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ドラマティック・パラドクス  作者: 横山 恵斗
10/12

再出発 後編

道草がとんでもないことになりました。

「やっと着いたね。運良く直行便が出てるなんて」


空港のゲートを出て、小田は言った。キャリーバッグを引っさげて、桜良は小さなピンク色のリュックを背負って、熊本に降り立った。


「つぎどこいくの?」


桜良は興味からくる抑えられない興奮を前面に出しながら尋ねる。


「私の地元。海がそばにあるんだよ。楽しみでしょ。」

「うん!いっぱい泳ぐ。」


 それから電車やバスを乗り継いで海沿いの街、三俣みつまたに到着した。「綺麗だなあ」森田は思っていたことを不意に口にした。三俣町は丘の上にある町で、麓に降りれば広大な海が広がっている。



 四人は今日宿泊予定の民宿を目指した。都会と比べれば木造で平屋な家が多い。九月の北海道にはない、ジリジリとした日差しが人はおろか、アスファルトまで焦がしてしまいそうだ。緩やかな坂道を下る。


「今回は民宿なんだ。ホテルだと高いからね。すまない。」


森田は申し訳なさそうな様子は微塵も見せない。


 坂を下り終えると、古びた民家がいくつも並んでいた。歩いていると磯の香りがほんのりして、まさに海沿いの街だった。


「ここだよ。ここ。」


先頭に立っていた小田は、とある民家の前で止まった。


「古そうなおうちだね」


桜良が言うように、いかにも「おばあちゃん家」という感じだった。


 民宿に到着すると、腰をまげた年老いた女性が出迎えてくれた。彼女によれば観光客として泊まってくれる人は久しぶりだそうだ。部屋について荷物の整理をし終わると、すぐに夕食がでてきた。三俣で朝とれた鮮魚をふんだんに使った料理が次々に出てくる。刺身、焼き物、煮付けなど様々だ。


「三俣の魚は美味しいんだよ。滅多に食べられないからたくさん食べなきゃね。」


「おいしいね。」


小田と桜良は見つあって、にこりと笑った。「おんも、たくさん食べてもろて嬉しいかよ」と隣で見ていたおばあさんは、口角を上げてそう言った。


「あ、そうだそうだ」


何か思い出して別の部屋に向かった老婆は、封筒を手にして戻ってきた。


「昼頃に男の人が、森田っていう人が泊まりに来たら渡せとばってん。」


「僕にですか。というかなんで知ってるんだろう」

森田は箸を休め、封筒の封を切る。中には小さな便箋があった。四人で互いに顔を見て、首を傾げる。


翻訳すると「眠る人魚が死んだ家」と読める英文と、無数の数字が羅列されていた。


「メア……マイド? あたし英語は無理」


数秒で小田は観念していた。


「マーメイドだろ。それぐらい読めとけよ……。」


と言うと、


「うっさいなあ。」と小田の高い声が響いた。






「にしても、誰がこんな。それになぜ僕たちの行き先まで……。」


森田は手紙を折り曲げて茶封筒に丁寧に戻す。「これは僕に届いた手紙だから、君たちが気にしすぎることはない」と、詮索するようなことは止められた。


 夕食を終わらせ、明日の計画を立てた。ノープランでする旅は、自由に計画を立て、変更できるところが本当にいい点だと思う。その場の雰囲気と衝動によって行動してしまう人なら(まあ、自分のことなのだが)もってこいだ。


「お風呂、お先に」


小田はそう言って桜良の手を引いていった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ― 少し古めのタイル壁で作られた一般的な浴室。


「なんだか懐かしい。翔君の家は比較的新しいからこんなのないもんね」


小田はお湯を掬って指の間から流す。


「そっか、はるかちゃんは未来からきたんだもんね。」


「懐かしい」の意味がよく分からなかったのか、桜良は少し考える間を置いてからそう言った。


「そうなの。でもたったの十年しか違わないよ。あんまり変わらないっていうか、流行りが少し古いだけかな。」


小田は、桜良が水面を揺らして遊ぶのを見つめていた。

「お兄ちゃんのこと、忘れないでいてあげてね」


「えっ。」


今、桜良は、空気を震わせた音の一つ一つを理解できなかったようだった。目を丸くした。


「お兄ちゃんとずっといっしょなのになんでわすれるの。」


「そっか、そうだよね。一緒だよね」


小田は優しく微笑んだ。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ―「明日、海だな。」


森田は大きく息を吸ってそう言った。桜良と小田が入浴しているうちに、自分と森田で明日のプランを決めてしまおうとしていたところだった。もちろん小田が意見をねじ込んで来るのは想定内である。スマートフォンで明日の天気予報を見ていた。


