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あたたかいじかん

 「……それが、ラフィーのお話か」



 話を区切るように軽く一礼したラフィーに、ぼくはぽつりという。



 なんだか他人事のようになってしまったのは、話を聞く中で夢の中へ行っているような、そんな感覚に襲われたからだ。



 彼の語る物語では、ぼくが中心人物になっている。けれど、その時の自分のことは知らないのだ。



 暇を持て余したルイズに襲われ、天界で再開した偶然に驚いていた頃の、別のお話。まるで実感はなくて、本の読み聞かせを受けている、けれど現実味を感じるふわふわした感覚だ。



「信じられないかな」



 ぼくが呟いてから喋らないからか、余裕を見せるラフィーの声がした。哀愁があると言われればそうとも思うけれど。



「本当の中に嘘を混ぜると暴かれにくいらしいよ。森にひとつの造花を置くみたいにさ」


「混ざってない。真実の純度100%だよ。森には素直な草が生えてる」



 ぼくは、独り言のような、でも耳に届く声量で言う。



 これといった根拠とか確証はない。ただ直感で、そんなことないだろうなと考えている。



 ついさっき真っ赤な嘘をついたばかりの彼だけど、どうしてだか信じられる。



「信じててくれたら嬉しいよ」



 にっ、とラフィーは口を楽しそうに歪めた。その表情からは語り始めるまでの緊張した面持ちとは違って、心を許した気楽感を感じ取った。そしてぼくはそれに応えるように、自然の笑みを浮かべた。



 少し落ち着いた今だからこそ考えるが、ぼくとラフィーは他の天使たちに比べて、関わりが少ない。ラフィーがぼくを避けたり忙しいこともあるのだろうけど。



 そんなだから、隠し事も妙なフィルターもないまま、再び改めて互いを見直せた。



「信じてる」



 少し笑いながらぼくは言った。



 今までの長い間蔓延っていた、ピリピリとした空気。それは、ラフィーの覚悟の告白によって中和され、次第に馴染みのものになった。なくなった、というよりは見知ったものになった、と言った方がいい。



 と、そんな許された雰囲気を感じた彼女が、真っ先にラフィーに飛びついてきた。



「ラフィー! それで全部話し終えた?」


「うん。これがボクの知っている事の全てだよ。……わっ」



 ヒールにも笑顔を向けようとしていたけれど、その前にラフィーの言葉は遮られた。予想外の行動をしたからだ。



 ヒールはラフィーに抱きついた。その表情は、不甲斐ない彼を管理するしっかり者ではなく、甘えたがりの年頃の女の子だった。



「ヒール……?」



 彼女のことを知るみんなが、ラフィーが一瞬当惑したが、それはすぐに解消された。



 そうだった。お姉さんのような口調や雰囲気を漂わせているけど、彼女だって思春期真っ只中の少女なのだ。



 全てを悟ったラフィーは、笑うことをやめた。そして優しく柔らかく頬を緩め、ヒールを包み込んで頭を撫でた。



「……ありがと」



 気のせいかもしれない。ヒールとラフィーの姿が一瞬だけ、残像のように変化した。服が破け傷ついた少女とスーツを脱ぎ散らかした男性。そんなワンフレームが、脳内で切り取られていた。



 まぎれもない真実を見るなら、ヒールは泣いていた。そして脱力し、安堵しきっていた。



「……彼女は相棒としての責任感をとても感じていました。しかしラフィーさんと触れ合って行く間、親密になり、認められたいという人間の感情を抱くようになったのですよ」



 後ろから落ち着いた低音が聞こえた。ハインの相棒、フォーリだった。



「あ、何でこんなところに?」


「ハインから、話が一段落したら呼び出すようにと、仕事をもらったので」



 ラフィーの説得に精一杯で、フォーリの唐突な登場に圧倒されていると、彼はお堅い姿勢を崩してクスッと笑った。



「ふふ、久し振りな気がしますね。僕はこういうこともするので、忙しいですから」


「……そっか」



 きっとフォーリは全てを告白したラフィーを、制裁する気なのだろう。そうではないとしても、ラフィーの身に何も起こらないはずはない。それは今はやめて欲しかった。そう伝えようとすると、手でフォーリに止められた。



「大丈夫です。天使は特に薄情と思う部分もありますけどね。人と同じです。反省からの成長だってあるんですよ」



 すぐには、その言葉たちが表す意味が理解できなかった。けどフォーリの相棒の天使のことを考えれば、察しはついた。



 ハインは、待ってくれているらしい。



「それと、彼への対応ですけど」



 ぼくの心を見透かしたように喋り続ける。



「それを決めるのは本来、僕でもハインでもありません。そこにいらっしゃる神ですから」



 フォーリが手で示した先に、相も変わらず腕を組んで静かに佇む神がいた。人外なのだから当然だけど、思考が僅かも読めない。



 と、そんな神が、別世界にいるように包まれているふたりから目線を外し、こちらに近づいてきた。



「ラフィーへの対応か?」


「はい。ご挨拶がなくて恐縮ですが。お願いいたします」



 神がグリウの姿でいることには、突っ込まなかった。原理は知っているのだろうか。



「どんな裁定でも文句はないな」


「勿論です」



 神は一度2人の方を振り向き、そして口を開いた。



「ラフィーには、アークの死の手続きの手伝い。そして存在が消えるまで、相棒のヒールから精神面において離れないことを命ずる」

お読みいただきありがとうございます。

連日投稿休んだ代わりと言っては何ですが、やや長めに書きました。

相棒たちの細やかな心情を今回は気にしました。特にヒールについては、彼女の過去を考えていただければ、思うところがあるかな、と。ちなみにフォーリは筆者自身、久しぶりすぎる登場です。振り分けが下手だなぁと思っております。

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