第111話 侵色同盟 3
「突出した個は、時に大勢を凌駕するよね」
ぼさぼさの黒髪の年は、へらりと気の抜けた笑みで語る。
「漫画やアニメ。ゲームとかでさ、強力な個人が大勢を圧倒するのは、そちらの方が『爽快』だからだよ。いわゆる、演出的な手法という奴さ。もちろん、それを逆手にとって、リアルに『いやいや、現実の戦いはそんなわけがない』と語る手法もある」
藍色の作務衣を着崩して。
顔立ちは中性的。髪を伸ばしたのならば、少女のようにも見えるかもしれない。そう、芦屋の名を持つ、結界術を得意とする少女と似た顔立ちの少年だった。
「色々あるよね。現実の戦いは試合みたいによーい、ドン! では始まらない、とか。基本的に奇襲を仕掛けた側が有効だとか。情報戦は何よりも優先されるとか。剣よりも槍の方が強い、とか。銃には大抵の近接武器は敵わない、とか」
芦屋陽介。
機関の裏切り者にして、稀代の天才術師。
そして、芦屋彩月の弟が、そこには居た。
「――――現実なら、数が多い方が当たり前に勝つ、とか」
瓦礫の上。
本来、高層ビルがあった場所の上に、陽介は君臨している。
「もちろん、僕たちの戦いは魔力の無い一般人の理屈とは異なるよ? 現実の武術、戦闘理論、物理法則。それらを踏みつけ、嘲笑いながら唾を吐きかけるのが、魔力を持つ者たちの戦いという物さ。でもね、天宮照子。僕の、僕たちの宿敵。それでも、極まった実力者同士の戦いはきっと、最終的には原初の理に収束するのさ」
陽介が君臨する瓦礫の山。
その周囲には、無数の人形たちが控えていた。
黒髪。金髪。赤髪。銀髪。高身長。低身長。中年。老年。少年。少女。童女。幼女。青年。あらゆる形の人間を模した物体が、そこにはあった。
美形の物だけではない。人間らしく、中途半端な美や、時に醜いとも思える様相の人形だってそこにはある。されど、どの人形も一様に――――宿す魔力の量は、周囲の空間を歪ませるほどに凄まじい。
「つまり、こういうことだよ、天宮照子。君は強い。圧倒的に強い。並大抵の魔神ならば、特に労することなく倒せるだろう。でも、『並大抵の強さじゃない魔神クラス』の大勢が、一致団結して君を倒そうとするのなら、どうだろう?」
その人形は全て、受肉した脅威度ランクAの魔神たちだった。
所有する権能、魔力の保有量、どれをとっても魔神の中でも上位。しかも、それらは天才である陽介の人形を依り代としていることで、性能が本体状態よりも引き上げられている。
「少しは、絶望という物を感じてくれるかな? 天宮照子――忌まわしいイレギュラー」
陽介が操る式神の総数は七十二。
そのどれもが、名だたる悪魔。たった一柱だとしても、世が世ならば、国を左右するほどの権能を持つ、恐るべき力の持ち主だ。
それらが全て、天宮照子という退魔師を屠るために用いられていた。
「君に、姉さんは渡さない」
もっとも、戦いの理由は主に、陽介の個人的な怨恨による物だったが。
●●●
機関のエージェントとは、割とすぐに連絡がついた。
地図を確認しながら進むと、途中で機関のエージェントたちが魔物の群れと戦っている場面を見かけたのだ。もちろん、すぐに飛び込んで魔物を殲滅。エージェントたちの負傷を確認したりしている間に、本部との連絡網がいくらか回復したことを教えて貰ったのだ。
なので、私は即座に美作支部長と通信を行おうとしたのだが、あちらもあちらで、どうやら修羅場が続いているらしい。中々連絡できる状況ではないようだった。
「ふむ、それなら私が増援に向かいましょうか。なぁに、私なら関東圏まであっという間ですよ?」
「その場合、周囲の魔物や魔神がどんどんと戦闘に乱入して、ちょっと周辺被害が酷くなりそうなので、貴方は向かわないでください。民間人の被害が増える可能性があります」
しかも、戦闘を手伝いに戻ろうとしても、機関側のエージェントから止められる始末。いや、確かにその懸念は正しい。正直、私が九州地方まで流れて来たのは、戦闘の被害を出さないようにと工夫しながらの結果による物で、大乱戦となっている現場に突っ込めば、敵だけではなく味方にも被害が出る可能性がある。
いや、そもそも私という退魔師は明らかに、連携が苦手なのだ。急激なる力の上昇により、もはや、連携すればするほど私は不自由になり、周りには無理を強いてしまう。
「では、私が他のエージェントの代わりに、『危険地帯』の魔神たちを刈り取って行けば、関東に回せるだけの戦力が増える……そういうことにはなりませんか?」
「…………少々お待ちください」
というわけで、私は単独での魔神殺しツアーを継続することになった。
まるで、『進化する怪物にこれ以上餌をやっても良いのか?』みたいな目でこちらを見て来たエージェントたちであったが、状況が状況だ。今後の展開によっては最悪、人類が魔神たちの支配下に置かれる可能性すらある大災害の最中である。使える戦力を使わない、という判断は出来なかったらしい。
