七番勝負__巌流佐々木小次郎 〈参〉
「時に御家老」
「何かな」
「試合と申されましたが、その相手は何と申しまする」
「おお、そうであったな」
康之は笑いながら答えた。
「今回の相手はちと厄介じゃぞ」
「厄介、とは?」
小次郎は怪訝そうに聞いた。
「そなた、先頃我が細川家に随身致した新免六人衆を存じておろう」
その名前に、小次郎は露骨にいやな顔を見せた。彼らを召し出す際に、細川家では六人で千石という禄を支給する事になっていたのだが、六人衆はそれを断った為、細川家では他に高禄を用意して招聘したと言うのである。元々の領主の佐々木氏に対してあれほど冷淡であったにも拘わらず、何処の馬の骨とも判らぬ浪人にそれほど破格の待遇を与えると言うのは、何と言うあてつけであろうか。
「どうやら、次の相手と言うのはその新免一族の剣客だと言うのじゃよ」
「左様で御座るか」
小次郎は不快感を抑え切れぬ表情であった。
「それで、名は何と」
「そなたも存じておろう、例の一乗寺下がり松で幼子を斬った、あの男__」
それを聞いた時、小次郎の心臓がビクンと跳ねたようだった。
「全く、血は争えぬと言うか、矢張りあのような者達の一族はどうしようもない輩ばかりと見える」
「御家老、それは、あの__」
「そ、そうじゃ」
小次郎の気分を斟酌して相槌を打った積りの康之は、相手の余りに激しい反応に些か戸惑っていた。
「あの剣客、宮本武蔵が、次のそなたの相手じゃよ」
「__」
“宮本武蔵__”
小次郎の双眸がくわっと見開かれた。
“遂に来たか!”
小次郎は、運命の時を迎えたかのように、全身に戦慄を感じていたのだった。