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第114話 侵色同盟 6

 その魔獣たちは共食いをしない。

 受肉を終えた魔獣たちならば、空腹によって互いに食らい合うことがあるかもしれないが、その魔獣たちは受肉を行わず、魔力によって編まれた肉体で存在を維持していた。

 これは、神代回帰によって周囲にマナが満ち溢れた状態だからこそできる抜け道である。本来ならば、本能によって受肉を目的とする魔獣たちは、無作為に肉の在る存在を襲い、受肉を目指す。だが、とある魔神の影響下にある魔獣は、命令を受け入れるだけの知能がある。故に、魔獣たちは群れのトップ……即ち、『王』による命令で受肉を行っていないのだ。


『グルルル……』

『メェエエエ』

『キュオン、クォン』


 従って、魔獣たちの『待機場』となっている無人の街は、まるで争いの消えた楽園のような光景になっていた。

 あらゆる姿の魔獣たちが数万体、争うことなく、無人の街を闊歩する。

 その様子からは警戒の色は無く、魔獣たちにとってそこは、外敵に怯えることなく過ごせる理想郷だった。

 例え、その理想郷を作り上げるために、人間たちを駆逐し、食い荒らしたとしても。未だに血肉がへばりつく建物があったとしても。それは魔獣たちにとっては何も精神を乱すようなことではない。

 何故ならば、多少知能が上がったとしても、獣は獣。

 彼らは弱肉強食の理に従い、動いている。『弱い餌』の末路などに、心を痛める道理などは無い。そういう心の形をした獣たちなのだ、魔獣というのは。


「さぁ、花火の時間です」


 だからこそ、彼らにも当然、その理は適用される。


 ――――ぱぁんっ。


 始まりは一つの破裂音。

 のんびりと路面の上でくつろいでいた、羊型の魔獣が爆ぜた。

 さながら、水風船を針で突いたかのように、あっけなく。


『ガァ――』


 次いで、その異変に気付いた魔獣も爆ぜた。

 羊型の魔獣よりは魔力量が多かったのか、余計に大きな音を響かせて、爆竹でも弾けたかのように。

 そして、次々と破裂の音が、爆発の音が獣たちの理想郷に響き始める。

 足掻こうが、吠えようが無意味。

 魔力で編まれた肉体ならば、その術式の影響を受けてしまった時点で問答無用。脅威度ランクがAに満たない存在であれば、『誘爆』を止める手段などは無い。

 よって、悪夢の如き連鎖爆発は、その速度を加速させて。


「大物は居ませんでしたか。やれ、湿気た花火でしたね」


 数分も経たずに、数万体以上の魔獣たちは抹殺された。

 その街から数キロ離れた、とある路面の上。もう既に、自動車が通ることも無くなった高速道路の上に立つ、たった一人の術者によって。


「聞こえますか、本部。雑魚の殲滅は終了しました。次は、巡回者を叩きます。脅威度ランクは推定Aの中位。戦闘の影響で数時間、連絡は不通となります……以上。仕事を始めます」


 じゃらりと、全身に銀のアクセサリーを身に着けた。ダークスーツの女性。

 退魔機関支部長――美作和可菜。

 超級の広域殲滅者として名高い彼女は、数万体の魔獣の殲滅という偉業を終えたというのに、眉一つ動かさない。ただ、淡々と携帯端末を用いて機関の上層部へと連絡。その後、予定通りにやって来るであろう強敵を待ち構えるのみ。

 そう、こんなものは和可菜にとっては準備運動程度のことでしかない。


「来ましたね」


 本命との戦いの開始は、和可菜が小さく呟いた後――直後に、周囲が極太のレーザーによって焼却されたその時。

 開始の合図とは即ち、相手を殺すための攻撃を放った瞬間である。


『コシュゥウウウウウウッ』


 和可菜の下に、灼熱の光を届けたのは、上空三百メートルの地点に君臨する魔神だ。

 全長おおよそ一キロ。

 空に混じるような藍色の皮膚は、ゴムよりも弾力性があり、鋼鉄よりも固い。

 その巨体が纏うのは、積乱雲の如き蒸気。先ほどの一撃を放った直後に、背中の穴から噴き出る熱湯が、大量の蒸気を生み出したのだ。


『シュゥウウウ、コシュゥウウウ』


 それは、一言で表すのであれば『空飛ぶクジラ』だった。

 巨大なクジラが、空を泳ぐように浮遊し、眼下の和可菜に向けて、半径百メートル規模の極太レーザーを放ったのである。

 その原理としては、至って簡単だ。

 空から降り注ぐ太陽光。それを奪い、獲物に向けて照準を合わせて、発射する。至ってシンプルなレーザーを放つための仕組み。

 クジラの魔神が所有する権能も、光を対象としたサイコキネシス、ただそれだけ。しかし、それだけで全ては事足りるのだ。このクジラの魔神にとっては。

 灼熱にして、光速の一撃。

 まともな相手であれば、回避どころか防御も無意味となる攻撃手段。

 何らかの手段で、クジラを目視しようとも、絶大な距離が接敵を拒む。仮に、転移などで近づいたとしても、クジラの魔神は高熱の蒸気と共に魔力で周囲を守っているのだ。それを貫く攻撃でなければダメージを与えるのは不可能だろう。

