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第110話 侵色同盟 2

 九州である。

 私としては将来、一度ぐらいはのんびりと旅行で訪れて、美味しい物を食べながらのんびりと、温泉巡りでもしたかったのだが、まさかこんな状況で訪れることになるとは。


「と、とりあえず……どうぞ、お供え物です。これでどうか、お怒りを鎮めてください」


 そしてまさか、現地人の女子高生にヤバい魔神扱いされるとは思っていなかった。

 なんか、妙に高そうな果物の詰め合わせを渡されるとは思っていなかった。

 美作支部長と別れてから、とりあえず、目につくすべての魔神を討伐して、ついでにちょっと遠出をしようかと思ったらこれである。いつの間にか私は、関東を遠く離れて、九州の方まで来ていることにも気づかないほど、戦いに夢中になっていたらしい。

 いや、だって強敵だったのだ。しかも連戦。何せ、大体の魔神は私を見ると『殺さなければならない』と雑な使命感に駆られて襲ってくるのだから、交渉の目は無く。しかも、時々魔神どもの癖に連携してこちらを排除しようとするものだから、私も割と必死で戦っていたのだ。

 その結果、いつの間にか【不死なる金糸雀】は私の能力を青天井に引き上げて、今では、空中を走りぬくことも、百キロ近い距離を一瞬で縮めることも可能となった。

 …………我ながら怪物になってしまった物だ。そりゃまぁ、突如として現れたよくわからない怪物が近くに居るのならば、女子高生ならば怖がっても仕方ないだろう。


「いえ、あの……私は人間だよ? お供え物は不要だよ?」

「…………にんげ、ん?」


 ただ、現地の女子高生からまさか、背景に宇宙が浮かんでいる猫のような目をされるほどに、人間扱いされないとは。どうやら、この女子高生は私のことを、人間を超越した何かだと認識しているらしい。

 いやはや、驚きの連続であるが呆けては居られない。ここで順調にコミュニケーションを取れるかどうかで、私が美作支部長に怒られるかどうかが決まって来るのだ。

 流石に、そろそろ元の場所に戻らないと、逃亡容疑がかけられて追手を送られてしまう。


「初めまして。私は退魔機関のエージェント、天宮照子です。今回の大災害の救護にやってきましたので、避難所か秩序が残っている組織への連絡をお願いしたのですが?」


 故に、私はまず笑顔で自己紹介をした。

 口調を正し、背筋を伸ばして丁寧な挨拶を心掛ける。

 大丈夫。アラサー独身男性だった頃に培った愛想笑いと、今の美貌が組み合わさればきっと、この女子高生の警戒を解けるはず……解けてくれ。


「天宮照子さん、ですか? ええと、私は…………『スズメ』とでもお呼びください。避難所への案内はその、非常に申し訳ないのですが…………いきなり会った方を信用するわけにはいかないので」

「ええ、懸命な判断だと思います」


 女子高生――スズメは明らかな偽名を名乗りつつも、とりあえず、こちらに害意が無いことを理解してくれたようだ。警戒は解かないながらも、蜂の群体となって臨戦態勢になっていないだけ、まだマシな対応をしてくれている。

 そうだ、スズメという女子高生は恐らく。元一般人。異能者として、この大災害の中を生き抜いているだけはあって、戦闘センスや勘の良さは群を抜いていたとしても、それでも、元は一般人なのだ。守られる立場なのだ。あからさまな不審者である私に対して、こうやって会話をしてくれる時点で、精一杯の誠意を向けてくれているのだろう。

 ならば、私はその誠意に対して、大人としての義務で応えなければ。


「この状況下で、初対面の人間を信用するのは危険ですからね。優しい顔で近づいて、君たちの背後を刺すかもしれない。そういう危機感は必要です」

「いえ、あの……どちらかと言えば、被害を最低限にというか……天宮さんがやろうと思えば、町ごと滅ぼしそうなので、せめて、私の時点でなんとかこう、怒りを鎮めて頂こうという戦略です、はい」

「ご心配なく。罪もない一般人を殺すと、私のメンタルに著しいダメージが発生するので、そのようなことはしませんよ……と言っても、所詮口だけですね。なので、ここから信用を獲得するために、私にチャンスをくれませんか?」

「チャンス、ですか? ええと、どのような?」


 小鳥のように可愛らしく、小首を傾げるスズメ。

 全体的に丸っこくて、茶髪の可愛らしい子だ。恐らく、彩月と同い年ぐらいの子供だろう。こんな子供が否応なしに異能に覚醒し、今まで戦い抜いていたかと思うと、心が痛くなる。

