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ラフィーの主張

 「あ、あの……」



 誰もが態度から見て取れる、この動揺ぶり。ラフィーは隠し事というものが下手なのか。



 余裕綽々と言った感じで、ゼルが言葉でじっくり攻め立てる。



「まあ、ただの噂だよ。真実かどうかはぼくにも判断がつかない」


「ですよねっ」


「だから、君自身に教えて欲しいんだ。こんな根も葉もない独り歩きした、噂話の真実をさ」



 ゼルの一言ひとことは、ラフィーに微かな希望を垣間見せたりそれを瞬く間に破壊したりする。そしてそれは、唇や眉に如実に表されていた。



 要するに、わかりやすい。ゼルは顔だけぼくに向けてきて、呆れたのかなにも言わずにふふっと笑った。



 ラフィーの肩に、怪しい笑みを浮かべる天使の手が置かれる。こういった行為は本来安心感を与えるための物なはずなのだが、今のラフィーにとっては恐怖しか感じられないようだった。



「話してくれるかい?」



 いつもと変わらない態度でゼルは繰り返し尋ねる。対してラフィーは、焦りに焦って、唸りながらじっとりとした汗をかいているようになっていた。



 天使というのはこういう環境もあり、汗をかくという場面は少ないだろう。だからラフィーは、たった今焦りに困惑を重ねて完全なパニック状態だと思われる。



 1、2分ほど、なにも進展しないままその場の時は流れていった。そうしてようやく、思考がまとまったのか、ラフィーはしっかり口を開き始めた。



「噂は噂です」


「……どういうことだい?」


「そ、そんなものはボクを陥れたかったりする誰かの戯言です。きっと。そうです」



 終わりぎわは、自分に言い聞かせるようにも聞こえた。



 また呆れたような仕草を見せたゼルは、もう少し声をかけた。



「陥れる……戯言ねぇ」


「絶対そうです。ボクは神のつくった理に反するようなこと、しませんよ」


「んー、それはいまいち信用できないかな。だって君、人が大好きなんだろう」


「それは、そうですが」



 俯いたりはしなかったものの、声のトーンは若干下がり目をすっと逸らした。



「僕も好きなんだけどね。日頃から地上に行ってるから、我慢してるラフィーの方がその欲は高いと思うんだ。アークも、ほら」


「えっ?」



 なんの脈絡もなく振られた。完璧に動揺したぼくは上手く声を出せなかった。



「大人しいと思ってた子が豹変したりしなかったかい?」


「まあ……いつもと雰囲気違うなっていうのを感じたことはあるけど」


「そんな感じだよ。それは普段の不満を抱え込み、一気にぶつけてるから。ラフィーも一緒で、好きって感情を抑えて仕事してるんだから、それが決壊するとどうなるだろうね?」



 言わずもがな、といった感じで黙るぼくとラフィー。人間に会いたい欲を抑えている自覚があるのか、ふと聴きたくなってきてしまった。



 と、ぼくは能天気な頭をしていたが、やはりラフィーの頭の回転率は半端なくなっているようだ。



「あの! とにかくボクは関係ないって、伝わりました?」


「関係ないことはないけど、まあまあだね」


「まあまあって……監督業務に戻っていいでしょうか? これでも位は上ですし」



 ラフィーが背を向けかける。当然、ゼルが「待ってくれるかな」と引き止める。誰でもなんにでも丁寧なラフィーだけれど、焦りや不安で心が乱れているのか、ややガサツに思えた。



「なんですか」


「噂についてなにも知らないと、そう言い続ける気なのかい?」


「そうです。だって……ボクは知りませんし」



 そう言う彼の目は虚空を見つめている。



「へぇ。意外と強情張るんだね」



 表情は余裕そうでもぼくにはわかる。ゼルに今、予想外の動きが働いている。



 これはぼくの推測だが、ゼルはきっと少し圧を加えて言葉巧みに怯えさせれば話すと踏んでいたのだろう。外見も中身も、ラフィーは気弱そうだからその作戦は間違ってはいないだろう。



