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零番勝負__神子上典膳  〈参〉

「典膳、何処に行っておった」

「善鬼どのか」

 先程少年と手合わせした男、神子上典膳__後の小野次郎右衛門忠明__に、伊東一刀斎景久門下の相弟子、小野善鬼が声を掛けた。

「いや、何処という事も無く歩いておったのだがな」

「何か兵法を開眼する為の工夫でも捜しておったのか」

「いや」

 典膳は苦笑いしながら答えた。この兄弟子は、正に名前通り剣の鬼と言った所が有って、何でもすぐにこういう言い方に成ってしまう。

「別にそのようなつもりで有った訳ではないのだが、面白い事があったわ」

「面白い事?」

「左様、面白いわっぱに出会うた」

「子供か」

 善鬼はそれで興が失せたようであった。彼に在って興味を抱くのは、如何に強い敵と相見えるか、それだけなのだ。典膳は、苦笑いしながらも話を続けた。

「中々面白いわっぱであった」

 典膳は繰り返し言った。

「どうやら兵法者を目指しておるらしいのだがな、自分は誰にも頼らぬ、誰にも教わる事無く習得するのだと嘯いて居った。天分も面魂も申し分ない。まるで善鬼殿の子供の頃を見るようであったわ」

「ふん」

 典膳の言葉に、善鬼が鼻を鳴らした。

「善鬼殿も誰も信じてはおらぬのだろう」

「当然だ」

 善鬼はその分厚い顔に不敵な無表情を浮かべ、答えた。

「所詮、この世で頼むべきは己一人よ。親子、兄弟と言った所で他人に過ぎぬ。無論師匠殿も、典膳、お主もだ」

 善鬼はまるで世間話でもするような自然さで言った。

「わしは師匠殿を倒す為にこうやって伴をしておる。師匠から技を盗み、その技を持って 師匠を倒す、その為にわしは日夜兵法を極めんとしておるのだ。それが兵法と言うものであろう。強いものが生き残り、生き残った者だけが勝者なのだ」

「善鬼殿は流儀を広めようなどとは考えては居られんようだな」

「当然であろう。わしにとっては一刀流も神道流も関係ない。己一人が一人一流じゃ」

 善鬼の双眸には異様なまでの光が湛えられ、奥歯をキリキリと噛み締めていた。

「これまでに、わしは誰にも敗れたことなど無かった。そのわしが今日までに只一人遅れを取った相手が、師匠殿じゃ。強かった。あの頃の師匠殿は人にあらず、まさしく鬼神であった」

 彼らの師匠__伊東一刀斎景久は、江戸期以降日本の剣術の主流派を占める一刀流の開祖である。生涯に於いて三十三度の試合を行い、その全てに勝って来た。若い頃の一刀斎は強いだけではなく、恐ろしいまでに血の気が多く、自ら名のある剣客に試合を申し入れ、これを倒している。その一刀斎も老いてしまった。力も衰えたが、考え方自体も消極的と成り、これと言う若者を見込んで自分の後継者にしようと考えているようであった。それまでは全て一刀の元に相手を倒してきた一刀斎が、善鬼、典膳を殺さず、弟子として我が元に連れているのも、その為である。善鬼には、そんな一刀斎が何とも歯がゆいのであった。

「わしはの、典膳。一刀流などを継ぐ為に師匠殿に従うて居る訳ではないぞ。飽くまで師匠殿を倒す事だけがわしの生甲斐じゃ。どうやら師匠殿はわしかお主のどちらかに一刀流を継がせたい由じゃが、無駄な事じゃ」

もともと大峯山の修験者で有った善鬼の素質にほれ込み、立ち会って彼を打ち負かし、弟子にしたのは一刀斎であったが、この気性の荒さはどうにも矯正の仕様が無いらしく、今に至るも善鬼は打倒一刀斎の執念を捨てては居ないらしい。しかし、それもやや空回りしてきたようであった。

「だが、今では師匠も老いた。わしが生涯の目標としてきた、あの師匠殿も時の流れには適わぬようじゃの、典膳」

そして、ふ、と典善に目線を据えた善鬼であった。

「もしも、わしが倒したいと思うものが他に居るとすれば__」

その眼光を受け取った典膳の身体に走った震えが、果たしてどのようは意味を持つものであったか。

先に投稿した『小金ヶ原異聞』において、善鬼と典膳が刃を交えたのが文禄元年と書きましたが、それならば天正十二年(あるいは十年)生まれの武蔵が十二歳の時には、とうにこの試合は行われていることになります。

自分が書いた作品の設定を忘れて別の話を作った、己の不明に汗顔の至りです。

一応、この作品と『小金ヶ原異聞』とは全く別物ということで御了承願います。

加えて、こっちでは典膳のキャラクターも伝法というか、かなりワイルドな感じだったんですよね。

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