 当然、和可菜であったとしても、まともに正面から攻撃を通すのは難しい。魔神クラスの魔力掌握に対して、遠距離から術式を打ち込むのは困難であり、また、打ち込んだところで無効化される可能性の方が高い。


「なるほど、強敵です」


 和可菜は冷静に戦力を分析しつつ、灼熱と化した路面から悠々と立ち上がった。明らかに、人体が骨まで焼き尽くされるはずの一撃を受けて、けれども、和可菜の服装には焦げ一つたりとも見当たらなかった。

 防御の理屈も、至ってシンプル。

 直撃するよりも前に、和可菜は周囲の空間を『破壊』し、一種の隔絶状態を作り上げたのだ。それはさながら、魔神器官に所属していた『空間を削る』魔人の如く。届かなければ、どれだけの威力の攻撃も無意味だと言わんばかりに。

 とはいえ、その防御は曲芸に近い手段だった。何故ならば、光速の攻撃を防ぐには、相手の攻撃タイミングを確実に読み取らなければならない。一瞬でもタイミングが外れれば、今頃和可菜には致命傷が与えられていただろう。

 もっとも、それを可能とし、平然と成功させるからこその支部長であり、歴戦の退魔師だ。


「――――戦闘経験が、一年ほどあれば。あるいは、私も苦戦したかもしれませんね」


 だからこそ、この時点で勝敗は既に決していた。


 ――――どどっっっっ!!!


 ぐぐもった爆発音が一つ。

 遥か上空に陣取っていたクジラの魔神。その巨体が、粉みじんに破裂し、肉片の一つに至るまでが爆発されたことを示す音が、鳴り響いた。

 そう、クジラの魔神の性能は確かに上等であり、攻撃は強力。防御も堅牢だ。

 しかし、それらは同時に展開できない。クジラの魔神は攻撃を放つ際、自らの防御の一部を開けなければいけない制限があるのだ。そうしなければ、堅牢な己の防御が邪魔をして、相手にレーザーを届かせることは出来ない。

 防御の一部が空いた時間は、三秒にも満たなかっただろう。

 けれども、和可菜にとってはそれで十分だった。歴戦の直感により、攻撃を察知していた和可菜は、空間断絶による防御を行い、同時に、反撃も終わらせていたのだ。

 己の魔術を込めた銀のアクセサリーを、超高速によって射出。和可菜と魔神までの距離を『破壊』し、転移の如きワープ攻撃を実現させた。

 そして、射出された銀のアクセサリーは、クジラのぶ厚い皮膚に阻まれ…………だからこそ、何の痛痒も感じさせない間に、魔術の発動を終わらせたのである。

 かくして、一瞬の交差でクジラの魔神は、和可菜に敗北したのだった。


「…………はぁ。ここもハズレですか。まったく、困ったものです」


 だが、勝利したはずの和可菜の表情は明るくない。

 それは決して、残心を怠っていないだけではなく、顔色には疲労とは別の不安が見え隠れしている。


「一体、何のために時間稼ぎをしているのやら」


 和可菜は超級の殲滅者だ。

 魔獣たちを支配し、指揮する魔神との相性は良い。時間をかければ、完全勝利をもぎ取るほどに、相性的な有利があった。しかし、それでも魔神の打つ手に焦りが無いのだ。

 まるで、こうなることすらも予想の範疇であるかのように。



●●●



 それはつぎはぎの城だった。

 様々な建物を積み木の如く重ねて、何らかの権能によって『空間ごと』組み合わせる。まともな物理法則はそこに適用されず、正しい道順で移動しなければ、永久に捻じれた空間の中をさ迷うことになる。

 ただ、隠蔽と防衛に機能を割り振っている所為か、その城はガワだけはそれっぽく整えているものの、中身はごった煮だ。民家や、オフィスビルの一角。和装などがパッチワークの如く張り付けられており、美的感覚が疑われる内装となっていた。

 けれども、そんなつぎはぎの城であったとしても、内装に気を使っている部分はある。

 まず、玉座。ここだけは譲れないとあかりに、豪華絢爛に整えられたそれは、さながらファンタジー漫画に出てくる魔王の玉座に近しい。

 そして、もう一つ。

 玉座と近しい位置に配置された、高級ホテルの如き一室。

 ベッド。キッチン。風呂場。その他諸々、生活に必要な物が一式揃った空間は、他の内装とは異なり、人間が住むことを前提とされた物だった。


「…………はぁ。私は何をやっているんだろう?」


 そんな至れり尽くせりの待遇の中、侵色同盟に与する人類――姫路奈都は、ぐったりとうなだれていた。


「………………リースさんの仇を討つでもなく。そもそも、外をろくに動くだけの実力も無く。ここで保護されている癖に、現状に不満を持って。代案を考え付くわけでもなく……ううっ」


