シンライン
和彦は悩んでいた。
彼女の部屋からシンラインが発掘されたのだ。
和彦と梨沙が付き合い始めたのは昨年の冬のことだが、それ以前から2人は仲が良かった。若干ストーカー気質の和彦は、梨沙のことは両親よりもよく知っていると自負していたし、実際、彼より梨沙に詳しい者はいなかった。しかし、これは和彦ですら予想外の出来事である。
梨沙と和彦は天王寺で二人暮らしをしようと考えていた。アパートも決まり、ついに引っ越しの日が来た。ミニマリストの和彦は荷物も最小限だが、梨沙の方はいかんせんモノが多く、和彦は彼女の荷物を運び出す手伝いをしていたのだ。梨沙が急に用事ができてしまい、出かけている間に準備を終わらせてしまおうと考えていた。ソファーをどかすと裏にギターケースがあり、開けてみるとfホールがキュートな69年型シンラインが姿を現した。見分けるポイントは主にピックアップだ。
和彦はひどく衝撃を受けた。まさか、そんなはずがない。何かの間違いだろう。しかし、何度見てもシンラインはシンラインだ。和彦は全身の力が抜けていくのを感じた。騙されていたのか、俺は。誰よりも梨沙を愛する自信があった。誰よりも梨沙に愛される自信があった。梨沙が、梨沙のすべてが大好きだった。でも、何も分かっていなかった。何も気付いていなかった。俺はアホだ。
和彦は消沈し、置物のごとく部屋の中心で固まっていた。帰ってきた梨沙が驚くのも当然だった。
「...それで、あんな石みたいになってたの?」
「うん...」
空っぽの部屋の床に座って、2人はラーメンをすすっている。
「あれね、お兄ちゃんがくれたんだ。時雨に憧れて買ったけど、すぐに飽きちゃって。あたしの方がハマっちゃった」
「ほら、元気出して」
梨沙は傍のギターケースからジャズマスターを取り出し、笑いかけた。和彦も笑顔になった。