バスチー!バスチー!!
K氏はチーズケーキが大好きだ。
とはいえ他のケーキだって大好きだし、街中のケーキ屋さんのチーズケーキを網羅し独自に番付を作り、全国の有名店からお取り寄せを……というほどのチーズケーキ狂いではない。
それでも、K氏がチーズケーキ大好きなのは紛れもない事実なのであった。
そんなK氏であるから、この春先にLAWS○Nで発売されたバスチーに飛び付かないわけがなかった。
バスチー。バスク風チーズケーキ。ベイクドチーズケーキとスフレチーズケーキの中間くらいの食感、しっかり焦げ色がつくまで焼かれた表面が特徴。
素晴らしい。エクセレント。マーベラス。
K氏はこのケーキがいたくお気に召した。お値段も約二百円とまあまあリーズナブル。毎週、いや毎日でも食べたい。
こうして、週に一度ほど家族が仕事だの学校だので出払っている昼間、こっそりバスチーでティーブレイクを楽しむ生活がはじまったのである。
――しかしK氏、このバスチーに一切の不満がないかといえば、そういうわけでもなかった。
小さいのだ、バスチー。
明日の体重など知ったことかと欲望のままに貪り食いたいのに、ひとつ二百円のバスチーは、とてもかわいらしいお手乗りカップケーキサイズ。貪り食おうと思ったら千円はかかる。まったくもってお財布に優しくない。
食べ終わったバスチーの紙カップを見つめながらK氏はため息をついた、――その時だった。
K氏に天啓が舞い降りたのである。
そんなに食べたいならバスチーを自分で作ればいいじゃない!
気がつけばその手は「バスク風チーズケーキ レシピ」と検索画面に打ち込んでいた。
かくして、K氏の理想のバスク風チーズケーキを作り上げるための長く苦しい戦いが幕を開けたのだった。
いくつかレシピをのぞいてみたところ、材料、作り方は普通のベイクドチーズケーキとそう変わらないことがわかった。違いとしては、レモン汁を入れないことと薄力粉が少なめであること、ビスケットやクラッカーの土台がないこと、オーブンの温度がかなり高めなこと(K氏は、今思えばわりと違いがあるのでは?と文章を打ちながら首を傾げた)。
1回目、まずは適当に選んだレシピ通りに作る。まあよほどのことがない限りは、食べられないほどまずく出来上がるなどということはないだろう――ちょっと考えてみてほしい。クリームチーズに砂糖と生クリームを混ぜたものがおいしくないなんてことがあろうか?
バスク風チーズケーキは、ケーキ型にいったんくしゃくしゃに丸めたオーブンシートを敷いて焼く。焼くときに生地がかなり膨らむので(冷めると萎む)、型からはみ出るようある程度高さの余裕を持たせなければならない。
K氏は、シートの端がオーブンの熱で焦げていく(なにしろ230℃前後で焼くのだ!)のをはらはら見守りながら、少し余ったクリームチーズと生クリームに砂糖を混ぜてバニラアイスに練り込み、レアチーズケーキ風アイスを作って紅茶を飲んだ。おいしかった。
――賢明な読者諸兄は、なぜチーズケーキを焼いているのに他のお菓子を食べるのか? そんなに待ちきれないほどK氏はくいしんぼなのか? と思われたかもしれない。
実はチーズケーキ、焼いてあら熱を取って冷蔵庫で一時間……ではないのだ。
たしかに冷えた時点でおいしく食べられる。しかし、一晩寝かせた方がしっとり落ち着いてよりおいしく食べられるのである。K氏は翌日のおやつの時間を心待にしながらアイスをなめるのだった。
そしてとうとう待ちに待った次の日のこと。切り分けたチーズケーキ(K氏としてはスプーンを手にホールごとやっても全くもってかわまなかったのだが、家族、友人と分け合うというのもまた格別の味がするものなのだ)をいざ一口。
うむ、大変おいしい。焦げてしまったようにも見えるケーキの表面が、まるでプリンのカラメルソースのような風味のアクセントとなって舌を楽しませてくれる。とてもおいしい――だが、何か違う。
これではLAWS○Nのバスチーの再現とは呼べない。
まず、表面が固く、あまりしっとりしていない。バスチーは、もっと濡れたような柔らかさがあった。そして、底の方、バスチーはスフレチーズケーキのように気泡が入ってしゅわしゅわと口の中で溶けるような、なめらかなプリンのような舌触りをしていた。
これはこれで素晴らしいものなのだが、作り方、寝かせ方に改良の余地があるのは間違いなかった。
翌週、K氏は再びチーズケーキを作るべく材料と格闘していた。
K氏が採用したレシピはクリームチーズ200グラムにたいして生クリーム150cc使用するのだが、この日K氏はうっかり200cc入りのパックをまるまるボウルに投入してしまった……薄力粉を大さじ1ほど追加してごまかした。
そして焼き上がったチーズケーキ。今回は、まだほんのり暖かいうちにきっちりぴっちりラップをかけ、輪ゴムでとめた。こうすることで蒸気が逃げず、よりしっとりするのではなかろうかと考えたのである。
はたして、その試みは成功したようだった。前回よりもしっとりと、バスチーに近い仕上がりになった。しかし、底の食感はまだ再現できていない。
その次の週、三たびK氏は台所に立った。K氏には今回とっておきの秘策があった。
クリームチーズと砂糖を混ぜて溶き卵を加えるという段階になったとき、K氏は卵を黄身と白身に分け、黄身だけをボウルに入れた。そして生クリームと薄力粉を通常通りに加え、最後にメレンゲにした卵白を生地に混ぜ込んだのである。
K氏は1週間考え続けていた。スフレチーズケーキのようにしたいのなら、そのように作ればいい。しかし、それではただのスフレチーズケーキ、バスチーにはならない。バスチーとは、もっとこう、ベイクドとスフレの中間のような食感の――そうか! 卵白を角が立つまで泡立てるのではなく、ちょうど中間、五分立てくらいのメレンゲにしてみるのはどうだろう! エウレカ!
