六番勝負__夢想権之助 〈壱〉
「頼もう!」
玄関の方で大声が上がった。
「播州浪人、宮本武蔵殿は居られるか」
「どちら様で?」
取次ぎが恐る恐る尋ねた。無理もあるまい。相手の男は六尺三寸、メートル法に直せば約190センチと言った、途方も無い大男なのだから。服装も凄い。纏った布子は肘膝まで剥き出しにして、その鍛え抜いた筋骨を誇示していた。しかも、その手にはのぼりが握られ、どうやら外を歩いている時はそれを背中に背負っていたらしい。異様な風体と言って良かった。大体兵法者というものは自己顕示欲が強く、成る丈人の目をそばだたせるような目立つ格好の者も多い。
「神道夢想流杖術開祖、夢想権之助」
その体躯に相応しい野太い声で名乗った。
「どのような用向きで……」
それに対して両目をくわっと見開いて、権之助が大声を上げた。
「兵法者が兵法者を尋ねてきたと言えば、用件は決まって居ろうが。試合である。尋常の立会いを申し入れ、業前の優劣を競うのだ。他に何の用がある」
陽気で乱暴な声調子で権之助が叫んだ。どうも直情径行と言うか、ストレートで素直な闘志に満ちた稚気愛すべき好漢のようであった。
「どうした、この屋の主は剣客であると聞いて来たが、間違いであったか。それとも子供を斬る事は出来てもこの夢想権之助の挑戦は受けられぬと申すのか」
屋敷が傾くのでは有るまいかと言うほどの怒声を放って無遠慮に喚き散らした。取次ぎがおろおろしながら応対に窮していると、奥から武蔵が姿を現した。権之助が身構えるように目を剥いた。
「貴公が有名な宮本武蔵か」
武蔵が無言で頷いた。
「兵法天下一、日下開山、夢想権之助。試合を申し込む旨罷り越した。いざ、尋常に立ち会われよ」
「心得た」
呆気ないほど簡単に、武蔵は試合の申し込みを受けた。怖気づいたわけではないが、言い出しっぺの権之助の方が戸惑った程である。
「いつ、試合われる?」
武蔵の問いは、まるで些か躊躇した自分の内心を見抜いて嘲笑っているように権之助には思われた。
「今ここでだ。異存は有るまいな」
権之助はかっとなって大声で答えた。その単純さがどうも彼の弱点らしかった。
武蔵は黙って頷いた。
「所で貴公」
武蔵は権之助に尋ねた。
「試合と申されるが、見た所木剣も無ければ大小を帯びておる様でも無さそうだが」
武蔵の言葉に権之助は手にもったのぼりを掲げて見せた。
「これよ」
指し物を下げていた棒は、良く見れば竿ではなく、八角形の握り太の長い棒であった。
「我が流儀は神道夢想流杖術。鍛え抜いたる我が杖術の冴え、とくと見るが良いわ」
開けっ広げなドラ声で、権之助が誇らしげに言った。見るからに善良で純情な豪傑タイプで、どちらかと言えば寡黙で沈毅な男が多い兵法者には珍しい、戦場の荒武者の感じであった。その杖を凝視しながら武蔵は何事か思案している様子だったが、すぐに権之助に答えた。
「されば庭に出て待たれよ。すぐに赴こう」
武蔵に促がされ、一足先に庭に出た権之助は自慢の武器、九尺の杖をデモンストレーションのように振り回して相手の登場を今や遅しと待ち構える風であった。ややあって、目の前に現れた武蔵の姿を見て、権之助は怪訝な表情を見せたが、それはすぐに怒りに変わった。
「貴様、何の真似だ!」
権之助が怒るのも無理は無い。武蔵が手にした得物は、右手に先程手入れしていた楊弓、左手には割り木が握られていただけなのだから。