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自分以外の問題

 「おっ、アーク!」



 ぼくたちを目ざとく見つけたルイズは、元気よく手を振りながら叫んだ。



「いきなり大声あげないの。静かに」



 すっかり世話役となっているヒールは、冷静に指摘している。片目でこちらを確認しながらも、活発な彼女によってカップが犠牲にならないよう配慮している。



 そうだ、ぼくたちふたりは、そんなヒールに用がある。



 だけど、それを見事に遮るようにルイズが駆けてくる。厳密には飛んでくる。



「あれか? 用が終わったのか。話聞けるのか?」


「あー、うん。えっとね」



 よっぽど嬉しいのか暇だったのか、過度なほどに食いついてくる。



 そういえば、去っていくリザレイと話をつける為ルイズを無理に引き剥がしてしまったから、喋りたがってるのは当たり前なのだろうか。



 タイミングがつくづく悪いな、と思った。今はヒールと話さなくてはいけない。しかもその後ゆっくり話せる保証もない。



 きらきら光る円らな瞳と明るい笑顔に、ぼくの胸がピリッと痛む。



「なんだよ? 黙っちゃって」


「……ごめん。今結構、急ぎの用事でさ」



 ルイズは張りのある肌に、深いシワを作る。目の周りに影を増やしていく。



「お前いっつも忙しいじゃん。避けてんの?」


「違うよ。本当に、今ゆっくりしてたらダメなんだ」


「……あっそうかよ。じゃあなんでここに来たんだ」



 ルイズは限りなく不機嫌だ。これでも女の子だ。扱いは繊細にしなければならないということを、今更ながらに思い出した。ずさんそうな彼女だって、人間の中のひとりなのだ。



 自分ではなく、一緒にいる親友の方に用があるなんて言ったら、どうなるだろうか。自分に置き換えたら、少なからず劣等感やらを感じてしまう。



 なにか怒鳴られたりしないかと、不安になってゼルを見やる。目と手で「あとちょっと!」と示している。ぼくが聞いたんだけど、当事者じゃないからって気楽だなぁ。


……

「うん、あのさ、ヒールに聞きたいことがあって」


「ヒール……」


「一瞬で終わると思うからさ、ふたりでの話は続けてもらってかまわないから。いい?」



 慎重にルイズの様子を伺う。なにを思っているのかわからない、どうとも言えない真顔をしている。



 次の対応をどうしようか、「あの」と声をかけようとした時。ルイズが口を開いた。



「別にルイズはどうだっていいよ。聞く相手違うし。すぐ終わるんだろ」


「そ、そう」



 ルイズは自分が言い終わると素早く背を向け、「着いてこい」と合図しながら、さっきまで駄弁っていた席まで案内した。案内したとは言っても、そこまでの行き方に気遣いは感じられなかった。



 ぼくは飛びながら振り返り、ゼルに耳打ちする。



「なんか、また不機嫌にさせちゃったみたいなんだけど……」


「ルイズが不機嫌か。珍しいこともあったものだね」



 余裕飄々としていた姿は今はなく、腕を組んで不思議そうな顔をしていた。



「やっぱり滅多にないの?」


「彼女は不満があっても、勝手に解消していくタイプだからね。相手を皮肉るようなことはあんまりしないと思ったんだけど」


「ぼく、色んな人怒らせてばっかりだからなぁ」


「アーク、変な方向に考えないようにね。今は君の進路を左右するかもしれない出来事に直面する可能性があるんだから。それに、アークが一方的に悪いんじゃないからね」



 気づけば、目の前というほどの距離でもないが、ヒールの姿が見えるようになった。ゼルからの励ましと支えの言葉を脳に染み込ませ、情報を聞き出すことだけに集中することにした。



