幼馴染のきっかけ
「君、きみ!」
ぼくが勇樹と出会ったのは幼稚園の時。あんな狭い部屋の中でも雰囲気に馴染めなかったぼくに、彼が声をかけてくれた。
「……え、ぼく?」
「そうだよ! ほら、俺の目はどこ見てる?」
「ぼく……だね?」
「そう!」
ぼくにとっては眩しすぎるくらいの元気。もしもぼくが闇だったら勇樹は光で、ぼくという闇が蒸発してしまうような感じ。
ぼくが慣れずにおどおどしているのを察したのか、勇樹はその光をやや引っ込めてくれたんだ。そして話を続ける。
「なあ、一緒に鬼ごっこでもしないか?」
「鬼ごっこ? まあ、いいけど」
ぎこちなく、とりあえずの感覚でぼくは答えた。そんな雑な返事だったけど、答えがもらえただけで彼は嬉しかったみたい。
これ以上ないくらいの満面の笑みで、勇樹は喜んで声を張り上げていた。
「やったー! 誘えたぜー!」
ぼくは外に行く為に椅子から立ち上がりながら、喜んでいる姿を不思議そうに見つめていた。そこまで嬉しがる理由があるのかって、よくわからなかったんだ。
「そんなに嬉しいんだ?」
「そりゃそうだよ。だっていっつも無口だろ。こんなにすぐ遊んでくれると思ってなかったんだよ!」
「そうなんだ……」
「そう! じゃあ早く来いよ!」
勇樹はそう言い放つと、他の友達と一緒に外へ行ってしまった。すこし動揺していたぼくは、気持ちを整理しつつ帽子をかぶって外へ行った。
この時のぼくはまだ引っ込み思案というか、人見知りというか。他人と関わりたくない感じだったんだ。
とはいっても邪険な扱いもされたくなかったから、流れに合わせてた。だからまだ、勇樹に誘われたのは数合わせくらいだろうなと思って、面倒くさがっていた。
ぼくや勇樹たちは、それから先生に止められるまで遊んでいた。
「おーい、どこにいるんだー!」
「うわっ、見つかるー!」
「タッチー!」
あまり本気じゃなかったぼくは、先生にまとめて叱られた男子組の中で、唯一息を切らしてなかったんだけどね。
その後は教室でのひらがな書き取りがあった。勇樹は上手な字をサラサラと書いて、自由時間をもらっていた。
その時間はどこにいてなにをしていても基本はいいんだけど、そんな貴重な時間を使ってまでぼくのところに彼は来たんだ。ぼくは周りが終わる頃合いに合わせて書き取りをしてたから、当然勇樹より格段に遅かった。
「ん? 上手いんじゃん。一画も早いし、もっと早く書けないの?」
彼はぼくの座る隣に来て、そう言ってきた。
ぼくは特に気にしないで無視しようとも思ったけど、 さっきの鬼ごっこからの経験でしつこい性格だとわかった。口だけ返事をしておくことにした。
「書けてたら書いてるよ。勇樹くんが早すぎるんだよ」
「えー、そうか?」
「うん」
こんな正反対なタイプと関わったってなににも繋がらないだろうなと思って、ぼくはその後は無言を貫いていた。
そんなぼくのオーラみたいなものが伝わったのか、彼も少し黙ってしまった。でも勇樹の底なしの元気はそんなものじゃなくならなかったみたい。
「あ、俺のこと勇樹くんじゃなくて、勇樹って呼んで良いからな」
「あ、そう?」
「ああ! だって皆呼んでるから。お前も仲間入りだ!」
「仲間入り……」
ぼくの鉛筆を動かす手が止まった。特に仲を深めようとしていたわけでもないし、ぼくにそこまで興味を持ってもらえるなんて思ってなかったから。むしろ、グイグイ来ないで欲しかったくらいで。
彼は、まごまごしているぼくに変わらず声をかけてくる。
「ほら、名前読んでみろよ!」
「え……えっと、勇樹?」
もう鉛筆から手は離していて、顔は完全に彼の方だった。
勇樹と呼ばれた彼は、それだけでとても嬉しそうだった。他の子たちの邪魔にならないようにするのに必死だったくらい。
「やった! そう! これからそう呼んでくれよな!」
「う、うん」
なかば強引な取り付けだったけど、引っ込みすぎなぼくにはちょうど良いのかもしれないね。
そんな彼の性格が、色んなところで作用していって、ぼくのことを変えてくれたんだ。
お読みいただきありがとうございます。
このふたりのお話は少し続く予定です。彼らの友情を感じ取ってほしいです。




