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第99話 赤き魔神の遺骸 4

 ラインとレフズは、双子の魔人だ。

 正確に言うのであれば、赤き魔神の遺骸……その眼球を、それぞれ埋め込まれた子供たちが、元々双子だったのである。

 二体の魔人は既に、人間だった頃の記憶を保持していないが、二人は巫女とその従者として育てられた存在だった。

 『懐古主義』と呼ばれる組織がある。

 その組織は、古き神々の召喚を待望しており、そのためにはどれだけの手間もコストも厭わない。例えば、神々と縁が近しい子供、あるいは、神々を『降ろしやすい』子供を、子種と母胎を組み合わせて作ることに、躊躇いなどは無かっただろう。

 双子であったのも、偶然ではなく、外部からの術式による干渉の結果だった。なるべくして、双子となり、そして、いずれ、巫女は神にささげられて。従者は神に仕える物として。それぞれ、人生を『懐古主義』の道具として使い潰される予定だった。

 双子はその真実を知らせられないように育てられたが、曲がりなりにも、神の依り代として選ばれた者と、その従者として選ばれた双子だ。『懐古主義』たちが隠す秘密を暴き、見透かすことは容易いことだっただろう。

 もっとも、『視る』力は強かった双子だが、実際に、『懐古主義』たちから逃れるほどの武力は有しておらず、結果、自ら絶望を早めるだけの結果として終わってしまった。

 そう、そこで双子は終わるはずだった。


「選ぶといいよ、君たち。人間として、神々の生贄になるのか? それとも、人間を捨てて、僅かな希望に縋ることになったとしても、自由になることを選ぶのか? 自分たちで選んで、未来を決めなさい」


 魔が差すように、赤き誘惑が目の前に現れなければ。

 そして、二人は選んだ。

 自分たちを生贄扱いしていた人間たちを見限って。

 弱々しい、自分たちの記憶すらも投げ捨てて。

 強くて、自由で、残虐な魔人へと生まれ変わったのである。

 それが、ラインとレフズ。右目と左目。

 赤き魔神の両眼、その権能を有する、双子の魔人である。



●●●



「ま、また、反応が消えて……あ、あいつを殺そう……っ! 仇を、討とう、ライン!」

「駄目だよ、レフズ。僕たちじゃあ、あの女には勝てない」


 双子の魔人は、鬱蒼とした木々の中を逃げ回っていた。

 魔人故に、その体力は外見とは裏腹に、ほぼ無尽蔵。外見からは子供にしか見えない双子であるが、仮に二十四時間走り続けても、息切れ一つ起こすことはないだろう。


「なん、で!? ラインが、見て! 私が歪ませれば!」

「感知範囲が広いんだ。その上、多重の守護結界を持ってる。あのアクセサリー全部に、僕たちの権能を防ぐだけの力がある。歪ませる前に……ううん、僕が解析を終わらせる前に、僕たちは殺される」

「…………う、うううっ!」

「走ろう、レフズ。逃げて、リースに知らせないと……そう、しないと」


 つまり、双子の魔人たちの心臓が早鐘を打ち、息切れを起している現状は、疲労によるものではない。もっと別の、恐怖や怒り、無力感という精神的な影響によって引き起こされているものだ。


「う、うう……あいつら、殺してやるっ! 全部、全部! 愉快な肉人形にして! 壊して、壊して、壊して!」

「そうだよ。ラインが壊し過ぎないように、僕が上手く見ながら調整して……そうして、また皆を復活させれば、何も問題ないんだ!」


 双子の魔人は、悔し涙を浮かべながらも一心不乱に逃げている。

 一地方を滅ぼしうるほどの力を持つ双子の魔人といえども、今回ばかりは相手が悪すぎた。何せ、脅威度ランクAに位置する魔人、大山と正面から殴り合える規格外に加えて、機関の中でも最速の破壊者が襲ってきたのだ。魔神器官の中でも、二人に対抗できる存在は、頭領にして、魔神の記憶を持つリース以外にはいない。

 そのため、双子の勝利条件は、『シェル』が破壊される前に、リースをこの拠点に呼び戻すことだった。最悪、自分たちが死んだとしても、リースをこの場に呼び戻せるのならば、それは双子の魔人たちの勝利と呼んでも差支えはない。

 それほどまでに、魔神器官の魔人たちは、リースに信頼を置いていた。

 普段は冴えない家長として、身内たちからぞんざいな扱いをうけることが多いリースであったが、その実、誰しも心の中では信頼を向けている。

 魔人たちの中で一番強く、賢く、恐るべき人間たちの組織を欺いて、魔人たちに安らぎと平和を与える存在。それが、リースだ。

 だから、最後に残された双子の魔人たちは、リースを呼び戻すべく、己の命を賭ける事すら厭わない。例え、精神が幼くあったとしても、その自己犠牲に疑問の余地を挟むことはない。

 そういう絆で、魔神器官の魔人たちは結ばれている。


「大丈夫、皆、皆、皆、きっと、また、あの時みたいにいぎっ」

「…………レフズ?」


 ただ、そんな絆があろうが、魔人たちが人間を虐殺してきたことには変わりない。よって、これは報いですらなく、当然の論理として、より強い強者によって蹂躙されるのだ。

 何故か?


