きれいな一時の青春
満員電車くらいの人口密度なのに、止まることなく流れ続ける人の波。その濁流に逆らって、ぼくの元に勇樹は走ってきてくれたんだ。
勇樹は胸が痛くなるほどの笑顔だった。こんな時まで、彼の方から歩み寄ってもらっている。
「勇樹! き、来たの……?」
「ああ、来た!」
いつも通り、いや、むしろいつもより元気はつらつと彼は言った。服は酷く乱れていて、大きく肩で息をしていたけれど。
ぼくの方は動揺しすぎていて、呂律がまともに回らなかったくらいだよ。
「な、なんで? 勇樹が……」
「ん、なんだよ」
「だって、勇樹は前の列にいたし。ぼくは後ろで声もあげなかったのに。それに勇樹までこっちに来ちゃったら、ふたりで迷子になっちゃうじゃん。ぼくを見つけられなかったらもっと大変なことになるし」
それに他の友達から変な目で見られるし、とも言おうとしたけれど、勇樹の張りのある声に止められた。
「ばっか!」
ぼくの肩を、グーで軽く殴ってきた。ジャブを打つみたいに。
「え?」
「みんなで休んでる時、お前と手を繋いでたって女の子に聞いたんだよ。お前が逸れたって。手を離していたと思われて怒られるのが怖くて、すぐ先生に言い出せなかったらしい。もじもじしてたんだ」
「……それで勇樹は、ぼくを?」
「当たり前だろ。俺がお前のことで迷うことなんかない。結構探したんだぜ、人の動き方をたまに観察してどこに行ったのか考えることもあって」
「すごい……」
「だろ? まあ運もあったかもだけどさ、絶対見つけるって覚悟してたよ。ほら、独りで迷子よりもふたりで迷子の方が楽しいだろ?」
「た、楽しい?」
勇樹は右に回って後ろを向いた。目まぐるしく景色の変わる動物園を見ている。彼の背中は、探究心と好奇心に溢れた、秘密基地でも作るような少年みたいだった。
声色も、言葉通りすごいうきうきしていて。
「お前には悪いけどさ、迷子ってなんかわくわくしないか? 結構まずいことだけどさ。あぁ、久しぶりのひとりきりだな。冒険だなって」
「ぼくにはわかんないかな……ひとりは寂しくなったんだ」
「そっか。なら尚更、ふたりで迷子になろうぜ。お前とならなんか楽だしさ、一緒に冒険したい!」
周りの喧騒なんてまるでないかのように、思いっきり叫んでいた。
ぼくはそんな姿を、色んな感情のこもった瞳に映していた。尊敬とか憧れとか不安とか。
「あー……」
我に帰ったのか、勇樹はまたこっちの方を向いて照れ臭そうにしていた。授業中たくさん発言をする彼にも、恥ずかしいと言う感情はあるんだなと人間味を感じた。
さらさらと、湯水のように出ていた言葉を、ついに詰まらせてしまったらしい。さっきまでの発言を振り返っているのか、赤面症かって思うくらいみるみる内に頬と耳を染めていった。
そろそろぼくも落ち着いてきていた。やっと先制で喋れたんだ。
「確かに、君と一緒なら迷子も楽しいかもしれないな」
「お、おう。そうか?」
「ふふ、さっき自分で言ってたじゃん」
クラスの列から逸れて数十分。体感時間としては数時間。随分久しぶりに笑った気がした。
勇樹の方も、まだ照れていたり不思議がっていたりしていたけど、楽観的な性格でそんなことは笑い飛ばしてしまっていた。
「そうだ、勇樹。一緒に迷子になろう!」
「え?」
その時なら当然の判断なのかもしれないけど、今のぼくから考えたらよくわからないや。冒険をしたくなったんだ。
「えっとね、そう。ふたりで冒険をしたいんだ。この動物園をぼくたちだけで回って遊ぼうよ」
ぼくは狭い路地から抜け出た。ぼくと勇樹の立ち位置が入れ替わった。期待感に満ち満ちた顔のぼくと、ぽかんとした顔の勇樹。
ぼくは彼に向かって手を差し出す。さっきとは正反対のシチュエーション、と言えるかな。
多分頭が整理しきれてない勇樹だったけど、それを全部処理できるほど自分の頭が精密にできていないことはわかっていた。そうだと思う。
「ああ、行こうぜ!」
「うん!」
