第10話 美少女に至るまでの前日譚 10
ツッキー:るんるん♪
グレ :ご機嫌だね、ツッキー
ツッキー:長年の問題が、ようやく解決へ進んだ感じなのですよ!
グレ :それはめでたい。何か、お祝いをしようか?
ツッキー:ボイスチャット! ボイスチャット!
グレ :あー、まぁ、はい
ツッキー:そろそろ、仕事もひと段落しそうなんですよね?
グレ :ええ、ようやく慣れ始めてきましたから。でも、新しい仕事というのは、慣れ始めてきた頃が一番、油断してはならないという
ツッキー:ボクの事、嫌い?
グレ :おっと、またヤンデレモードかな?
ツッキー:ボクがヤンデレであったことは、一度もありません!!
グレ :前に何度か、私の個人情報を探ろうと探偵を雇ったことがありますよね?
ツッキー:んだえふぇあづあか?
グレ :動揺しすぎて、タイプミスっている
ツッキー:う、ううううう! どうして、探偵の捜査がいつも、不自然に途中で途切れるんですか!? 優秀な人だったのに、『あれは無理だ』って真顔で断られましたよ!
グレ :かつての灰色の青春を過ごした者は皆、隠密技能を会得しているのさ
ツッキー:んもう! そうやって、いつも誤魔化す! ボクの事、嫌いかどうかっていう、質問にも答えてないし! ボクはちゃんと、グレさんの質問に答えたのに!
グレ :自白しただけなんだよなぁ
ツッキー:…………もしも、本当にボクのことが迷惑だったら、その、えっと
グレ :迷惑じゃないよ
ツッキー:ほんと?
グレ :迷惑だったら、それとなく関係を自然消滅させるように日常の会話から、地味に伏線を張っていくから
ツッキー:こわっ! 後に禍根を残さないための、ガチの対策する人じゃないですかぁ!
グレ :そうなっていない、ということはつまり、そういうことだよ、ツッキー
ツッキー:つまり?
グレ :察して?
ツッキー:はっきりと言葉にして欲しいのが、乙女心です
グレ :最も親しい友達として、最初に頭で思い描くのが君だよ、ツッキー
グレ :…………ツッキー? おおーい?
ツッキー:すみません、想いが溢れて、ちょっと悶えていました
グレ :よぉし、今日はここまでにしようか
ツッキー:もっと、言って! もっと言ってください! ボクへの愛の言葉を!
グレ :後でね
ツッキー:じゃあ、ボイスチャット! ボイスチャットの時に、ダンディボイスで言ってくださいませ! 約束ですよ!?
グレ :私は大人になっても、さほど声が渋くならない人間だから、ご期待に添えない
ツッキー:大丈夫です! ボクの妄想は数百の分岐を可能としておりますので! どのルートも、貴方の隣には、ウエディングドレスの美少女が居ますよ? やったね!
グレ :はいはい、そうだね
ツッキー:あー、信じていませんねー!?
グレ :ネット上で誰かの外見を期待することほど、愚かなことは無いよ
ツッキー:相変わらず、ドライですねぇ、グレさんは
グレ :よく言われるよ…………でもまぁ、最近は、そうでもない、かな?
●●●
「主様に、一体、何をしやがったのですか? この腐れチ〇コ野郎」
事務所の掃除を終えて、ひと段落していた時、唐突に罵倒を浴びせられた。
罵倒の主は、事務所のドアを開けると同時、開口一番に私を罵って来たのだから、その怒りは察するべき物だろう。
「やぁ、初めまして。君が、エルシアちゃんかな?」
「ワタクシの質問に、答えやがれです」
ずがずがと、大股で、ソファーに座る私の下に近づいてくる、小柄な少女が一人。
小学生のような体躯に、後山町の中学生であることを示す、制服のブレザー。腰まで伸びた、磨かれた銀の如き長髪。瞳には、エメラルドをはめ込んだような美しい瞳。顔立ちは幼いが、絶妙なバランスで調和しており、人間離れした美しさだ。
資料によれば、ポジションは後衛。カテゴリは魔術師と式神使い。西洋式の魔術を好んで用いる、治明のペア。
「エルシアちゃん。大人として、君に教えてあげよう。質問する時は、質問をする対象に対して、分かりやすい説明をすることが大切だよ? もちろん、相手に察してもらうのも手段の一つだけれど、さて? これは、早速、可愛らしい中学生から頼りがいのある大人として、見られているということで良いのかな?」
「死ね」
「ごめんね? そのお願いは無理だよ。他のお願いはあるかな?」
「…………ファ〇ク!」
「あっはっは、愉快な子だねぇ、エルシアちゃん」