「わかりました、天宮照子。貴方の提案を受け入れましょう。しかし、貴方はもう単独で十分過ぎる戦果を記録したばかりです。あまり、無理をなさらぬよう…………我々としても、功労者を将来、宇宙追放刑などにはしたくありません」
「大丈夫ですよ、皆さん! 追放されてもすぐに戻ってきますから!」
「そういう問題ではなく」
私はエージェントたちから、出来る限りの補給を貰って、再び戦いを始めることにした。
九州地方の『危険地帯』は、地図に書き込まれている限りだと四つ。
一つ、絶対零度を保つ氷結世界。常冬よりもさらに厳しい、氷結地獄。
二つ、住民全てが死霊と化した、静かなる街。死霊使いの異能者が管理する、死後の監獄。
三つ、弱肉強食。脅威度ランクB以上の強者しか生存できない、修羅の饗宴地帯。
四つ、詳細は不明。強力な結界によって侵入者を拒み、内側からは絶え間ない呪詛が飛ぶ、殻の都市。
「おっらぁ!」
まず、氷結地獄を管理する冬の魔神は、気合を込めた拳で倒した。大抵の魔神は、気合を込めれば倒せる。多少は寒かったが、いつかの常冬で慣れていたので、特に問題は無い戦いだった。
「はい、相性有利ぃ!」
次に、死霊の街を攻略した。太陽神の器となる予定だった所為か、はたまた異能によって強化され過ぎた所為か。ともかく、どれだけ無数の死霊が襲ってきても近づいた時点で勝手に消えていくので、問題ない。後は、死霊を現世に留めていた異能者の頭部を砕けば、それで街から死霊は消えていった。
「やめてください、皆さん! 強さなんて! 心無き強さなんて! 虚しいだけだと思いませんかおらぁああああああああっ!!」
三つ目、修羅地帯の攻略は一番簡単だった。黙っていても、挑戦者がやって来るので、それを殴り続けるだけのお仕事である。効率よく集めるために、叫びながら走っていたけど。
何だろう? 最近、力押しで片付くから、全部力押しになっている気がする。もっとこう、自分の能力をクレバーに扱う系の退魔師に憧れていたはずなのに、どうしてこうなったのだろうか? などと黄昏ながら、私は修羅地帯の頂点に君臨していた武者を蹴り飛ばした。流石、強者たちの頂点に君臨していた超人だ。拳だけではなく、蹴りも使わされるとは思わなかった。
ともあれ、強い奴が一番偉いという価値観の奴らばかりだったので、『じゃあ、弱者を守るというハンデを負いながら魔物を倒しておいで』と命令すると、修羅地帯は解散となった。今頃、全国に散らばって、多くの一般人を助けていることだろう、多分。
「さて、問題はここか」
四つ目。呪詛をまき散らす、殻の街。
これはかなり厄介であると、一目見てわかった。何せ、街一つを覆うようにして作られた結界は、あの彩月が作り上げた物に迫るほどの凄まじい強度の物だったのだから。
空間隔絶規模の、結界の遮断力。
それでいて、必要な空気や光は停滞させずに通す、という判別。流石に、ライフラインは遮断されているだろうが、機関の調査によれば、この街の人間は既に災害が起こった直後に強制転移で、安全圏となった国外へと飛ばされたらしい。
なので、この結界を維持する何者かが居たとしても、街中に残された物資を使えば、当分は外からの供給は必要ない。加えて、『街に近づくものを枯れさせる』という呪詛が、絶えず結界の内側から、外側へ発せられているというのも恐ろしい。
これだけのことを為せる術者ならば、即死の呪詛で街を囲うことも可能だっただろう。しかし、『近づけば近づくほど、体内の水分が枯渇する』という、条件指定型の呪詛によって、周囲の者たちへと逃げる余地を与えた。
これにより、自ら何かを主張せずとも、一定の人間にこの情報は拡散され、『危険地帯』として近づくものを選別できる。仮に、結界や呪詛を突破できる者が居たとしても、こういう警告のような仕掛けがあれば、よほどの馬鹿でない限り、望んでこの街に入ろうとは思わないだろう。何せ、神代回帰という大災害によって、日本中は敵だらけの状態だ。面倒な相手が仕掛けた、危険な罠を踏みつぶしてまで戦うのはかなり大変である。
いきなり即死の呪詛で喧嘩を売られたのならばともかく、警告のような呪詛程度ならば、魔神ですらも戦うという選択肢は選ばないはずだ。その程度には面倒で、大変で、関わりたくないという気持ちになる仕掛けである。
「つまり、引き籠って何かの準備を整えるのには、絶好の環境である、と」
だからこそ、私は踏み込んでいく。
経験上、こういう奴を後回しにしておくと、よろしくないことが起こるからだ。もちろん、馬鹿みたいに苦労はするだろうが、これでも退魔師。世界を守るお仕事をしているのだ。多少は社畜精神を見せて行かなければ、年下の先輩に笑われてしまう。