「なあ、どうするんだ。」


「森田さん自分で明日海に行くって言ってたじゃな」


「違うよ。桜良ちゃんのことだ。これから何があるか分かったものじゃないが、君と桜良ちゃんが別れる瞬間が絶対に来ると僕は思ってるんだ。」


薄々気づいていた。考えてもいた。桜良が元の時間に戻るのか、はたまた自分の元にいるのか。きっと桜良なら後者を選ぶと勝手に思っている。桜良はいわば死人を無理やり生かしたような存在だ。本来なら傍にいるはずがない。これからのことに関しては真っ暗であった。


「君の親御さんが時の犠牲に巻き込まれたことは聞いた。その本をなんとかしたところで、親御さんは本当に戻ってくるのかは保証がない。僕が引き取って育ててあげられる訳でもない。彼女はまだ生きているのだから。」


森田は部屋の隅を見つめていた。そこには何も無い。


「今そんなこと考えたって仕方ないじゃないですか。そんな暗い話、せっかくの休みを棒に振っちゃいますよ。」


「それもそうだね。」


「ちょっと散歩行きませんか。ここ、星が綺麗なんです。」


二人は立ち上がった。




 

 翌日は予定通り、海へ行った。前日に謎の手紙が送られてきたにもかかわらず、何もなかったのは少し口惜しいが、全て忘れたように楽しめた。夕方には村を歩いて、村の鮮魚をまた堪能した。夏が終わった、とあれだけ残念そうにしていた桜良も、普段大人しい様子とは正反対にはしゃぎ倒していた。夜には、前日森田と見つけた星が綺麗に見える丘に登って星を眺めた。


 その後、部屋に戻り寝支度をして布団に入った。うまく寝れない。全て忘れたようにとは言っても、どこかには森田の言葉が引っかかっていた。桜良を元の時間に連れ戻しても身寄りがない。吉川真紀子の元に戻せば、また虐待されるのだから救い出した意味が無くなる。桜良が元と時間に戻ったとしても、今ある状況が全て戻るわけじゃない。あまりにも足を踏み入れすぎた。止まるのが遅かったのだ。自分の元に桜良を置いておくしかない。

 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ―森田はそっと静かに起き上がった。いつもの薄いコートを手に取って、小さいハンドバッグを持って家を抜け出した。


「確か、放置自転車があったような……。」


森田は家の裏に回って鍵のかかっていない錆びた自転車に跨った。ここからJRの駅は自転車で二十分ぐらいだ。ひたすら漕いだ。


 「ここだ……。三俣駅」


いかにも田舎の簡素な駅という感じの建造物。昼間でも利用者いるのか疑問に思った。改札に切符を通す。視界がスっと変化する。一気にあの駅に変わった。大きな柱が四つに奥に階段がひとつ。見慣れた光景。森田は早歩きになった。前回にのように駅員が階段に立っていた。


「森田様、今回はどちらに」


「未来。二○二○年、六月十七日の未来だ。」

「かしこまりました。」


ホームに上がってゆくと、電車はすぐに来た。


「これで確かめられる。」


もどかしいほどゆっくり開くドアに向かって歩き出した。乗客はいないようで、臙脂えんじ色のシートに腰掛けた。最低限の物しか入っていない小さなバッグから手紙を取り出して見つめたが、やはりあの英文が何を意味しているのかさっぱり分からなかった。「次は二○二○年、六月十七日」アナウンスが終わって少ししてからまたドアが開く。


 

「ここは……。」


改札を出て、出口と思われる焦茶色のドアを開けた。そこは森田にとって見覚えのある場所だった。札幌駅から少しずれた所にある歩車分離式の交差点だった。出てきたドアはどうやらとあるビルの倉庫のドアだったようだ。


「一体なんの用でこんな普通の場所に」


そう呟きながら、森田は辺りを見回した。平日の昼間らしい空気感。昼休憩を終えた会社勤めの男女が忙しなく交差点を渡っていた。


 ふと目に飛び込んで来たものに思わず声を上げた。高山翔だったのだ。


「おい、高山君。おぉい」


必死で呼びかけても振り向くことはなく、その理由が自分が未来の人物に接触できないから、とわかった時、「もう二回目なのに」と森田はきまりを悪くした。高山はなにか目的を持って歩いているように見えた。尾行してみることにした。尾行と言えど、こちらの姿は見えることはないのだが。