 ヒールは思った通り、困惑した表情をしている。ルイズはツンツンしているし、ぼくとゼルが一緒にヒールの前に来ている。



「あの、なにか用なの?」


「うん、ひとつ聞きたいことがあるだけなんだけど。ラフィーの居場所に心当たりはない?」


「ラフィー……探してるの?」



 軽く頷く。ヒールは雑に相槌した後、ルイズやゼルやぼくをそれぞれ見て、そしてぼくだけを手招きした。この場から少し離れた物陰に呼び出したのだ。



 ゼルとルイズのふたりは脳内に?が渦巻いていることだろうが、ぼくもなにがなんだかよくわかっていない。



 物陰に連れてこられ、「なに?」と問いかけようとした瞬間。



「ルイズちゃんになにしたの」



 周囲に聞こえないよう掠れ声で、しかし芯のある声で、ぼくの耳に囁いた。勢いよく服を掴み引っ張られ、彼女の言葉の真剣さが伝わってくる。



「別に、なにもしてないよ」


「してなかったらあんなに態度は変わらない。説明するのも馬鹿らしいわ」



 さっきまでは微塵も感じなかった威圧感。ぼくは圧倒されそうになりかける。



「……ルイズはぼくとお喋りをしたがってるみたいで。でも予定が合わなくて何回も断っていて、今回もヒールに用があるからって断っちゃったんだ」


「ふーん……」



 言葉のひとつひとつの重み。少しの吐息からでも感じる怒りのような感情。彼女がルイズを案じているというのは本当だ。



 数秒の出来事なのに、ものすごく緊張して1分以上のことに感じる。そうしてヒールが喉を震わせ出す。



「本来ならルイズちゃんにも事情を聞くところだけど、そっちも急いでるらしいし、ルイズちゃんにも心ってものはあるし……」


「ルイズは、どうかしたの?」


「……なにがあったか知らないけれど。最近のルイズちゃんはなにかに迷ってるのよ。困ってるというか。いつもなら即断即決なのに。アークが来てからな気もするんだけれど」



 至近距離でヒールが睨んでくる。ぼくは予想以上に、ルイズのような人間に影響を与えてしまっているのだろうか。



 また、ぼくまで不安になってきてしまったが、再びヒールは喋り出した。



「わかったわ。ラフィーの場所、教えるわ」


「あの、許してもらえたの?」


「さあね。あなたはそんなことよりラフィーの場所でしょ。あいつは守護天使の監督で四大天使だから。とりあえず守護天使たちの持ち場に向かってみたらどう? 詳しい場所はそっちの天使が知ってるはずだから」


「守護天使の持ち場……わかった。ありがとうヒール」



 ぼくは感謝を会釈で表し、物陰から出ようとした。すると、不意に予想だにしない力で腕を引っ張られた。



 体が冷静に処理しきれず、大きな声をあげかけたが、喉に爪を突き立てられ黙り込むしかなくなった。



「最近天界に来ては、色々と引っ掻き回してるわよね。そんなの私には知ったことじゃないけど、ルイズちゃんすら掻き乱すなら黙ってないわよ。きっちり落とし前、つけてよ」



 ヒールはそっと離れ、一足先に物陰から出た。ぼくは色んな意味で高鳴る鼓動をあげる心臓を抑え、深呼吸をし、ゼルの元に行った。



「ラフィーは、守護天使の持ち場にいるかもだって。行こう」


「守護天使。なるほどね、よし、じゃあ出発しようか」



 なにひとつ察していないのか、あえて触れていないのか。わからないが、ぼくからしたらまるで呆けているようなゼルの言葉に頷く前に、ぼくはルイズに言った。



「ルイズ。あのさ」


「ん?」


「近いうち必ずゆっくりできるようにするから。暫く待ってて」


「……いや、別に無理しなくてもいいけどさ。わ、我がままだし。私」



 彼女は顔をさっと背け、カップの中身を必死に飲み干そうとしていた。ヒールはルイズのなにかを察したのか、手で「帰って」と合図した。



 ぼくは小さく礼を2人に向かってして、ラフィーがいるであろう所に行くことにした。



 Gホールはとっくに出て、ゼルに守護天使たちの場所まで連れて行ってもらっていた。



「さっきからぼぅっとしてるみたいだけど?」



 世間話の間に、ゼルがそんな話題を放り込んできた。



「いや、だってさっき、ルイズがさ」


「うん?」


「自分のこと私って言ってたんだよ。初めて聞くなって」


「そういえばそうだっけ? ここに来たばかりの頃は言ってたけどね」



 自分についての謎も是非解き明かしたいけど、新しい謎もなぜか増えた。



 というか、周りの人たちについての疑問だって解消し切れているわけではなかった。リザレイだって本当に納得しているか怪しいものだし、ルイズがどうしてそんなにぼくと喋りたがっているのかもわからない。



「ん〜」



 心中の悩みを口に出さずとも、感情を表す唸りは勝手に漏れていた。ゼルはそれを聞き取り、さらりと言った。



「まあ、さっきも言ったけど、今は心の整理をつける為にもひとつずつ問題の解決に向けていこう。浅く広くは、今は向いてないよ」


「うん、そうだね」



 頬をペチペチと音が鳴るように叩いて、思考の先を一個に絞った。

お読みいただきありがとうございます。

ラフィーや地上の体以外にも、様々な謎を残しつつここまできました。

現在はひとつのことだけを追求していますが、他のことが明らかになる瞬間も楽しみにしていてください。

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