抑揚のない少年の話
「そんな感じで、今の私があるの。これでお話は終了ね」
その声を合図に、リザレイの湯水のように流れ出ていた言葉が止まった。
リザレイはこれまでのルイズたちと同じように紅茶を啜って、静かにテーブルに置いた。長く話すと喉や口内が乾くから皆そうするし、彼女もそうする。
でもリザレイが他の相棒たちと違っていたところがひとつあった。語り終わった今、スッキリした表情をしていないのだ。
大方の相棒たちは、自分の中にいくつもあったわだかまりのような消化不良物のようなものを、一緒くたに吐き出せて心を整頓できていた。けれどリザレイは、話す目的がそこにはなかったらしかった。だから紅茶を飲み終わった後も、いつも見る凛々しいリザレイの表情だった。
「ありがとう、リザレイ。楽しんで話せたかな?」
ゼルが何故か楽しそうに言う。この中で一番年が高いからだろうか。リザレイはそれとは相反して、つまらなそうにしていた。
「過去って、武勇伝でもない限り楽しく語るものじゃないと思いますけど。特に辛い過去ですし」
と言ってもぼくの主観だから、ただの真顔な可能性もあるけど。
ふたりの感情が噛み合うことはなくて、ゼルは合わせる気もなくヘラヘラしていた。……悪いことではないってことを、一応確かめておこう。
「ははっ、そうだね。君の場合辛いかどうか怪しいものだけど」
「それ、ちょっと失礼ですよ。私だって陰口や意地悪は嫌なものですから」
「ごめんごめん」
ゼルとリザレイの、無知な人からすればイチャつきにも思える談笑を、ぼくたちは面白がりながら見ていた。
隣の席で、ルイズとヒールがキャッキャと会話している。
「なあ、意外にふたり似合ってないか?」
「ルイズちゃん、そんな趣味してたっけ? すぐ男女をくっつけたがる……」
「ヒールは思わないのか? ゼルも楽しそうじゃんか。こういうカップルが結ばれていく物語もよくあるものだ」
「カップルって。それに、それは空想の作り話でしょ。人と天使、思考も大きく違うし」
「違うのはお前だよ。人だとか天使だとか、差別はしちゃ駄目だぞ」
「そういうこと言ったんじゃないんだけど……あーそうだね、差別は駄目だね。私が悪かった」
「許す! ヒールだから」
「違うのはどっちだって……まぁいいか。ルイズちゃんはそこら辺の事情、気配もないくらいてんで駄目なくせに」
やや語弊があった。キャッキャしていたのはルイズだけだった。
どうせ軽いノリだろう、なんて当然のことを考える。そしてフォーリの様子も一応伺ってみる。
純真無垢な彼は、ルイズが考えているようなことは脳裏にも浮かばないで、屈託無く笑っている。勿論誰と話しているわけでもないけど、すごく楽しそうだ。この和やかな雰囲気が好みなんだろうか。
地上時代、兄がいたにも関わらず相談しないで独りで最後まで生き抜いてみせたフォーリ。だからこそ、ぼくと違って楽しそうにできるのかな、なんていらないことを考えてしまった。
……そうだ、リザレイとゼルの掛け合いを楽しそうに見物できている3人。対して、なにも考えずただ真顔でそれらを見つめているぼく。
笑いのツボが単に違うというだけということもある。でも、ひとりで笑うなんておかしいと、この現状を楽しめないぼくがいる。
「……考えすぎかな」
元々、賑やかな場所とかはっちゃけるとか。そういう事柄には無縁だったから、このテンションについていけないだけかもしれないけど。
一抹の不安という奴をぼくは体感した。それがどんな意味を持って、どこから来るものかなんて知り得なかったけど、なんとなく落ち着かなかった。
「……アーク。君が最後だ、いいかな?」
「あ、うん」
変なことを考えていたら、ゼルに声をかけられた。既にふたりの談笑は終わっていたようだ。
ルイズとヒールのお喋りも、フォーリの純粋な笑いも、今はぼくの話を聞く為に中止されている。俗に言うジト目だったり、つぶらだったりする瞳たちがぼくを一点に見つめる。