 ふかふかのベッドでうつぶせになりながら、奈都は悶々とした気持ちを吐き出す。


「めんどうなー」

「うつなのなー?」

「にんげん、とじこもってるとだめになるー」

「とりあえず、めしくえ、めし」


 そんな鬱々とした奈都をひっぱたき、無理やり起き上がらせるのは、無数の小さなメイドたち。夜鷹と呼ばれるリースの眷属だ。既に、主人であるリースは存在せず、かつて命じられた『姫路奈都の保護』という命令を守らなければならない強制力は、既に無いのだが、なんだかんだ見捨てることができず、こうして世話を続けているらしい。


「だって、だって、夜鷹さん……世界の命運がかかっている戦いが始まっているのに……私は、この通りニートみたいな生活なんですよ!?」

「いちおー、やくわりはあるぞー」

「やつのもちべー」

「まもるものがあると、つよくなるたいぷー」

「まさか、こんなことになるとはなー」

「とりあえず、めしくえ」

「おむらいす、おむらいす」


 かなり高級なスウェットに身を包んだ奈都は、メイド服姿の夜鷹たちにたかられて、強制的に身支度を整えられていく。

 無論、お姫様の如く甘やかされた物ではなく、時折、蹴りやらパンチやらで強制的に怠惰を叩き直す、教育的な指導も含まれたものだが。


「はやく、きがえろ」

「はやく、はやく」

「そのうち、やつがくるー」

「おとめのそんげんをまもりたいなら、きがえるべきー」

「ううう、分かりましたよぉ。あの人……人? かなり忙しいはずなのに、どうして三時間置きに、会いに来るんでしょうかね?」

「「「あいだねー」」」

「愛、ですかぁ?」


 そして、奈都もいつまでも落ち込んでいられないことは理解している。何らかの行動を起こすにせよ、ベッドの上では何も事態は進まない。

 何より、自分も何か侵色同盟の作戦に加わりたいのであれば、説得しなければならない存在が居るのだ。その説得をするためには、それなりの態度と格好という物がある。


 ――――コンコン。


 やがて、奈都が食事を終えて身支度を整えた頃、部屋のドアを控えめにノックする音が響く。


「おはよう、姫。ご機嫌はいかがかな?」


 ドアの外側から問いかけられる声は、重低音。なおかつ、紳士的な口調で紡がれる言葉は、他者へ好感を抱かせるものだ。正体を知らなければ、そのドアの向こう側には紳士な装いの中年男性が居ると思うだろう。


「ああ、はい。大丈夫ですよ、おかげさまで……それで、その。姫と呼ばれるのは、ちょっと」

「ふむ、嫌だったかね? 親しい男女はあだ名で呼び合うものだと思ったのだが」

「姫は、あの、ちょっと恥ずかしいので」

「ふっ……慎ましい……美しい……君の素敵な姿を見る栄誉を貰っても?」

「いや、そんな言い方をしなくても、どうぞ。鍵はかかってないです、はい」


 だが、ドアを開けて奈都の前に現れたのは、『ライオンの頭を持った偉丈夫』だった。

 肉体は王侯貴族の如き礼服に身を包み。体の一つ一つの所作は優雅。気品に溢れた動きをしているというのに、顔だけは野獣。まるで、精巧なマスクでも被っているかのような有様であるが、不思議とアンバランスさは感じない。

 そんな異形の偉丈夫は、奈都の姿を目にすると、露骨に破顔して牙を見せる。だが、それは警戒や威嚇による物ではない。むしろ、真逆の物だった。


「うむ! やはり、美しい! 可憐だ! 我が姫となる存在は、君に以外考えられない! どうだろうか? これからちょっと、式場でも見て回らないか?」

「…………遠慮させてもらいます」


 溢れんばかりの好意。

 心酔とも呼ぶべき、恋情。

 それらを奈都に向ける存在は、当然ながら人間ではない。魔神だ。しかも、ただの魔神でもない。

 侵色同盟が幹部、《王冠》にして、魔獣王。

 魂に刻みついた名は、レオンハルト。

 世界を変えうる作戦を担う、脅威度ランクA上位の魔神である。


「ふっ、シャイだな、我が姫は。だが、受け入れよう。それがこの国の美徳ならば!」


 なお、そのような重要な立場に居る魔神は現在、姫路奈都という女子中学生に対して、かなりガチ目の恋をしていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  まず先に。  誤字をからかうような感想ですみません。 >「聞こえますか、本部。雑魚の殲滅は終了しました。次は、巡回者を叩きます。脅威度ランクは推定Aの中位。戦闘の影響で数時間、連絡は普…
[一言] 頭がライオンじゃなくてイケメンならオチてたかもしれんな( ˘ω˘ )
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