ルシカさんのコミュニケーション能力
「着きましたね!」
ルシカさんが元気よく言う。そんなテンションで来るような場所でもないと思うんだけど。少なくともはしゃぐ時ではない。
とはいっても、ゼルの態度が特に変わるわけでもなくて、ルシカさんに同調していた。
「ええ、やっとですね」
「久しぶりですよ、ヘブンバックに来るのは。Gホールの煌びやかな感じも飽きちゃいましたし、この湿っぽいのも好みです!」
「そうでしたか。それは色々とお互い得でしたね。アーク、こんな時に使う言葉なかったっけ?」
「……一石二鳥? 1個の石で2羽の鳥を撃ち落とすっていう」
「ああ、それだ。ありがとう」
2人の話はとても弾んでいるようだ。前々からの仲、つまるところ旧友であるゼルとルシカさんは、馬が合うところがあるんだろう。
どうしても、勇樹との日々を重ねてしまう。それを取り戻す為に今頑張ってるんだから、ネガティブになっちゃ駄目だ。
自分に言い聞かせて、慣れた孤独に身を任せながら歩く。
「ところで、私の体ってどこにあるんでしょう?」
おもむろにルシカさんが質問してきた。
今はなんとなく、ヘブンバックの廃れたようなアスファルトの上を歩いている。ただ、ぼくとルシカさんには全く宛てがなかった。余裕綽々としているのはゼルだけだった。
「ああ。ルシカさんは今と変わらない、若い女性でしたから。女のビルにあるはずですよ」
老若男女。そんなシステムもあったな。ぼくの魂をこの器に入れた時も、ビルの種類分けを元に探したっけ。かなり昔のように思える。
「にょ……? そんな分別があるんですか。初めて知りました」
ルシカさんはこれまで、狭いところで過ごしてきたんだろうか。新しい発見にとても驚いていた。彼女自身も受け付け係は飽き飽きしてたみたいだし、今回連れ出して良かったかもしれない。
「あるんですよ。優柔不断な人に向けた、あの中央のビルとかもあるんですがね。あそこは他に比べたら頻繁に入れ替わりますから」
「そうなんですか。入れ替わるなら、私の体がヘブンバックにない可能性。無きにしも非ず、ですね」
「ああ、そうかもしれない……ですね」
ゼルは多分よくわかってない。だろうけど、まあ大部分は理解してるだろう。
ぼくはあっちから聞いてこない限り、なにも言わないでにやついてることにした。狼狽えるゼルなんてそうそう見ないし、今のうちに楽しんでおこう。
ぼくは飛んで行く2人の後ろにくっついていった。
ルシカさんのことを深く知っているわけでもないし、ヘブンバックについて知り尽くしているわけでもない。そんなぼくは黙って見守るしかなかった。
会話だけを耳に入れていた。
「うーん。私、見当たんないですね」
「ルシカさん、古参ですからね。結構若かったんですけど入れ替えられちゃいましたかね」
「……この中央のビルにも居ません。やっぱり、時間が経って魂を入れたがらない様になったのかな」
「だったらもう、ハインに頼るしかないな。すみませんね、時間を無駄にしちゃって」
「ふふ! いいんですよ、私久しぶりにわくわくしました。ゼルさんのおかげで気分転換できたんですよ、ありがとうございます!」
「そうかい?」
「はい! ですから、この先も付いてきますよ。そろそろシフト変わる頃ですし」
「そうなんですか。じゃあ、来てもらいましょうか」
ゼルとルシカさんの言葉や様子を伺っていたぼくは、そろそろ体探しも終わりかと思ってやや近づいていった。
ルシカさんがまたはしゃいでいる。ゼルは今後の動向をどうするつもりなんだろうか。ぼくとゼルの目が合った。
「ああ、アーク。……つまらなそうな顔してるね」
「いや、別に。ルシカさんの為だからさ」
「ごめんね。これから彼女の体があると考えられる場所に向かうからさ、ついてきてくれるかな?」
「勿論。他に行く宛もないしさ」
「拗ねないでくれよ。そこには資料とかもあるはずだから、君の求めてるものがあるはずだよ」
「うん……行くよ」
拗ねている。ゼルにそう指摘されて、途端に恥ずかしくなってきた。こんな小さいなんでもないことでムキになってるなんて。
寂しいのだろうか。だとしても自分を慰める方法なんて知らないから、今は黙ってそれを無視することにした。
ゼルはそんなぼくを気にせず、さっさと場所に行くことにしたらしい。今のぼくにとっては、逆にそっちの方がありがたいけど。やっぱり求めてるものとは違うような気がする。
「湿っぽい顔してますね〜」
「え?」
「暗い雰囲気。嫌いじゃないですけど、人となると違いますよ。特に今は暗くなる時ではありません。と、思います」
「……そうかな」
「そうです! 地上に帰りたいんでしょ? ならできることなら笑顔でいた方がいいですよっ」
こういう対応が欲しかったのか? もうよくわからなくなってきた。少し強引なくらいが落ち込んでいる時にはいいのだろうか。
まあ、元気が出なかったわけではない。そういえば聞きたいこともあったんだ。
「あ、ねえルシカさん。自分のかつての体って、自分自身じゃ居所はわからないの?」
「それですか。私はなにも知らないまま、勢いで天界に来たんです。だから私の体が拾われたのは若干後なんですよ。多分管理は、上流の天使さんなんでしょうね」
「まあ、自分で持ってくるわけじゃないもんね。うん、ありがとうございます」
「いえいえ。折角仲良くなったんだから、気軽にいきましょう」
ぼくは力強く頷いた。元気よく、ルシカさんの性格がうつったみたいだ。彼女は笑顔でいて、それにつられてぼくも微笑んでしまう。
コミュニケーションの才能があるのかなと思うほどだ。それぐらい距離がぐっと縮まるような気がした。ぼくのもやっとした気分はすぐさま晴れていった。
そんなぼくたちの様子を、ゼルは見ていたんだろうか。
ヘブンバック自体では収穫はなかったけど、行ったことは無駄じゃなかったような気がした。
ゼルはぼくたちの前を飛んで進んでいる。一体どこに行き着くんだろうか。
お読みいただきありがとうございます。
繋ぎ回みたいになってしまいましたが、ルシカさんの可愛らしいところみたいなものを、楽しんで書けました。自己満足ですが、読者様にも好きになってほしいです。




