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ドラマティック・パラドクス  作者: 横山 恵斗
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真実と真意

動き出しますね

   6章 真実と真意

   

 「君しか頼れる人はいないんだ。」


電話で言われたあの言葉の真意はなんだったのだろう。このような類いの言葉は、その熱さで水をも沸騰させてしまうような友情物語で絶対一度は聞きそうなセリフだ。俗に言う「臭い」っていうやつだろうか。あの時には好奇心で動いてしまったが、こんなセリフにまんまと釣られてしまったとなると、羞恥心が込み上げてきた。


「それで、この先を見ちゃおうって話ね」


「えっ、なに。よく聞こえなかった」


「聞こえなかったじゃなくて、聞いてなかったでしょ。」


小田はこちらを睨んだ。今日は旅行から帰ってきた次の日である。小田、桜良とこれまで行った過去について振り返っていた途中であった。(まあ、小田に関して言えば、同行していたのは半分もないが。)


「私と翔くんが会ったのは、二〇〇〇年だったよね。」


「ああ、確か突然話しかけられたんだよ。」


「さくら、そのときおじさんのおうちにいたよ。」


森田と口論になったのをよく覚えていて、感情的になったせいで、桜良も置いていってしまったことを思い出した。


「桜良、そういえばおじさんと二人で何してたんだ」


と聞くと、少し黙り込んでから、


「なんかね、おじさんと未来に行ったの」


と答えた。しばらく静かになった。


「未来には限られた人しか行けないし、未来に行ける条件は、改変された未来の事物に触れることだよね。桜良ちゃんはそれを成し遂げたってこと?」


小田はそう言うと首を傾げた。この時間も桜良にとっては未来であるのだが、未来に行けるようになるには、本人に関連する未来の事物に触れなければならないのである。


 

 桜良は小田と自分を交互に見て、「なぁに、こわいよ」と言った。それから二人の顔に手を添えてぐっと押した。


「ぶえっ」


 時の旅人については、豊富な知識を持っている森田に聞けば分かるかもしれないと思った。


「森田さんに聞いてみるよ。考えてもどうしようもないしね。」


 分厚い本を手に取った。拾った当初より、擦れたかなんだかして少し表紙が褪せている。


「ちゃんと言いつけを守るなんて律儀だね。私なら先に見ちゃうけどな。」


小田はそう呟いた。


「ほら、ネタバレはしないのが定石だろ」そう言いながらページを一枚ずつめくった。


 いつもその先に書かれていることに期待しながらページをめくっていた記憶がある。今ではその気持ちの大半が、疑念に起きかわってしまったのだ。自分が森田のことを消しかけていたのだから当然だ。


 ページの角に指をかけた。手前側に丸まった紙の影から、次のページが顔を覗かせる。躊躇っていても仕方がないと思い、唾を飲み込んでから勢いよくめくった。


 白紙だった。真っ白だった。インクの一滴すらも染み付いていなかった。前のページまで無機質な文字列が存在していたのに、ページの白が照り返して少し眩しく感じるぐらいだ。


「白紙ってどういうこと」


小田は本を手からひょいと取ると、パラパラ漫画のように最後までめくってしまった。


「最後まで真っ白なんだけど……。」


小田は同じ行為を何度も繰り返した。


 「ほんとにまっしろぉ。」


桜良はページを一枚ずつ確認しているようだった。


「命令を正しく行わなかったら、その先は書かれないなんてルールもあるのかもしれない。としても、余った切符はどうするんだ。」


「分かんないな。私の親友もそこまで詳しくは言ってなかったし。」


「そういやさ。」


「ん?」


「遥の親友って誰なんだ」


「え。ああ。京香ちゃんっていう子。二〇二〇年のあの日、突然いなくなったの。時間を飛び回ってるはずだから、いつか会えるかもしれないね」


言い終わってから、小田は立ち上がって茶かなにかを取りに行ったようだった。 不可解な点が浮かび上がっていた。その親友とやらは、なぜ小田に全てを託したのか。小田は生きているのだから、時の犠牲に関してリスクが高い。小田の話を聞く限り、その京香とやらが少しばかり頭の切れる人間だと仮定するなら、このことについては思いつかないことはないだろう。このことを考慮すれば、怪しく思えてしまうのだ。