双方とびっきりの笑顔で、濁った激流に突入していった。正直言って息苦しくて痛い。頬が歪むんじゃないかってくらい。
でも、それでも、その痛みは冒険に不可欠なものだったんだ。スポーツに怪我が付き物のようにね。
列できっちり並んでいた時には見られなかった、ライオンの立派なたてがみ。動物一匹一匹の詳細説明の札。読めないから近くの子連れの大人に聞いて。檻の前に居座り続けていたら「迷惑だ」と言われ、ひとつ学んで。
少し人気の減った大階段に座っていたら、ひとりでいた気の良い女性が話しかけてきた。ショウシンリョコウって奴だと聞いた。
3人で話し込んで、その内に「アイスでも食べよっか」ということになった。パラソル付きのテーブルで、お姉さんの濃い話を聞いて、「アイスありがとうございます」とお礼を言った。「癒されたわ、こっちこそありがとう」と、ありがとうを繰り返しながら別れた。
そうして、またしばらく時間が経った。日が傾いてきた。もう帰る時間はとっくに過ぎていたよ。
完全に規則とかを破っている。本来なら心臓がばくばく悲鳴をあげて暴れている頃なんだけど、不思議と波一つ立っていなかった。
膝を抱えてお互い座っていた。夕日のよく見える大階段だったな。
「勇樹」
眩しい夕日を、目を傷めないくらいの視線で眺めたまま声をかける。
「ん?」
「ありがとう。ぼくを見つけて、連れ出してくれて」
無邪気な高い笑い声がした。心の底から面白がってる時の笑い方だって、今日過ごして知った。
「良いんだよ。お前が意外とノリノリだったのも良かったな」
「あ、そうだね」
「照れてんのか?」
膝を抱える指の力が強まった。頭が足に近づいた。
「だ、だって! ……良いじゃん、勇樹がぼくを友達って思ってくれてるってわかったし」
「え、何言ってんだ。そんなこと不安だったのか? 言っとくけど、俺は中途半端な気持ちで友達にはならないからな。本能が拒まない限り、なんでも受け入れる覚悟だ!」
「……友達いっぱいいるね」
「俺は心が広いの! 俺とは合わない、静かな子とかには無理に近づかないよ」
「そっか」
会話は途切れた。自然な間だった。満腹なわけじゃないし本来安心できるほどの状況でもない。
でも、体は疲れ切っていたし心は充実で満杯だったんだ。眠くなるのも仕方のないことだよね。
「ふぁ〜……」
「おいー。寝るなよ、俺が困る」
「う〜ん……ねえ、いつまでここにいよっか?」
きれいな夕日に見惚れる時は、充分味わった。やっとぼくたちは顔を見合わせた。
「まあ、うろちょろしてもすれ違うそうだしな。もっとも疲れてるだろ」
「もちろん。良い人もいたよね」
「な。……やっぱり、お利口さんって言われる選択肢はさぁ」
「うん。絶対に得になるのは」
アイコンタクトとか表情とか顔の動きとかで、ぼくらは呼吸を揃えて言った。
「動かない!」
また高笑いが響いた。人がいないのをいいことに、というかもう居てもいなくても、どこかの創作話に出てきそうな悪役みたいな笑いになっていった。
悪ノリって奴かな。実のところ、そういうのが好きだったのかもしれない。
家に帰れなかったらどうする気だったんだろう。そこまで覚えてないし考えてもなかったんだろうな。
月明かりや星が、うっすら見える時刻にまでなってきた。なんだけど、ぼくらのわくわくは底を尽きることを知らなかった。
もう確信犯だね。誰にも見つからないように、物陰に隠れて逃げたりなんてことをしていた。そしてひっそり声を噛み殺しながら、心の中ではげらげら笑って遊びまくっていたんだ。
多分大丈夫っていう勇樹の能天気な性格が、その時だけうつったみたいだった。
お読みいただきありがとうございます。
まるで映画やドラマみたいな青春......楽しそうですね。
現実では流石にありませんが、これぐらい笑える青春が過ごしたかったなぁ。なんて筆者の願望、自分語りです。
友達と確かめ合えたふたりの行く末を見守ってください。




