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第117話 侵色同盟 9

今回は2話連続の更新となります。一時間後の19時に2話目が更新されますので、お気を付けください。

「芦屋彩月さんですね? お届け物です」


 彩月の目の前には、呪符で梱包された弟――芦屋陽介の姿があった。


「……えぇ」


 当然、彩月としては困惑した。

 機関はこの神代回帰に於いて、様々な公共機関を代替して動いている。故に、そこで働くエージェントたちもまた、その公共機関に関係する施設で寝泊まりをしていた。

 彩月の場合、それは県立病院である。負傷者や病院という守るべき施設に対して、防衛力の高い結界術師を優先して配置するため、仕事の無い間は常駐することを義務付けられているのだ。なので、彩月自身が何かしらの病気や、怪我をしているわけではない。

 むしろ、彩月は元気とやる気に満ち溢れていた。

 神代回帰という大災害の中でも、ささやかな贅沢として身だしなみを精一杯整えて。けれども、退魔師として不要な装いはせずに。きちんと戦いに適した姿に身を包みながらも、少女としての振る舞いも忘れない。

 そしていざ、ロビーで待つ薬樹の下へと赴き、関東の方へ出向しようとしていたところで、梱包された弟が届けられたのである。

 困惑して、首を傾げたくなるのも仕方のない状況だろう。


「では、確かにお届けしました」

「天宮照子殿からのお届け物です」

「ナマモノですので、お早めに開封しなければ栄養失調で死にます。お気を付けください」


 機関のエージェントは仕事を済ませると、忙しいのか素っ気ない態度で、すぐに転移をしてしまう。なので、彩月は唖然としている間に、説明を受ける機会を失ってしまった。


「ええと、芦屋さん。これはちょっと、出発を遅らせた方がいいかもしれませんね?」

「…………はい。すみませんが、よろしくお願いします」


 苦笑する薬樹に頭を下げると、彩月は梱包された弟を抱えて自分の部屋まで戻っていく。

 いかに侵色同盟が幹部、《人形師》の異名を持つ芦屋陽介であったとしても、あそこまで梱包された状態だったのならば、意識を取り戻したとしても碌な抵抗は出来ない。

 加えて、彩月は神代回帰によって覚醒を経た状態である。

 惑星の化身である、『荒ぶる龍』を相手取った今の彩月ならば、仮に、陽介が万全だったとしても五分以上の勝率で戦えるだろう。そのため、この時点で陽介の命運は既に、決まったも同然だった。


「やれやれ、仕方ありませんね」


 ――――『だからこそ』、薬樹は苦笑を浮かべたまま、ノーモーションで転移する。

 目的地は関東。

 戦乱渦巻く地方の中でも、最前線。

 まさしく、世界の命運を決めるに相応しい戦いをする者たちの下へと。



●●●



 大山の巨腕と、私の細腕がぶつかり合い、その衝撃で空間が捻じれた。


「はははっ!」

「…………」


 ハイテンションになった私の暴力と、無言で構える大山の武術が、幾度もぶつかり、相殺し、空間に悲鳴を上げさせる。


「うおっ!? 危ないだろうが、馬鹿照子ォ!」

「しばらく見ないうちに、戦い方が完全に単独仕様になっていますね、天宮さん」

「馬鹿テル」

「ふははは、大山! お前の戦いの余波で、我が死にそうだぞ!」


 なお、私と大山の戦いは、敵味方から大絶賛ブーイングを受けていた。

 それも仕方のないことだろう。何故ならば、私と大山は互いに周囲から魔力を略奪し、思う存分、強化された体をぶつけ合うという、原始的な戦いをしているのだから。そのため、移動する度にその周囲は魔力が枯渇していき、他の空間から魔力が流動し、他の退魔師、魔神たちからすれば戦いづらいことこの上ないという有様だ。

 だが、そこで配慮した戦いをすれば、瞬く間に私と大山の戦いは均衡が崩れてしまう。


「とても、ごめーん!!」


 故に、私は視線も合わさずに、仲間たちへと謝罪の言葉を叫ぶしかない。

 大山も心なしか、申し訳なさそうな念を、獅子頭の魔神へと送っているので、あちらも似たような立場のようだ。


「しぃっ!」

「…………っ!」


 けれども、私たちの戦いは緩まず、むしろ熱を帯びて、熾烈さが増していく。

 互いに雷よりも速い打撃を交わして。感覚器官はとっくの昔に、生態電流とは異なる、魔力で代替、強化された物へと作り替わっていて。

 より速く、より強く、戦いながら肉体を強化していった。


「はぁっ!」


 そして、数分ほど拳を交えて、互いに全力で戦った結果、私は理解する。

 大山。太古の鬼神。かつて、私を圧倒した敵対者は、その時に拳を交えた時よりも、各段に強くなっているのだと。私と同様に、神代回帰の影響で神域となった日本を闊歩し、多くの魔神と戦い、打倒して、糧にして成長していたのだと。

