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プロローグ 退魔師の夢現

主人公がTSするまでは、毎日更新します。

 将来の夢は、退魔師になることだった。

 もちろん、幼稚園児から小学校低学年ぐらいまでの、拙い夢に過ぎないが。その後から、私が明確な将来の展望を描いたことはなかったので、私が将来の夢と聞いて、一番に思い出すのは退魔師を志した幼い頃の記憶だ。

 きっかけは、些細な物だったと思う。

 例えば、アニメに出ていたヒーローが退魔師だったとか。

 ああ、そうだ。思い出した。表現の自由を逆手に取ったような、グロテスクな深夜アニメを私はこっそりと、両親から隠れて視るのが好きだったのだ。

 確か、タイトルは『身近に祓うゾ! 退魔師メイド犯人ちゃん!!』だった気がする。人間に化けた怪物たちを、ミステリー小説の主人公さながらに日常的な凶器を用いて暗殺。その後、本性を現して第二形態となった怪物を、在り得ない凶器の使い方でぶち殺す、という内容だった気がする。どんな殺し方だったかと言えば、スプーンを使って殺した時は、怪物の肉という肉を、柔らかい果実のように刳り貫いていた。どっちが怪物かな?

 そうそう、あのアニメ、途中で放送が中止になったんだよな、うん。

 一応、内容としては勧善懲悪なのだが、殺し方がえぐいのと、過剰なお色気エロスがいけなかったのだろう。

 当時の私としては、日常の楽しみの一つを奪われた理不尽として記憶しているが、大人になった今としてはむしろ、『よく五話まで放送できたな、あれ』と軽く引く内容だった。


「――――テルさん、そっちに行ったわ」

「あいあい、了解」


 よっと…………それで、何だったかな? ああ、将来の夢の話だったね。幼い私が、退魔師を志した理由。

 それはね、とても簡単な理由だ。

 怪物と、悪と戦う正義のヒーロー……この場合はヒロインなのかな? ともあれ、そういう人が理不尽に消されてしまったのならば、自分が代わりになるしかないと思ったんだよ。

 彼女の戦いを知っている自分が、世界の平和を守らなければならない。

 幼く、拙い正義感に魅了された私は、微笑ましい修行を繰り返して、やがてそれは、お決まりの文句の意味を理解するようになった時に、ぴたりと辞めたよ。

 この物語はフィクションです。現実に存在する人物、団体とは一切関係がありません。

 良い言葉だよね? 表現の自由を守るための、大切な言葉だ。

 もっとも、当時の自分にとっては絶望そのものだったけれど。

 その後? ああ、特に何も? 現実を知った幼い少年は、やがて、平凡で灰色な青春を過ごして、特に未来の展望もなく、流されるまま就職。

 仕事に対する情熱も、誇りなんて物は皆無。

 ただ、誰かに糾弾される理由を作らない程度に働いて。

 飽きたら気分転換に転職。

 そんな、どこにでも居そうな社会の落伍者として生きていたよ。そして、そのまま何も変わらず、死んでいったと思うね。

 アニメや漫画みたいに、劇的なことなどまるで起きず。

 SNSで流れてくるような、都合の良いヒロインが現れて、退屈な日常に一瞬で彩を加えてくれる、なんて物語はまるで無く。

 ありきたりで平凡な現実を生きていく…………そのはずだった。


「クラマから解析完了のお知らせよ、テルさん。残りの魔獣は一体。脅威ランクは推定D。形状は狼。全長三メートル以上の巨大な狼よ。特性は不明。俊敏性は高いから、間合いに気を付けて、油断なく処理して」

