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伝説の勇者が盗賊に世界救えとか言ってきた  作者: 伊藤 黒犬
第一編 やっぱ勇者向いてなかったと思う
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06

 コルクボードに止められた数枚のメモ。

 偶然にもそのうちの一枚へ二人が同時に手を伸ばした。

「あ……ど、どうぞ」

 マントのフードを深くかぶった青年が手を引く。髪を一本に結んだ女は、鉄製の籠手をはめた手でコルクボードのメモを外す。それを少年に差し出した。

「こういうのは将来有望な若い子優先だよ」

「は、はあ……ありがとうございます」

 女からメモを受け取り、青年は更にフードを下げてカウンターへ向かった。再びコルクボードを眺めだした女に斧を手に持った大男が声をかける。

「よお、姉ちゃん。仕事無いなら俺らと一緒に魔物退治にでも行こうぜ」

 大男は太い二本指に挟んだメモをひらひらさせる。女は手を横に振った。

「すみません、単独行動派なので。あと私もうすぐ四十ですよ?」

 二人のやり取りを横目に見ながら青年はカウンターにメモを置いた。

「えっと……場所南の国、内容盗賊の討伐、報酬金貨五十枚……こちらで宜しいですか?」

 羊の角を生やした受付の少女がメモを確認する。青年はこくりと頷いた。

「ではギルドカードの提示を……」

 受付の言葉に戸惑いを見せる青年。だが奥から出てきた受付の上司が、受付少女の肩を叩いた。

「単独パーティーの方はギルドカードじゃなくて、サインね」

「あっ……す、すみませんでした。こちらにサインを」

 慌てて受付少女はカウンターから名簿とペンを取り出した。記名し、青年は名簿とペンを受付少女に手渡す。

「はい。大変お待たせいたしました、ではお気をつけて」

 メモをマントのポケットにしまい、青年は軽く頭を下げて、開け放された扉から外へ出た。扉に取り付けられた鐘が鳴る。



「ね、ちょっといいかな」

 歩き出そうとした青年は呼び止められて振り向いた。

 先ほどの籠手をはめた女が腕を組み、青年をじっと見ている。

「……な、なん、ですか」

 フードの中から青年は女を見た。

「君、人造魔物のスライムだよね」

 青年の水色の目が見開かれる。反射的にマントの下の片手が同じく水色の鉄砲に変形したのを見て、女は口元に笑みを浮かべた。

「やっぱり……あ。安心して、敵意は一切ないから」

 水色の鉄砲を人の手に戻すも、青年は警戒を解きはしない。

「じゃ、じゃあ何の目的で」

「あー……流石に覚えてないかあ」

 その発言に、怪訝そうに顔を上げて女の顔を確認する。


「えっ」

 青年のフードが落ちた。ツンツンと跳ねた水色の髪が露わになる。

「あれ、覚えてた? やっぱ若い子は記憶力いいなあ……私なんてその髪色しか」

 言いかけたことを咳払いして誤魔化した。警戒は完全に解け、代わりにタイルの道へ視線をそらしている青年に、女は組んでいた腕を解いて言葉を続ける。

「少し話を聞かせてもらってもいいかな、プル君」

 落ちたフードを被り直し、青年、改めプルは女の方へ視線を戻す。








 滴水の落ちる音が洞窟内に響く。

 天井に空いた大穴から光がこぼれ、その周囲から水が垂れている。

「……あとはコントロール力だな」

 手で水滴を遮ってルノが大穴を見上げる。

「威力だけは抜群なのですがね」

 007のコメントが岩石の欠片の中心に立つパタに追い打ちをかける。

「ど、洞窟出たら魔法の訓練します……」

 申し訳なさからか何故か敬語になるパタ。水浸しになったバンダナを絞るたびに、濃度の高い魔力を含んだ水が滲み出て赤く光る。


「……まあ、パタ様のおかげで戦わずに済みそうですが」

 ドリルに変形していた右腕を元の人型に戻し、007は前方を見回した。

 怯え切って背中を壁に張り付けている黄緑の髪と瞳の少女。