 そう、理解した。


「大山。ようやく、お前の武術にも慣れて来たぞ」


 それでもなお、私の方が強いと。

 数多の魔神を討伐し、その戦いの数だけ、私は成長した。

 私の異能が、私を急激に成長させた。数多の権能を受けながらも、全てを凌駕する存在へと適応して、変化したのである。加えて、神代回帰が起こってからの日々は、私に不足してした『戦いの経験値』を埋めるのにとても役立ってくれた。

 だからこそ、今の私が振るう拳は、単なる暴力ではない。

 武力を凌駕するために、成長した暴力だ。


「――ここだ」


 大山が扱う武術。

 鬼神が己のためだけに鍛え上げ、積み上げた武術は、独特の癖のような物がある。無論、その癖自体は隙にならない。人間がやるのならばともかく、鬼神である大山の行動では、隙になり得ないのだ。余りにも力強きよく、速すぎるために。

 しかし、私のように力で拮抗し、凌駕しつつある存在にとって、その癖は大山の行動を予測するのに役立つ。恐らくは、今まで大山が強すぎたが故に、その癖に気づけるだけの敵対者が居なかったのだろう。

 だから今、こうして私に攻撃を当てられることになるのだ。


「…………っ!」


 巨山よりもなお、不動としていた大山の巨躯が、私の拳を受けて身じろぐ。

 まずは、カウンター気味に一撃。完全に見切って放った私の拳は、大山の左腕を肩から吹き飛ばした。

 当然、私たちの戦いではこの程度の負傷は戦闘不能に入らない。一瞬で欠損部位が再生し、何の問題もなく戦闘続行することが可能だ。それでも、一瞬の間、大山が片腕で私と戦わなければいけないということには変わらない。


「う、お、お、おぉおおおおおっ!!」


 削る。削る。殴り、削る。

 がりがりと、スプーンで山肌を削るような途方も無さを感じるが、それも一瞬で適応する。スプーン一つで駄目なら、幾千幾万の数を用意すればいい。そう、相手が一瞬で魔力を略奪して、再生してくるのであれば、その再生力を上回るほどの手数をぶつければいいのだ。


「――――こぉっ!」

「っづっとぉ!?」


 ただ、一度の勢いで倒しきれるほど大山は甘くない。

 大山の動きの癖を指摘したものの、実際のところ、私の動きの方が隙だらけだ。それを補うぐらい、身体能力を向上させ続けているから戦えるだけであって、このように、隙を突かれて心臓を貫かれれば、攻撃を止めざるを得ない。

 まぁ、すぐに心臓ぐらいは生やせるようになったから問題ないが。


「…………くはっ、ははははっ」


 そして、大山もまた私と同様に、反撃の間に肉体が全て回復してしまった。

 ならば精神面で、いくらか削れていればいいと思うものの、大山から疲労の気配は感じない。むしろ、無表情を歪めて、僅かに笑みを作るぐらいには現状を楽しんでいるらしい。

 やれやれ、これだから戦いに楽しみを見出す奴は困る。

 などと言いつつ、私の口元も歪んでいたので、慌てて表情をフラットに。うん、この異能が特に発揮される場面だと、どうやら私もそういう性質になってしまうようだ。


「まったく、絶対に悪い影響を受けているよなぁ」


 私は言葉と共に、冷めた思考を吐き捨てると、再び戦いの熱に身を投じていく。

 大丈夫だ、全て順調に事は運んでいる。私が大山を抑えていれば、自然とあちらの戦いは片付く。獅子頭の魔神は時間稼ぎに徹しているが、それでも、美作支部長と治明の二人からの攻勢は耐え切れない。じきに片付くはずだ。そして、私も実力が拮抗しているが、異能の効果で徐々に優勢へと傾いている。

 もちろん、油断は禁物であるが、このままいけば勝てるはずだ。

 そう、『よほどの例外』でもなければ、この状況を覆すことなんて出来はしない。ここまで来て、覆す要素を敵が後出ししてくるのであれば、それはもう別の物だ。


「世界を廻せ――【天沼矛】」


 ――――だからきっと、これは例外などではなく『運命』とも呼ぶべき、既定路線だったのだろう。



●●●



 それはただの棒きれのようにも見えた。

 二メートルほどの長さがあるそれは、けれども、ただの木の枝と呼ぶには長過ぎる。ただ、人によって作られた物であるのならば、あまりにも自然過ぎた。まるで、その形のまま、大地から生えて来たかのように、何の加工の跡が見られない。

