仲直りしたかもしれない
唇を潤して、それを閉じて接着させる。ぼくの最後の言葉に動揺したのか、誰も喋らないで少しの間が空いてしまった。
数秒前まで、ベラベラと滑らかだった饒舌は途端に止んで、挙動不審に相棒たちを見回していた。変に思われないように首だけを捻りながら。
「あ……えっと、これで終わりだけど」
「うん、ありがとう」
ぼくの迷いながらのひ弱な声に、ゼルのとって付けたような司会の言葉が答えた。
その呼応を機に、若干固めていた表情を崩したルイズが喋り出した。
「いやー、お前も色々あったんだな。他の皆そうだけどルイズとは違う事情があってさ。変な意味じゃないけど、こうなんか面白かったよ」
「そうね、なんか為になったっていうか。アークのことが知れたわね。私たちとは違う苦しさだから、貴方にしか感じていない辛さっていうのが今もあるんでしょうね」
ヒールもルイズの後を追うように話した。勢いで流れ出していた言葉たちが、急に恥ずかしくなってきた。
地上に帰りたいっていう思いは本物だけど、あそこまで大層なことを思っていたわけじゃない。と思う。所詮は人の心だから易々と移ろぐものだし。
気の配れる人っていうのは心も読み取れるらしい。グリウはにこにこしながら独り言のように、でも明らかにぼくに言ってきた。
「最後のは布告のようで、案外勢いかもしれませんね……」
自分の手に妙な湿り気を感じた。と同時に、ルイズが隠す気なしに反応して再び口を開いた。
「あ、そうなのか? 終わりの方急に真面目なこと話し出すし、なんか怖かったよ」
「こんな話題なんだし真面目にもなるでしょ。言いたいことはわかるけどね」
自分のことのついて深く語られるのは、どこか遠いところでも目の前でも変わらず恥ずかしい。すぐに話を切り上げさせたかった。
「もう。最後の辺りの話は忘れていいよ。グリウの言う通りなんとなくだから」
「なんだ、ホラかよ? 結構感情入ってると思ったんだけど」
「もう良いって……」
ぐだぐだな押し問答が少し続いた。ガヤガヤと五月蝿いわけではなかったけど、和やかな雰囲気が流れていた。
お茶会の目的。過去を語り合って、ぼくや話す機会のなかった相棒たちの親睦を深めるため。そして本来は、険悪になってしまったリザレイとの関係を修復する為のきっかけ作り。
思い返したぼくは、ちらりとリザレイを見た。たまにグリウやゼルの入ってくる会話に、彼女は入ってこない。隣に座っているグリウとは、楽しげに話しているけれど。
こんな時に考えることじゃないけど、なんだかやってることが回りくどい気もしてきた。
漫画とかで見るような、自分の特別な思いを伝える為に妙な手段を取る感じだ。恋は盲目と言うけど、今はシチュエーションが違う。
「ねえ、さっきから話す気あるの?」
そんな、全く違う角度のことを考えていたぼくは、ヒールに怒られてしまった。
「え? あー、ごめん。でも実質お茶会は終わりみたいなものだしさ」
「何言ってんだ。お茶は終わっても話が終わるわけじゃないだろ」
「えー……」
お喋り好きな彼女たちの手から逃れる為に、そう渋ってみた。でも一向にその手を緩めてくれる気配はない。
あんまり話に付き合うのもっていうのもあるし、本来の目的のリザレイと話をしなければという焦りもあった。そうしないと、呆れて帰られてしまうから。
ぼくは縋るようにゼルを見た。
目があった。どうやらあっちの方も勘付いてくれたようだ。ゼルは、ぼくとルイズたちの間に割って入ってくれた。
「ルイズ、悪いけどね、この雑談を始めてから結構時間が経っているんだ。それにほら、グリウやリザレイを自由にさせてあげないとさ」
「んー、それもそうか」
「じゃあ、とりあえずお茶会は締めかしら?」
