった事実を記憶の中から消し去ったんだ。万が一、俺がリースの記憶に感づいてしまったら、こんな風に俺は覚醒して、全てが終わってしまうからね。その所為で、リースの未来予測にイレギュラーが発生してしまうことになったのは、残念な結果だと思うよ。彼女ならあるいは、薬樹の結末を覆せる可能性もあったのに」


 五体をバラバラに引きちぎられて、首だけとなった大山へと、語り続ける。


「薬樹では、どうあっても俺には勝てないんだ。何故なら、俺は『薬樹自身が抱いた願望』だから。万能で、最強である代わりに、薬樹の力は融通が利かない。仮に、俺を返り討ちにできる可能性があったとすれば、薬樹自身が生誕の絶望よりも、強く希望を願うことだったのだけれど、うん、足りなかったよ。やっぱり、世界を終わらせて救うっていうのは、ネガティブな願いにカウントされるんだろう。薬樹の行動は全部、『無駄な抵抗』に過ぎなかった。俺に敗北して、その肉体を奪われる結末は変えられなかった…………ああ、でも」


 しかし、そこでふと思い出したように首を傾げた。

 僅かに悩む様子をみせながら、どこか楽しげに、吉次は言葉を続ける。


「『俺』と『天宮照子』が分かたれたのは、希望なのかね? まぁ、そのおかげで俺は余計な感情に惑わされること無く、こうやって破壊者をやれているんだけど」


 そして、全てを語り終えた吉次は、軽快に指を鳴らした。

 直後、大山の散らばった肉体は全て転移し、王座の間から消え失せる。だが、それは死体の処理ではない。大山という鬼神は、首だけとなってもまだ生きていた。

 だからこそ、わざわざ自分の事情について語って聞かせていたのである。


「さて、これでようやく状況がフェアになったかな? どうだろうな? まぁ、『走馬灯』やミカンが動いているなら、勝負は分からないか。俺としては存在証明を果たすために動くだけだから、どちらでもいいんだけど」


 完全に一人となった王座の間で、吉次は何げなく指先を振るった。

 その指先は、指揮者の如く動き、瞬く間に薬樹が為した偉業を書き換える。薬樹自身ですら止められないように発動させた【創世術式】を改竄し、【終焉術式】として機能させる。


「さぁ、人類諸君。賽を振って、抗ってみせろ。人類最後のセッションだ。クリティカルもファンブルも大歓迎。見事、悪辣なるゲームマスターを殴り飛ばした暁には、拍手喝采を贈ろうじゃないか」


 かくして、世界の命運を賭けた戦いが始まった。

 終焉をもたらす敵役は、山田吉次。

 万能にして、最強の権能――【終わりの救世主】を取り込んで。

 進化し続ける異能――【不死なる金糸雀】によって、惑星すら砕くほどの存在を成り果てた、世界破壊者である。

 この理不尽の権化を倒さなければ、世界に未来はやってこない。

いよいよ終章の始まりです。

退魔師と転生者の物語に、最後までお付き合いよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] >『俺』と『天宮照子』が分かたれたのは、希望なのかね? 彩月「増えた!? こんなの最高じゃないですか!!」(目がハート)  こうですかね?(震え声)
[一言] 照子さんついに分裂までしたか…… 彩月さん今なら二人とも押し倒して二倍おいしいぞ!
[一言] つまりこのGMを殴り倒せればツッキーにダブルご褒美 山田吉次と天宮照子の二人を押し倒しグレさん疑似分身プレイが出来るわけですね! 滾る
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