「さぁて、ノックを一つ」
枯れる呪詛程度では、もう既に私の肌すら乾燥させることは不可能だ。体の隅々にまで、それこそ爪から髪の毛の先まで魔力が染み渡った私の肉体は、常にぴちぴちである。多分、触ると瑞々しい。耐性が無い奴が触れると、魔力酔いでいきなり吐いてしまうかもしれないが。
ということで、呪詛が効かないのでじっくりと結界を叩き割って、中に侵入する。
最高クラスに近しい結界ではあるが、今の私ならばゆで卵の殻を剥く程度の気持ちで、排除が可能だ。そう、意外と面倒なのだ。少なくとも、私は苦手である、ゆで卵の殻剥き。中身に気を使わなければ、ばりっと行けるが、出来るだけ復興後のために街の損傷は少ないのが望ましいので、面倒でも丁寧に行う。
「…………ふむ?」
そして、いざ侵入してみれば、無数の視線が私へと注がれることになる。しかも、その中には邪眼やら魔眼の類で、こちらの動きや息の根を止めようとするのだから、用意周到だ。
「せいやっ」
とりあえず、魔力を込めて睨み返す。すると、呪い返しとなって、視線の主へと反動が戻る。大抵の場合、失明か脳みそが弾けるのだが、どうにも手ごたえが薄い。蟻を踏みつぶしたかと思ったら、ただのプラスチックゴミだったような感覚だ。
「…………ああ、なるほど」
目を凝らす。人間には到達不可能な領域まで視力を上げて、視線の元、その一つを確認する。すると、そこにあったのは人形だった。
――――私の姿に酷似した、金髪碧眼の人形が倒れていた。
「君が、芦屋陽介だね?」
「…………そういう貴方は、天宮照子だよね? うわぁ、会いたくなかった」
確認した直後、私の背後には見知らぬ気配が現れる。
振り向きざまに全力で殴りかかりそうになるが、反射的な行動を自制。大きく息を吐き、血の気を下げてからゆっくりと、背後の気配と相対する。
「君とはかち合わない場所に引きこもっていたのに、なんで、わざわざこっちに来るかねぇ? 僕としては、目の前に現れなければ見逃してもよかったのに」
そこには、彩月と似た風貌の少年が居た。
藍色の作務衣姿で。黒髪はぼさぼさ。足元は下駄。明らかに姉とはジャンルの違う服装だというのに、顔つきだけは彩月に似通っている。特に、私に対して呆れたような声を出す時の姿などは、彩月とダブって見えるほどだ。
「一言で説明するなら、偶然だね」
「偶然……偶然、ねぇ。嫌だね、それ。何が悲しくて、姉さんの恋人……しかも、自分が作った素体を奪った奴と面と向かって会話しないといけないんだか。同志の仇という点を差し引いても、僕としては放置安定なんだけど……お互い、見なかったことにしないかな?」
「生憎、私は君をお姉さんのところに連れて帰らなきゃいけないからね。ここで退くわけにはいかないとも」
皮肉げな笑みと共に紡がれた言葉に、私は首を横に振って応えた。
まさしく千載一遇のチャンスだ。彩月が今後、憂いなく行動するためには、ここで陽介を捕縛することが最善の展開である。
それに、陽介はリース同様、何かしらの大望を持つ国際的な魔術組織の一員だ。ここで無力化すれば、今後の展開に於いて何かしらのアドバンテージを得られるかもしれない。
「悪いけどさ、赤の他人が僕たち姉弟のことに首を突っ込まないでもらえるかな?」
「赤の他人じゃない。君のお姉さんの恋人だよ、私は」
「…………はっ。その肉体は美少女で、しかも、中身はオッサンだろ? 色々と考えろよ、釣り合わないって」
「ああ、私もそう思うよ。でもね?」
従って、私の思考はこの時、大分これから起こる戦闘に向けて割かれていた。色々と、事前情報から戦法を予測し、隙を伺っていたのである。
「彩月が私のことを愛しているって言っているから、仕方ないじゃないか。私も彩月のことが大事だし、そういう問題はこれから一緒に乗り越えていくよ」
そのため、私は自分が配慮ゼロでざっくりと本音をぶちまけていることに、言葉を言い終わってから気づいた。
やばい、かなり率直に惚気をかましてしまった、と。
「…………ははっ」
私の発言を聞いた後、陽介は笑顔だった。笑顔であるが、立ち上る魔力の奔流は明らかに、『僕はブチ切れています』という意思表示に他ならなくて。
「うん、やっぱりあれだね。姉さんを説得してからと思ったけど、やっぱり駄目だ。面倒だけど、僕が君の存在を抹消してあげるよ。君は、『新世界』には不要だ」
「つまり、お姉さんが取られた嫉妬かい?」
「――――殺す」
笑みを消した陽介が、タクトのように指先を振るい、私は体内の魔力を圧縮する。
そして、次の瞬間、私たちは戦闘を開始した。
「なんで、ハル兄さんじゃなくて、君なんだよ!?」
「彩月に聞きなさい、そんなの」
もっとも、戦闘を開始してからの十分間ほどは、主に彩月関係の言い争いが続いてしまっていたのだが。




