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写真からの新事実

 「ないですねー……私の情報」



 狭い地下の部屋で、紙の擦れる音とルシカさんの声が響く。



 一応「相棒の人間の情報」の書物は数冊あって分厚く、軽く手分けをしていた。グリウの記憶を頼りに大方の目星はつけていたけど、ページ数まではわからない。



「ま、地道な作業だね。我慢強さがあれば大丈夫さ」


「んー。じゃあ大丈夫じゃないですねぇ。私は天性の飽き性で……」


「天性かぁ。なら、神様に祈ったら変わるかな? ほら、ぼくの家の近くにあるでしょ」


「あはは、そうですね!」



 ゼルとルシカさんは、相変わらず楽しげな会話をしている。変わらないのはふたりのこの調子だけかもしれない。



 夫婦漫才みたいな、冗談を挟むのが当たり前みたいな会話。こんな湿気た空気の時にはいいとは思うけど。



「ゼル。ちゃんと頭と手も、働かせてる?」


「うん? ああ、勿論ね」


「頼んだよ。ルシカさんも」


「はーい」



 そうやってまた静寂が訪れる。なんか、遠くでこそこそ空気の音がするけど。



 古い紙を破らないように気をつけながら何枚もめくって、流石に疲れたと周りを見渡してみた。というか、神経を集中させた。



 こうしてみると、黙って黙々と探しているのはグリウだけだった。



 最初は訝しげにぼくたちを見てきて、嫌々ながらって感じだった。でも、彼はきっと真面目なんだろう。一回取りかかってくれたら真剣に取り組んでくれる。



 ぼくは絶対にグリウより若いから、こんなこと思うのもどうかと思うけど。グリウもなんだか人間臭いなと感じた。



「なんだ? 手が止まってるぞ」


「ああ、ごめん。ちょっと目が乾いてきて」


「ふん。さっさとどうにかしろ」


「うん」



 当然だけど目が乾いたなんて、ただのこじ付け。嘘だ。



 だから目をこすることもなく、言われた通りさっさと作業に戻った。埃やら手汗やらが混ざった指じゃ、肌にも触れたくないけど。



 その先は特に語るようなことはなかった。ただ黙々とひたすらに紙を丁寧にめくっていって、グリウが小さく声をあげるまでゆっくりと時間が流れていった。



「あった」


「え? 本当ですか?」


「どれどれ?」



 ぼくら3人がグリウの持つ本に寄る。埃はそのページだけ被っていないようだった。



「ルシカ。これはお前か?」


「……はい、そうです! これが正しく地上人であった時の私です」



 彼女は語調をなんとか抑えようとしていた。ただし長時間の作業から、頬はどうして緩んでしまう。



 やっと発見した手がかりに、誰もが興奮していたと思う。特にぼくは。グリウもそこまで思い入れがある訳ではなくとも、苦労が報われた達成感はあるだろう。



「よ、読んでもいい?」


「ああ」



 グリウの手から、ぼくの本を譲ってもらう。地上にいた頃のルシカさんの情報が、写真付きで記されている。



「…………事故?」



 その言葉が衝撃的で、小さくでも無意識に呟いてしまった。ぼくははっとして振り返る。黙っていればいいのに、つい反射で。



 ルシカさんはいつもの柔らかい真顔だ。いつもと同じ顔のはずなんだけど、威圧感を感じる。



「調べてるんですよね。私のこと」


「う、うん」


「じゃあ話した方がいいですかね? 私が死んだ時のこと」


「え、いや流石にそんなこと……」


「いや、私が許可しません。もう話すスイッチ入っちゃったんですから」


「じゃ、じゃあ……お願いでも手短にね」



 ぼくを含める3人の注目を浴びている。一度深く深呼吸をすると、淀みなく話し始めた。



「ま、死んじゃうようになった経緯はカットとして。私は車に轢かれたんです。そんな飛ばなかったんですけどね、当たった所が悪かったらしいです。だから体の状態も、そこそこ悪いですよね」


「確かにな」



 グリウが本を覗き込む。彼は人の体に関心のないタイプなのか、彼女の傷ついた体をまじまじと観察している。



「見ないんですか?」


「えっ、ぼく?」


「もう()()に固執とかしてませんし。良いですよ。君だっていい年の少年でしょう」



 ぐだぐだと渋っていたぼくだったけど、なんの躊躇いもなくルシカさんの写真を見る彼らとまごまごしている自分を比べて、なんだか馬鹿らしくなった。



 いちいち反応していても変な感じになるだろうし、覚悟を決めることにした。



「ちょっと見せて」



 古ぼけた本を引っ張る。そこに貼ってあるルシカさんの写真を見てみる。



 車に轢かれた、と言った通り酷い傷がたくさんあった。言葉じゃ言い表せないけれど、青い痣とか折れた骨とか、とにかく無残だった。



 一応ぼくも轢かれた身だ。その痛みとか悔しさはよくわかる。



 で……ぼくは一度轢かれた身だから感じたことがある。変な感情を心に芽生えさせながら見た、ルシカさんの体に。



「どうだい? アーク」


「ゼル。思ったことがあってさ」


「うん?」



 羞恥心とかは一旦忘れて、写真を指差した。彼女の目立つ傷部分を示した。



「傷がどうかしたのかい?」


「この傷さ、ぼくが受けたものより圧倒的に浅い気がするんだ」


「浅いって」


「えっと……ぼくより軽い傷でルシカさんが亡くなってるって感じたんだ」

お読みいただきありがとうございます。

ちょっとしたルシカさんとかのお遊び要素も入れてますが、最後に妙な勘付きをアークがしましたね。

アークが感じた違和感はどういう風になっていくのか、楽しみにしていてください。

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