番外勝負__松山主水 〈結〉
以来三日の間、武蔵と老人の腕比べが続いた。老人の方から言い出しただけに、そう簡単には打ち込む隙を見せ無かった。時に強引に、真正面から打ち込んで見たい衝動に駆られ、事実攻撃を加えようとするのだがその都度金縛りにあったように体が動かなくなるのである。只の錯覚かと思ったが、どうもそういう事ではないらしく、老人の方から武蔵に語った事もある。
「やはり、大したものじゃのう。このわしの“心の一方”にあっても、完全に御辺の動きを抑えるのは大儀じゃわい。相当の気を持って居るの。それともわしが老いぼれただけなのかの」
「 “心の一方”?」
「左様、気を持って相手の動きを封じ、不動金縛りに掛ける。これがわしの切り札じゃよ」
「ご老はどのような修行にて、この術義を身に付けられた」
「そうじゃのお……」
老人が語るには、兵法を極めんと考え付く限りの、いや兎も角も訳もわからず我武者羅に様々な修行に打ち込むうちにこのような秘術を身に付けたのだという。
「修験道のような真似もしたし、修行と称して忍の群れに混じって居った事もあった。千日回峰の如き行もやったわ。そう言った中で、自然と身についたかの」
「兵法には、古来よりこのような法がござったのか」
「いや、修験者などが使うては居ったが兵法では余り聞かぬ」
老人は無造作に言った。
「故にわしは兵法者としても異端の扱いを受けての、“飯綱使い”等と呼ばれたものじゃよ」
武蔵は、老人の気を受け続けてゆくうちに、徐々に“心の一方”に慣れてきつつあった。しかし、相変わらず打ち込む隙は見出せない。ある時、鍋を煮込んでいる老人に後から不意をついて薪で打ち込んでみた事がある。老人は手にした鍋蓋で簡単に武蔵の一撃を受けたのであった。
恐らく、塚原ト伝の名前が出た所で最後の鍋蓋のシーンは既に思い浮かばれたと存じます。