「ご、ごめん驚かして……怪我は」

 パタが足を踏み出したのを見て黄緑髪の少女は短く悲鳴を上げた。棘に変形させていた黄緑の髪を半透明のゲル状に溶かす。

「え、あの」

 パタは声を掛けようとするも、少女は黄緑の毛の猫に姿を変えて、暗い洞窟の奥へと走り去っていった。

 立ち尽くしたまま洞窟の奥を見ているパタの腕をルノが引いた。

「行くぞ。この奥に幹部級って奴がいるはずだ」

「……う、うん」

 頷き、パタは息を飲んで暗い洞窟の奥へと歩き出した。



 パタの手の平に浮かぶ青い火の玉を灯りに三人は洞窟を進む。

「さっきのあの子って……」

「恐らくはスライムです。本来のものよりも高度な変形が可能なのでしょう」

 二人の会話をルノは無言で聞きながら歩いている。

 カツン、と何かが壁に当たる音が響いた。

「ん、今何か蹴ったような……何だ?」

 立ち止り、音のした方の壁へ視線を移す。


 壁の下に落ちていたのは、一本の骨。

「ひっ……な、何でこんなところに骨が」

 パタが後ずさって前方の地面を照らした。地面には骨が積み上げられた小山が幾つか作られており、その中には人間の頭蓋骨も混ざっている。

 更に後ずさって顔を上げると、暗闇の中で光る四つの目がこちらを見ていた。

「……どうやらあれが目的の魔物の様ですね」

 007が構えの姿勢を取り片手を銀のドリルに変形させる。

 暗闇から姿を現したのは、左の頭の無い二本首のケルベロス。

「何だ。また吾輩に挑もうという無謀者か……」

 右の頭が顔を上げる。肉片をくわえた口から血が滴った。

 小さく悲鳴を上げたパタにケルベロスの視線が向けられる。

「ふん、子供か……女子供をよこすとは人も堕落したものだ」

 白髪になりかけの黒い前足を僅かに引き、顎の毛から滴る血を舌で舐めとった。右の頭の視線は次に、片腕のドリルを構えている007へ向けられる。

「まあいい。腹へ入れば同じものだ」

 肉片を吐き捨ててケルベロスは007の首元へ飛び掛かった。開けられた大きな口を007はドリルの腕で防ぐ。回転しだしたドリルに牙は欠け、洞窟の壁に当たった。

 咄嗟にケルベロスは口を離して地面に飛び退いた。口の横を血が伝う。

「血は落ちにくいというのに……できるだけ早急に帰らないと」

 だがドリルには傷一つ無く、007はメイド服の袖に出来た血の染みを観察していた。

 口から血をこぼしているケルベロスにパタが恐る恐る数歩近寄る。

「あっ、あの……だ、大丈夫ですか、口」

 鋭い視線がパタに向けられた。パタは短く声を漏らして、数歩下がってからケルベロスへと手を突き出す。

「か、回復魔法っ!」

 唱えると同時に地面に散らばった牙の欠片がケルベロスの右の頭へ飛び、むかれた大きな犬歯は元の形へと戻った。


 顎を伝って垂れていた血の量が減り、止まる。

「……な、何してんだ。パタ」

 構えていたルノが手を突き出しているパタの方を向く。

「え……その、血が」

「甘いな」

 低く厳格な声にパタはえ、と呟いて顔を上げた。振り上げられた肉球の上の鋭い爪がパタの顔に線を入れ、折れた爪が後方へ散る。首目掛けて口が開かれた。

 が、背後から飛ばされたブーメランが後頭部に命中した。

 ケルベロスは地面に崩れ落ちる。


 傷口は血が滲んで次第に赤く染まっていく。

「……今のうちに」

 ブーメランを拾い上げてケースに戻し、ルノは007に視線をやった。頷いて、007は倒れているケルベロスへと近寄った。

 その時、ケルベロスの前足が僅かに動いた。

「まだ終わってませんでしたか」

 元に戻しかけていた片手のドリルをケルベロスに向ける。


 ケルベロスはゆっくりとした動きで体を起こし、洞窟内を見渡した。

「……また人を食ったのか。本当に悪趣味な奴だ」

 開かれていたのは中央の頭の目。二つの目は身を構えている旅人三人に向けられる。

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