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リィの宅にて

 「アーク? ほら、起きて」


「ん……? 誰だ……」



 (もや)がかかったような、霞んだ部屋が見える。それをきれいにするために、目をこすると、斜め上に金色の糸のようなものが見えた。



 ゆっくり顔を上げる。すると、そこには、とても美しく整った顔立ちをした、長いブロンドヘアーの女性がいた。



「うわっ!」



 突然顔が間近に見え、寝起きにも関わらず大声をあげてしまった。後ろに飛びのこうとしたが、フロートにそれを遮られ、余計に軽度のパニックになった。



「失礼な子ね。貴方の寝顔で、上品な子かなと思ったのだけれど。ねえ、ゼル」


「この顔や体は、ヘブンバックで入手したものです。これからアークの性格を判断するのは、無意味ということです」


「ふぅん、まあ、驚かせちゃったのかしら」



 目の前の、恐らく天使とゼルは気軽に会話している。ふたりは知り合いなのか、この女性は何者なのか。



 周りを確認すると、すでに起きていたのか元から寝ていなかったのか、ルイズが壁に寄りかかっていた。



 ぼくは、なにやら呆れ顔をしているルイズに、目を向けた。視線がぶつかってから、顔を女性の方に動かす。「誰だ、この人は」と、聞いたつもりだった。



 意思を汲み取ってくれたのか、今まで黙っていたルイズが、ゼルたちに声をかけた。



「おい、アークにも説明してやれよ」


「え、説明って?」


「お前だよ! リィのこと」



 リィと呼ばれた女性は、一瞬目を開いてから、満点の笑顔になった。「そうだったそうだった」と小さく呟きながら、ルイズにウインクしている。



 隅にいるルイズは、ウインクをした彼女に対して苦い表情を浮かべていた。その後、深いため息をついた。



 女性が自己紹介を始める。



「初めましてね、アーク。私は炎の大天使、ウリエルことリィよ。ルイズと遊んでいてくれたみたいで、ありがとね。あの子は、私の相棒なのよ」


「あ、そうだったんですか」


「敬語はいいわ。謙虚さは大事だけれど、基本は貴方の好きなようにやりなさい」


「……うん、わかった」



 大天使、リィの瞳をじっと見つめる。リィは清らかな美しさを持っていたが、どことなく妖しい雰囲気も感じられた。



 ぼくの眼差しをどう思ったのか、わからないが。リィはこんなことを言った。



「そうよ、私はゼルから話を聞いているから、アークのことを大体にはわかるけど、貴方は私を知らないでしょう?」


「まあ、そうだね」


「だから、ひとつ。私に好きなこと聞いていいわよ。聞きたいこと、あるでしょう?」


「えっ、聞きたいこと……」



 いきなりの言葉に、動揺した。会って数秒しか経っていない彼女に、知りたいことなど出てきていなかった。興味がないというわけではない。理由があるのだ。



 ぼくは初対面の人と会った時、まず外見をよく観察する。人を見かけで判断してはいけない、なんてことも聞くが、人の服装や癖などは、本人の性格を正確に表しているのだ。



 だから、いつも他人を観察する癖がついた。そして、他人は大抵自分の話をする。そこから情報を徐々に手に入れて、ぼくの話を相手に合うように話す。



 そうやって今までやってきたのに、リィが相手では情報が不十分だ。一体何聞けばいいのか、しばらく悩んでしまった。



 待たせてしまったのか、リィは優しく話しかけてきた。



「考えなくていいわ、別に私に対しての質問じゃなくてもいいの。あ、聞かないっていうのはなしよ。貴方にはここを、もっと知ってもらわないと」



 ぼくはこっくり頷いた。少しばかり冷静になって、疑問がひとつできた。それを聞こうと思った。



「じゃあ、聞くけどさ。ゼルはリィに敬語を使っているみたいだけど、どういう関係なの?」


「なるほどねぇ」



 リィは満悦そうな表情になった。ぼくに天界を知ってほしいと言ってはいたが、自己満足も含まれているのかもしれない。



 うーん、と唸ること数十秒。扉の方を向いていたリィは、突如振り返って僕の顔を見た。



 どうやら答えが出たようだ。



「アークは、四大天使って知ってるかしら? ゼルは七大天使のひとりだけど、私はそれよりもっと高い身分の四大天使なの。四大天使は、まあ神に近い存在ってことね」


「じゃあ、七大天使のゼルよりも、四大天使のリィの方が身分が上だから、ゼルは敬語を使ってる。ってこと?」


「そうね。でも、全く尊敬の念は垣間見えすらしないけどね」


「おや、そうですか。僕なりにその気持ちを、表そうとしているんですが」



 リィはゼルのその言葉に、そっぽを向いてしまった。



 ゼルが心の底からリィを尊敬していないというのは、多分真実かもしれない。少なくとも、そこまで硬い関係ではなさそうだ。



 と、ぼくはここに来た主目的が果たされていないことに気づいた。



「ゼル、治癒できる天使の相棒がいるって言ってたけど、まだルイズにはなにもしてもらってないよ」


「服あげたじゃん」



 ルイズは頬を膨らませて、不満そうに言った。ぼくは無視して、ゼルの返事を待つ。



「ああ、その相棒は彼女じゃないよ」


「え? そうなの」


「その怪我を癒すんなら、ルイズなんかより“リザ(ねえ)”が良いよ!」


「リザ姉……?」



 ゼルやリィが来てから、おとなしくしていたルイズが、目を輝かせてまくし立てた。



「リザ姉はな、主にGホール内にある保健(ヘルス)センターで働いてるんだ。四大天使の相棒なのにすごいよな! 人間時代の賜物なのかわからないが、リザ姉は医療知識豊富で手当ても上手なんだ。アークの傷も、リザ姉にかかれば一晩で治るよ!」


