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やがて消えゆく背中

作者: 尾川亜由美

お久しぶりです、尾川です。

ミスター・ペインを執筆し終えないと…と思いつつ、短編をひとつ。

港町で漁師として働くヘクターと、幼馴染で麻薬売人のルーサーの、いつもの夕暮れ時のお話。


注意:相変わらず、不快になるような表現が一部あると思います。


長く育った、港町の故郷は潮風が心地よく身を撫で

遠くに見える夕陽の沈み方は美しい。

私は、ベリンダから貰った薬の小瓶を取り出し、封じのコルク栓を抜いて

掌に振ってみる。もう、一錠も白いそれはなく、小さな溜息を吐く。


そんな私の様子を、先程から横で見ていたひょろっと背の高い男が軽くステップを踏みながら近づき、やたらと陽気に声を掛けてきた。

「やあ。やあやあやあ、ヘクター。君を助けてくれる魔法のお薬はもうないのかい?いつにもまして、精神を病んでる顔だ。深淵の闇ってのを覗けば、君が居るんじゃないか?悪魔どもが君の四肢をひっつかまえて、迷い込んできた人間に言うんだよ。闇と悪意は人間の心のうちにこそって!それで、いやそれとも………………ああ。いいや、何だか白けたよ。」

いやに口端をつりあげて、それを決められたみたいに早口で語っていたのに、彼は止めた。文字通り白けたのだろう。この男が発する言葉に、あまり意味はない。


この港町ではとある有名人兼幼馴染。

ドラッグ売人のルーサーは、曰く「精神安定剤」と説明して麻薬を売捌いている。

本当かどうかは定かじゃないが、有名な学校できちんと薬剤師の免許を得ていると言っていたか。はじめ、明るい彼の人柄に信頼をおく者は多く、そこから泥沼のように嵌るそうだ。


ルーサーは、ジャケットから煙草を取り出して咥え、安いライターで火を点ける。

紫煙を深く吸い込み、なるべく吐き出さない様にしているのを見れば

これがどこでも売っている、一般の煙草だとは思えない。

少しして、意味もなく笑いだした彼に、私はただ視線を下げ、寄せてはかえる波を見つめる。

「ベリンダはどうしたんだい?ヘクターとあの娘は、一軒のボロ家を何とか支える柱二本みたいに素晴らしい仲だったじゃないか。どっちも傷んで、突けば崩落しそうな柱ではあったけれど柱は柱なんだ。ところで、家って何か知っているか?ありゃいいもんだよ!古いのでいいから、実家で父母が護身に買ったショットガンを持ってきて、所かまわず撃ってみろ!!壁も床も屋根も面白い音を経てて崩れるんだが、人の断末魔なんかよりずっと…。」

「ルーサー。取り敢えず、その煙草を捨てて、一緒に海でも見よう。

あんたにはそういう時間が必要なんだよ。」

話を遮ったことに、特に不快感はなかったらしくルーサーは笑顔で突っ立っている私の横へ来た。


どこまでも広がる碧海は、夕暮れの暮色に染まり

優しく、私達を手招きしている様に感じられる。


ここは暖かいから、早く来い、と。


「綺麗な色だと思わないか?ふるさとでもある。私は、ここから見える海が好きでね。」

「ほほう。センチメンタルだねえ。暗くなったら海なんて気味が悪いじゃないか!嫌いだよ。死体を沈めてみたり、巨大化したタコとイカが人を食い荒らしたりしてるじゃないか。」

「多分、それは幻覚じゃないか。さっき吸ってた煙草の。」

自分でも、まるで海水のそれのように冷たい声色だったと思う。

薬物を売捌きながら、薬物に自ら入れ込んだルーサーに

現実に戻って来て欲しいからこそ、わざと鞭打ってやったつもりだ。


小さく鼻を鳴らして、ルーサーは視線を逸らす。こつこつ、と革靴で砂を思い切りに蹴った。

「君だって、ベリンダだって、煙草ぐらいは吸うだろう?飯を食ったあとでも、考えがまとまらない時でも何でもいいが。おいおい、なんだよ?煙草なんか大嫌いって視線だね?だったらそれを作ってる会社を潰せ、工場を壊せ、人間を消してしまえ。」