「そうだね。じゃあ……時間を割いてこの会に来てくれてありがとうございました。多分初めて知ることもあったと思います。これで更に全員が馴染めていけると、天使の立場からも嬉しいです。では、改めてありがとうございました。解散します」
「はい、お疲れ様でした」
グリウは愛想よく、一番に貸切部屋を出て行った。彼はそういえばハインの相棒だ。忙しいのも当然か、と思いながら振り返った体を直す。
やっぱり、今だけは邪魔な彼女たちがいる。雑な言い訳じゃ駄目だろう。
でも、リザレイも今にも帰りそうだ。難しい御託とかを考えてる暇はない。ぼくは、帰っていくグリウの背を見ながら歩くリザレイに向かい始めた。
「あ、アーク! どこ行くんだよ」
「まだ話すんだったら、待ってろ。すぐ終わるから。話したいことがあるんだ」
「え、ちょっと……」
後でどんな制裁が待っているかよりも、じっとりと続く険悪な関係の方が嫌だ。この身長差じゃ肩は叩けない。もちろん声で呼ぶ。
「リザレイ」
彼女は振り返る。シミュレーションされてたみたいに、滑らかで無駄のない正確な動きだった。それとも彼女の性格上だろうか。
「なに? ……やっぱり企て事?」
「うん。なんで起こったのか知りたかったし、仲が悪くていいことはないしさ」
若干俯いている。でもしっかりと顔を上げてきた。ちょっと呆れたようにしている。よく見る笑顔とはまた別物なような。
「こんな妙なことしなくてもいいのに」
「だって、怒るでしょ。聞かれて嫌なことを何度も質問されたら」
「そりゃあね。で、その答えは見つかったの? 私の話から」
「うん。わかりやすいよ。あの時ぼくはきっと、神様を否定しちゃったんだよね。リザレイにとって神様っていうのは絶対的な存在だから、それを否定されたら自分を支えられないんだよね」
声色が少し重い。腕を組んでいる。
「そこまで分析するのね。理解したなら、もう馬鹿にしないって約束して。そうしたら許すから」
「馬鹿にはしないよ。というか、そんなことをした実感もない」
「ふざけないでよ。私やる時はやるんだからね」
「だろうね。でも、神様の存在を押し付けないでくれるかな。リザレイにとって神様が絶対的な存在なら、ぼくにとっては勇樹が絶対的な存在なんだよ」
「ま……そうね」
「それにさ。うろ覚えだけど、あの時リザレイ、ぼくが言った言葉を完全には否定できてなかったよね? 少し躊躇ってたような」
目線がずれる。でもぼくは無理にでも合わせようとする。彼女の真意が知りたいんだ。
「うるさいわね」
「本当は神様なんて――」
「馬鹿にしないでっ! ……って言った」
「……これ以上はなにも言わないけどさ。ぼくはただ、リザレイと仲良くしたいだけで。これからそれに関してはなにも言わないよ。だから、これからも付き合っていてほしいんだ。前のことは悪かった。謝るよ。ごめんなさい」
手を口許に当てて考えた彼女は、一歩近づいてきた。
「もう本当に触れないのね?」
「うん、勿論」
「なら、いいわ。ちゃんと反省してよね。もう」
「……あ、許してくれたの?」
「許してなんかいません。執行猶予だと思って、気をつけて過ごしていきなさい。ねっ」
「わ、わかった」
じゃーねー、とリザレイはテンションをガラッと変えて去っていった。
「とりあえず、気まずくは無くなったかな」
でも、こんなあっさりした仲直りでいいのかとも思った。こんなので前の仲が戻ったとは思えない。本物のリザレイを知ってから、真っ当に付き合えてない気がする。
不安がじわりと悪寒として走った。見えないなにかに怯えているぼくの背中を、その時ルイズは見ていたらしい。
お読みいただきありがとうございます。
一応仲直りしたふたりですが、ここまでやった意味がないような気もするような感じですね。
リザレイの真意は何なんでしょうね?




