幼馴染の親友
動物園の中を逃げ隠れしていたぼくと勇樹のふたりは、結局清掃員の男の人に見つかって学校に送られた。
面倒臭かったのか優しいのか、男の人は学校まで行く間になにも聞かないでくれた。車の後部座席にぼくたちは座っていた。
ぼくは改めて体の疲れに気づいて、背もたれに全身を委ねていた。でも勇樹はまだまだそんなことはなくて、小さな声で「あれ面白かったよな」と一方的に語ってきていた。
彼の楽しそうな語り口と一緒に頷いている内に、車は見慣れた建物のシルエットが見える所まで走ってきていた。すっかり夜も更けていたから、形以外なにも見えなかったんだ。
「ありがとうございました!」
男の人にふたりでお礼を言って、ひとまず先生と会うことになった。家族からの迎えは後でくるらしかったから。
夜の学校に、夜の職員室。思った通り勇樹はわくわくに胸を膨らませていた。あんなに遊びまわった後なのに、とぼくは感心してたよ。
とはいえ、土地勘もないところで子供がふたりっていうのは、当然だけど危ないよね。具体的なのは覚えてないけど、かなりこっ酷く叱られた気がするな。
「一体どこにいたの!? 先生たち探し回ったのに。それに園の方から、隠れていたって聞きましたよ!」
そんな感じで、厳しく問いただされたよ。家族が来るまでの間。
ぼくが逸れてしまったのは完全な事故だけど、その後の行動については絶対に故意だ。でもぼくたちに後悔だとか後ろめたい感情は全くなかった。
そんなことより、ふたりで最高級の思い出ができたことが上回っていた。
勇樹がしどろもどろに訳を話しながら、必死に笑顔を噛み殺していた。先生がため息なんかして隙ができたときは、ひっそり顔を見合わせて口角を少し上げたりなんかもしていたな。
「勇樹!」
説教の時間も終わって、待っている時間にちょっとした手遊びをしていた時。彼の母親の声がしたんだ。
ぼくの感じ方だけど、彼の名前を呼ぶ母親の声色は、なんだかキツめで荒々しかった気がする。案の定というわけじゃないけど、勇樹はその声に一瞬手の動きが止まった。
「あ、母さん……」
職員室のドアと壁の間から顔を出している女性。不機嫌そうな表情をしていたっけかな。
勇樹は急いで母親のところへ行こうとしていた。
「今日はありがとな! これからもよろしく」
「あ、うん! よろしく!」
彼が手を差し出したから、元気な音を出したハイタッチした。そして絶えることを知らないとびっきりの笑顔のまま、その日は別れた。
去り際、勇樹たちの会話が聞こえた気がした。
「誰?」
「え? ……幼稚園から友達の子」
「仲良いの?」
「……それなりに」
「なにそれ。はっきりしてよね、もう」
この時は、空耳か聞き間違いかなってくらいで流しちゃったけど。本当は勇樹は、ぼくのことをそこまで好きじゃないんじゃないかって、数十分後に来た親と一緒に車で帰っている時、考えてしまった。
でも今日あんなに楽しく遊んだんだから、そんなわけないって、ポジティブに考えてみたりもした。
そうしていたら、ぼくは難しい顔をしていたらしい。
「なにかあったの?」
そう、母さんに声をかけられた。
「え、ほら。迷子になっちゃったからさ」
「ああ、やっぱり? 迷子は怖かったでしょ?」
裕福でも貧乏でもない家庭。ただ、母さんや父さんたちの優しさは一般家庭よりはずば抜けていたと思う。
ただしぼくはそんな優しさに、自尊たっぷりに答えてやったんだ。
「大丈夫だったよ。ひとりは怖いけど、ふたりで迷子だったから」
「ふたり?」
「勇樹っていう、前からの友達。勇樹は迷子は楽しいって教えてくれたんだ」
「ははっ、迷子は楽しいか。わかるぞ、いくつになっても規律だなんだって物は破りたくなるものだよな」
父さんはくすくす笑いながら言った。母さんは、「この子に悪影響じゃない」と微笑みながら言っていた。ぼくは「父さんもそうなの?」と聞いていた。
そうやって、いつもの団らんが始まる。喉はまだまだ枯れることはなかった。
父さんの安全運転の車で家に帰った。その日の翌日から、ぼくは勇樹と躊躇せず関われるようになった。心に残っていたぼんやりした疑いは、段々と忘れていって薄れていった。
関われるようになったって言ったけど、詳しく言うとしばらく関わらなくちゃいけなかった。だって、あんな大胆な迷子をしておいて、クラスの注目を集めないわけがないから。
因みにぼくと手を繋いでいた女の子は、ぼくたちが教室に足を踏み入れるなり近づいてきて「ごめんね」と謝ってきた。
「えっと……」
あれは事故で、別に謝るようなことじゃないんだけど。と思いつつも、女の子の心を軽くしてあげなきゃという気持ちもあって、とりあえずそのまま受け止めておくことにした。
「大丈夫だよ。手の力を緩めていたぼくもぼくだし、こうやって無事に帰ってこれたしさ」
「う、うん。ありがとう。勇樹くんもね」
「おう。俺にはちゃんと感謝してくれないとな」
「あはは。そうだね、じゃあまたよろしくね」
女の子は、人が群れているひとつの机へと去っていった。
休み時間、どうでもいいけど気になることを聞いてみることにした。昨日長い間を一緒に過ごしていたけど、まだまだ話し尽くしてはいない。
「勇樹」
そうやって、ぼくが先制で会話を始める。
「ん?」
「昨日はしっかり休めた?」
「ばっちり! だから、ほら、こんな元気だ」
「だね。ぼくもいつも通りだよ」
「へへ、いい日だったな。多分きっと一生忘れないよ」
「大人になって覚えてられるのかなぁ」
「どうだろ? 俺は、死んじゃった後も覚えてるかどうかも気になるけど」
「たしかに……」
いつも通り始まる、誰かがなにかが止めるまで終わらないフリートーク。もうちょっと後のことだけど、ぼくたちのトークはそれに割り込んでくる勇樹の友達までもを巻き込めるほどになった。
人が多くいる中での話し合いはとても充実していたよ。でも、話が深くなりすぎて、結局ぼくたち2人しか理解できない時もあるけど。
その内帰り道をだいたい合わせるようになってきたな。授業みたいに時間がどれだけ割り振られても、それをぴったりでも余らせてでも使える自信がないから。
出席番号とか背の順とか色々、一緒に活動することは少なかった。だから、学校で全く関わらない日があったとしても、下校時はいつも喋ってたんだ。
そうだなぁ……たまに、生とか死について勇樹が話題を振ることもあったかな。
今はもう会えないけどさ、死後の世界はあるんだよって教えたいな。
お読みいただきありがとうございます。
アーク編長いですかね?
次回くらいに終わる予定ではありますが勇樹との絡みをまだ見守っていて欲しいです。