「……まあ、僕が言いたいのはこんなことだよ。治療が上手な子がいるってこと」



 基本ツンツンしていそうなルイズが、ここまで人について語れるとは。よほど良い人だというのは、想像がつく。



 リザ姉。どういう人なのか、とても興味が湧いてきた。



「その人は、Gホールにいるのかな」


「きっとそうだと思うけど。どうです? リィさん」



 名前を呼ばれた彼女は、顔を半分だけみせて、渋々ながら答えた。



「……ええそうよ。Gホールにいるわよ」


「情報提供、感謝します」



 皮肉っぽく言うと、ゼルはぼくを手招きしながら外へ出た。家の中へ手をひらひら振って、別れの意思を伝えていた。



 ルイズはいつのまにかフロートに腰を落ち着かせ、両手を大きく振っている。



 リィはまた、片面しか表情が読み取れなかったが、微妙に笑っていた感じもした。



 扉を押し、ガタンと閉める音を鳴らした。



「さて、これからGホールに向かうわけだけど。行く道は、君に先導してもらおうか」


「ぼくが、か」



 理由はなんとなくわかっていた。天界に来て、だいぶ時間が経っただろう。ぼくをより馴染ませる為に、道を覚えさせようとしているのは明白だ。



「わかった、間違ったら教えてよ」


「もちろん」



 すぐ近くのクリーム色の雲を、飛んで越える。Gホールは下層にある。下層への吹き抜けは、大きな雲の少し向こうのはずだ。



 ぼくは自然な速度で移動していくと、あっという間に吹き抜けに到着した。



 浮くことは、一度浮いてしまえば勝手に飛ぶから容易だ。だが、下へ降りるというのは、まだコツがつかめない。



 しばらくしてから、ぎこちなくなんとか下へ方向転換して、勢いよくGホールを目指した。



 飛行中、ゼルは一度も口を開かなかった。変わらず微笑を浮かべているだけだ。そういえばリィも同じように、微笑んでいた。不気味に感じることもあるが、それが彼らのデフォルトな気もした。



 Gホールは、周りの他の建物よりも、圧倒的に煌びやかだ。きょろきょろと見回していれば、見つからないことはなかった。



 ぼくはゆっくり、着地する。



「ここでしょ?」


「大正解だ、やはりすごいな」


「そう」



 お世辞か本心かわからないその言葉に、雑に返事をすると、初めてGホールに、足を踏み入れた。



 コツコツコツ。心地よい足音を響かせ、左手の方を見る。そこには、前にお世話になった、レセプションの女性がまだ立っていた。



 女性はこちらに気がついたようで、笑顔をここまで飛ばしてきた。



 ぼくとゼルは目線を合わせ、女性の方へ行くことにした。



「お疲れ様です。御用はすみましたか?」


「ええ、おかげさまで」


「そちらの方も、器を手に入れたのですね」



 女性はにっこり、笑いかけてきた。ぼくは自分にくるとは想定外で、慌てて会釈した。



「天界での人間ライフ、是非ぜひお楽しみください」


「は、はい」



 ぼくの為に折り曲げた腰を、真っ直ぐに直す。ゼルの方をまた見て、業務を果たし始めた。



「ひとつ質問があるのですが、ヘルスセンターに“いつもの彼女”はいますか?」


「あの子ですか。ええ、いると思いますよ。ご案内いたしますか?」


「いえ、結構ですよ。毎日ご苦労様です」


「ありがとうございます。いってらっしゃいませ」



 爽やかな笑みで、丁寧なお辞儀をした。なんだかぼくも、丁寧にしないといけないような気分になった。



「ありがとうございました」



 女性を真似てきっちりお辞儀をしてから、先に歩き始めていたゼルの方へ、走っていった。



 ゼルはもう、大きな扉の前にいた。扉の側の壁には、プレートがかかっていた。



 「ヘルスセンター」



 コンコン。ゼルは左手の中指で、そんな軽快な音を叩き鳴らした。すぐに、成人男性だと思われる人が対応しにきた。



「お怪我でしょうか?」


「いや、人を探しているんだ。この少年の怪我を一番に任せられる、ね」



 ゼルは思わせぶりな口調で言った。それでも、男性には通じたようで、「ああ、少々お待ちください」といって奥に消えていった。



 これから来る人が、リザ姉か。あのルイズが懐くほどの人、どんな魅力を持っているのだろうか。



 ほどなく、走るような足音が部屋の奥から響いてきた。



「ゼルさん、お待たせしてすみません」



 現れたのは、ルイズよりも大人びた感じの女の人だった。



「忙しいところありがとう、リザレイ」

お読みいただきありがとうございます。

今回は天使は登場せず、つなぎ目のような感じでした。

次話からは、物語の方向性が変わり始めていくはずです。ぜひお待ちください。

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