沈んだ後のポジティブ思考
「教えてくれてありがとな」
「うん。じゃあ」
Gホールで、リザレイと仲を戻そうとしているアークを見ていた僕は、ルイズと話した後その場を去った。
アークがどこに行ったのかとか、お互いの関係はどうなったのかとかを聞き出したかったから。ふたりの関係性によっては、これからの方針にも影響してくるし。
「お茶会終わったんですか?」
「あ、そうです」
Gホールを出る手前、受付の彼女が確認を取ってきた。お茶会を開く為の部屋を借りる時、それ以外にも、たくさんお世話になっているな。
「すみませんね。大した後始末もできなくて」
相棒の皆で飲んだ紅茶やらなにやらは、彼女が即席で用意してくれた。一応カップはまとめたが、細部やテーブルクロスのシワは直せていない。
「いいんですよ。ゼルさん、いつも丁寧にしてくれてますし。急いでるんですよね、かまいませんよ」
「そう言ってくれると楽だな。用件については……否めないな。悪いね」
「いえいえ。ほら、早く行ってください!」
彼女の、大和撫子的でありながら元気なその性格は、誰にでもどんな時にでも馴染みそうだ。
受付から笑って手を振っている。僕も振り向いた姿勢のままで、会釈しながら手を振る。
「ありがとう。よろしくお願いします!」
そうして僕は、ホールとその外との境界線を越えていった。
さっき、アークから色々聞き出したいと僕は考えていた。ただ、彼の居場所については凡その見当がついている。
想像と外見だけの推理だけれど、アークとリザレイは和解しているようだった。だからリザレイの後を追っていくことはないはずだ。ということは、長い話を聞いて語った後だし、家に帰っているかもしれない。
まあ別に、こんな大層な推理なんてしなくても辿り着きそうな結論だけど。
「とりあえず、ごちゃごちゃ考えずに帰るか……」
♦︎ ♦︎ ♦︎
「はーい」
僕が、家のドアを軽くノックする。それは多分部屋に響いて、中にいる彼に返事をさせた。
開かれたドアと壁の隙間から、見慣れたアークの顔が現れてくる。その顔からはやっと感情が読み取れてきて、動揺の色が見えた。
「あ、ゼル。帰ってきたんだ」
「ここは僕の家だからね」
アークは後ろに身を引き、僕が入室できるようにしてくれる。「人に関わりたくなかった」と言っていたけど、そういう気遣いができるのは、そこからの成長があったからかもしれないな。なんてことを思ってみた。
勇樹という人物のおかげなのだろう。何様だ、と言われてしまうと思うけれど、そんな目線を持つことが増えた気がする。
地上で言うところの、「親目線」という奴なのだろうか。
僕はそのまま、お気に入りのティーバッグの下がった網の前の机に座った。前に飲んだものだけど、中身が乾いて香ばしい香りがほんのりしてくる。
「アーク。質問がいくつかあって。いいかな?」
ティーバッグをいじる僕と、フロートベッドに腰掛けてゆっくりするアーク。彼は深呼吸をして言った。
「いいよ。色々気になってるだろうし」
「ありがとう。じゃあまず、リザレイとはどうなったんだい?」
僕は体の向きを変えながら聞いた。アークは目は合わせずに、リラックスしたような姿勢をしていた。心中どうかはわからないけれど。
「仲直りはできたと思うんだけどさ」
「不服なことでも?」
「なんか、リザレイだけ、ぼくだけが納得してる感じがするんだよね。一方的な和解って言うのかな」
「根本的な解決になってないってこと?」
「そうだね。気まずくとかは無くなったから、ぼくとしてはこれでいいんだけど。リザレイが無理してないかなって思うんだ」
「なるほどね。それは心配にもなるね」
うーん、とアークは唸りだしてしまった。結構悩んでいるみたいだ。
でも、アークには悪いけど、僕にはそれより気になっていることがあった。「考える人」のようになっている彼に、その思考に邪魔を入れさせてもらった。
「ん、なにゼル?」
「いや、よく考えたら。仲違いしてた相手にすんなり話しかけられるって、すごいことなんだよ。ましてや君なんて、人の感情を考え出した頃なんでしょ? あの過去を聞く限りさ」
「まあそうなのかな。それで?」
「君はルイズを振り切ってまでも、一直線に覚悟を決めてリザレイの元に行った。君をそこまでさせたものって、なにかあるのかなって」
少しの間、双方黙り込んでいた。そしてアークは、真っ直ぐな目で僕を見てきた。口角は僅かに上がっていて、なにか優越感に浸っている感じがした。
アークは呆れたように、でも楽しげに言った。
「だってゼルが言ったでしょ。傲慢になれってさ」
「ああ……言ったっけかな。よく覚えてるね」
「僕が前にゼルに言ったことだね。ふふ、自分に返ってくるとは思わなかったよ」
「だからすんなり話を切り出せたのか。お互い偉そうに言ってたけど、結局は戻ってくるんだね」
「だね」
心なしか、アークの表情がやや明るくなった気がする。人の感情を尊重するのも大切だけれど、こんな風にたまに我がままになるのも大切だと思う。
僕が言ったことを覚えてくれていて、そしてそれを実行して生かしてくれた。
それだけで何故か、嬉しいんだ。
「ゼル、他に気になることないの?」
アークはこの勢いに乗ってか、様々なことを聞いてきた。ここまで積極的なのは初めて、というくらいだ。
僕個人の考えだけど、リザレイとの仲を直して傲慢さを少しでも取り戻した今。アークは自信とかを持てるようになったんだろう。
「ないの?」とアークは急かしてくるまでになった。質問責めが間髪なく行われていて、僕は思わず仕草を加えて制止してしまった。
「待って待って、アーク。ひとつずつ聞いていくから。えっと……」
僕が返答に困るくらい、アークは質問してきた。それほど積極的だった。
リザレイとのことだけ聞こうと思ってたのに、アークの語りは止まる気配が見えない。
一応とはいえ、吹っ切れたから止めどなく言葉が流れ出てくるのだろうか。僕は彼の圧に押されて、しばらく彼の欲求を満たすような質問や相槌をしていた。
これが彼が良い方向に変わっていくのなら、僕は全く嫌じゃなかったけれど。本題に入れるチャンスを伺っていた。
お読みいただきありがとうございます。
アークの心情の変化について、また書かせていただきました。
彼も人ですから心はコロコロ変わります。これからのアークは元気になっていく予定です。