「さて、鬼ごっこはそろそろ終わりだよ、魔人ども」


 ――――天宮照子という存在と敵対した時点で、魔人たちの末路は決まっていたからだ。


「あ、あぁあああああああ!! レフズ! レフズぅ!」

「はははは、君たちの反応は似ているね。その権能の方も、似ているのかな?」


 一瞬の出来事だった。

 まさしく、ラインが瞬きをしている間に、その片割れであるレフズの首は胴体から離れていた。あまりにもあっさりと。まるで、玩具でも取り外すかのように。

 照子はレフズの腕を手刀で切り離し、片腕に抱えて見せたのである。


「まぁ、どうであろうとも、殺せば死ぬか」

「…………っ!」


 眼前に現れた照子に、ラインは躊躇わず権能を使用した。

 赤き魔神の右目。その権能は攻撃的な物ではない。ただ、相手の情報を見透かして、取得し、理解するというだけのものだ。

 だが、情報を解析し、取得するという権能は魔神器官にとっては有用な代物だった。何故ならば、敵対した相手がもしも、格上やら封印に特化した相手ならば、最悪、その場で仲間が失う危険性があるからだ。

 そのため、ラインによって得られる情報は、片割れのレフズの権能を助けるだけではなく、リースを始めとした、他の魔人たちの権能を補助し、より安全性を高める効果があった。

 だが、この場に於いてはただの悪あがきに過ぎない。否、悪あがきにすらなっていない。


「――――なに、これ?」


 怒りと恐怖を抑え込み、とっさに権能を発動したラインが見たものは、『絶望』だった。

 相手の情報を見透かして、何とかこの窮地を突破しようと考えていたラインは、照子の情報を深部まで読み取ってしまったが故に、行動が止まってしまう。

 怒りよりも、恐怖よりも、不可解な絶望が、ラインの動きを止めるのだ。

 理解などできない。

 突破口など、探すだけ無意味。

 そもそも、敵対すること自体が間違い。

 天宮照子とはそういう類の絶望だった。

 そして、それは照子自身も自覚していない類の『悍ましい真実』でもあった。この時、ラインは理解する。どうして、リースが照子に対してイレギュラーになったのか? 神算鬼謀を誇るリースの打つ手が、ことごとく覆されてしまったのか? 何より、リースが照子を予測できない理由も、全て理解してしまったのである。


「お、お前はっ! お前は駄目だ! 人間とか、魔物とか、関係ない! お前だけは、ここで殺さないといけな――」


 だからこそ、ラインは例え刺し違えても、この場で照子を殺さなければいけないという使命感に目覚めた。目覚めてしまった。それが何より、隙が生じる行動になるとも知らずに。


「あ、そう」


 ラインの宣言をつまらなさげに聞き流して、照子は流麗な動作で腕を振るう。

 たったそれだけの動作で、ラインの首は落ちた。

 椿の花が落ちる如く、あっさりと。雷の速度で放たれた照子の手刀は、ラインの首を切断したのである。切断面は、さながら達人が放った一刀の如く鮮やかで、やがて、頭を失った胴体から、血液が噴水のように湧いて、流れていく。


「魔人どもの気配はもう感じない。あっちの方は美作支部長が仕留めたか。これで全部……いや、気配を隠す権能を持った魔人が居ることも考慮して、警戒を保ったまま待機しよう」


 照子は双子の頭部を両腕に抱えて、無感動に呟いた。

 魔人といえども、子供の姿をした存在を殺すことに何の躊躇も抱いていない。それどころか、その死体をこれから『有効活用』しようとしているのだから、この場面だけ見れば、どちらが魔人か分からない有様だろう。


「さぁ、リース。今度は私がお前に罠を仕掛ける番だ。もっとも、お前のように賢くないから、笑ってしまうような馬鹿な罠だけどね……お前はきっと、罠に飛び込まざるを得ないよ」


