計画スタート
「……で? 結局どうするの?」
ラフィーの小さくなる背中を遠巻きに見つめたゼルは、晴れやかな顔をしていた。が、現状はなにも変わってはいない。ただラフィーが噂を否定したと、それだけだ。
ゼルはぼくの言葉が聞こえていないかのように、さらりと疑問を無視していく。
「聴いてる? なにか策でも……」
「無いことは無いことは無いことは無いよ」
「……え?」
ふざけた言葉遊びの意味を理解する為、結構な時間が必要だった。脳内にマルとバツのパネルを作って、策のあるなしでパネルを点灯させていく。
「無いことは無いことは……あるってこと?」
ゼルを恨みがましく見て、ぼくは尋ねる。
喋る代わりに、拳から親指をピッと立てた。
なんだか、ゼルという天使がとてもうざったく、そしてわからなくなってきた。こういう冗談、好きなんだろうか。
「今は真剣なところだからさ、おふざけはそれ位にしといて。その策って?」
話をなんとしても推し進めたいぼくだけど、彼が素直に一発で承諾するなんてことはない。
「そういう時だから、偶には遊んだ方がいいんだって。それに、いちいち指摘してたら疲れちゃうよ」
「わかったから」
ぼくは強い語調で言う。
「はいはい。ごめんね」
少しツンとした気がするが、ぼくにゼルの心情なんて知りはしない。罪悪感とかいうものは今は微塵もない。
ゼルがお遊びモードから切り替えるのに、呼吸分の3秒待って言った。
「僕が計画していたのはね、ラフィーが君の体になにかをしたのは確実だから、今回心を揺らがせて最後の一撃を食らわすことなんだ」
「最後の一撃っていうと」
「僕が最初にラフィーにしようと考えてた。まあ、意外と彼の意思が硬いからやわらげようと、君の言葉を借りたんだけどね。……家の近くの祭壇あるだろ? あそこから、神様を呼び出そうと思ってたのさ」
突然のスケールの大きい単語に、思わず声が出た。
「えっ、神?」
「そこまで意外かい」
「だって、ラフィーの為に、ぼくひとりの為にそこまでする? ぼくの言葉でラフィーの心が揺らされたなら、突き動かすことだってできるんじゃないの」
当惑やらなんやらでパニックになり、必死な口調になったぼくを宥めるような静かな語調でゼルが言う。
「さっき言っただろ、とどめを刺すって。最大限のパワーで叩きつけてやらなきゃね」
見慣れた微笑みで、とんでもないことを言っているような気がする。なにをどう叩きつけるのか知らないけど、言いたいことは伝わった。
「神を呼び出すか……そんあ簡単にできることでもないでしょ」
「そりゃね。でも、毎日のように神と対話をしている天使がいるんだ」
聞きたい? とアイコンタクトで尋ねてくる。もちろん、と返したぼくに間を開けて教えてくれた。
「……グリウ」
「グリウ。じゃあ彼を呼び出せば」
「神の姿が拝見できるかもしれない、というか絶対に見れるね。グリウは神の意向を伝える役目だから、あっちだって無視するわけにはいかないだろうさ」
「その言葉を今聞かれてて、現れてくれなかったらどうする?」
「さあね。それはそれで、神様幻滅ってことでいいかな」
しょうもない悪戯を仕掛けた悪ガキのように、楽しそうにはにかんだ。
天使なんだよな、ゼルって。
「だから僕が考えてるプランはこう。グリウを呼び出して神を出現させてもらい、神から直接ラフィーの過ちを指摘してもらう。でも神が僕たちの提案をすぐ呑むとは思えないから、はっきりものを言える天使が必要なんだ」
「ものを言える天使? ルイズとかどう」
千切れて飛んでいきそうな勢いで、首と手を振りまくる。
「駄目。ルイズがはっきり言うのは自分のことだから。関係ない事に巻き込まれて、それで報酬を搾り取られないとも限らないだろ?」
ゼルはルイズにどんなイメージを持っているんだ。不服そうな顔を作りながらぼくは聞く。
「んじゃ、誰」
「リィ。肝が座ってて尚且つ、君のことも理解してる」
リィ。確かに強かそうな感じはある。
「でもさ、リィも逆らったりするかな。リィって、神からもらったなにか持ってたんじゃないっけ?」
「まあね。でも彼女は芯のしっかりしてる感じだよ。地上じゃキャリアウーマンとかいうやつだよ」
「ふーん……」
「そういうわけだからさ。今すぐにでもリィを呼んだっていいよ」
どうする、とゼルは聞いてきた。首を縦に振っても良かったんだけど、なんだか引っかかることがあった。
だから首を右に左にネジって、恐る恐るぼくが考えついていた名前を声に出す。
「リィもいいんだけどさ」
「うん?」
「あの、リザレイとかどうかな」
想像通り、彼は訳がわからないということを顔いっぱいに表現してきた。
「リザレイ? まあ駄目とは言わないけど、彼女は神を盲信しているだろう。良い方向に転ぶか悪い方向に転ぶか、賭けに近いものがあるよ」
「でもさ! それを逆に利用することだってできる。それにぼくは一回、リザレイはしっかりしてると信じて委ねたい。リィもいることだしさ」
思わず熱弁していた。そこまでリザレイが大好きとか、そういう訳でもないんだけど。
ゼルは、はぁっと溜息をついて言った。
「また、リィに怒られちゃうなあ。苦労かけさせるなって」
「いい?」
「別に、駄目ではないからさ。これ以上は増やせないよ」
「うん。ありがとう」
自分の意見が言えて、しかもそれが通って内心嬉しさで一杯だった。けど、喜ぶのも悲しむのもまだ早い。クライマックスはここからなんだ。
ぼくの表情を読み取ったのかそうじゃないのか、やや楽しそうな気配を見せながら言った。
「こんなに天使たちを動かしたのは、僕は初めてだね。……ラフィーのことを近くで管理する為に送られたのがヒールだ。彼女にも伝えてやろう。それと、ラフィーの噂が真実だとわかったら空前絶後級の大事さ。ハインにもなにかしら連絡はしておく」
「そっか。あ、ねぇ。それとさ。独りぼっちは寂しそうだから、ルイズも誘っていいよね」
ゼルは若干苦い顔をする。
「誘うって。遊びじゃないっていうのは、君が一番わかってるでしょ」
「もちろん。曖昧なぼくの存在をはっきりさせる本番に、ルイズも誘うだけだから」
「ふぅん。そう」
興味のなさそうなトーンだ。それでいい。ゼルは天使を動かすことを楽しんでいるようだし、ぼくはルイズを散々突き放してきたから連れて行きたい。
この場に、数秒の静けさが訪れた。お互い脳内で整理をしているからだ。
周りでは守護天使たちが忙しく動いているが、全く害はない。
そうしてゼルが口を開いた。
「じゃ、どの天使をどうさせるか、計画は決まったね。準備は」
「できてる」
「だよね。じゃ、リザレイとグリウに祭壇に来るように言っておいて。そして、ルイズはそっちに任せたよ」
「わかった。ハインとリィ、ヒールはそっちね。ぼくの為に、頑張って天使を操作してね」
驕ってるな、とゼルは笑う。いい冗談でしょ。ぼくは返事しながら背を向ける。
「なるべく手早く頼んだよ」
「アークこそね」
ラフィーというひとりの天使を追い詰めるため。アークというひとりの人間を救う為。大勢の天使たちが動くことになった。
お読みいただきありがとうございます。
ここから別行動をして、ラフィーを白状させることにしたふたりです。
無事神を呼び出し、承諾させることはできるのか。次回をお待ちください。