 いや、きっとこんなことは今、日本中どこにでもある悲劇の一つだ。特別な事ではない。私の感じている感傷なんて、偽善だと言われてしまえば、否定できない。

 されど、だからと言って、今、やれることをやらない理由にはならないのだ。


「私がこの町に安全圏を作り出します。その成果を持って、信用として欲しい」

「あの、どうやって?」

「とりあえず、この町の周囲の魔物を全部駆逐します。いや、もうちょっと広く……半径百キロ圏内の魔物を全滅させて……龍脈をこう、どーんと叩けば何とかならないかな?」

「…………」

「はい、真面目にやります。魔物を排除して、魔結晶……リソースを集めて、結界を張れる異能者か術者を探しましょう。ええ、なので絶望を噛みしめながら涙を流すのは、勘弁していただきたい」


 何やらとても不安そうな顔で涙を流していたので、きちんと真面目に説明する私。

 ううむ、いけない。どうにも最近、思考が力押しに偏りつつある。大体の魔物を力押しで殺せるようになった弊害だろうか? ともあれ、女子高生を泣かせるのは無い。大人が子供を泣かせるのは最低だ、もっとちゃんとしよう。


「い、いえ、別に非難していたとか、そういうことではなくて……あ、そういえば! 急いでいると言っていましたが、その、天宮さんのご用事は大丈夫なんですか?」

「はい。なので、素早く魔物を駆逐して、安全圏を作り出しましょう。何、私が所属している機関は結構大手なので、エージェントが生き残っていれば、私の目的も果たせますので」


 そう言って私が微笑むと、スズメもまた引きつってはいるものの、笑顔を浮かべて頷いてくれる。よかった、どうやら相互理解を得られたようだ。


「では、道案内をお願いします。とりあえず、雑にでもいいので、周囲で対話不可能で強いところから片付けて行こうか」

「…………きゅ、休憩とかは?」

「あの程度の敵を駆逐した程度で、私の体力は微塵も減りませんのでご安心ください。それよりも、君の方が心配だ。弱体化していたとはいえ、魔神を相手取っていたのなら、かなり消耗しているのでは?」

「まぁ、はい。でも、私はこの異能に覚醒してから、蜂蜜を舐めれば大体の傷が治ったり、疲労が回復するようになったので、心配ご無用です…………ええ、覚悟を決めました」

「覚悟?」

「もしもの時は、私の命を捧げますので、この町を守ってください」

「ちょっと待って。実は、私が人間であるという時点から、拭いきれない疑いがあるだろう、君?」


 この後、私は周囲の魔物を殲滅することになったのだが、ぶっちゃけ、悲壮な覚悟を決めたスズメの誤解を解く方が、私にとっては大変だった。

 うん、やはり若者とのコミュニケーションが、私にとっての鬼門なのかもしれない。



●●●



 スズメ――大鳥おおとり 八千代やちよは十六歳の女子高校生だ。

 異能に覚醒する前は、運動はそんなに得意では無かった。小柄で、全体的にちょっと丸っこい体型である八千代によって、運動は嫌いではないが、体型的には難しい分野だったのである。ただ、虫を観察するにはアウトドアが一番楽しいので、必然と外に出る機会が多かったので、運動は苦手というほどでは無かった。

 だから、八千代は正直、自分に驚いている。

 いきなり覚醒した異能を、手足のように使うことができて、その強度を上げるための試行錯誤を繰り返していた、自分の冷静さに。

 昨日まで普通の女子高校生として暮らしていたのに、戦いの最中、魔物だけではなく人を殺すことになっても、さほど同様していない自分の冷徹さに。

 何より、ただの女子高生であった自分が、他者を下して強くなっていくという今の現実に、戸惑っているのだ。

 そう、当の本人が戸惑ってしまうほど、大鳥八千代という人間は異能を用いた戦いに関して、他と隔絶した才能を発揮していた。

 成長速度では、機関の記録にある異能者の中でも随一。

 戦闘センスは、土御門の後継者である治明すらも凌駕している。

 その上、良識的な考えの下、人間の秩序を望んで、他者を守る戦いに身を投じているのだから、モラルも精神的な強度も相当な物だ。


「…………よし! これで全滅だね! うん、ひとまずは安全だ。今の内に、結界術を使えそうな人材を探しに行こう」

「は、はい……」


 そんな八千代であるが、天宮照子という化物に対してはまったく、勝てるどころか、まとも戦える想像すら出来なかった。

 何せ、照子はつい先ほど、八千代の目の前で半径百キロにも及ぶ殺戮を完遂させたばかりだったのだから。

 一歩、照子が踏み出せば、いつの間にか遠い景色の中で、魔物たちがはじけ飛んでいる。

 瞬きをする間に、いつの間にか戻ってきて、魔神クラスの攻撃を軽々と弾いている。

 最終的には、魔神たちが三体ほど結託して襲ってきても、一分後には、照子の手の中に、巨大な魔結晶が三つほど収まっているという有様だ。

 こんな相手に対して、むしろ戦おうと思える方がおかしいのだと八千代は思っている。


「あ、あの、照子さん……お怪我……は直ぐに治ったから、疲れていませんか?」

「うん、大丈夫。実を言うとね、しばらく前から疲労という感覚を忘れつつあるから、今後もそういう心配は無用だよ」

「それは、別の意味で心配した方が良いのでは?」

「…………とりあえず、この災害が終わってから考えるよ」


 ただ、しばらく話していく中で、八千代は照子という存在が、決して人間に害する側の存在ではないのだという確信は得ていた。

 出会った当初は、相手の機嫌一つ損ねるだけで死にかねないと戦々恐々としていたが、実際にはそのような勘気を持った存在では無かった。照子という存在は、常識外れな発言はするものの、基本的に人間には無害。