 突然、高山の足がぴたりと止まった。彼の目の前には、同年代の女性がこちらに向かって手を振っていた。


「高山くんもなかなかのやり手なのか」


森田は少し口角を上げる。高山は急いで駆け寄って行った。すると目の前の女性はなにかに気づいて表情を一変させた。


「かける、あぶない、」

「えっ」

 

自動車が高山を撥ねた。頭をアスファルトに叩きつけられていた。「かける、かける。ねぇ、かける」女性は何度も何度も呼びかけていた。


 

「高山くんは、一年後に死ぬのか、そうなのか、」



 次々に人が集まっていた。目を覆う人、唖然とする人と様々であった。森田はその場から一歩も動くことが出来なくなっていた。


 後ろから声がした。


「おい、聞こえるか。そこにいるんだろう、大貴」


振り返った先には一人の男。歳は中年だろうか。男は再び口を開くと話を続けた。


「近々、そっちに行く。お前に協力するよ。」


男は見えないはずの森田を真っ直ぐ見つめていた。


「お前まだ、東野圭吾の小説好きか。その事もまた話そう」


と言うと、男は逆を向いて遠ざかっていった。


 森田は無意識に呟いていた。


「眠たい人魚が死んだ家……。」


何も考えることなく、男が発した言葉の数々、それも今ではなくずっと昔に発した言葉が、森田の頭の中で騒ぐ。

 

『ここから抜け出すまであと少しの辛抱じゃねえか』

 

『俺には娘がいるんだよ。でも……』

 

言葉の数々と一緒に森田は必死に思い出そうとしていた。


「僕は彼に一度会っている。」


『東野圭吾の新書が出たんだよ。確か……。』

 

「人魚の眠る家。」

 

 それはあの男の最後の会話の中で発されたセリフだった。手紙の答えはまさしくそれだった。手紙の送り主もきっと彼なのだ。「山下さん。戻ってきたんですか。」

森田は早く答えが知りたかった。無意味な英文と法則性のない数字の羅列に、森田は何かを見いだしていた。この時代にわざわざ呼び出されて何を見せたかったのか、全ては掴んでいなかったがぼんやりと見えたような気がした。森田は元の時間に戻るべく、またあの焦茶色のドアに向かって歩き出していた。

 

翌朝、自分達は二日間の旅行から帰るところだった。


「もうちょっとあそびたかったなあ。」


桜良は口を尖らせたが、表情をすぐに崩して、


「でもね、すっごくたのしかったよ。海はきれいだったし、たくさんおいしいものたべたもん」


と言った。


 小田と桜良はすっかり疲れたようで、飛行機の中で寝てしまっていた。森田は機内で配られたコーヒーを口に含んだ。


「近々、僕達に仲間が加わるかもしれない。すごく頭の切れる人なんだ。悪い人じゃない」


「仲間って誰なんですか、いきなり」


唐突なカミングアウトに、これまた機内で貰った烏龍茶を零しそうになる。


「山下さん、山下祐太郎っていう人なんだ。」


「その人も時の旅人なんですか」


「あぁ、そうさ」


「時の旅人同士ってあまり馴れ合いませんよね。どうやってお知り合いになったんですか」


「まあ、ひょんなことさ。何気なくってやつかな」


彼はきっと聞かれたくないものがあって、遠回しな表現をしたのだろうと思った。というより、森田の言い回しが遠回しなのはいつもの事だった。


「この間、会ったんだ。この前の手紙あっただろう。それが、彼からの連絡だったんだ」


森田は空港で買ったらしき、東野圭吾の小説『人魚の眠る家』を開いた。


「これにヒントがあるかもしれない、なんてね。」


森田はあの手紙を開いた。人魚というキーワードが入っていたあの英文から、自分すぐにピンときた。


「この数字は、本の中のページ数かなにかを表すものなんですかね」


と質問すると、森田は本を数秒間見つめた。


「まだ分からない。焦らないことが肝心さ。明日からまた動き出せばいい。君が何をすべきなのか、何に巻き込まれているのか、知りたいじゃないか」


そう言うと森田は下を向いた。視線を本と手紙の両方に向けながら、ページをめくっては戻していた。


 これから新たな「旅」が始まるのかもしれない。ただの時間旅行ではなくて、ここで起こっていることの核心に触れるような全てが待っているのかもしれないと思いながら、紙コップの烏龍茶を飲み干した。

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