切り札発動
「あ、あのっ。もう用はないですよね?」
しんとしてしまった周りの状況を伺ったラフィーは、この場から今にも逃げ出しそうに足の向きを変えようとしている。
ぼくは慌てて「待って!」と声をかける。彼は後ろめたそうな微妙な表情を浮かべている。
「そんな苦し紛れが通ると思ってるの? もっと詳しく話を聞かせてよ!」
「苦し紛れ?」
元いた場所に戻ろうとしていた体を、ぼくの方に向き直した。
「今言ったこと以上の出来事なんてないよ。ぼくはただ軽い延命をしただけ。異常と言われるまでの治癒なんてしてないよ」
「……そう」
目をしっかりと見つめて声を張って言ったラフィーの言葉には、よっぽどの自信があるようだった。口で押してもなにも出なさそうだった。
絶対にラフィーは、ぼくの体になにか、異常といえるほどまでの治癒を施したはずなんだ。ぼくの酷く傷ついた息をする体が、それを教えている。
ゼルも確信している。地上にまで降りてきて人1人を救うような治癒ができる天使。そんなのはラフィーくらいだと。
もうここまでくれば、正答は彼のはずなんだ。なのに認めさせることができない。
ぼくは服の裾を掴む。奥歯をギッとならす。ラフィーはそんなぼくなんか露知らず、持ち場へ戻ろうとしている。
何とかして引き止めなくちゃとは思うけど、その後の言葉や展開なんてものは、ひとつも見当たらない。否定されて終わりだ。
その場の全員が、ラフィーに説明を求めている雰囲気だったのは、誰もがわかっていたはずだ。勿論、ラフィー自身も。それでも誰もなにも言わずに、仕上げてきたこの場が終わろうとしている。
「……じゃあ、失礼します」
守護天使が仕事の為に背を向ける。ぼくはもう、諦める部分が垣間見えていた。吐息をついた、その時。
「待て、ラフィー」
「え、グリウさん?」
彼にとって、完全に予想外の声がしたらしい。決意して見せた背は、振り返ることによって容易く崩された。
「グ、グリウさん?」
「グリウとかいう名ではない」
「はっ?」
そういえば、彼は何も知らないんだったような。
「私は所謂、神だ。このグリウとやらの体を乗っ取っている、憑依状態みたいになっているらしい」
「えーと……あなたは神ってことですか? グリウさんの姿をしてますけど」
神はこくんと頷く。
「今さっき同じことを言った。緊張でもしているのか?」
「だって神様でしょう? そんなお方がいて、緊張しないわけがないです。なんでこんなボクのところに?」
「本当にわかってないのか? 私がわざわざ出向いた訳が」
「………」
流石と言って良いのだろうか。神の貫禄か何かはラフィーを黙り込ませた。口を噤んだ彼は、幾らかの自覚はあるようだ。
ラフィーを見ていた神は、目線が合わなくなった隙にゼルに目をやっていた。ゼルは、いつもとは違う悪戯っ子のような笑顔を浮かべた。
そしてその視線は、ぼくのところにもやってきて、ゼルのウィンクが飛んできた。
そんな彼は唇で言った気がした。「切り札発動」、と。
お読みいただきありがとうございます。
切り札・神の活躍がやっと見れます。今日は眠くなってしまいましたので、自分の体調と予定を合わせながら、終盤へ走っていこうと思います。