「ん、了解」


 まさか、28歳にもなって、幼い頃の夢を叶えるとは思わなかったよ。

 そう、退魔師になるなんてさ。


「ターゲット確認。脅威度確認…………処理可能な範囲と判断。状況開始。これより、討滅を始める」


 正直、今でも現実味は薄い。

 だけど、今、私が怪物と――魔獣と戦っていることは事実だ。

 山中の木々の間を縫うように駆け抜けて、人外の領域まで加速しているのも事実。

 私の視線の先で待ち構える、明らかに現代の生物とは言い難い大きさの狼も。

 全て、残念ながら現実なのだ。


『ヴァウ!!』


 号令のように一吠え。

 地面を蹴り上げ、一息で二十メートル以上の距離を詰める姿は疾風を連想させる。どうやら、速度に特化したタイプの魔獣らしい。

 常人であれば、何が起こったか理解できないまま、首を噛み切られる……いいや、首ごと上半身を噛み砕かれるだろう。


「そいやっ」


 だが、生憎、私は既に常人ではない。

 気の抜けた掛け声と共に、手に携えた武器――魔伝導式特殊警棒で、襲い掛かる巨狼を打ち据えることも容易だ。

 容易く、人間の反射神経を超えた動きと、怪力を発揮することも可能なのである。


『ギャンッ!!?』


 頭部を殴り飛ばされた巨狼はそのまま、木々を巻き込み、へし折りながら吹き飛んだ。

 まったく、我ながらこの華奢な体の中に、どこにそんな力があるのか疑いたくなるのだが、無論、理由はある。

 魔力だ。

 超常たる力を行使することにより、人は物理法則の鎖から、僅かばかり解き放たれる。

 故に、今の私にとって、これは簡単な仕事の部類だった。


「さて、言われた通り…………油断なく、処理しよう」


 頭部を損傷した巨狼の始末は、手こずらなかったと思う。

 手負いの獣は厄介と言うが、程度にもよる。生物的強度でこちらが圧倒し、なおかつ、油断なくやるべきことを為せば、問題ない。

 具体的に言うならば、弱ってワンチャン狙っているところを、遠距離から投石で止めを刺し、きっちりと蘇生しないように頭部を殴り砕いたのである。

 すると、絶命と同時に、巨狼の姿は霧散し、私に付着した血液までも嘘のように消えて、残ったのは緑色の宝石が一欠けらのみ。


「…………ふむ、問題ないか」


 私は注意深く、残った宝石を観察して、問題が無いことを確認。そこでようやく、手に取って透明度と大きさを確認する。

 やはり、所詮は脅威度Dだ。

 それほど良質な『魔結晶』ではないみたいだが、これでも集めれば、後々の査定アップに繋がるのできちんと保管しておこう。

 …………まー、所詮とか行ってしまったが、覚醒前の私では戦いにすらならずに瞬殺される相手というか、下手をすれば機動隊が全滅する相手なのだけれど。


「お待たせ。こちらは何事もなく残敵処理を完了したわ」


 私が後処理をちょうど終えた頃、相棒である退魔師の少女が駆け寄って来る。

 にこやかな笑みを浮かべながら駆け寄ってくる可憐な相棒の姿を見ると、今でも微妙な気分になるが致し方ない。これも己の宿命だと受け入れよう。


「ん、こちらも問題なく処理完了。それじゃあ、そろそろ夕暮れ時だし、早く町に戻ろうか」

「ええ、テルさん。街に戻ったら、少し汗をかいてしまったので、一緒にお風呂に入りましょう。我が町の数少ない観光施設にお金を落としに行きましょう」

「行かない。私は自宅でのんびり、ゆっくりと湯舟に浸かるタイプです」

「まぁ! 一緒の浴槽に入るなんて…………テルさんのエッチ!」

「一緒にお風呂に入ることを許容した覚えはないよ? というかね? 何度も言っているけれど、私は28歳独身男性だよ? 君は花の女子高校生じゃあないか。そういう発言は慎んだ方が良いと思うけれどね?」


 私がそう苦言を呈すると、相棒はきょとんと目を丸めた。

 いや、その反応は無いんじゃない? と抗議の視線を向けると、よほどおかしかったのか、「ぷっ、くはははははは!」などと悪役みたいな笑い方で腹を抱えてしまう。

 そういう反応は、酷いのではないでしょうか?


「ははははははっ! でも、テルさん。以前ならともかく…………その姿で言うのは、少しばかり可愛らし過ぎると思うわ」


 私は相棒の言葉に、口をへの字にすることで応えた。

 …………そうなのだ。

 不本意なことに、私は幼い頃の夢を叶えてしまい、退魔師となった。ここまではいい。命の危険は多々あるが、それでも、人々を守る尊い仕事である。かつて、転々とした仕事よりも遥かに過酷であるが、その分、給料も相応だ。文句はない。

 ただ一つ、私がこの現状に不満があるとすれば。


「だって、テルさん。今、物凄い美少女なのだもの」


 28歳独身男性。冴えないアラサーであったはずの私の肉体が、目を疑いたくなるほど美しい金髪碧眼の少女へと代わってしまったことだろうか。

 確かに、退魔師は幼い頃の夢だった。

 転職することになった時は、少しばかり枯れ果てた少年の心が、トキメキを感じていたことも覚えている。

 ――――でも、美少女になることまで夢見た覚えはない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 【返信不要です】虫雲 先生、本職以外に小説の作成で忙しい最中に返信有難う御座います。 m(__)m  私が勘違いしていました。
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