「おにいちゃん、かんがえごとしてるの」桜良に顔を覗き込まれた。


「ううん。何でもない。桜良、おやつ食べるか」


「たべるう。」 


なにか食べ物を取りに行くと、先に小田がサフラン色の戸棚を開けて、中を物色していた。


「俺らの分も用意してくれよ。」


「そのつもり」


背伸びして奥まで覗き込んでいるようだ。少し前にのめっている。


苦しい体勢の中、呻くような声を出しながら、


「桜良ちゃん、何食べたい?」


「うぅぅん」


「私はね、」「さくらね、」


「チョコチップクッキー!!」


二人は偶然声をそろえた。


「桜良ちゃんも好きなの?」


「うん、すき。」


二人は、意外な共通点を見つけて、会話を弾ませた。


「俺は煎餅が良かったよ。」と言うと、二人はこちらをひと睨みした。


「分かった。分かったから。クッキー食べよ。な」


必死に二人をなだめると、ケラケラと笑っていた。




 着信音が鳴った。鳴りやむ前に急ぐと、森田からだった。


「はい」


「高山君、今、家にいるかい。会わせたい人がいるんだ。」


うっすら受話器の奥にエンジン音が聞こえる。どうやら車内のようだ。

「もう着くよ。三人で待っていてくれ。」と言うと、森田は返事も待たずに電話を切った。



 

「ただいま」という声が聞こえてきて、ドアの閉まる音がした。こちらに向かってくるのは1人ではなかった。


「どうも、山下雄太郎と言います。よろしく」と、黒いジャケットに身を包んだ男は、会釈程度に一礼した。


「俺も時の旅人なんだ。二〇一〇年に時の旅人になって、そのまま十年。」男はジャケットを脱いで、「ハンガーはねぇか」と尋ねると丁寧に埃を払った。

 

「というわけだから。」


森田は、まるで事がひと段落着いたかのように一言で片付け、皿の上のクッキーを取った。まだ整理できているはずもないのに、だ。


「山下おじさんもいっしょにすむの」


「あぁ、そうだよ。桜良ちゃん。お手伝いしてもらうんだ」


桜良の問いに森田は優しく答えた。山下は、声を発する桜良を見て少し目を丸くした。車内で話でも聞いていたのだろう。聞いていた情報と現実が合致したようだ。


「じゃ、君たちのこと色々教えてくれよ。」


山下はテーブルを囲む輪に入る。

あの本を拾ってから今までに起こったことを話すと、山下は頷いていた。


 山下は聞いていた通り、森田と旧知の間柄をであり、それでいて長い間連絡を取らなかったこと、歳は四十二であること、自分たちに会うまで十年間あったにも関わらず、ほとんど時間を飛ばなかったことなど色々話してくれた。


「それでどうして私たちの所来たの」


小田は尋ねた。


「森田に色々聞いたんだ。協力したくなった。それだけのことだ」


山下はアイスティーをくいっと飲み干すと、自分と目を合わせた。


「その、本とやらを見せてくれないか」


「ああ、ここにありますよ」


分厚い本を差し出すと、山下は一ページずつ速読していった。それから森田の方を見て怪訝な表情をした。


「確かに、こんなこと普通じゃねえな。翔、お前は時の旅人じゃないんだろ。それで、この裏に潜むものを知りたいんだろ」


「はい。」


「だったら、ここに書かれている通りに動けばいいんじゃねえか」


山下が指さした所には、さっきまで白紙だったのに、文字が並べられていた。

 

 一九九〇年、七月一日の正午に来い。キーワードは「対峙」

 



「今すぐ行くか。なら全員来た方がいいかもな。これからそのでかい闇を暴くなら」


 山下は、彼が黒なのかもと思わせてしまうほど、全てを先読み出来ているような口ぶりだった。

 






 自分たちは指定された時間に行くべく、準備を始めた。六人同時に姿を消してしまうとなれば、あまり人が利用しない水車町に行くのがいいと山下は言っていた。


「私、切符忘れてきちゃったみたい。」


小田はそう言いながら鞄の中を漁っていた。


「じゃあ、俺のをやろう。」


山下は小田に二枚切符を渡した。




 昼時なのに相変わらず薄暗い駅内の改札をくぐる。やけに緊張していた。まだ決めつけかねてはいたが、後ろに潜んだ人物が前任では無いと思っていた。あの時なに文字が浮かんできた理由も、ひょっとしたら自分たちの行動を監視している誰かがいて、その行動を臨機応変に操作しているのだろうと推測した。今回、本から大きく外れた行動をしたことによって、全ての計画が白紙に戻ったのかもしれない。