「ごく普通のものなら考えたと言いたいが、まず私は吸わないよ。

それに、あんたが言っているベリンダは、私が知ってる限りじゃ12歳だ。吸う訳がない。」

びっくりした表情で私を見遣り、「なんと、なんと」と壊れたおもちゃみたいにルーサーは呟く。


「幼馴染は、我々と同じ歳ではないと?」

「もう、私達の方が大人になってしまったからな。

覚えてないか?互いにも20の後半を越えたぞ。」

「それはそれは。精神病だとは分かってたけど、妄想がすごいもんだ。

君の中で、あの子は12歳になったり27歳になったりするのかい?」

「だったら、同い年のベリンダはどんな姿をしているか分かるはずだろう。」

「あの橙の髪を切ってボブにしたじゃないか。しかも黒髪に染めた。」

「”そっち”の方のベリンダじゃないんだよ。」

私が深く溜息を吐いて言うと、ルーサーは「はあ」とどうでも良さそうに言った。


ルーサーの言う、黒髪のボブのベリンダは

漁師を生業とし、そのストレスから私が精神を診てもらった医者だ。

カウンセリングや投薬をしていたが、あまり上手くはいかず、俺は仕事を休むようになったが一週間ほど前、黒髪のベリンダが唐突にオフィスを引き払って消えた。

噂では、数年前から付き合っていた男と駆け落ちしたとかどうとか。

それだけで、俺と他の患者はほったらかしにされた訳だ。


いちからそれを私が説明してやるのだが、毎度のことなので

ルーサーは途中でもういいと、手を振って止めた。

「じゃあ、手に持っているその瓶は何だ?手榴弾か?」

「抗うつ剤だよ。ルーサーのやっている麻薬とかの類じゃない。

あんたはそれが商売だから、白い錠剤を見たら全部悪い薬に見えるかもしれないが。」

「そしてやりすぎた!だがね、もう一人の愛しき幼馴染を忘れる程、脳みそは腐ってないんだ。ちゃんと、学校で会ったら三人で固まっただろう?友情はどうした?高値で売れたのか?」

「何度も何度も話したが、ベリンダは亡くなっている。

三人で海に遊びに行って、気が付いたらベリンダが居なくなっていたのを覚えてるだろ?波にさらわれて、捜しに捜して、日付が変わった後にようやく見つけた。

それからあんたは、薬で狂ったんだ。」


橙色の髪が可愛い、幼馴染の方の「ベリンダ」はもちろん、私も覚えている。

若い歳でこの世を去った事も、そのあと、ルーサーが一旦どこかに消え

故郷に戻ってきた時は立派な麻薬売人になっていた事も。


これも、いつも丁寧に説明していることだ。

ルーサーは一瞬、真面目な顔つきでそれを聞いていたが

突然にへらっと歪に笑う。

「半端のない妄想力だな。違う、ベリンダは大人になって君と結婚した。

あの子、ヘクターが好きだったから。それで今…”多分”、別居状態で

君はそれを忘れようと違法の薬を飲んでいる。そうだろう?そうじゃなきゃおかしい!」

「分かるよ。そうじゃなきゃおかしいんじゃなく、そうじゃなきゃおかしくなるんだろ?あんたも私もベリンダが大好きだったから、仕方がないと思ってる。」

「まさか!まさかまさかまさか。天罰でも所望かね?

だって…あれ?いや…ベリンダの花嫁衣装は………白?それとも…。」

ふらり、と背を翻して、ルーサーは歩き出す。私はその背に視線を送った。


今日も帰って、狂いだしそうな真実を揉み消す為に、彼は薬に手を出す。

どれだけ愛を持って、可愛い幼馴染は死んだと言っても

もう溶けた脳じゃ、あの日の真相を辿ることなんてできないんだ。


肩を震わせ、唐突に嗚咽を出したかと思えば、大声で笑いだす。

手を下さずとも、やがて消えゆくだろう背中に

私はせめて彼がマシな終末を迎えるよう祈るのだ。


FIN

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。


分かりづらかったかもしれないので、まとめておくと

「ヘクター(一人称視点主人公)」、「ルーサー」、「ベリンダ(橙色の髪)」は幼馴染。

「ベリンダ(黒髪ボブ)」は精神科医であり、幼馴染の「ベリンダ」とは別人なのですが

偶々同名であったことから、幼馴染の死を受け入れられなかったルーサーが

薬物と妄想の果てに「ベリンダ(黒髪ボブ)=ベリンダ(幼馴染の方)」であって

「ベリンダ(幼馴染)は死んでいない」と思い込むようになった、系なお話です。


全く違う日本女子高生の話にしようと思っていたのですが、全く違う感じに…。

テーマは同じく、「夕暮れ」でした。

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