 血まみれの照子は、酷薄に微笑んで、この場には居ないリースに向かって告げた。


「だって、お前は私よりもよほど、人間らしいのだから」


 人間の命を弄ぶような、悪魔の如き言葉を。



●●●



 リースが逃走に費やしたリソースは、決して軽くない。

 まず、照子の姿を騙っていた上位エージェントを撒くのに、盟主から受諾した権能を一つ、使い潰した。その後、ずっと気配を隠し、姿すらも見えない隠密行動の何者か……恐らく、上位エージェントと同等の実力を持つ存在と戦い、左腕を切り落とされた。

 幸いなことに出血は酷くなく、予備の義手を召喚して不足を補うことで、戦闘能力の低下は免れている。

 ただ、拠点に直接転移できなくなっていることに気づいた時、リースは現状、使用可能なリソースの三割を使い切って、仲間の下に急ぐことにした。


「…………皆、どうか、ワタシが着くまで、なんとか生きて……いや、肉片の一つだけでもいいので、どこかに隠していて」


 仲間の無事を願いながらも、リースは強引に転移不能の結界を突破した。

結界を展開している魔力に干渉して、無理やりに破壊するという、普段のリースからは考えられないほどの強引な手法によって。

 これにより、拠点への侵入が可能となったリースは、その赤き頭脳で最善の移動ルートを算出して、即座に転移を始める。


「この破壊の痕跡は…………天宮照子が既に……なら、真っ先に『シェル』を抑えなければ。何もかもが手遅れになってしまう前に」


 そう、リースの行動は、可能な限りに最善で最速だった。

 結界を突破したすぐに、拠点の壊滅具合で敵対者を判別。仲間の安否を確認したい要求を理性で押さえ付けて、魔神器官の中核である『シェル』の下へと転移する。

 まさしく、未来予測の権能を持つに相応しい行動速度だろう。


「…………っ! これ、は」


 だが、リースの敵対者は天宮照子だ。

 運命を乱す、恐るべき怪獣だ。人では辿り着けない領域に辿り着いている何かだ。


「ワタシの同胞以外を拒絶する術式が、幾つも、力任せに……」


 魔神器官の中核は、拠点の地下深くに隠されている。

 拠点の地面に隠された、一つの階段。地下に続く、長い長い階段と、一段ごとに刻まれた、魔神器官以外の者を拒絶する術式を超えた先に、それはある。

 目が眩むような、大空洞。

 五十メートル以上の高さを持つ大空洞。広さは、サッカーグラウンド一つ分程度。天井には、魔力で動く照明が、真昼と変わらぬ光で、大空洞を照らしている。

 そんな空洞のど真ん中に、『シェル』という中核は存在するのだ。


 それは、脈打つ木だった。

 形状としては、林檎の木が近しい。

 青々とした葉っぱと、真っ赤な果実を付ける一本の木。されど、その幹は時折、肉のように脈打ち、鼓動する。どくん、どくんと、心臓が脈打つように。

 何より、枝から実っている真っ赤な果実は、よく見れば心臓だ。無数の心臓が、林檎に擬態するように、そこにある。

 これこそが、魔神器官、心臓担当のシェルだ。

 唯一、人間ではなく植物と同化して、数多の魔神の遺骸と同化して、魔人たちを何度も生み出す、母胎でもある。

 シェルに魔力が供給されている限り、肉片一つでも情報を解析して、元通りに魔人を復活させるだろう。仮に、魔人の肉片が完全消滅した場合は、保存してある情報を元にして、新しく、無垢なる魔人を生み出すだろう。

 つまり、魔神器官の魔人たちは、シェルをどうにかしない限り、何度でも、何度でも、復活することが可能となるのだ。さながら、人間が扱う式神という技術のように。


「やぁ、リース。お前なら、真っ先にここへ来ると思ったよ」


 そして、そのシェルの隣には、照子が居た。

 一番居て欲しくない場所に、一番居て欲しくない人物が存在していた。

 だが、それは侵入を拒む術式が、全て力任せに破られていたことから、予想していたことである。故に、リースの心には驚愕はなく、ただ、来るべき時が来た、という覚悟しかなかった。


「天宮、照子」

「いい加減、お互いの顔も見飽きたところだろう? そろそろ、終わりにしようか」


 リースは照子を睨みつけて、照子はそれを歪んだ笑みで迎え入れる。

 一人の魔人と、一人の退魔師は、互いの必滅を決意しながら、静かに戦いの口火を切った。

 この戦いの結末が、世界の行く末を大きく左右することを知る者は、まだ少ない。

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― 新着の感想 ―
[一言]  OH……。 >拠点への侵入が可能となったリースは、その赤き頭脳で >この戦いの結末が、世界の行く末を大きく左右することを知る者は、まだ少ない。  このふたつの所為で、頭が物理で即物的な…
[一言] 照子さんが心も人外になり始めてる……
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