K氏は固唾をのんでオーブンの中を見つめた――焼き上がったチーズケーキ(もちろん食べたのは翌日のことである)は、しっとりしゅわしゅわ、まさにK氏が食べたいと願ったあのバスチーだったのである(いや、これはさすがに言い過ぎだった、LAWS○Nバスチーのしっとりなめらかには勝てない、しかし素人が作るにしては十分妥協できるレベルという意味である)。
あとは、この成功が五分立てメレンゲのおかげであることを証明するだけだ。さらに翌週、K氏は粛々とチーズケーキを焼いた。そして、己の理論の正しさを見事証明してみせた。
こうして、K氏は食べたいときに食べたいだけバスク風チーズケーキを食べることのできる環境を手に入れたのであった(しかも、比較的リーズナブルに!)。
もし、読者諸兄にK氏と同じくバスチーひとつでは満足できないとお嘆きの方がおられたなら、自身で作ってみられてはいかがだろうか。
作り方は基本的に混ぜて焼くだけ、少しメレンゲを立てなければならないが、それだって省略しようと思えば可能な、本当に簡単に作れるケーキなのである。
さあ作ろう、今作ろう、ぜひとも作ろう。そして、こんな風にしたらおいしかったなんてアレンジをK氏に教えてほしい。
K氏は、チーズケーキが大好きなのだ。
食べ過ぎ注意(K氏は今体重計に乗るのが非常に怖い)。
バスク風チーズケーキの作り方メモ
ググれ。
……ではあんまりなのでちゃんと解説。
・基本的には、クリームチーズのパッケージに書いてあるベイクドチーズケーキの材料、作り方に従って、レモン汁抜き、クラッカーなどで作る土台はなしで作るとよい。
・クリームチーズ200グラム、生クリーム150ccなら、薄力粉は大さじ1でよい。
・くしゃっとさせたシートを型に敷いてこんがり黒々と焼くのが本場バスク風……らしい。
・200~250℃のオーブンで約30分。K氏のオーブンは230℃で35分弱といったところ。各自のオーブンの具合によって加減する。
・イオンのトップバリュのクリームチーズで作るチーズケーキ(15センチケーキ型1個分)
材料:
・トップバリュのクリームチーズ(226グラム入り) 1パック
・グラニュー糖 65グラム
・卵 2個
・生クリーム 200cc
・薄力粉 大さじ2
作り方:
・オーブンを230℃に余熱する。
・ケーキ型に大きめに切ったオーブンシートを、いったんくしゃくしゃにしてから広げて敷いておく。
・常温にしておいたクリームチーズをゴムベラ、泡立て器などでなめらかになるまで練る。
・グラニュー糖を加えてよく混ぜる。
・卵を黄身と白身に分け、卵黄はそのまま加え、卵白はゆるめのメレンゲに立てる。
・生クリーム、薄力粉の順に加えて都度よく混ぜる。
・メレンゲを加えて混ぜる。このとき、ある程度はしっかり混ぜても大丈夫。
・型に流し入れ、30~40分しっかり焼き色がつくまで焼く。
・焼き上がったら、取り出して型に入れたままあら熱を取り、きっちりラップをかけて冷蔵庫で一晩おく。
メモ:
・トップバリュのクリームチーズはきっちり200グラムではないので、これをまるまる使って作るときは少し砂糖を多めにしている。
・生クリームは1パック200cc入りのことが多いので、これを一度で使いきりたいときは砂糖、薄力粉を少し多めにしている。
・クリームチーズ200グラム、生クリーム150ccのときはグラニュー糖60グラム、薄力粉大さじ1。
・メレンゲを省略するときは全卵を溶き卵にして数回に分けて混ぜる。少し固めの仕上がりになる。