 仮に、八千代が何らかの理由で殺意を持って攻撃を仕掛けても、可能な限り無傷で鎮圧させて、理由を聞こうとするぐらいには善良な性格なのだと理解できていた。

 少なくとも、避難所に居る人間を皆殺しにすることで享楽を見出すような性格だとは考えられない。魔物たちを容赦なく殺す姿からは、その手の殺戮を好むようにも見えるが、実際には『強敵』との戦いに楽しみを見出すことがあったとしても、弱すぎる相手を痛めつけるようなことは趣味ではないだろう。

 そう、天宮照子は人間側にとって、都合の良い精神性の守護者だった。


「天宮さん。何から何まで色々とありがとうございます」

「いいや、これも仕事だからね」

「でも、その……これ以上は大丈夫です。ここから先は、どうにか私たちで頑張ってみますので、どうか、天宮さんは他の場所に居る人たちを助けてあげてください」


 しかし、それでも八千代は、照子に対して親しみは感じられなかった。

 感謝はある。尊敬の念もある。けれども、あまりにも遠すぎるのだ。憧れることすらできない、圧倒的な存在なのだ。仮にこのまま避難所へと照子を案内すれば、あまりにも圧倒的な存在感によって、心の弱い者たちは自我を塗りつぶされて照子への信仰を始めるだろう。

 既に、一般人が隣人として接するには、あまりにも照子は強すぎたのである。


「天宮さんが戦っている間、関東までの地図を集めておきました。不要かと思いましたが、私がこの町で集めた『危険地帯』の情報も書き込んでいます。日持ちしそうな食料も、こちらのリュックサックに纏めておきました」

「ん、何か悪いね、スズメさん」

「いえ……いいえ。明らかにこれ以上の働きをした天宮さんへ、こんなお返ししか出来ずに、申し訳ございません」

「あー、そんな堅苦しくならなくても」


 八千代が頭を下げた瞬間、照子はやや寂しそうな表情を作ったが、それも一瞬。


「わかったよ、ありがとう。素直に感謝して、先を急がせてもらうよ。だから、死なないように気を付けて」


 照子はすぐに笑みを作り、礼と共に八千代からリュックサックを受け取った。


「はい。そちらも気を付けて……なんて、釈迦に説法ですけど。とりあえず、ご同僚に会えたら、天宮さんについて連絡しておきますね」

「うん、ありがとう、スズメ。それじゃあ、さようなら」


 別れの言葉を告げると、照子は一歩踏み出し、瞬く間に姿を掻き消した。

 八千代には、どのような移動方法を使っているのか理解できないが、ソニックブームも起こらない雷速の移動により、瞬時に長距離を移動したのだと予測することぐらいは出来る。

 何もかも規格外。

 自分の必死の戦いの数々が、霞んでしまうほどの強い化物。

 そんな相手と別れた八千代の心には、安堵が訪れていた。無論、一番大きな割合を占めるのは、強すぎる化物との会話から解放された安心感ではあるが、もう一つ。八千代には安堵した理由があった。


「…………私なんて、まだまだだったなぁ」


 それは、自分自身が弱いのだと。まだ、人間と語れる範疇の強さしかないと気づいたことである。何せ、照子と出会う前は、周囲の人間の中では、八千代が一番強く、また異形であったからこそ、自分は怪物なんじゃないか? と不安があったのである。

 けれども、そんな不安は照子と出会って吹き飛ばされた。

 本物の怪物とは、ああいう物を指すのだろうと。


「じゃあ人間らしく、生き延びるために頑張りますか」


 八千代は大きく背伸びをすると、ぱん、と顔を叩いて気合を入れ直す。

 自らを人間だと言う、優しい怪物が作り上げた安全地帯を無駄にしないように。

 いつかまた。照子と再会する時が来たのならば、怯えることなく。『大丈夫だったよ』と告げるために。

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― 新着の感想 ―
[一言] 彼女の人間の物差しがグンと伸びた( ˘ω˘ )
[一言] >ええと、私は…………『スズメ』とでもお呼びください。  スズメ?  スズメ……スズメダイ……雀ヶ森……スズメノミヤ……ああ。  スズメバチですか。  前話で操ってた?蜂がスズメバチかぁ…
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