不敵なリィ
「私のことをわかっているのなら良い。本題をよこせ」
「ええ、わかりました」
単刀直入に言わせていただきますと、と言おうとした時、側から耳をつんざくような甲高い声がしてきた。
「あのっ、質問していいですかっ!」
突然の、しかも全く予想外の言葉に、私も流石に困った。
「ちょっと! もっと他にする話があるのよ」
「でも、どうしても気になったので……」
私は神とリザレイを、草食動物さながらの横目で交互に見る。
「かまわない」
「ありがとうございます!」
リザレイが元気な声で、軽く一礼して言った。神は、二本の指を伸ばして小さくジェスチャーをした。少しだけ、とのことらしい。
「あの、質問なんですけれども。神様なんですよね?」
「そうだ」
「口調とかがグリウに似てるんですけど、それはグリウに憑依をしているからなんですか? つまり、神様は天使に完全に憑くことでここに存在しているんですか?」
元から聞く気がなかった私は、小さく欠伸をしながら見事に聞き流している。
つまり、とかまとめている話は大抵難しいのだ。
「大体そうだな。神のことは知りすぎてはいけない。憑いた奴の性格諸々がそのまま私になるわけだ」
「なるほど! そうなんですか……ありがとうございます!」
「ねぇー。終わった?」
声色でリザレイの様子を伺う。急かすように言った私を満足させる答えが、恐らく返ってきた。
「あ、すみません。本題をどうぞ」
「どうぞってねぇ。貴方も計画実行の為の1人なんだからね」
まるで他人事のようにする彼女を、呆れて見る。と、私はあることをふと思った。
さっきから、グリウに憑依している形であるが、神が目の前にいるのだ。それなのに、リザレイは案外興奮した様子が見られない。もう少し吃ったりしてもいいと思うのだが。
まあ、そんなこと私が考えても仕方ない。
「えー、神にお伝えしたいことはですね……。天界に、ラフィーという天使がいます。彼は地上や天界において理を狂わせたかのうせいがあるのですが、本人がなにも話さないのです」
「それで?」
「ラフィーがなにかをしでかしたのは、確実です。そこで、頑固な彼を神直々に説得して欲しいのです」
お願いできないでしょうか、と私は聞く。頭を若干下げたので、ほくそ笑んでいるのかなにも考えていないのかもわからない。
そこに、顔を上げろという指示が入った。言われた通り前を見ると、ほぼ真顔だが微妙な笑いが見えた気がした。
「そんなことの為に、私を呼んだのか?」
「ええ、そうです」
神はため息、というより思わず息を漏らすという感じで呆れた感じを表していたらしかった。
「方法は他にだって、色々とあるだろう。神という存在に縋る必要性はどこにある?」
彼がこの計画に不参加を表明をしているのは充分わかった。そして、そんな彼の言葉は間違いではないことを。
「……神はラフィーのことをなにか知っていますか?」
「いいや」
「だと思います。彼は異常なまでの人間好きと言えます。そんな彼の行動は人間の幸福に基づいて行われている。今回のやらかしも誰かしらの為のはずです。それを無理に抑制するなんてことをすれば……」
「なにをするかわからないと?」
「はい」
ここで神は、初めて顔を歪めて考えた。余裕だった表情は一旦しまったようだ。
「私は決めかねている。実際彼が話したわけでもないのだから、信憑性が薄いと言えばそうなのだ」
「それは神が見ていないだけです。私たちは、これまで観察してきたラフィーの動向から、もう確実だと決めたんです」
それなら。そう神は溜めてから、言い放った。
「それは押し付けだと、決めつけだとは考えなかったか?」
「……天界に出向くだけなのに、ずいぶん渋りますね」
「仕方ないだろう。こっちの、神の世界でもやらなければいけないことは山程だ。もし無駄骨になった時の後悔は計り知れない」
神はそう言いながら首を振った。それを見ていた私に、どうしてか、怒りの感情が湧き上がった。理由はよくわからなかった。
ただ衝動のままに動いていた。懐から素早くナイフを取り出し、それを私は。
――床に叩きつけ、割った。
今祭壇に散らばっている破片を、虚ろな瞳の神は見ている。そして神は静かに言う。
「なにをした……?」
私は深呼吸をした。大きく息を吐いて、そして。
「貴方から貰ったナイフを、割ったの」
目の前にいるのは、瞳の奥で狼狽えている哀れな男だ。
「私たちは本気なのよ。1人の人間の為に、1人の天使の為に多くの人や天使が動いて。小さなところで天界に変化が現れて。そんな事象に終わりが見えようとしている」
また、深呼吸をする。ゆっくりと。
「それを、貴方の忙しいからとかいう自己中心的な考えで断られちゃ困るのよ。貴方への仕事を私が与えたわけでもないでしょ?」
「…………」
予想通り、沈黙が流れる。それでも私は息遣いを整えることに集中する他ない。まだなにか言い足りない。もっと余裕ぶって言ってやらなきゃ。
少し考えて、私は不敵な笑みを浮かべることにした。得意げな雰囲気を作って、私は言い放つ。
「あと、床に落としただけで割れるようなヤワなナイフなんて、私は要らないわ。なににも左右されない、真っ直ぐ未来を指し示せるナイフを、どうせならよこしてちょうだい」
お読みいただきありがとうございます。
ついに、結構前から構想していたシーンが書けました。神さえにもいつものスタイルを通すリィ。あと、リザレイの出番もありますのでお楽しみに。