 その奇妙な木の枝は、空間自体に突き刺さり、そのままぐるぐると掻き回す。まるで、鍋の中にある具材でも混ぜるかのように。

 すると、かき混ぜられた空間からは次第に光が失われて、闇が生まれた。その闇は、発生直後から凄まじい勢いで周囲の魔力を吸い込み、内部へと取り込み始める。


「ごめん。待たせてしまってね、二人とも」


 そして、その奇怪な棒切れ――否、創世の神器【天沼矛】を扱うのは、真っ白なスーツを身に纏った男だ。

 銀髪碧眼の美少年にしか見えない、中年の男性。

 古峰薬樹。

 かつて、機関のメッセンジャーを名乗っていた男は――魔神たちに向けて、朗らかな笑みを向けていた。


「時間稼ぎ、ありがとうね、二人とも」

「ふん。危うく、懸念事項を片付ける前に、我が死ぬところだったわ」

「…………」


 笑みを向けられた獅子頭の魔神、レオンハルトは大きく息を吐いて戦闘態勢を解いた。

 また、大山ですらも名残を惜しみながらも、腕を下げる。もう、戦う必要が無くなってしまったと言わんばかりに。


「よくぞ、偉業を成し遂げた。我らが盟主、古峰薬樹よ」


 そして、レオンハルトが告げた言葉の意味を察した瞬間、二人の退魔師が動いた。

 謎の怪現象によって、周囲の魔力を全て奪われる前に。

 例え、明らかに尋常ではない気配を纏う存在だったとしても。魔を退ける者たちの動きに、躊躇いなどは無い。

 美作和可菜は、この場の空間ごと、魔力を吸い込む闇を爆砕しようとして。

 土御門治明は、薬樹に対して、至った理による剣を振るおうとして。


「【シャッフル】」


 薬樹が紡いだ、たった一言の権能によって、強制的に転移させられた。

 そう、関東から遥かに離れた東北地方。彩月が居る拠点へと。


「んなっ!? 主様―――」

「大丈夫。殺していないし、殺さないよ。その必要は無いからね」


 そして、混乱の中にあるエルシアも、あっさりと強制的に転移させた。

 異能よりも遥かに強く、この世界に許された権能を発動させることによって。


「さて、貴方も…………おや?」


 だが、四人目――照子を転移させようとした瞬間、その権能は破壊された。この時、薬樹は知り得ないことだったが、既に照子は魔神たちとの戦いにより、そういう『空間操作』系の干渉に対して、耐性を獲得していたのだ。


「…………ああ、なるほど。『お前』か」


 薬樹の干渉を拒絶した照子の姿は、先ほどまでとは一変したものだった。

 先ほどまでの戦いはもちろん、照子にとって真剣だ。本気であり、闘志を漲らせていた。だが、今の照子は違う。

 ――――殺意。

 照子が薬樹に向ける感情は、ただそれだけだった。怒りも、躊躇いも、他に人間らしい感情などは何も含まれず、ただ、殺意だけがそこにあった。

 その凄まじさたるや、直接意識を向けられていないレオンハルトの息が止まり、大山の血肉が沸き立つほど。この殺意を前にしては、盟主に対して絶対的な信頼を置く二体の魔神とはいえ、動かざるを得なかった。


「ごめんね、二人とも。先に行って」


 けれども、その干渉を拒絶したのは、薬樹本人だった。

 先ほどとは異なる転移手段を使っているのか、一陣の風が吹いたかと思うと、二人の姿は既になく。残っているのは、二つの人型を模した紙切れだけ。


「さて、待たせてしまったね……うん、やはり『そういうこと』か」


 薬樹は仲間を『避難』させると、自身へ殺意を向ける照子へと向き合う。


「なるほど、なるほどね。よりにもよって、今になるのか。うん、リースが君をイレギュラーと呼んでいた意味がようやく理解できたよ。私に会わせたくなかった理由も」


 照子と向き合う薬樹の姿に揺らぎはない。

 絶対零度の如き殺意を向けられようも、身じろぎ一つせず、全てを受け入れるかのように微笑んでいる。


「じゃあ、折角だから名乗ろうか。私は古峰薬樹。侵色同盟の盟主にして、新たなる世界の創造主となる者だよ」

「私…………『俺』は『山田吉次』。これから、お前を殺す者だ」


 まるで、鏡合わせの如く、二人は相対する。

 古峰薬樹と、山田吉次。

 天宮照子と名乗らなかった異能者は、周囲から魔力を奪い続けて、段々と範囲を増す闇のことなどまるで気にもかけず、一切の躊躇いなく、薬樹を殺すために拳を振るう。


「なるほど、笑ってしまうね。これが、無駄な抵抗か」


 薬樹もまた、吉次に応じるように、その身に許された全性能で向かい打つ。

 そして、この惑星に於ける一つの『運命』は定まった。


 数時間後、関東から遠く離れた地に、血まみれの照子が倒れ伏すという結末によって。

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