 だけど、彼は意外と意地があった。人間好きというのはよくわかってくる。



「あの、ボク本当に。特に今すごく忙しいので。戻って良いですか?」



 人間には好かれる「男らしい面」とかいうのが、ラフィーには持ち合わせがあるように思えた。



 ラフィーの、突然の強い口調で、ぼくたちは思わず圧倒され彼の背中をぼぅっとずっと見ていた。



 冗談もなく、ラフィーは一礼すると回れ右、そのままぼくたちの前から姿を消そうとしていた。



 ラフィーは意外と強いやつだ、もう説得する耳も持っていなさそう。溜息をつこうと上がりかけた肩を、硬いものが小突いた。肘の骨だった。



 小突かれた方を見ると、ゼルがそこにはいた?



「アーク。このままでは彼は去ってしまう。この状況どうしよう?」


「どうしようって、もうそのまま放っておくしか」


「なに言ってるんだい。ラフィーがしようとしていたのは地上にいる人間の延命治癒でしょ。そしてそれは君の可能性がある」


「……」



 ぼくは気づいた。でもあえて、それを口に出さなかった。なんとなくだ。



 ゼルがぼくの肩に手を置く。手の乗った右肩は押され、随分小さくなったラフィーの背中を目掛けて行くようにされた。



 ぼくはゼルに成り行きで肩を押され、でも決して飛びはせず必死で駆けた。きれいなことを言うなら、ぼくの本気を示したかった。



「わっ、アーク?」



 ぼくは走ったがラフィーは飛んだ為、ぼくが息を切らすのは必須だった。



 ゼェゼェ言いながらぼくは乱雑に放つ。



「あの……さっきゼルも言ってたけど……ぼくは、ぼくの体がまだ生きているのはラフィーの力なのかもしれない、って思ってるんだ」


「……」


「つまり、ぼくの体を弄った真犯人な訳だけど。もしそれがラフィーなら、言いたいことがあるんだ」


「なに? 早くできる?」


「じゃあ手短にすませるよ。……ラフィーは人の為、ぼくの為と思って治癒能力を使ってるかもしれない。でも、本当に人間を大事にしたいなら、延命なんて行為は即刻やめてほしい。死は怖いけど、人間に必ず来る終わりなんだ」



 話すことに夢中で気づかなかったが、いつのまにかラフィーはぼくから完全に目を外していた。



「それに、死がないといつまで経っても休めないよ……」



 ぼくはまだ、肩でハァハァと息をしている。そんなぼくとは対照的だったラフィーは、その表情はさっきと微妙に変わり、未練がましいような名残惜しいようなそんな風に見えた。



「それで言いたいことは終わり?」


「う、うん」


「わかった。じゃあ仕事があるからさ。今の言葉は覚えてくよ」



 忙しいというのは本当らしい。遠くにいる天使たちに、大きな声で呼ばれている。



 それにしても、本当にぼくの話を聞いていたのか、と聴きたくなるくらいドライな対応だった。



 これで大丈夫なのだろうか。



 今度は空中に浮いて、ゼルの元に戻ってくる。



「ちゃんと言いたいことは言えたかい?」


「うん。でも、口調も顔も冷たかったよ」


「そうか。なら成功だな。ラフィーは基本、明るくいるから冷たいのは心の揺らぎを隠す為」


「本当? そんなにぼくの言葉効いてたかな」



 疑問の残るぼくは気にせず、ゼルは走り疲れたぼくの背中をポンポンと叩く。そしてこう呟いた。



「後は、彼の心の天秤を大きく刎ねあげる。とどめを刺すだけさ」

お読みいただきありがとうございます。

ラフィーは想像通り(?)しらばっくれましたね。しかも追及されないよう逃げてしまいましたが、ゼルには考えがあるようですね。

ここからの展開をお楽しみに。

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