私は、ぷりぷりと怒りを示すエルシアちゃんを眺めて、のんびりと緑茶を口にした。
やはり、ここの事務所のお茶も、お茶請けもレベルが高い。最近、妙に機嫌の良い芦屋が、『たまには経費で贅沢しましょう』とグレードを上げてくれたおかげで、さらに、私の舌が肥え始めている。
もちろん、その分、お茶の淹れ方を注意しなければいけないのが、ちょっとした難点だけれどもね。
「ワタクシを馬鹿にしてやがりますか?」
「ごめんごめん、してないよ。さて、確認だけれども、君の言うところの『主様』は、治明のことで良いのかな?」
「主様を呼び捨てとは、良い度胸ですね?」
「ありがとう。自分でも、肝の太さにはちょっとした自信があるんだ」
「違う! 今のは、違う! えっと、皮肉です!」
「うん、私も同じ」
にこやかに笑って見せると、エルシアちゃんはとても良いリアクションをしてくれました。
一瞬、ぽかんと口を開けたと思うと、わなわなと唇を震わせて、顔が真っ赤になっていく。
「ワタクシを馬鹿にしている!」
「ごめんね? つい、からかい易そうな性格をしているから」
「謝りやがれ!」
「ごめんなさい。それで、治明君の元気が無くて、落ち込んでいるから、どういうことなのか知りたい、ということで良いのかな? 私に訊いて来たのは、私と組んで魔獣討伐した後に元気がなくなったからだね? うん、正解。実は、彼とちょっとした青春トークをした結果、思わぬ事実…………ああ、君は知っている? 芦屋と治明の色々と」
「うわ、え? あー、まさか! 主様に、彩月の好きな人の話題を!?」
「なんだ、知っているのか。うん、そういうことだよ」
エルシアちゃんは、律儀に私の言葉に振り回される物だから、完全に混乱してしまっている。ぐるぐると目が回り、感情が混沌となってしまっているのだ。
けれど、そこは流石の中学生にして、プロの退魔師として認められた天才だ。
直ぐに感情を立て直して、私を睨みつける。
「お前が悪い!」
「そうだね、私が無神経だったかもしれない。もうちょっと、軟着陸させる方法があったのかもしれないね」
「謝りやがれ!」
「ごめんね?」
「ワタクシにではなく! 主様に!」
「ん? それは出来ないよ。うん、無理だね、無理」
「どうして!?」
「そうだね、このまま答えてもいいけれど、さぁ、クエスチョン。どうして、私が治明に謝ってはいけないのでしょうか? ちょっと考えてみようか。はい、制限時間は10秒」
「え、あ?」
私の言葉に、律儀に応えて、考え込むエルシアちゃん。
ううむ。やはり、色々悪ぶってはいるものの、根は素直だ。いや? 悪ぶっているというよりは、私に対する敵意? 警戒心? 何故? そりゃあ、初対面だけれども、退魔師だったとしても、中学生の子供がアラサーの私に、怒鳴り込むか? 必要以上に敵意を向けられているような気がするなぁ。
「…………主様が、怒る。馬鹿にされたって、怒る」
などと考えこんでいる内に、エルシアちゃんが、若干しょんぼりした様子で答えを述べていた。うん、正解。
「その通り。賢いね、エルシアちゃんは。治明とは短い付き合いだけれども、彼は自分に厳しい人だよ。だから、今回の事で謝られれば、傷つくのは彼だ。『そんなに弱い貴方に配慮できなくて、ごめんなさい』と言っているのと同じことになるからね」
「う、ううう……」
「でも、私としては疑問があるんだ。ねぇ、エルシアちゃん? 君はどうして、治明君に教えてあげなかったの? 知っていたことだろう? 今回の件は、一番のショックは芦屋に想い人が居るということだけど、次にショックを受けたのは、『自分以外、知っていた』であろうことだよ? 教えてあげればよかったじゃないか。主様、なのだろう?」
「…………だって。言ったら、主様が、傷つく」
「かもしれないね? でも、私に言われるよりも、ダメージが少なかったかもしれないよ?」
「…………うー」
「いずれは、言わなければいけないと分かっていたのだろう? でも、言えなかった。怖かった。何故? さぁ、エルシアちゃん。君は何を恐れていたのかな?」
「…………う、うううううっ!」
「――――なんて、ね」
はい、意地悪は終わり。
流石に、目に涙を一杯溜めて睨まれてしまえば、良識ある社会人としては白旗を上げざるを得ない。
「ごめんね、エルシアちゃん。初対面だというのに、無神経に言い過ぎた。うん、大人気が無かった。社会人失格だ、ごめん」
「えっ、あ、あの?」
