ハインのプライド
「ゼルか……」
図書館の中で、ポン、と本を閉じる音がした。それはハインが僕のことに気がついた、合図の一種だったらしい。
遠目からでも、本を棚にしまい微かな足音をたてながらこちらに近づこうとしてくるのがわかる。ルシカさんによれば彼には用があるとのことだった。一体なんなのだろうか。
「こんにちは、ハイン」
「受付から聞いたか」
「はい。何の用でしょう?」
僕が質問すると、一度腕を組んで間を開けた後、なにも言わずに移動を始めた。一瞬目配せするのが見えたから、「着いてこい」ということだろう。
移動といっても数歩程度だった。人口の多い図書館から離れたかったらしい。
そして小声で、ハインは言ってきた。
「用というのは、もう既に耳が通っているかもしれんが……」
「あ、ラフィーの件ですか?」
彼は頷く。
「グリウから伝わっていると思うが、進展かなにかはあったのか?」
「進展ですか」
平常運行の真顔のハインに相対するように、僕はその言葉にニヤッと笑った。得意になって答えが出せるからだ。
「それはもう大きな進展がありましたよ」
「どんな?」
「実は僕もあなたを探していたのですがね、その進展を伝える為なんです」
ハインは意味があるのかしらないが、更に身を寄せる。それに合わせて僕は教える。
「僕とアークはラフィーに自分が間違いをしでかしたと認めさせる為、今動いているのです。ラフィーの為に、色んな天使や人間を動かしています」
「ラフィーの為に、色んな天使たちが?」
僕の言葉にハインが引っかかるのも当然だった。どれだけ天界にとってラフィーが迷惑な存在だとしても、ひとりの者の為だけに色んな勢力が動くことは、異例だったのだ。
自分の知らないところで天界が動いている。
そう考えて動揺しているハインに、一言加えてやった。
「混乱を極めていると思いますが、要するにこれはただの報告です。あなたはなにもする必要はありません。ただ、動きだけを把握しておいてください」
僕は思い出したように隣を見る。そこには澄ました顔ではなくなった、ハインがいた。
僕が話した「進展」について、実に不満げで今にも飛びかかってきてもおかしくない様な目つきをしている。それを一歩寸前で、彼のプライドが止めている様だった。
「あの、僕が伝えたいことは伝わりましたか?」
「……ああ。なんとなくな」
「回りくどくなりましたが、要するにラフィーを救うと同時に沢山の協力は不可欠になります。なのでよろしくお願いします、ということです」
ハインはプライドが高い。それは幸にも転がるし不幸にも転がる。様々に結果を左右する。
図書館の前で繰り広げられた、そんな会話の幕切れは、ハインによって行われた。深く大きなため息をついた彼は、最初に図書館の外に連れてったように背を見せた。
そしてハインはどこかには行かず、本を読む様だった。
「忙しくはないのですか?」
さっき棚にしまった本だ。続きを読んでいるらしい本を読むハインに僕は聞く。
「お前に心配されることではない」
対応が素っ気なくなってしまった。拗ねてしまったのだろうか。これ以上なにかを聞いても、ふわふわした回答しか帰って来なさそうだからやめておいた。
彼にしたことは、ただの現状報告だ。僕が気に病む必要はない。ラフィーの現状を知ってもらえればいい。
背中にハインからの鋭い視線を感じながらも、自分にそう言い聞かせ図書館を去っていった。
お読みいただきありがとうございます。
今回文章が分かりづらかったかもしれません。すみません。
つまりラフィーのことをハインに教えたってだけです。次はヒールに向かう予定です