 気がついた時、灰色のドアの前に立っていた。無意識に電車に乗り降りしていたようで、アナウンスを聞いた記憶さえ残っていなかった。


「この先にもういるぞ。翔。ここから先は一人で行け。なんかあったらこっちに逃げてこい。俺たちが行く」


山下は力強くそう言った。


「ちゃんと戻ってきてね」


小田は心配そうにそう言った。



 ドアノブに手をかけて力いっぱい開ける。ドアの向こうにあったけしきは、数十分前に家の玄関を出て見た景色によく似ていた。


「やぁ、よく来てくれた」


そこに立っているのは、少しフォーマルな格好をした三十代ぐらいの男だった。


「あ、あなたがあの本を」


「そう、僕は牧原雄大。君にその本を託した張本人だよ」


パンと音をたてて手を合わせ、擦ると男は話を続けた。


「ここに君を呼んだ理由が分かるかい」


「いや、分かりません」


「本当か。君が僕の言ったことを急に守らなくなったのに。」


「まあ、それはそうですけど。何のために僕が」


「はははっ。そうだよね。面白いこと聞くんだね。知りたいよね。一番最初に考えることだよなあ。」



男はゆっくりと自分の後ろに回ってきた。




「君は大きなミスを犯した。よく思い出してみろ」


「は……。」




「分からないか。答えを言ってやろう」



その瞬間、男は自分を蹴り倒した。


「ってぇ。一体何だよ」


「おい、柳、こいつをやれ。」


柳。柳哲二か……?あの黒霧山で会った男か。自分の前に現れた男は明らかに見覚えがあった。そう、柳哲二だったのだ。


「君が黒霧山に来た時、1度本に書かれていないことをした。君は不要に時間を戻して、自分まで殺した。あの少女を助けたいがためにね」


「それが何だ……。」


「鈍い。本当に鈍いね。そして詰めが甘い。君が一人で来ていないことぐらいお見通しだ。」


灰色のドアが勢いよく開いた。


「貴様、まだこんなことをしてるのか」


山下と森田がこちらに歩いてきた。


「お前は血の気が多いだよ。山下」






「牧原雄大なんて名前聞いたことないぞ。高山翔。」






山下の発言の意味が理解できなかった。数秒間が空いた。ぐうの音も出ないとはこの事だ。



「あぁあ、バレちまったか。せっかく粋な偽名思いついたのによ」


目の前で行われている会話が、ただの雑音にしか聞こえないほど混乱していた。


「その顔、滑稽だよ。全部教えてやれよ。森田、お前も黙ってないで。」


「彼」は森田を指さした。森田は明らかに戸惑っていた。倒れこむ自分に駆け寄ってしゃがみこんだ。


「落ち着いて聞くんだ。目の前に立つ彼は未来の君自身なんだ。」


そのせりふを待っていたかのように、「彼」は付け足した。


「俺は、時の旅人なんだ。これが何を意味してるか、わかるよな。つまり、お前は先の未来で死ぬってことだ。」


「彼」は大声で叫んだ。ひとつひとつを自分が理解できるように丁寧に言っていたようにも感じた。


「彼は、何度も改変をやり直しているんだ。本来禁止されているはずの、過去の自分に切符を渡すっていう行為を持ってね」


「どうして山下さんと森田さんは彼と知り合いなんですか」


「それは……。」


明らかに言い渋っていた。森田はこれいじょう聞かないでくれという目でこちらを見ていたが、やがて観念したのか口を開けた。


「僕ら実は、彼の協力者だったんだ。」






「協力者だなんて言葉を使うな。森田。俺たちの意志でやった訳じゃないんだぞ。」


山下は強い口調で森田に言った。森田は自分の目を見つめ、話し続けた。


「端的に言えば、僕も山下さんも彼に利用されたんだ。無作為に人を選んで殺し、時の旅人であれば切符を奪った」


「じゃあ、森田さんがあいつを止めればいいじゃないですか」


「記憶を奪われるからだ。時間の流れが変われば、それに応じて記憶も変化する。大袈裟にいえば、自分の存在が無かったことになるなんて可能性、ざらにあったのさ。死んでからも僕達は実体を持つ身、死ぬことがないとはいえ、気絶だってするし、僕らから切符を奪う手段なんていくらでもある。」


体が震え出すのに気がついた。


「そして、僕が君に近づいたのは君を消すためだった。でも今は、今は違う。」


必死に弁明していた。裏切っていないことは頭ではわかっているのだが、不信感が生まれてくる。「彼」は地面に屈んだ自分たちを見下すような目付きをしていた。


「森田は俺がお前のところに派遣した部下のようなものだ。ただ、俺の命令に従わなかった。おまけにお前すらもこちらの指令通りに動かなくなった。想定内だったけどな。お前のやってきたこと全ては、俺の計画のためだったということだ。まあ、自分のためにやってるのとなんら変わらないだから、どうこう言われることもないが」



「じゃあ、桜良は」


自分はその答えが欲しかった。彼の意図を少しでも知りたかった。


「あのクソガキか。お前にそれらしく見せるためのトラップだよ。特に何も意味はない。捨て駒だ。」


「彼」はひたすら笑顔だった。自分の行為は「正義」だと思っていた。違ったのだ。気づけば、涙を流していた。下を向いたままでいた。「彼」の顔を直視することなど全く出来なかったのだ。


「お前は十九番目の俺さ。お前は大きく道を外れた。二十人目を作ればいい。直にお前を消し去る」


そういうと「彼」は柳を連れて去っていった。






 

 怒りの矛先は森田に向いた。森田の胸ぐらを掴む。

「なんで教えてくれなかったんですか。時間は山ほどあったはず。言えなかったなら、いっそ殺してくれた方が良かった。本心じゃないとはいえ、あなたはあっち側だったんじゃないんですか」



森田の体を前後に揺すった。森田は抵抗することは無かった。

 

 


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