「けれど、知っていて欲しかったんだ、エルシアちゃん。いいかい? 良く知らない人間に、喧嘩を売るのは止めなさい。例え、それが私のような弱小異能者だったとしても、だ。必要のない恨みも、敵意も、集めるものじゃあない。世の中には、私よりも悪い大人が大勢いるんだよ? 皮肉交じりにこっそりと嫌がらせをする程度ならともかく、感情的に怒鳴ったりしてはいけない。そんなことをすれば、悪い大人はこう思うだろう――『ああ、なんて分かりやすい子供だ。そうだ、この子を利用して悪いことをしてやろう』ってね?」
無論、こんなことを言っている私であるが、本心からこの子を心配しての行動ではない。
適当にからかっている内に、そろそろ泣かれそうだったので、もっともらしい言葉で煙に巻こうとしているだけだ。
そうとも、私は薄情だからね。
自分に敵意を向けてくる子供の心配なんてしないのさ。
「私を嫌うのは良い。でも、感情的になり過ぎないように。君は退魔師だろう? 私なんかよりも数段上の、天才退魔師だ。少なくとも、機関から与えられた資料ではそう書いてある。ならば、もうちょっとうまくやるべきだね? そう、例えば――――ドアの向こう側へ、『そこまでにしておけよ?』と覇気を飛ばしている、お兄さん、お姉さんみたいに、ね?」
「……あっ」
がちゃり、とドアノブが捻られる音が一つ。
すると、事務所のドアが開いて、バツの悪そうな顔をした二人の学生退魔師――芦屋と治明が入って来た。
「心配しなくても、弁えているよ、二人とも。私は社会人であり、偉そうなことは言えない立場の新人退魔師だからね? それらしくお説教を気取るのも、これで最後さ」
「…………あー、なんつーか、その、吉次。アンタさ、割と性格が悪いよな?」
「かもしれないね」
エルシアちゃんが怒鳴り込んで来た騒動の下になった治明としては、なんといっていいか分からず、微妙な表情。
一方、私の教育係である芦屋の対応としては、中々妥当な物だった。
「喧嘩両成敗です」
「あうっ」
「ボディ!?」
まず、エルシアちゃんの頭をパーで叩き、その後、私の腹部をグーで殴る。
なるほど、妥当な処罰だね。
「エルシアちゃんは、治明の問題に勝手に首を突っ込まない。勝手に、誰かの意志を代弁しようとして、怒らない。それは、恥ずべき行いです」
「…………はい、ごめんなさい」
「よろしい。山田さんも、エルシアちゃんの心配をしているのは分かりますが、少し、厳し過ぎです。もうちょっと、優しい大人になってください」
「ごほっ……あー、善処するよ」
やれ、まだまだ芦屋も人間観察がなっていないな。
私は悪い大人であるつもりはないけれど、薄情な社会人である自覚はある。こんな私の薄っぺらな発言を、真に受けたらいけないぜ?
「それと、わざと私たちからヘイトが集まるように悪ぶった言動をするのは止めてください。そういう庇い方をすると、後々面倒なことになりますので」
「えっ? 吉次、そんなことを考えていたの?」
「考えて見なさい、治明。エルシアちゃんが一番怒られる展開は?」
「…………あー、そういう?」
「そう。いわゆる『大人の対応』として、エルシアちゃんの言葉をただ受け流すだけだったら、私たち二人は、エルシアちゃんだけを怒らざるを得ない。でも、そうなると可哀そうだと考えた山田さんが、わざと私たちに聞かせるような言葉でヘイトを集めたの。実際、私たちはその誘導に引っかかったでしょう?」
「おおう、色々考えているんだなぁ、吉次。すげぇ、これが大人の気遣いか」
……………………ま、あ。
勘違いで良く思われるのは好都合だ。あえて、訂正したところで、私に損しかないので、このまま勘違いしてもらうとしようか。
「はいはい、喧嘩両成敗したのだから、この話はもう終わり! それよりも、今は任務の話」
ぱんっ、と大きく柏手を一つ。
場の空気を変えるために、芦屋はわざと大きめに音を出して、意図的に注意を引いた。
なるほど。どうやら、今日は通常業務では無いらしい。
「今日は、私たち四人揃って行動します。機関から連絡を受けた限りだと、後山町に存在する『封印』を狙って襲撃があるようなので、これを撃退します。なお」
芦屋は、私たちへ…………特に、私に対して言い聞かせるように、言葉を告げた。
「襲撃犯は魔術師……人間が混じっている可能性が高いです。よって、対応の際、『襲撃者の生死は問われません』ので、任務の達成を第一として考えてください」
ここから先が、本当の退魔師としての仕事なのだと。




