ぴーちゃんの恋
ぴーちゃんは赤ちゃんのようにお座りの形をしている猫のぬいぐるみです。
ぴーちゃんは今、大好きなねえちゃんと天国で幸せに暮らしていました。
生きていた時と同じように二人は毎日一緒にテレビを見たり美味しいご飯を食べたりしながらとても幸せに暮らしていました。
「ねえちゃん、大好きだよ!世界で一番好きだよ!」
「私もぴーちゃんが大好きだよ!世界で一番好きだよ!」
二人は抱きしめ合い頬ずりをして笑いながらそう語り合いました。
ある日のことです。
「え?新聞配達をするの?」
ぴーちゃんはねえちゃんに明日から新聞配達をして働くことを言いました。
「天国では働かなくてもいいのよ!新聞配達なんて大変な仕事をするなんて無理をしなくていいのよ!」
「ぼくは決めたんだ!働いてもっともっとねえちゃんを幸せにするって決めた!天国でもお金を稼いでねえちゃんを幸せにしてあげるからね!」
ぴーちゃんの決意は固いものでした。
そして、次の日からぴーちゃんは朝刊の配達に出かけて行きました。
午前3時、まだ真夜中の町を小さな自転車に沢山の新聞を積んでぴーちゃんは家々を回ります。
そして、仕事を終えたぴーちゃんをねえちゃんが作った美味しい朝御飯が待っています。
「今日もお疲れ様でした!さあ!たくさん食べてね!」
「いただきまーす!ああ!凄く美味しいや!ねえちゃんのお料理は最高だね!」
「毎日大変でしょう?疲れない?大丈夫?」
少しばかりやつれた表情のぴーちゃんのことが心配でねえちゃんは尋ねました。
「全然平気だよ!ぼくは元気元気!」
しかし、ぴーちゃんの言葉とは裏腹にぴーちゃんは痩せていき手足の繋ぎ目が序々に細くなっていきました。
ぴーちゃんは重い荷物を積みすぎて自転車を漕ぎすぎたのです。
そして、とうとうぴーちゃんは病気になってしまいました。
右足が根本から取れてしまったのです。
ぴーちゃんは新聞配達を辞めることになりました。
ねえちゃんは何とかぴーちゃんの右足を縫い付けようとしましたが無理でした。
専門科の人に頼んでもぴーちゃんの病気は治りませんでした。
ねえちゃんはお医者さんを呼んで診てもらいましたが先生は首を横に振り、もう治りませんと言いました。
「ねえちゃん、病気になったりしてごめんね!ぼくは必ず元気になるからね!」
ぴーちゃんは優しい笑顔でそう言いましたが、ぴーちゃんの病気は日に日に酷くなっていきました。
1ヶ月もすると今度は左足が取れてしまったのです。
「ぴーちゃん、ぴーちゃん。お願いだから元気になって!」
「ねえちゃん……。ぼくは……、大丈夫だよ……」
か弱い声でぴーちゃんは答えました。
病気は急速にぴーちゃんの体を蝕んでいきました。
もう1ヶ月すると左手がとれ、その翌月には右手が取れてしまったのです。
「ねえちゃん……。ぼく……、もう長くないみたいだ……。首が取れる前に話しておきたいことがあるんだ……」
ぴーちゃんはうわ言のような小さな声でそう言いました。
「ぴーちゃん!」
「あのね……。天国で働いたのは本当はお金を稼ぐためじゃないんだ……。天国で働くとね……、来世に好きな物に生まれ変わることができるんだよ……。ぼくは来世に人間の男の人に生まれ変わるんだ!それからぼくはねえちゃんと出逢って結婚をするの……。そしたら今度こそねえちゃんを一生幸せにするからね!」
ぴーちゃんはねえちゃんの目を見てしっかりとした言葉でそう言いました。
「ぴーちゃん!ぴーちゃん!うん!うん!必ずだよ!私は必ず待っているからね!でも!でも!死んじゃ嫌だよ!」
「もう少しだから……。もう少しでぼくたちは幸せになれるからね……」
そして、クリスマスも近いある日のことでした。
ぴーちゃんは首が取れて死んでしまいました。
「ぴーちゃん!ぴーちゃん!ぴーちゃん!ぴーちゃん!」
バラバラになった手足や首を抱き寄せてねえちゃんは泣きました。
ぴーちゃんのお葬式が終わって何日もねえちゃんは泣き続けました。
そうして、ひと月が過ぎる頃ねえちゃんはぴーちゃんと同じように新聞配達の仕事を始めました。
毎日、毎日、ねえちゃんは歯を食いしばって自転車を漕ぎながら新聞を配り続けました。
ねえちゃんはもう泣きませんでした。
まるでぴーちゃんが取りついたようにぴーちゃん代わりに新聞を配達し続けました。
そして、10年の月日が経った頃、ねえちゃんは重い病気にかかり新聞配達を辞めることになりました。
「ねえちゃんはもう治らないんですかね?」
ねえちゃんが新聞を配っていた家々の人達が毎日お医者さんを訪ねて聞きましたが、先生は首を横に振りました。
「ぴーちゃん……、待たせたね……。もうすぐ逝くからね……」
ねえちゃんはベッドの脇の窓から青い青い空を眺めながらそう呟きました。
そうして、ひと月の後ねえちゃんは死にました。
ねえちゃんは今年で18歳になりました。
高校を卒業後ねえちゃんはとある会社に就職することになりました。
ねえちゃんは優しい両親と暖かい家庭に育ちました。
ねえちゃんは幸せです。
でも、時々何かが足りないような気持ちがしていました。
「あ!いけない!いけない!仕事!仕事!この書類をお昼までに届けなくちゃ!」
勤めたばかりの会社の中でねえちゃんは笑いながら自分の頭を軽く叩きます。
そうして、束ねた書類を小脇に抱えねえちゃんは急いで取引先の会社へと向かいました。
ドンッ!
「キャッ!」
前を向いたばかりのねえちゃんに誰かがぶつかりました。
「すいません!大丈夫ですか?」
やや低い声でその人はねえちゃんに尋ねました。
「はい!大丈夫です!私も前を見ていなくてすみません!」
ねえちゃんは顔を上げてその男の人の瞳を見つめました。
「ねえ……、ちゃん?」
「ぴーちゃん……!」
二人は同時に尋ね合いました。
二人にはわかったのです。
前世での記憶が一瞬で蘇り、この出逢いの意味が理解することができました。
「ぴーちゃん!」
「ねえちゃん!」
ねえちゃんはぴーちゃんに抱きつきました。
「逢いたかったよ!ぴーちゃん!」
「ぼくもだよ!ねえちゃん!」
もう二人に言葉はいりませんでした。
クリスマスイブの日にこうして二人は再会することができたのです。
そうして、それからの二人は前世での約束通りに結婚をして幸せに暮らしました。
「完」