リィと神様のナイフ
「さて、最優先は……っと」
守護天使たちの職場から離れた僕は、自宅がある区域の辺りまで戻ってきた。
別に、疲れたから家に帰って寝る。なんてことをしようと考えてるわけじゃない。真っ直ぐ家に飛んでもいないし。
僕の目線の先にあるのは、リィとルイズたちの家。そこに誰かが居るかは不明だ。でもとりあえず訪ねてみたって感じ。
「リィ。いるかな」
神を説得させるのに必要な彼女は、後回しなんかにはしてはいけない。
僕は家の扉を「お邪魔します」と問答無用でノックし、それの返事も聞かずに室内を覗いた。
「ちょっとゼル? ノックの意味ないじゃない」
目と耳とを使って、リィが家にいるのは把握できた。リィは不満げに声を出して、僕に言ってきた。
「ごめんごめん。大事な用事があるんだ」
「なにかしら」
「ラフィーいるだろ? 彼が問題を起こしてしまってね。彼の為に神を呼ぼうと思ってるんだけど、神を説得させる為にリィを連れにきたんだよ」
僕は淀みなく、さらりと言ったけど、リィには困惑の色がまだあった。
「ラフィーが問題を? 神を呼ぶ?」
まあ、当然は当然だ。自宅でリラックスしていたら急に他人が現れて「一緒に来てくれ」なんて言われる。理由を聞かずにはいられないだろう。
「待って。じゃあ一つずつ説明するから」
かくかくしかじか。僕はこれまでの大まかな経緯とラフィーについてを話した。
リィという天使は理解力が高い。僕が口を閉じる頃には、余裕ぶった表情を浮かべていた。
「ふーん。じゃあ私なりに整理させてもらうけど。ラフィーは地上にとっても天界にとっても大迷惑な行為をした可能性がある。それは人間を愛する強い想いから成るもので、神に迷惑なことは迷惑だと、真っ向から否定してくれれば」
「考えうる最高のエンディングになるかもね」
彼女はふんふんと頷いている。理解や納得をしてくれたのかと、一瞬安堵しかけるが、すぐにリィが喋り出した。
「……でもねゼル」
リィは、懐からだろうか、どこからかガラスのナイフのようなものを取りだした。そしてそれの柄を細い指で吊るした。
何回か見たことのあるナイフだった。それを見せつけながらニヤッと笑うリィ。
「これを私が持ってると知ってた?」
「もちろん。そのナイフは、神様からもらったものなんですよね? 人間の未来を照らすリィが持つにふさわしい、人生の手助けも邪魔もできるナイフ」
そう。リィは神から、あるひとつのナイフを貰っていた。誰しもにナイフやなにかを渡してるわけじゃない。けど、どうしてかリィにだけナイフが渡された。
狩るような獣も採取する木の実もないから、その実用性はかなり低いんだけど。
ナイフをぶらぶらさせながらリィが言う。
「神からこんなものを貰ってる私が、一歩間違えれば逆らうような説得をするのね」
だいぶ皮肉がこもってるな、と感じた。
「その通りです。嫌ですか?」
机に肘をついた彼女の顔を、覗き込むように私はしている。リィが「嫌」だなんて言うはずがなかった。
「むしろ燃えてくるのって、私だけかしらね」
どうやらリィを引き込むことには成功したようだ。同調の微笑みを返しながら進んでいく。
「ああ、そうそう。僕はまだ行かなきゃ行けない場所があります。ですからここで一旦の別れです」
「あら、もう? 家に入って5分も経ってないわ」
リィは悲しそうに、実に悲しそうに顔をほどよく歪めた。彼女が寂しがってくれても、僕は超特急で出発しなければ。
「祭壇に行っていてくれますか。誰かいたり、これから来ると思うから」
「んー、わかったわぁ」
名残惜しい声を背にして、半開きに開けたドアを外で閉めた。
この家にいたのは、本当に一瞬だった。
お読みいただきありがとうございます。
実は以前にも登場してるはずです。神様からもらったナイフ。これが今後どういう効果を果たすのか、お楽しみに。