語り手を見ている時は気づかなかったけど、視線が集中しているってこんなに緊張するものなんだ。当たり前だけど気づきにくい。それとも、その事実から目を背けてでもいたのかな。どうせ話すのに。
まあ、あんまりごちゃごちゃ考えても仕方ない。ここから衝動的に逃げ出す気分でもないし。そんな行動力もないし。
「最初に話す予定だったのに、結局ぼくが最後になったね」
場の機嫌を取るように、無意識にそう言った。特にゼルに向けて聞こえるように。実際その通りに返事が来た。
「はは、そうだね。無駄に強張らせて悪かったね、リラックスできたのは君の方だったね」
「うん、そうだね」
横目でちらりと見ると、ルイズが得意げにしていた。
そう、相棒の皆が積極的に話すようになったきっかけはルイズからだ。ぼくはルイズの方を見る。
彼女もこっちを見ていたので、ついで感覚で目で合図をしておいた。「ありがとう」と。恐らく伝わったのか、ルイズはとても嬉しそうにしていた。
大した見返りでもないのにこんなに喜べるなんて、単純だななんて思った。同時に、喜怒哀楽がはっきりしていて表情豊かと、羨ましさもあった。
ぼくたちのそんなアイコンタクトに気づいたフォーリが、くすっと微笑んでいた。なんだか恥ずかしくなったので、さっさと話を始めることにした。
「ぼくの過去だよね。失礼かもしれないけど、ぼくは皆ほどの濃い過去はないんだ。
家は裕福でも貧乏でもない。友達もそれなりの関係がそれなりにいて。成績も苦手分野と得意分野があって、点数の上下もよくある感じ。
色んなところで、ぼくはよくいる子供だった。と言えると思うな」
ぼくは順調に口を動かしていく。声帯を震わせていく。
今、自分の過去をよくあるものだと自虐して語り始めているけど、本当は気安く話せるほどのものではない。結構な覚悟がいると、最初は心を整えるのに必死だった。
でも、最初に話し始めたのはルイズだった。そのおかげで心が楽になっていた。
そして今もそう。ルイズが楽しそうにしていて、それを見ているとなんだか安心する。それと彼女の対応が恥ずかしかったし。
なんだかんだで、ぼくはルイズに助けられているのかもしれない。改めて感謝しないとな。前も何度かお世話になっているし。
いつか感謝の気持ちを伝えよう、その考えを脳の片隅に書き込んで、話すのに集中することにした。
「そんな感じで、世界的に見たら幸せなのかもしれないぼくだけど、ぼくとしてはつまらなかったんだ。
毎日を過ごしている内に誰が書いたかも知れないト書き通りに生きて、周りの友達たちは一滴のアクセントがついていくだけのベースの変わらない日々に満足して。
大人になったらそんなことないのかもしれない。子供の内はそれに備えて準備期間なのかもしれない。
でも、それにしたって、薄味すぎたんだ。もっと小さい頃に憧れてたセイシュンは、どこにも見当たらなくて。無感情が重なりすぎて、大人たちの叱りも苛つきに感じるようになってしまったんだ。
休み時間にすることも、お楽しみ会でやることも全部同じ。鬼ごっことドッジボール。何でもバスケットと爆弾ゲーム。
友達が例え百人いたって、皆同じことを同じ声で言うんだ。
でもその中で、十人一色の教室の中で、虹色に彩られた元気な男の子がいた。その子は成績は並で運動はできる。まあよくあるけど、その子の人格は誰しもに好かれていた。
細かいところは省くけど、明るくて活発で、でも人の気持ちも考えられて無理に心の踏み込んでこない。ぼくには縁のない人って、憧れじゃないけど立派だって思ってた。何様だって話だけどね。
でも。何故かは知らない。その男の子がぼくに声をかけてきた。
……男の子の名前? 実を言うとあんまり思い出したくないけど。……ううん、いいんだ。皆話してるんだから。
彼は、中邨勇樹。
お読みいただきありがとうございます。
最後の過去のお話、アーク編です。
皆さん気になっていたでしょうか?
ご期待に添えられる内容だったら良いのですが、是非ともお待ちください。