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神のお出まし

 「……はい」



 神の言葉を伝えるという重大な責務を背負った彼。その返事には、余裕があるというか、なんでもないような雰囲気を漂わせていた。



「緊張とかはしてないのね」


「日常茶飯事、朝飯前です」



 目も合わせずさらりと言い放つ。彼にとっては軽い出来事らしい。



 リザレイも見やってみた。すこしキッとした目にグリウを映している。やっぱり誰であれ、信仰対象を馬鹿にされるのは嫌なんだろう。



「グリウ。そんなこと言うと相棒ちゃんに嫌われるわよ」


「リザレイ?」


「えっ! いや、そんなつもりないですよ。全然気にしてないです」


「きつい顔してたけどね〜」



 困りながら、彼女は手を顎に当てる仕草をした。



「そうですか……? 考えてただけなんですけど。その、グリウを見てて」



 彼女が言った名前の天使に注目が集まる。当の本人は、大きな動きはしなくても口調で慌てている。



「わ、私を? な……なんでだ」


「いや。別に大したことじゃないよ。グリウじゃなくても変わらないし」



 急に冷めた彼女に、またグリウは戸惑っている。「それより早くしましょうよ」とリザレイが言ってくる。



 やっぱり、と私は納得がいく。ついさっきまでの、グリウが朝飯前ですとか言っていた時は、若干の堅苦しさが合ったなぁと思っていた。



 なにかの本番前とか、本来緊張する場面はやはりユーモアを入れるべきね。無意識下の強張りも解けるし。



「はいはい、もうやるわよ! グリウよろしく!」



 なにかごちゃごちゃやっていた2人が、振り抜いてこっちに気づく。グリウは私を見ると、気の抜けた顔をした。



 あれは、呆れているというのかしら。なんかため息もついたような……まあ気にしない。



「ええ、今しますよ。リザレイも落ち着いて待ってろ」


「落ち着いてって……」



 物言いたげなパーツを揃えた顔を向けるが、無駄と悟ってそれらはしまったみたい。反論しようと踏み出しかけた足を一歩引いた。



「では、説得に取り掛かりましょうか」



 グリウが神を呼び出そうとしている。その僅かな隙間時間に、すっきりしていないリザレイに耳打ちする。



「ねえ、何されたか知らないけど。やり返したりとかしなくていいの?」


「ふふ、別にいいんですよ。グリウに発散しても仕方ないですし」



 にっこり微笑む彼女は、それにと付け加えると。真正面で背を向けて立っているグリウに、指で馬鹿にしてやっていた。



 リザレイは意外とワルだったかもしれない。いや、人間味を感じられたと言った方がいいかもしれない。これまで完璧だった彼女が醜いことをするのが、とても新鮮だった。



「と、そんなことをしにきたんじゃないんだった」



 グリウが目の前でぶつぶつ言っている。声が小さいしこもっているし、途中からは神との交信のせいか訳がわからなくなっていた。



「あの、待ちましょうか」


「ええ」



 今度は余計なおしゃべりはせず、黙って待った。その間、数回グリウの言葉が途切れ、そして一回石柱に倒れかかった。



 明らかに様子が変わった。私は一気に近寄って確かめる。彼はどうなっているのか。



「グリウ?」



 声をかけると、グリウの手は私を退けさせるように腕を振った。頭は覗けないが、拒否的なものに思えた。



 私は数歩後ずさり、彼の相棒の隣に立つ。



「ねぇ。彼が神の意向を聞く時って……」


「ちらっとしか聞かないですけど。脳内に神様の思考とか、情報が直接流れ込んでくるらしいです。感覚的には憑かれてるみたいとか」


「憑かれる、ね」



 改めて、私は見つめる。グリウであったはずの、布を貼り付けた肉塊を。



 正体不明の物体は、生まれたての子鹿とは言わずとも、ふらついた足取りで祭壇をうろうろしていた。



 しかし、私とリザレイにはすぐ気付いたようだった。若干下を向いていた顔を上げ、目を見開いた。さっきまでいた天使の面影は、もう顔と体格しかないみたい。



「お前は……四大天使のリィ」


「そうです。こうしてお話しするのは、初めてだか久しぶりだか、わかりませんね」



 息が漏れるように、彼は笑ったがそれはすぐ消え、横を見る。



「お前は?」


「あ、わっ私ですか。ええと。貴方が今利用なさっている天使の相棒です。リザレイと申します」


「私が使っている天使……」



 彼は自分の体を、拗らせながら見回す。そして口角を一瞬グッと上げた。



「それで、何の用だ。私を呼び出すとは。どちら様かわかっているのだろうな?」


「もちろんでございます……神よ」



 跪く私は、眼前に立っている男を見上げる。元からあいつには、プライドの塊の雰囲気があったが、今はそれに加えはっきりした格上感もある。



 これが神の風格。



 これまでの神による出来事を回想してみる。確かに人の為に動いてきた時もある。しかし、私はどうしたって人間ではないのだ。神に近しい天使なのだ。だから、尊敬も込めつつこうも思っているところがある。



 ――よくこんな中途半端な奴を、信仰対象に出来るわね。

お読みいただきありがとうございます。

リザレイは自分なりにお姉さんっぽく書いてたつもりでした。ふわふわしてる感じの。それが偶に刺々しい一言を放つ。私が好きなヤツなんです。私の世界観を楽しんでもらえたら、非常に嬉しいです。

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