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傷のついた脆い心

 「……はぁ」



 さっきから、こうやって何度も深呼吸かため息かどっちつかずの呼吸をしている。



 グリウに部屋を出ていくよう促されたぼくは、外に出て冷静になるようにしている。建物の壁に寄りかかって、頰を叩いてみたり腕を組んでみたり。



 ただ、完全には落ち着けなかった。あっちは隠れているつもりなんだろうけど、ぼくが部屋を出た時についてきたのは気づいてる。



 ……ゼルは多分、変なところで抜けている。



 気にしてもなにもならないから、それを無視してだいたい落ち着いた後自分の思考を見直してみた。



「まずは、勇樹のことかな……」



 物事を冷静に順序立てて見たら、ぼくが死んでいるのは当然のことなんだ。



 ぼくよりも傷の浅いルシカさんが即死という事実からもそうだけど、魂だけになった時のぼくの記憶も判断材料だ。



 車に轢かれたぼくの体は、見たこともないような量の血が散っていた。千切れてるんじゃないかと思うほどの深い傷もあったと思う。一応救急車は来ていた気がするが、搬送先で亡くなったというのはよく聞く話だ。



 外に出てたっぷり酸素を取り入れてから大分経つ。もうぼくは死んでいる……そろそろそれを認めるべき時だ。



 なんだけど。どうしても過去の自分の高揚感を思い出して、一歩進めない。しょうもないことだけど、「まだ体は生きてるんだ」とか「勇樹にまた会える」とか考えた自分が哀れに思えてきて、切り捨てられない。



 このまま転生したっていいかもしれない。本当はもう死んでるんだから。でも、心残りは消えない。



 心臓にショックという名の傷をつけられて、すぐに癒えさせることができない。その傷を舐めるわけでも広げるわけでもない。怖いから。



 今、心は不安定だ。冷静になって自分の心がよく見えてきて、そこに芽生え急速に成長してきた恐怖や寂しさに気づいた。今は不安なだけだけど、地上にある体が火葬されて完璧に天界の住人になった時。壊れてしまわないだろうか。



「ああもう、余計にこんがらがってきた」



 要は、結局のところ怖いのだ。あるかもしれなかった平穏な未来。つまらなくも安定した楽しい毎日に戻れる。そんな安堵を自分で切り裂くことが。



 地上に戻れるというひとつだけの目標の為に突っ走ってきた日々。それが全部無駄になる。そんなのは嫌なんだ。



 ……でも、そんな自分のままでなのも嫌だ。



「ゼル!」


「えっ。な、なんだい?」



 ぼくはやけくそにゼルを呼んだ。どうやら本当に気づかれていないと思っていたらしい。素っ頓狂な声をあげた。



「あのさ……ちょっと相談のって!」


「相談?」



 不安をかき消す為か自暴自棄か、雑に話した。



「ちゃんと考えればぼくが死んでるっていうのはわかってるんだ。でも、傷がついたばかりの脆い心が受け入れてくれない。いや、受け入れられないんだ。どうすれば心が壊れないで死を認められるかな」



 自分でも後で聞いたら驚くくらいの早口で、一気に言った。ゼルは聞き取れていただろうか。



 彼は驚きながらも、次第に優しい顔つきになっていった。



「アーク」


「……」


「多分だけどそれは、色々と中途半端だからだと思う」


「中途半端って。死んでることは、一応もうわかってるけど……」


「そこもだね。理屈ではわかっていても心が受け付けない。それに、君の心が苦しくなるのは未練もあるだろう。幼馴染の彼とかさ」


「そう、かも」



 ゼルは肩を手で包み、背中を優しくさすってきた。こういう行動は、人を安心させる効果があると誰かに聞いた。



「最後は死とそれが意味することを精神面でも理解しなくちゃいけない。そして、未練にもなんらかの形でケリをつけなきゃいけない。いいかい?」


「うん。未練を断つ。それも必要だね」


「よかった。なら、心を持ち直すことを最優先にしなくていい。なあ、気になってること。疑問がないかい?」


「疑問?」


「君は死んでいるはずなのに、病院のベッドで寝息を立てている。細かくいうと違うんだけどさ。病院の人からしてみれば生きてる判定なんだ。どうしてそんなことになっているのか、気になるだろう?」


「確かにそれは、わかってない」



 ゼルはにこっと笑って、ぼくと目線を合わせる為に曲げた膝を伸ばした。



「最初から愚直に立ち向かわなくたっていいさ。形から入ろう。まるで探偵のように、そんな奇妙な事象の謎を解き明かしてやろうじゃないか」


「探偵か。地道な調査になりそうだね」


「はは、そんなものさ。いつもの天界での生活をして、ショックも和らいでいくと思うよ」


「うん。……ありがとう。着いてきてくれたのも」


「グリウに怒られるかもしれないって怖かったけど、意外とセキュリティは甘かったよ」


「ふふ、そっか」



 資料室のある建物の前に、笑いながらゼルが立った。



「ま、早速探偵業務を始めるとしようか。グリウにお礼とさよならの挨拶をしてくるよ」


「わかった」



 暗闇に彼は消えていった。



 ぼくの心は相変わらず重苦しいけど、心の中に詰まった綿が抜けそうな取っ掛かりは掴めた。



 喜んでいた時の自分、悲しんでいた時の自分。全部受け入れて向き合えるようになれるまで、ゼルは優しかったけど努力しないとな。



 天界のそのまた上を仰いでみた。

お読みいただきありがとうございます。

地の文多めでしたが、丁寧に読んでいただけましたら嬉しいです。

ここから謎の答えを探していくわけですが、未練の断ち切り方やその後のアークとゼルの関わり方など。色々と物語の先を考えてみてくださいね。

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